新雪小太郎 物語 人助けなんて日だの巻

新雪小太郎

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新雪小太郎 物語 第六章

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第六章 条件
退院の日、空はやけに澄んでいた。
雪はもう残っていない。歩道の端に黒ずんだ名残があるだけで、街はいつも通りに動いている。
会社からは「無理せず休め」とメールが来ていた。
ありがたいが、どこか他人事のようだった。
自分が、少し前まで死にかけていたことを、世界は何事もなかったように受け流している。
——それでええ。
小太郎はそう思った。
駅までの道を、ゆっくり歩く。
人の流れに身を任せながら、無意識に周囲を見てしまう自分に気づく。
足を引きずる人。
立ち止まってスマホを見つめる人。
俯いたまま、誰にも見られていない人。
——全部、助けてたら、きりがない。
彼女の言葉が蘇る。
中間は、ない。
小太郎は駅前のベンチに座り、目を閉じた。
そして、初めて条件を考え始めた。
助ける人。
助けない人。
正しいかどうかじゃない。
善か悪かでもない。
自分が、壊れずに続けられる線。
しばらくして、スマートフォンが震えた。
今度は、番号非通知。
出る前から、分かっていた。
「……はい」
『考えましたか』
名乗らない男の声だった。
「少しは」
『あなたが線を引くと、観測は難しくなる』
「それが困る?」
『困りますね』
男はあっさり言った。
『でも、それが許されるのが、あなたの立場だ』
「俺の立場って、なんです」
『一度、死んで戻ってきた人間です』
小太郎は、笑った。
「そんな肩書き、会社じゃ使えませんよ」
『でしょうね』
一拍、間が空いた。
『では、あなたの条件を聞かせてください』
小太郎は、ベンチから立ち上がった。
目の前で、スーツの男が転びそうになり、別の誰かが支える。
それを見て、心がざわつかない自分に、少し驚いた。
「——声を出せる人は、助けない」
『ほう』
「助けてって言える人は、まだ大丈夫です」
『続けて』
「自分で助けを求められない人だけ、助ける」
電話の向こうで、男が息を吸う気配がした。
『それは、かなり狭い線ですね』
「ええ」
小太郎は頷いた。
「でも、俺が最初に助けられたとき、声、出せなかった」
——川の冷たさ
——息ができない感覚
——叫びたくても、声が出ない
「あのときの自分に、似てる人だけ」
沈黙。
『……理解しました』
男の声が、ほんの少しだけ低くなった。
『その条件で助けた最初の一人が、あなたの“仕事始め”になります』
「仕事って言うの、やめてもらえます?」
『無理です』
通話が切れた。
その瞬間、背後で小さな物音がした。
振り返ると、ベンチの少し離れたところに、あの老人がいた。
雪の夜に、スリッパで車椅子に乗っていた老人だ。
今日は、普通の靴を履いている。
目が合った。
老人は、何も言わない。
ただ、小太郎の足元を指さした。
そこに、封筒が落ちていた。
拾い上げると、中には一枚の紙。
今夜二十三時
河川敷
声の出ない人がいる
小太郎は、ゆっくり息を吐いた。
——始まってもうたな。
老人は、もういなかった。
駅のアナウンスが、日常の音を流す。
改札を抜ける人波の中で、小太郎は一人、立っていた。
助ける理由は、もう探さない。
代わりに、助ける覚悟だけを持って。
その夜、彼は河川敷へ向かう。
自分が、誰かに見つけられる側になるとは知らずに。
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