新雪小太郎 物語 人助けなんて日だの巻

新雪小太郎

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新雪小太郎 物語 第七章

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第七章 声の出ない人
河川敷は、思ったより暗かった。
街灯はまばらで、川の流れは黒く沈んでいる。風が冷たく、音を運んでくる。水の匂いと、草の湿り気。
時刻は二十二時五十八分。
——遅れてるんちゃうか。
そう思った瞬間、小太郎は気づいた。
音がない。
本来あるはずの、川のせせらぎが、途中で途切れている。
まるで、誰かが耳を塞いだみたいに。
足元に視線を落とすと、草が不自然に倒れていた。
引きずられた跡。
小太郎は、条件を思い出す。
声を出せない人だけ、助ける。
懐中電灯を点ける。
光の先、堤防の下に、人影があった。
若い男。
二十代後半。
体格はいい。鍛えているのが一目で分かる。
——助ける側やろ、どう見ても。
だが、男は膝を抱えるように座り、顔を伏せている。
肩が、小刻みに揺れていた。
「……大丈夫ですか」
声をかけた瞬間、小太郎は違和感に気づいた。
返事がない。
いや、違う。
返事をしようとしているのに、出てこない。
男は口を開いた。
喉が動く。
だが、音が生まれない。
小太郎の背中を、冷たいものが走った。
——声帯やない。
——これは、別のやつや。
男は、震える指で自分の喉を押さえ、必死に首を横に振った。
次に、地面に指で文字を書き始める。





「誰が」
男の指が止まった。







小太郎は、思わず周囲を見渡した。
誰もいない。
だが、見られている感覚だけが、確かにあった。
「……観測者か」
男は、強く首を縦に振った。
次の文字。



「それは無理や」
小太郎は、静かに言った。
「俺、今、仕事中や」
男は一瞬、呆然とした顔をした。
次の瞬間、歯を食いしばり、必死に声を出そうとする。
——出ない。
そのときだった。
背後で、拍手が一つ鳴った。
乾いた音。
場違いなほど、はっきりしている。
「素晴らしい」
名乗らない男が、堤防の上に立っていた。
コートの裾が、風に揺れている。
「最初の救助対象が、彼とは」
「……どういう意味ですか」
男は、笑った。
「彼は“助ける側”でした」
小太郎は、地面の男を見る。
「元・消防士。救助専門」
言葉が、重く落ちた。
「三年前、ある事故で、彼は五人を助けた」
「……元、ってことは」
「最後の一人を助けた直後、彼自身が助けを呼べなくなった」
名乗らない男は、淡々と続ける。
「喉に異常はない。声も出るはず。でも、脳が“叫ぶこと”を拒否している」
——助ける側が、声を失う。
小太郎の条件が、胸の中で軋んだ。
「つまり」
「ええ」
男は頷いた。
「彼は、あなたと同類です」
小太郎は、しゃがみ込み、消防士の目を見た。
その目には、恐怖よりも、屈辱があった。
助ける側だった者が、助けられる側になる屈辱。
「……名前は」
男は、ゆっくりと唇を動かした。
音は出ない。
だが、小太郎には分かった。
「——高木、か」
高木は、驚いたように目を見開き、頷いた。
名乗らない男が言った。
「あなたが助けなければ、彼は“失敗例”として処理されます」
「処理?」
「助ける衝動が残ったまま、助けられない人間は、不安定です」
小太郎は、立ち上がった。
「それ、助けてるって言えますか」
男は、少しだけ目を細めた。
「あなたは、助けますか?」
小太郎は、答えなかった。
代わりに、高木の肩に手を置いた。
「声は出んでもええ」
ゆっくり、はっきり言う。
「俺が、代わりに出す」
高木の目から、涙がこぼれた。
その瞬間、川の音が戻った。
せせらぎが、夜に溶け込む。
名乗らない男は、小さく息を吐いた。
「……条件、更新ですね」
小太郎は、空を見上げた。
「助ける側やった人も、助ける」
「理由は?」
「一回でも、人を助けたことある人は」
小太郎は、静かに続けた。
「もう、一人で沈んだらあかん」
河川敷の風が、三人の間を抜けていった。
その夜、小太郎は知る。
一番助けにくいのは、
「助けることに慣れすぎた人間」やということを。
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