ぐるりぐるりと

安田 景壹

文字の大きさ
81 / 100
第四章

ハサミ女 20

しおりを挟む
「俺は、九宇時じゃない……」
 三原稲の目は常軌を逸していた。瞳はこちらを見ているはずなのに、見えているのは現実ではないのだ。長い前髪を掻き上げ、いや、ぐしゃぐしゃに握り潰して、三原稲は早口になる。
「九宇時君が死んじゃったって聞いた時、ボク、すごい悲しかった。ボクね。ずっとボクに優しくしてくれる九宇時君の事が好きだったんだ。だから、本当に、死んだって聞いた時はどいつもこいつも皆殺しにしてやりたくて――!」
 あとはもう言葉にならない叫び声が、三原稲の喉から漏れた。
「九宇時君はもう戦わなくていいんだよ。この子が全部殺してくれるから。もうちょっとなんだ。もうちょっと呪力が集まればこんな街の奴ら皆殺しに――」
「させるか、そんな事!」
 右手から絡み付く包帯を射出。ハサミ女が複数の腕を出して切り刻もうと体勢を取る。その瞬間、煌津は左手から包帯を射出させ、アタッシェケースを包帯で掴み取るや、ハサミ女に向かって投げつける。アタッシェケースが壊れ、ハサミ女が壁にぶつかり、砕けた壁が埃を立てる。三原稲はすかさず後ろに下がっていた。
 アタッシェケースの中身がくるくると回って、煌津の足元に突き刺さる。
 聞いていた通り、剣だ。十握剣《天羽々斬》。だが『十握』というほど長くはない。十握とは握り拳十個分の意味だが、この剣の柄はせいぜいニ十センチ程度。刀身も六十センチない程度だ。翡翠のような緑色で柄頭は丸い輪になっており、柄は滑り止めの布が巻いてある。肝心の刀身は両刃だった。
「ハサミ女!」
 三原稲が叫んだ。黒い影が壁から飛び出して突っ込んでくる。煌津はすかさず剣を床から引き抜いた。教習用ビデオの中には、剣の訓練もあった。
 ガキン! 複数の刃物が打ち合う。だが、小さなハサミやカッターと、一振りの剣とでは比べるまでもない。
「おぁっ!」
 剣撃の衝撃を殺さず、ハサミ女は壁から壁へと跳躍して煌津から距離を取る。狙いはすぐにわかった。ハサミ女の手が天井に刺さったままの大きなハサミを抜き取り、空中で前転して煌津へ斬りかかってくる。
「ぐっ!」
 ガン! ガン! と天羽々斬とハサミが打ち合う。煌津は胴体を狙って斬りつけるが、ハサミ女は
攻撃を読んでいるかのように防御し、斬り返してくる。
「だったら!」
 全力で素早く剣を振るい、煌津は階段の下のほうへハサミ女を押し込んでいく。【早送り】は迂闊に使えない。この姿では自制が利き辛いのだ。テープの残量を早々と消費してしまうのは避けなければならない。
「ハサミ女! いつもの動きをしていいよ! 九宇時君を戦いから解放してあげよう!」
 ……いつもの動きって何?
 疑念の答えは黒い影の動きにあった。階段を破壊しながら跳躍し、目にも止まらぬスピードでハサミ女が攻めてくる。もはや斬られているのか殴られているのか蹴られているのかさえわからないほどのスピードだ。
「ぐはっ!」
 壁に打ち付けられ黒マスク越しに血を吐く。思わずマスクを外して捨てる。三原家の中は、もはやどこもかしこも壊れていたが、住人の三原稲は気にした様子もない。
 ハサミ女がやってくる。大きなハサミを携えて。
 立たなければ。しかし全身が裂けそうなくらいの筋肉痛だ。頭も体も攻撃され過ぎてそこら中が痛い。
「九宇時君、大丈夫? もうすぐ苦しいの、終わるからね」
 三原稲が心配そうに顔を覗き込んでくる。出会って数分だが、煌津はこの女性が嫌いになりそうだった。
「ハサミ女。首を落として。それで絶対に生き返らないよ」
 ハサミ女がハサミを開く。やばい。駄目だ。早送りで逃げないと。でも、ここで逃げたら那美は?
 ――ブゥーン、ブゥーン。
 何かが、床で振動している。
 バイブ音でわかる。あれは煌津のスマホだ。電話がかかってきている。こんな時に。ハサミ女の動きは電話ごときでは止まらない。開いたハサミが煌津の首根っこに迫る。
 ――ザ、ザ、ザ。
 雑音がした。
 電話にのだ。煌津のスマホが。操作なんてしていないのに。
『あ、もしもし? 穂結先輩? わたしです。静星です。今、住宅街の中にいます』
 ブチ、と電話が切られる。
「嘘……何で……」
 愕然とした声を出したのは、三原稲だった。何故か青ざめた顔で、床に落ちた煌津のスマホを見つめている。
「ハサミ女! 待って!」
 三原稲の声に、ハサミ女が動きを止める。
 ――ブゥーン、ブゥーン。
 また、着信だ。数度振動して、それから、また勝手にスマホが電話に出る。
『もしもし? 穂結先輩? わたしです。静星です。今、家の前にいます』
 明るい口調だが、まるで機械めいた声だった。
 ……家の前? どこの?
「何で……乙羽ちゃんが、こんな時に」
 三原稲の怯えたような声が聞こえる。家の中に静寂が戻っていた。
 ガチャガチャ、と階下でドアが開いたような音がする。
 階段が軋む音がする。誰かが下から上がってくる。
 そんなに長い階段ではない。見え辛いわけでもない。でも音がするのに、誰が上がってくるのかがわからない。  
 ――ブゥーン、ブゥーン。
 三度、スマホが震える。床でずっと振動し続ける。
 ザ、ザ、ザ、と。また雑音がした。
『もしもし? 穂結先輩? わたしです。静星です。今――』
 階段を上る足音は止んでいる。
 背中に怖気が走る。誰かが、倒れた煌津の肩に触れる。指が、顔まで登ってくる。氷のように冷たい指が。
「――あなたの後ろにいるの」
 静星乙羽が、煌津にそう耳打ちした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

処理中です...