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第八章
いけないこと②
しおりを挟むそれからこれまで焦らした分を埋めるように、一度その位置で更に腰を押し付けた後、ディアナスが腰を動かし始めた。
はじめはゆっくりとだったそれが、後は走り出すように激しさを増し、ぶつかり合う度に水音が散って部屋に響く。ぎしぎしとベッドが軋んで悲鳴を上げる。
「…ぁ、ゃ、あぁ……っ!」
「…っく、気持ち、良さそう…こんなに、締め付けて…可愛いね、セレナ」
腰を何度も打ち付けながら、ディアナスの口づけがセレナに降る。唇だけではなく涙の滲む目尻や頬や鼻の先。まるで慈しむように柔らかな愛撫。
その合間に甘い言葉を囁きながら、ディアナスはセレナの女の部分を絶えず刺激して高みへと押し上げる。
まるで恋人同士の睦言のようなそれを、繰り返し何度も言って聞かせるように。
その度にセレナはどうしたら良いか分からなくなって、ただディアナスから与えられる刺激と快楽と愛の言葉を受け容れることしかできなかった。
体が感じる欲は夜伽聖女のものに他ならない。
だけどそれ以外のものが自分の中にあったことに今更気付く。
弾けて、真っ白になって、そうしたら。自分たちの関係はどうなっているんだろう。
自分は――
夜伽聖女のその前。自分はただのひとりの女であったことを思い出した。
だけど生まれ持った体の弱さに、女の悦びだとかそんなものはとっくに諦めていた。自分を女として扱うことも扱われることも、死ぬまで無いと思っていた。
大事なひとは居たけれど、恋と呼ぶには不純過ぎた。それからその身体のままこの世界に召喚ばれた。
そしてセレナは女になった。
「…セ、レナ…っ」
だんだんとディアナスの顔から余裕の色が消え苦痛に歪む顔が目の前でセレナに縋り付く。
おそらく自分を待って耐えているのだろう。セレナがそれに応えるようにいっそう内側をうねらせる。
もう最後は近いのに、何故かそれをおそれる気持ちがあった。堰き止めるこの感情はなんだろう。もうこんなにぜんぶ、暴かれてしまったのに。セレナが一番、こわいものは――
汗を滲ませながらディアナスが、ふるりと首を振って快楽に耐える。不覚にもその様子がひどく愛しく感じてしまった。
セレナは殆ど無意識に、手を伸ばしてディアナスのその細い首に腕を絡めた。
ディアナスが思わず目を瞠る。荒い呼吸の息を詰めながら。
自分に縋りつくその存在に、どうしようもないほどに胸が締め付けられた。
「――いかないで…」
零した心の一部と共に、何かが弾ける音がした。
それはセレナのものだったのかディアナスのものだったの分からない。
だけどそれは紛れもなく、セレナが見せた心の一部だった。
ディアナスはきつく歯を食いしばってから、片手でセレナの腰を固定しもう片方の手でセレナの顔を自分に向ける。
涙に暮れたその瞳には、泣きそうな顔をした自分が映っていた。だけど心はここには無い。快楽の渦中か遠い最愛の果て。それが堪らなく哀しくなった。
最後の理性だけを頼りに自身を保ちながら、セレナのいちばん奥を何度も突き上げて、それでもその先を望むように、ディアナスは深く自身を沈めた。
セレナが仰け反り声にならない声を上げる。その内側もディアナスを決して離さないように絡みついて、ディアナスは泣きながら顔を歪めた。
「どこにもいかない、だから、ボクを見て。そこにボクも、連れていって」
いまここに居るのがボクだって、忘れないでいて
これまで夜伽でしかなかったこの行為は、
本当はあなたを縛るものではなかったということを
ひとりでは分け合えないものを共有する為に
ひとりでは満たされないものを埋め合う為に
独りではないと確かめ合う為に
ふたりで居ることに意味があるように
ひとりでは、生きていけないから
だからひとは温もりを重ねて繋がるんだってこと
忘れないで、ボクはここにいる
伝えたかった言葉は結局。最後に突き抜けた白い火花にすべて眩んで弾け飛んでしまった。
殆どふたり、同時だった。
「…ぁ! い、っちゃ、ぅ…っ、ディア……!」
「…ッ、く、…ボク、も…!」
セレナの中の一番深い場所で、白い熱が放たれる。
熱い血潮にも似た欲の果てが腹の底で脈打つ鼓動は、途切れかけていたセレナの視界と思考を真っ白に染め上げた。
「…セレナ」
呟きを、彼女が受けとることはなかった。
ゆっくりと意識を手離すセレナを抱き留めながら、ディアナス自身も倒れ込むようにベッドに肘をつく。
セレナを押し潰さないように支えた腕が痛かったけれど、動いて離れることの方が惜しくて暫し耐えた。
空白の余韻に浸りながら意識のないセレナに触れるだけの口づけを落とした後、流石に腕がひきつれて辛くて体勢を起こして自身をひきぬく。
どろりと、その入口から。白濁とした欲が滴り落ちる。先ほど自分が吐き出したそれがセレナの肌を伝って溢れ、下敷きにしていたドレスに滲みが広がっていく。
それを見つめながらまた固くなる自身を、ディアナスはひとりで慰めた。何も反応を返さないセレナの唇をただ貪りながら。
流石に虚しさを感じて一度抜いたら落ち着いた。そうしたら体に残る疲弊感に耐えることは敵わなかった。
裸のセレナにシーツをかけて、自分もそこに一緒にくるまる。
ひとりで目覚めることのないように、腕の中にセレナを閉じ込める。熱が冷めれば彼女はきっと、容易く逃げて行ってしまう気がしたのだ。
満たされているはずなのにどこか寂しくて。だから何度も求めてしまうんだろう。
その時彼女が再び手をとってくれるのかは分からない。
ただ今だけは何も考えず、ここにある幸福と寂しさと余韻に浸りながら、ディアナスもゆっくりと目を閉じて意識を手離した。
***
セレナがふと目を覚ますと、遠くで水の音がした。
ぼんやりとそれを聞きながら、バラバラに散らばっていた意識を掻き集める。
体中のあちこちが痛い。小さな痛みと体が軋むような鈍い痛み。呻くほどではないけれど、じんじんと痛みを主張している。
覚めきらない頭で寝返りを打つと、予想外の痛みに思わず声を上げた。
「…っ、痛…っ」
なんだろう。まるで筋肉痛みたいな、体が悲鳴を上げている。いったいなにをしていたんだっけ――
「――セレナ?」
天蓋付ベッドの天井から垂れる薄い絹越しに人影が揺れ、その相手が自分の名前を呼んだ。
少しずつ思い出される意識を失う直前の記憶に、思い当たる人物の名前を口にする。
「…ディアナス…?」
「…戻ってる。まぁいいけど」
呆けるセレナにディアナスは苦笑いを落として、僅かに身を起こしたセレナにさっと視線を走らせる。セレナの体の異常を確認しているようだ。
あちこち痛いけれど自己申告するべきか少々迷う。痛みの理由をただしく思い出してきたからだ。するのは久しぶりだったし激しかったしで体が痛いとはとても言えない。
裸の肌には薄いシーツが巻かれていた。脱がされて下敷きになっていたドレスはいつの間にかなくなっている。
目の前のディアナスも裸に薄でのガウンを羽織っただけという目のやり場に困る出で立ちだった。
それからディアナスはセレナの顔を覗き込み、ふわりと笑いかける。
「体、平気? お風呂、はいろ」
「…おふろ?」
醒めてきたとはいえまだ思考の追い付かないセレナの答えを待たず、ディアナスはセレナを抱き上げる。
自分と殆ど変わらないと思っていた体躯の、それでもディアナスは男だった。流石に体重は違うと思いたい。身を竦めても軽くはならないのだけれど。
ディアナスは無理をしている素振りもなく涼しげな顔でセレナをお姫様抱っこして歩き出す。くるんだシーツごとお風呂場へと運ばれていく自分をセレナはまだどこかぼんやり見送っていた。
あっという間にシーツを剥ぎ取られ、乳白色のお湯にゆっくりと沈められる。それからディアナス自身もガウンを脱ぎ捨てて浴槽にはいってきた。至極当然のように。
お湯が溢れて湯気が立ち込めふたりの視界を奪う。ふたりして何故か無言で顎まで浸かった。
温かなお湯が体すべてを包み込んで、緊張がゆっくりとほぐれていくのを感じてほぅっと小さく息をつく。
セレナは何故だか泣きそうになって慌てて目元を抑えた。
涙腺まで緩んでしまったのか。鼻の奥がつんとする。
「…ごめん」
「…ディアナス?」
湯気の向こうから聞こえてきた小さな謝罪に、セレナは思わず目を瞬かせた。
謝罪の理由が分らない。目覚める前の記憶はもう大分戻ってきている。多少の無理強いはあったけれど概ね合意の上だった。結局自分からねだってしまったし。
ちゃぷんとお湯が撥ねて波紋を描き、相手にぶつかってまた撥ねかえってくる。
「…いろいろ、初めてで…その、自分でも予想以上に昂っちゃって…意地悪をしたというか、泣かせちゃって」
気恥ずかしさと気まずさからか、いつもはっきりとよく透るその声がどこかくぐもって聞こえる。浴室の反響に消え入りそうなほど。
セレナは無言でそれに応えて、更に鼻先までお湯に沈める。
少し考えた後、セレナは乳白色のお湯の中をくぐり抜けて伸ばした先にあったディアナスの手に、自分の指を絡めた。
びくりとディアナスが体を揺らし、またお湯が撥ねる。
煙る湯気の向こうからゆっくりと、ディアナスの青い瞳が覗いていた。
ディアナスを責める気はないけれど、簡単にいいよと許すのも悔しくて、無言でただその手を握る。
湯気が溶けて視界がはれて、ようやくふたり目が合う。
セレナの気持ちがどこまで伝わったのかは分からないけれど、ディアナスが繋いだ手をぐいと引き寄せセレナを抱き寄せた。
広めとはいえ浴槽の端でふたり裸のまま抱き合って、ディアナスがセレナの肩に鼻先を埋めて囁く。
「…これだけは…覚えておいて、セレナ。ボクはこの先何があっても、セレナの味方で居る。セレナがこの先どんな道を選んでも選ばなくても。ボクはあなたの背中を押すよ」
触れられてしまうとまた、体は疼くし反応する。だけど今は差し出された真摯な気持ちに心が動いた。
自分を抱きながらディアナスはずっと、セレナに愛の言葉を捧げここに繋ぎとめてくれた。これ以上かわしたり逃げたりできないほどに。
もう観念するしかないのだろう。
「…うん。ありがとう、ディアナス」
選んでも、選ばなくても。
胸に刻む。いつかその時が来るまで。
セレナの返事にディアナスが、僅かに体を離してその濡れた頬に手の平を寄せた。
ひかれるように顔を上げると、すぐ目の前には水を滴らせた綺麗な顔。ベッドの上と違って明るい浴室でそれは一層際立つ。
その先を予感して、咄嗟にセレナはその唇を自分の両手で覆って腰をひいた。だけどいつの間にか腰まわっていたディアナスの手にそれ以上逃げることは敵わなかった。
流石にこのまま雰囲気に流されるわけにはいかないと気付いたセレナに、ディアナスは内心舌打ちをし分かり易く顔を不機嫌に染める。
「なんで駄目なの、さんざんしたのに」
「だ、だって、その…夜伽も済んだし、体も落ち着いたし…長湯は体に悪いし…!」
「もうボクは用済みってこと? それにボクはまだ、落ち着いてない」
言って自分の口元を覆っていたセレナの片方の手を、お湯の中の自分の脚の間へと導く。触れたものセレナはかっと顔を赤くして身を退くもすでにがっちりと捕らえられた後だ。
「ま、待って、ここでは、やだ」
「ここじゃなきゃいい?」
違うそういうことじゃなくて。
身を捩るセレナを決して逃がさないように、ディアナスは押えていた腰を更に自分に引き寄せて肌を合わせる。
狭い浴槽内で思うように動けず、濡れた自分の胸に倒れこむセレナにディアナスは微笑んだ。
本当にしたいわけじゃない。もちろんして良いならするけれど。
今はただ、自分のことで困るセレナをもっと見ていたかったのだ。
その間だけはその心が、自分のことしか考えられなくなるように。
一時の幸福感に瞳を伏せるディアナスの耳に、それを壊す声が割って入った。
「――なにやってるんだ」
突如浴室に響いた声に、ふたりは揃って目を見開き声の方へと視線を向ける。
いつの間にか開けられた扉。そこに寄りかかるようにして肩で息をした汗だくの青年。
赤い髪は汗で肌に貼りつきその瞳はふたりを見据えていた。ものすごい不機嫌さを滲ませて。
その相手を確認して、今度こそディアナスは隠す気もなく舌打ちを響かせた。
「アレス兄様」
「アレス…!」
「おまえらいい身分だなこっちの気もしらないで」
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