4 / 100
第一章
カンナギ・ガンスリンガー 1
しおりを挟む
九月一日。N県北東部。
浅間山の麓に広大な敷地を持つ工場があり、その敷地内の一画に、鬱蒼と木々の生い茂る鎮守の森がある。森の入り口には神明鳥居があり、奥へ進んでいくと、ほどなく古びた社が見えてくる。
鍛冶の神、天目一箇神を祀る社である。ボールベアリング、小型モーターなどの主要製造品のほかに、防衛関連用特殊機器の製造も担うこのマザー工場の敷地内に、鍛冶の神を祀る社があるのはそう不自然な事ではないが、現代科学の粋を集める施設が立ち並ぶ中に、古来の神を祀る神域が設置されたのには重要な理由があった。
「掛けまくも畏き伊邪那岐大神筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に御禊祓え給いし時に生り坐せる祓戸の大神等諸の禍事、罪穢《つみけがれ》有らむをば祓え給い清め給えと白す事を聞食せと恐み恐みも白す」
防衛関連用特殊機器製造部門の主任を兼任するこの社の神主が、本殿で祓詞を唱えていた。神主の前には、案と呼ばれる机状の台があり、その上には大麻と、静謐な本殿にはそぐわない無骨な武器が置かれていた。
銀色の銃身が鈍く輝くリボルバーピストルだった。S&W M586・6インチモデル、そしてその使用弾薬である.38スペシャル弾の一箱五十発の箱が百個、案の上と下とに積まれている。
神主の後ろでは巫女装束を纏った桜色の髪の少女と黒いスーツの男性二人が、静かに頭を垂れていた。奇妙な点が一つあった。いくつもの小さなポーチのついた茶革の大振りなベルトが、巫女装束に編み込まれるようにして装着されている事だ。
「――再調整は完了しました。銃は完全に浄められております」
祓いを終えた神主が静かにそう言った。
「ありがとうございます」
巫女装束の少女は礼を言い、案の上からリボルバーを手に取った。一般に拳銃自体の重さというものは、概ね一一〇〇グラムから二〇〇〇グラム程度であり、弾薬を装填していたとしても、そう重たいわけではない。だというのに、浄められたこのM586は、普通の拳銃とは違う、まるで生き物のような重たさを感じさせた。神が宿ると言えば言い過ぎではあるが、その力が銃全体に通っているという実感があった。
「お忙しいところ、再調整していただきありがとうございました。ひと月で〝穢れ〟を多く浴び過ぎていたので、家ではどうしても祓い切れず……」
少女は再度礼を述べ、ベルトの右手側についたホルスターにリボルバーを仕舞った。
「いえ。宮瑠璃市の現状は伺っております。出来る時にメンテナンスを行っておかなければいけませんよ」
神主の返答に続いて、スーツの男が口を開く。
「左様。宮瑠璃市の呪力濃度は日に増すばかり。意図的に呪詛を撒いている者がいるはずだ。このままそやつを排除できなければ、遠からず街の限界が来るだろう」
「霊能コンサルタントにも協力してもらい、常駐できる次の退魔屋を探しているが、宮瑠璃市の怪異は、ほかとは性質が異なる。適した者がなかなか見つからない」
「……やはり、街由来の術者でなければ」
神主が、どこか苦い顔で言った。
少女は、湖面の如き静かな表情を崩さない。
「闇の世界の侵攻は宮瑠璃のみならず、国を越え、世界各地に広がりつつある。この状況で、いち都市が呪詛に満たされれば、そこからは穴が開いたように腐敗が進み、あっという間に国土を呑み込むであろう」
「出来る限り支援をしよう。たったお一人に大事をお任せしてしまうのは、我々としても慙愧に絶えないが、今しばらくの奮闘をお願いしたい。九宇時那美殿」
少女は黙って頭を下げる。腰に吊ったM586がいやに重い。
浅間山の麓に広大な敷地を持つ工場があり、その敷地内の一画に、鬱蒼と木々の生い茂る鎮守の森がある。森の入り口には神明鳥居があり、奥へ進んでいくと、ほどなく古びた社が見えてくる。
鍛冶の神、天目一箇神を祀る社である。ボールベアリング、小型モーターなどの主要製造品のほかに、防衛関連用特殊機器の製造も担うこのマザー工場の敷地内に、鍛冶の神を祀る社があるのはそう不自然な事ではないが、現代科学の粋を集める施設が立ち並ぶ中に、古来の神を祀る神域が設置されたのには重要な理由があった。
「掛けまくも畏き伊邪那岐大神筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に御禊祓え給いし時に生り坐せる祓戸の大神等諸の禍事、罪穢《つみけがれ》有らむをば祓え給い清め給えと白す事を聞食せと恐み恐みも白す」
防衛関連用特殊機器製造部門の主任を兼任するこの社の神主が、本殿で祓詞を唱えていた。神主の前には、案と呼ばれる机状の台があり、その上には大麻と、静謐な本殿にはそぐわない無骨な武器が置かれていた。
銀色の銃身が鈍く輝くリボルバーピストルだった。S&W M586・6インチモデル、そしてその使用弾薬である.38スペシャル弾の一箱五十発の箱が百個、案の上と下とに積まれている。
神主の後ろでは巫女装束を纏った桜色の髪の少女と黒いスーツの男性二人が、静かに頭を垂れていた。奇妙な点が一つあった。いくつもの小さなポーチのついた茶革の大振りなベルトが、巫女装束に編み込まれるようにして装着されている事だ。
「――再調整は完了しました。銃は完全に浄められております」
祓いを終えた神主が静かにそう言った。
「ありがとうございます」
巫女装束の少女は礼を言い、案の上からリボルバーを手に取った。一般に拳銃自体の重さというものは、概ね一一〇〇グラムから二〇〇〇グラム程度であり、弾薬を装填していたとしても、そう重たいわけではない。だというのに、浄められたこのM586は、普通の拳銃とは違う、まるで生き物のような重たさを感じさせた。神が宿ると言えば言い過ぎではあるが、その力が銃全体に通っているという実感があった。
「お忙しいところ、再調整していただきありがとうございました。ひと月で〝穢れ〟を多く浴び過ぎていたので、家ではどうしても祓い切れず……」
少女は再度礼を述べ、ベルトの右手側についたホルスターにリボルバーを仕舞った。
「いえ。宮瑠璃市の現状は伺っております。出来る時にメンテナンスを行っておかなければいけませんよ」
神主の返答に続いて、スーツの男が口を開く。
「左様。宮瑠璃市の呪力濃度は日に増すばかり。意図的に呪詛を撒いている者がいるはずだ。このままそやつを排除できなければ、遠からず街の限界が来るだろう」
「霊能コンサルタントにも協力してもらい、常駐できる次の退魔屋を探しているが、宮瑠璃市の怪異は、ほかとは性質が異なる。適した者がなかなか見つからない」
「……やはり、街由来の術者でなければ」
神主が、どこか苦い顔で言った。
少女は、湖面の如き静かな表情を崩さない。
「闇の世界の侵攻は宮瑠璃のみならず、国を越え、世界各地に広がりつつある。この状況で、いち都市が呪詛に満たされれば、そこからは穴が開いたように腐敗が進み、あっという間に国土を呑み込むであろう」
「出来る限り支援をしよう。たったお一人に大事をお任せしてしまうのは、我々としても慙愧に絶えないが、今しばらくの奮闘をお願いしたい。九宇時那美殿」
少女は黙って頭を下げる。腰に吊ったM586がいやに重い。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる