探偵尾賀叉反『騒乱の街』

安田 景壹

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『騒乱の街』12

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 全ての後始末を終えて叉反が事務所に帰って来たのは、結局夕刻だった。
 街中の移動にも気を使い、事務所に警察が張り込んでいる事も想定していたのだが、意外な事に、事務所はおろか、ショッピングモールに残していた車さえ見張られていなかった。
 車内の荷物を降ろし、自宅である事務所の上の階まで運ぶ。全ての荷物を運び終え、叉反はようやく一息ついた。
 この後、どうするかについてはまだ考えていない。
 このままナユタで探偵を続けられるのか、あるいは叉反もまた姿を消すべきなのか。
 とにかく、今回の一件については早急に整理して事実関係を見直す必要がある。多くの裏社会の人間に関わってしまった。これがどういう作用を起こすのか、予測し対策を練らなければ。
 そんな事を考えていた時だった。


 ふとポケットの携帯が震え出した。
 電話着信だ。だが、画面には番号が表示されていない。
 ただひたすら、着信を知らせる震動が続くばかりだ。
「…………」
 意を決して、叉反は電話に出た。
「……もしもし」
「――これは警告だ」
 不気味な、機械によって変声された音声が、静かにそう言った。
「今後もナユタで探偵を続けたいのなら、今回の一件で見聞きした全てを忘れる事だ」
「……もし、忘れなければ?」
「お前は全てを失って地獄に落ちる」
 何も言えなかった。機械音声が続けた。
「公安のマークからお前を外しておいた。最後のチャンスだと思え」
 そう言って、電話は切れた。


 不通を知らせる電子音が、通話口から漏れて聞える。
 電源ボタンを押して、叉反は通話を切った。
 思考がまとまらなかった。何が、一体どうなっているというのだ。
 家のインターホンが鳴ったのは、叉反が思考の檻に囚われだしたまさにその時だった。
「!?」
 思わず肩が震える。一呼吸して、落ち着いて立ち上がり、インターホンの受話器を取る。
「――はい」
『あ、叉反―? いるー?』
『おい尾賀、帰ってるんだったら出てきやがれ。てめえには聞きたい事が山ほどあるんだ』
「――――」
 よく知った二人の声だ。体の力が抜ける。
 玄関まで行って、ドアを開ける。
 小さい背丈の少年と、坊主頭の制服警官が、並んで立っていた。
「おお。ようやく帰ってきやがったな尾賀。じゃあ早速約束通り話を聞かせてもらおうじゃねえか」
「……ねえ、叉反。この人知り合い? この間塾に迎えに来てからずっと怒りっぱなしなんだけど、何なの?」
 仁の困ったような、いやどちらかといえば呆れたような声に、ナユタ市警巡査山本銕太郎が目を剥く。


「この小学生! 言っただろうが、俺は尾賀のダチなんだよ、ダチ!」
「いやまあ、それはわかったけど。もう少し静かに喋ってもらえません? 怒鳴り過ぎ」
「何だと!」
 つい最近知り合ったらしい二人は、コントめいたやり取りし始める。
 気が抜けていくのがわかる。緊張が、ようやく解ける。
 少なくとも、今日は休んだほうがいいだろう。
「ん? 叉反臭い。お風呂入ってないの?」
「ああ、そういえばまだだったな」
「さいあく……。さっさと入ってきなよ。僕らリビングで待ってるからさ」
「そうか」
 どうやら上がり込むつもりらしい。
「少し待っててくれ。部屋の中を片付ける」
「りょーかい。あ、そうだ叉反」
 部屋に向かおうとした叉反を、少年は呼び止めた。
「おかえり、探偵」
 ――ナユタに日が落ちようとしていた。悪夢めいた騒動の日々が、終わろうとしている。


「――ああ。ただいま」
 ここ数日決して得る事のなかった穏やかな気持ちで、叉反は言った。




 異国の街の夜に風が吹き抜けていく。祖国とは比べ物にならないほどの電光に彩られた街並みを見下ろすと、柄にもなく自分の存在の小ささを認識してしまう。
 それが不愉快ではないのは、きっと自分が根本的にテロリストだからだろう。この世界を焼き落とし、破壊し尽くしたいという欲望が、広大な世界を魅力的な破壊対象に見せるのだ。
 屋上に待ち合わせの男が現れると、破隠はそちらを向いて声をかけた。
「よう。わざわざこんなところまですまなかったな」
 男は不快そうに眼鏡の位置を直す。深く刻まれた皺に、上等なスーツを着こなしたその姿。見た目は経験を積んだビジネスマン、といったところか。


「全くだ。私物の管理くらい自分でしろ」
 言いながら、男は小さなそれを投げて寄越した。落ちてきたそれを破隠は掴み取る。
 銃弾くらいの大きさの、銀のカプセルだ。底は球形になっていて、残りは先の丸い三角錐めいた形になっている。
「……血の匂いがするな」
「例のチンピラが自分の尻尾に隠して持っていたんだよ。見つけた時には血まみれだった」
「ははあ。そんなところに隠していたとはね。拷問せずに尻尾を千切れば良かったのか」
 男は何も言わない。聞き慣れているのだ。これくらいの残虐な言葉は。
「それで? 結局今回はどういう話だったんだ」
「どうもこうもない。貴様らゴクマが無分別に暴れ回るのを良しとしなかった結社内の一派が、首領である貴様を排斥するために今回の一件を企てたんだよ。計画書を奪い返すために、余計な騒ぎを起こした貴様の責任を追及する――そういう筋書きだったそうだ」


「……下らねえなあ。まあ、おかげさんでしばらくゴクマは活動出来ねえけどな。金を使い過ぎちまったし。でもまあ、有礼の野郎にはペナルティがあるんだろう? 今回の首謀者だったんだからな」
「当たり前だ。じきに奴を刑務所から出す。その後、査問会が開かれる」
 言って、男は風に吹かれながら、光り輝く街並みに目をやる。
「計画の実行はそう遠くない。だというのに、結社内の足並みが揃わないのでは……。先が思いやられるな」
「別にいいだろ。騒ぎばっかりで、俺達の計画にぴったりじゃねえか」
 レンズの奥で男が破隠を睨む。破隠は肩をすくめ、〝計画書〟である銀のカプセルを握り締めた。
「とにかく楽しみだよ。この『騒乱計画』が実行される日がな」
 異国の風は吹き荒び、勢いを増していく。
 ――嵐のような計画の日は、まだ先だ。


                           了
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