夜伽聖女と呪われた王子たち

藤原いつか

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第一章

聖女のお仕事(ただし世界は救わない)

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 一番はじめにノヴァに案内されたこの部屋は、基本的に“夜伽”専用らしい。
 “夜伽聖女”の為に国が用意してくれた仕事場。つまりはいずれ、他の王子たちがこの場所に来るかもしれないということ。だからやけに豪華なのかと納得した。
 わたしの存在は一部の関係者と王族以外極秘で、いま現在“夜伽聖女”の召喚に成功した事実は、ノヴァとノヴァの師匠しか知らない。ノヴァの師匠はおそらく気配で気付かれている、とのこと。

 豪華なベッドと調度品が取り揃えられた部屋はこの一室のみ。
 わたしとノヴァはひとまず身なりを整えて、部屋の中央にあるソファに腰を据えた。ノヴァはいくらすすめても立ったままだけれど。
 ここで過ごすと決めたわけなので、手近なところからこの部屋とその他の部屋の詳細を今聞いていたところだった。
 時刻は真夜中。月はまだ高い。

 この部屋にある表向きはひとつだけの扉をくぐると、あとはひどく簡素な個室と調理場とトイレとお風呂があるだけだった。ちなみにこの個室はノヴァの部屋らしい。聖女さま召喚の術者及び世話係として、ノヴァは基本的にここで暮らしている。いつ現れるのかも分らない聖女さまの為に、この部屋をいつも綺麗に整えて。

「聖女召喚の儀は、国王陛下承諾のもとで執り行われています。しかもこの儀は条件を揃えるのにも困難で、容易く行えるものではありません。なので今回の結果を、陛下には必ず報告する義務があります」
「じゃあわたしも国王さまに会える? 会ってみたいな、王さま」
「希望なさるなら、謁見も可能かと。ただ、その…本物の聖女さまだと、証明された上での身分の扱いになりますが…」

 どこか気まずそうに、ノヴァが声音を低くする。
 自分の任務を遂行しきれていないことへの罪悪感か、これからすることへの戸惑いか。
 ノヴァは湯気のたつカップをそっとわたしに差し出した。

「体を温める薬草と、それからまじないがかけてあります。少しは体も楽になるかと」
「まじないって…魔法みたいな?」
「少し仕組みは違いますが…似たようなものですね。ぼくは魔術は得意分野なのですが、魔法は不得意なんです」
「そっか、でもいいなぁ。魔法。ここに居たら、わたしも使えるようになるかな」
「どうでしょう…貴女のもとの世界の資質にもよるかと思いますが…でも、魔法も魔術も。使えても良いことなんて、多くはありません。なくても生活できるのですから」

 そう言った、ノヴァの。憂いを帯びるその瞳。
 何かに想いを馳せるように遠くを見つめて、それを無理やり諦めるように閉じられる瞼。
 いろいろと、複雑なんだなと。そう思うに留めた。
 まだ彼の事情は聞かないでおく。今は、まだ。

 そっとカップに口をつける。体が寒くて痛いと言ったら淹れてくれた、ノヴァ特製のハーブティー。
 懐かしいような香りとそれに混ざる独特の匂い。だけど嫌いなものではなかった。
 何回かに分けてそれを、飲み干す。ノヴァがじっと見つめるその視線の先で。
 
「ノヴァは? 飲まないの?」
「…やっぱりぼくは、その…正常な判断を、行えるようにと思って…せめて、貴女を…むやみに傷つけてしまわないように…」

 視線をわたしから外しながら、くしゃりとその前髪を掴んで。少しだけまた震えているその体。
 相変わらず優しく生真面目だな。
 これから行う行為に、体が傷つくことに変わりはない。
 だけどわたしは傷ついたりなんかしないから、大丈夫なのに。

 だけどじゃあ、飲むのはわたしだけか。
 でもいっそ、その方が好都合かもしれない。
 ぜんぶわたしのせいにしてしまえば良い。
 彼は彼の与えられた役目をこなして、夜明けまでに成果を持ち帰らねばならないのだから。

 そっと、借りて着ていたガウンの隙間から、自分の体の様子を覗く。
 それまでのわたしの身体は。
 筋肉も脂肪も栄養も足りず、胸もお尻もぺたんこで痩せているだけの身体にはなんの魅力も感じられず。ノヴァにかえって申し訳ないなと思っていたけれど…
 クスリとまじないとやらのおかげか肌に血色が巡り、気分が少しずつ昂揚してくるのをお腹の奥から感じた。
 年齢相応といえるくらいの肌のはりと、肉付き。
 気分もすこぶる良い。

 すごい。魔法でも魔術でもどっちでも良い。便利だ。
 自分のことを“女の子”だなんて一度も思えたことはなかった。
 実年齢よりも年下に見られる姿かたち。
 それが今、少しだけ。
 違う自分になれた気がした。
 それでも消えない傷痕は、変わらないものを訴えるけれど。
 今までの苦痛に比べたらずっとましだ。

「良かった、ちょっとは抱き心地良くなったかも」

 呑気に笑ってみせるわたしに、ノヴァは逆に困った顔。
 するしかないって、分かってるくせに。その覚悟も一度決めたはずなのに。
 ここにきて怖気づくノヴァに少しだけ苦笑いを漏らす。
 ノヴァはその場から一歩も動かない。

「部屋を…暗くすることは、できる?」
「……できます」

 わたしの要望に一瞬だけ間を置いて、ノヴァがその手をそっと明かりに翳す。
 ふっと部屋の明かりが消えて、窓から差し込む月明かりだけが部屋にあるものの輪郭を象っていた。
 良かった、これならせめて。見られなくて済む。醜いものは。

 ふと、暗がりの中で動く気配。
 いつの間にかすぐ目の前にノヴァが居た。

「…ベッドまで。運びます」
「…うん」

 素直に頷くわたしの体を、ノヴァの細い腕が抱き上げる。
 一瞬の浮遊感と心許なさに思わずぎゅっとその首に抱きついて、それから自分の体が異様に熱くなっていることに気付いた。
 高熱にうなされることは多々あったけれど。
 この熱は、初めてだ。

 わたしだって、こわい。
 だからふたりで話し合って、なるべくこわくない方法を考えた。
 そしてクスリを使うことにしたのだ。
 強張ったままの体と心が、ほぐれるクスリを。
 これはノヴァの師だというひとが、あらかじめ用意してくれていたらしい。
 けっきょく飲んだのはわたしだけだったけれど。

 大丈夫。傷つかない。
 わたしに触れるノヴァの手が、体が。
 まだ温かいうちは、きっと。
 
 わたしの…聖女セレナの、初仕事だ。
 わたしに世界は救えないだろうけれど、ノヴァの呪いはわたしが解く。

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