86 / 88
7. アレクとなった俺、殿下から逃げる
―― 国王派の貴族たち 3 ――
しおりを挟む
――ええっ!
予想外の要望に、驚いた。
夫人ぐらいの財力があるなら、治癒師を雇うぐらい簡単だろう。治癒魔法が使えるとはいえ、専門家ではない俺に、なぜ、頼むのだろう?
俺は、上ずった声で問い返した。
「ええっと――その――あの……ご子息の治癒ですか? わたしは、専門家ではないので……。もちろん、できれば、力をお貸ししたいのですが。……その、どのような症状でしょうか?」
「生まれたときから、身体が弱く、特に、ここ最近、起き上がることもできなくなってしまって……」
「……ほかの治癒魔法使いに、診断させましたか?」
「何人もの治癒師に診せたのですが、はっきりした原因は、わかりませんでした」
夫人は、溜め息をついた。身体の前で、握り合わせた手が震えている。顔には現われていないシワが、手の甲から指にかけて、深く刻まれていた。
「……わたしは、治癒を専門にやっているわけではありません。……それでも、よろしいのですか?」
「……お願いします。殿下のお母上も、身体がだるい症状が、長年続いていて、殿下の治癒魔法で改善されたと聞いております。――夫が亡くなってから、息子に領地を継がせるため、死に物狂いで働いてまいりました。息子が亡くなっては、何のために苦労してきたのか、わかりません」
嗚咽をこらえているのか、低い、くぐもったような声だった。
「――わかりました。いまから、ご子息を、診させてもらってよろしいですか?」
「もちろんですわ。こちらへ……」
夫人は、俺を、屋敷の廊下の一番奥の部屋へ案内した。
部屋の中央に据えられた寝台に、顔色が悪い、10歳ぐらいの少年が寝ていた。そばには、治癒師の水色の作業衣を着た、白髪で灰色のあごヒゲを生やした男が立っている。
部屋の隅には、手洗い用のたらいを持った侍女が控えていた。
治癒師らしい男が、数歩前に出て、膝まづいた。
「これは、これは、伯爵さま。マルカム様は、いつもと変わりないご様子です」
「……顔色が悪くなっているようにみえるわ?」
「それは、少しのあいだ、マルカム様から離れられていたからでしょう。悲観的なお心が、顔色を悪くみせているのです」
「それなら、いいのだけれど……」
夫人は、眠っている息子に近寄り、じっと顔をみつめた。
右手を、息子の頬にあてがった。息子は眠ったままだった。息が荒く、離れている俺の耳にも、呼吸する音が聞こえた。
夫人は、深く溜め息をついた。
治癒師の男に顔を向けると、
「力になってくれる御方を連れてきたの。――少しのあいだ、下がっていてもらえる?」
男は、驚いた顔をしたあと、顔を赤らめて、
「どなたを連れてこられたのか存じませんが、わたし以上のことができるとは、思えません! わたしの師匠は、王宮の治癒団で腕を振るっておりまする。わたし自身も、若い頃は、王族の方の治癒を引き受けておりました!」
男は、俺の方を射殺すような眼でみた。
俺を指さしながら、
「どなたからか、推薦されたのでしょうが、あのような年の若い者は経験がたりません。――おやめになった方がよろしい」
夫人は、冷たい眼で男をみた。
「あなたには、もう半年も任せているが、少しも良くなった様子がない。それどころか、少しずつ、悪くなっているではないか」
「悪くなっていくのを、くい止めているのです。決して、何もしてないわけでは……」
夫人は、声をあらげた。
「――いいから。下がりなさい! こちらから呼ぶまで、部屋にいなさい!」
男は、また、俺に憎々しげな眼をむけると、小さく頭を下げて出ていった。
夫人は、溜め息をついて、振り返った。
「――お待たせしました。息子を診てもらえますか」
予想外の要望に、驚いた。
夫人ぐらいの財力があるなら、治癒師を雇うぐらい簡単だろう。治癒魔法が使えるとはいえ、専門家ではない俺に、なぜ、頼むのだろう?
俺は、上ずった声で問い返した。
「ええっと――その――あの……ご子息の治癒ですか? わたしは、専門家ではないので……。もちろん、できれば、力をお貸ししたいのですが。……その、どのような症状でしょうか?」
「生まれたときから、身体が弱く、特に、ここ最近、起き上がることもできなくなってしまって……」
「……ほかの治癒魔法使いに、診断させましたか?」
「何人もの治癒師に診せたのですが、はっきりした原因は、わかりませんでした」
夫人は、溜め息をついた。身体の前で、握り合わせた手が震えている。顔には現われていないシワが、手の甲から指にかけて、深く刻まれていた。
「……わたしは、治癒を専門にやっているわけではありません。……それでも、よろしいのですか?」
「……お願いします。殿下のお母上も、身体がだるい症状が、長年続いていて、殿下の治癒魔法で改善されたと聞いております。――夫が亡くなってから、息子に領地を継がせるため、死に物狂いで働いてまいりました。息子が亡くなっては、何のために苦労してきたのか、わかりません」
嗚咽をこらえているのか、低い、くぐもったような声だった。
「――わかりました。いまから、ご子息を、診させてもらってよろしいですか?」
「もちろんですわ。こちらへ……」
夫人は、俺を、屋敷の廊下の一番奥の部屋へ案内した。
部屋の中央に据えられた寝台に、顔色が悪い、10歳ぐらいの少年が寝ていた。そばには、治癒師の水色の作業衣を着た、白髪で灰色のあごヒゲを生やした男が立っている。
部屋の隅には、手洗い用のたらいを持った侍女が控えていた。
治癒師らしい男が、数歩前に出て、膝まづいた。
「これは、これは、伯爵さま。マルカム様は、いつもと変わりないご様子です」
「……顔色が悪くなっているようにみえるわ?」
「それは、少しのあいだ、マルカム様から離れられていたからでしょう。悲観的なお心が、顔色を悪くみせているのです」
「それなら、いいのだけれど……」
夫人は、眠っている息子に近寄り、じっと顔をみつめた。
右手を、息子の頬にあてがった。息子は眠ったままだった。息が荒く、離れている俺の耳にも、呼吸する音が聞こえた。
夫人は、深く溜め息をついた。
治癒師の男に顔を向けると、
「力になってくれる御方を連れてきたの。――少しのあいだ、下がっていてもらえる?」
男は、驚いた顔をしたあと、顔を赤らめて、
「どなたを連れてこられたのか存じませんが、わたし以上のことができるとは、思えません! わたしの師匠は、王宮の治癒団で腕を振るっておりまする。わたし自身も、若い頃は、王族の方の治癒を引き受けておりました!」
男は、俺の方を射殺すような眼でみた。
俺を指さしながら、
「どなたからか、推薦されたのでしょうが、あのような年の若い者は経験がたりません。――おやめになった方がよろしい」
夫人は、冷たい眼で男をみた。
「あなたには、もう半年も任せているが、少しも良くなった様子がない。それどころか、少しずつ、悪くなっているではないか」
「悪くなっていくのを、くい止めているのです。決して、何もしてないわけでは……」
夫人は、声をあらげた。
「――いいから。下がりなさい! こちらから呼ぶまで、部屋にいなさい!」
男は、また、俺に憎々しげな眼をむけると、小さく頭を下げて出ていった。
夫人は、溜め息をついて、振り返った。
「――お待たせしました。息子を診てもらえますか」
0
あなたにおすすめの小説
異世界転移したら、神の力と無敵の天使軍団を授かったんだが。
猫正宗
ファンタジー
白羽明星は気付けば異世界転移しており、背に純白の六翼を生やした熾天使となっていた。
もともと現世に未練などなかった明星は、大喜びで異世界の大空を飛び回る。
すると遥か空の彼方、誰も到達できないほどの高度に存在する、巨大な空獣に守られた天空城にたどり着く。
主人不在らしきその城に入ると頭の中にダイレクトに声が流れてきた。
――霊子力パターン、熾天使《セラフ》と認識。天界の座マスター登録します。……ああ、お帰りなさいルシフェル様。お戻りをお待ち申し上げておりました――
風景が目まぐるしく移り変わる。
天空城に封じられていた七つの天国が解放されていく。
移り変わる景色こそは、
第一天 ヴィロン。
第二天 ラキア。
第三天 シャハクィム。
第四天 ゼブル。
第五天 マオン。
第六天 マコン。
それらはかつて天界を構成していた七つの天国を再現したものだ。
気付けば明星は、玉座に座っていた。
そこは天の最高位。
第七天 アラボト。
そして玉座の前には、明星に絶対の忠誠を誓う超常なる存在《七元徳の守護天使たち》が膝をついていたのだった。
――これは異世界で神なる権能と無敵の天使軍団を手にした明星が、調子に乗ったエセ強者を相手に無双したり、のんびりスローライフを満喫したりする物語。
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ
如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白?
「え~…大丈夫?」
…大丈夫じゃないです
というかあなた誰?
「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」
…合…コン
私の死因…神様の合コン…
…かない
「てことで…好きな所に転生していいよ!!」
好きな所…転生
じゃ異世界で
「異世界ってそんな子供みたいな…」
子供だし
小2
「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」
よろです
魔法使えるところがいいな
「更に注文!?」
…神様のせいで死んだのに…
「あぁ!!分かりました!!」
やたね
「君…結構策士だな」
そう?
作戦とかは楽しいけど…
「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」
…あそこ?
「…うん。君ならやれるよ。頑張って」
…んな他人事みたいな…
「あ。爵位は結構高めだからね」
しゃくい…?
「じゃ!!」
え?
ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命
遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。
転生特典〈無限スキルポイント〉で無制限にスキルを取得して異世界無双!?
スピカ・メロディアス
ファンタジー
目が覚めたら展開にいた主人公・凸守優斗。
女神様に死後の案内をしてもらえるということで思春期男子高生夢のチートを貰って異世界転生!と思ったものの強すぎるチートはもらえない!?
ならば程々のチートをうまく使って夢にまで見た異世界ライフを楽しもうではないか!
これは、只人の少年が繰り広げる異世界物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる