新雪小太郎 物語 人助けなんて日だの巻

新雪小太郎

文字の大きさ
5 / 12

新雪小太郎 物語 第五章

しおりを挟む

第五章 白い部屋の記憶
目を覚ましたとき、小太郎は白い天井を見ていた。
——またか。
そう思った瞬間、自分で驚いた。
「また」という言葉が、自然に出てきたからだ。
鼻を突く消毒液の匂い。
規則正しい電子音。
病院だと理解するのに、時間はかからなかった。
「気がつきましたか」
声のする方を見ると、地下鉄で会ったあの女性が、ベッドの横に立っていた。
今度は私服で、年齢も職業も分からない。ただ、ここにいることだけが異様に自然だった。
「……あの男は」
「大丈夫。低血糖と脱水。命に別状はない」
「あなたが助けた?」
彼女は首を振った。
「助けたのは、あなた」
小太郎は苦笑した。
「俺、何もできなかった」
「それでも」
彼女は静かに言った。
「あなたが立ち止まらなかったら、あの人は死んでた」
その言葉が、胸に残った。
何もしなかったわけじゃない。
立ち止まった。それだけだ。
「……あなた、名前は」
「まだ、いらない」
彼女はそう言って、窓の外に目を向けた。
雪は止み、街は何事もなかったように動いている。
「あなた、小さい頃のこと、どれくらい覚えてる?」
「ほとんど」
「じゃあ、これは?」
彼女は、ポケットから古びた写真を一枚出した。
角が丸くなり、色も褪せている。
そこに写っていたのは、幼い小太郎だった。
五歳か、六歳か。
背景は、冬の川。手前には、もう一人の子どもがいる。
「……俺?」
「そう」
「隣の子は」
彼女は少しだけ言い淀んだ。
「本当は、あなたが助けた子」
世界が、音を立てて傾いた。
「待ってくれ」
「川に落ちたのは、あの子。助けようとして、あなたも落ちた」
小太郎の喉が鳴った。
「じゃあ、助けたのは俺だ」
「違う」
彼女は、はっきり否定した。
「助けたのは、通りすがりの人」
——小さな手を引き上げられる感触
——泣き叫ぶ声
——「大丈夫だ、大丈夫だ」という低い声
断片だった記憶が、線になり始める。
「あなたは、助けようとして、助けられた」
彼女は続けた。
「そのとき、あなたは一度、心臓が止まってる」
小太郎は、何も言えなかった。
「そのあと、記録から消された。理由は簡単」
「……簡単?」
「助かった理由を説明できなかったから」
彼女は小太郎を見つめた。
「世の中には、理由のない生存を嫌う人たちがいる」
「名乗らない男の組織か」
「ええ。観測者。彼らは線を引く。でも、私たちは——」
「俺たちは?」
「線を越えた側」
沈黙が落ちた。
「助けるの、やめたらどうなる」
小太郎は、ずっと聞くのが怖かったことを口にした。
彼女は、少しだけ目を伏せた。
「やめた人はいた」
「どうなった」
「生きてる」
一瞬、安堵しかけた。
だが、次の言葉が続いた。
「でも、自分が“生きている理由”を、全部失った」
小太郎は、天井を見上げた。
——だから、やめられない。
——だから、止まれない。
「あなたは、まだ選べる」
彼女は写真をベッドの上に置いた。
「助けることを、仕事にするか」
「仕事?」
「無差別じゃなく、自分で条件を決める」
小太郎は、初めて少しだけ笑った。
「……サラリーマンやりながら?」
「ええ」
彼女も、ほんのわずかに笑った。
「一番、目立たないから」
病室のドアの外で、足音がした。
あの男のものだ。
「時間切れ」
彼女は囁いた。
「次に会うときは、あなたが“誰を助けないか”を決めたあと」
そう言って、彼女は去っていった。
小太郎は、写真を握りしめた。
——助けるって、選ぶことなんや。
その夜、彼は初めて、助けなかった人の顔を夢に見た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...