夜伽聖女と呪われた王子たち

藤原いつか

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第一章

甘い毒に赤い痕

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 そっとおろされたベッドの上。再びギシリと鳴るベッド。
 向かい合ったまま腰を下ろし、暗闇の中視線だけで互いを探る。
 天蓋つきのベッドで月明かりが阻まれて、目が慣れるまではもう少し。

 ふと何かの気配を感じた。目の前のノヴァのものではない。
 微かで、でも膨大な。異質で、でも繊細な。
 視線を向けると目の前に、いつの間にか寛げられたノヴァの胸元。
 そこに蠢く黒い痕。
 ――王子さまにかけられた、呪い。
 ノヴァの姿はまだはっきりと見えないのに、やけにその痣が、痕が。存在を主張しているように見えた。

 一度明かりの下で見たときは黒いものだと思った。そう見えた。
 だけど、違う。
 ――赤、だ。
 まるで血のように、もしくは散らされた花弁のように。
 不思議と、薄気味悪さや不気味さはもう感じなかった。
 それよりも綺麗だと、ぽつりと思う。

「…これ、暗闇だと色が変わるの…?」

 そっと落とした質問に、ノヴァがびくりと体を揺らして、それに合わせてベッドも小さく軋んだ。

「え、な、なんのこと、ですか…」
「この、呪い…? の、痣みたいなやつ」
「…いえ…色が変わったところは、見たことがありません。師である先生にも何度か診て頂いてますし、先生は他の王子たちの呪いによる変調も診察されてますが…色が変わるだなんて聞いたことはありません」

 ノヴァはわたしの質問に間を置いて、それから慎重にそう答える。
 呪いについて解っていることは多くはなく、ただフィラネテスの血をもつ王子にのみ、生まれながらに受け継がれるようにこの痣があると。そう聞いていた。
 これも、事前に話したことのひとつ。
 呪いについて解ることを、情報を。ひとつでも多く見つけること。
 だから気付いたこと、気になったことはすべてその場で確認する。たとえ情事の最中だろうと。
 この後ほかの王子たちを相手するならなおさら、呪いについて…それを宿す身体について。
 知らなければならないことは多い。知らないと対応もできないからだ。
 王子の御身に何かあってはいけないからと、ノヴァは言うけれど。
 ていよく実験体扱いされて、ノヴァはいったいどう思っているんだろう。

「そっか、じゃあこれ…わたしだけなのかな」
「…そう、なのかもしれません」

 他のひとと違う、それだけで。自分の存在の希少性がひとつ上がる。
 “聖女”である証の材料集めみたいだ。
 互いに無言でその事実を胸に刻みながら、わたしはそっとノヴァの肌に手を伸ばす。

 次第に明確になる視界の端で、ノヴァが僅かに息を呑むのを感じた。
 生きた呪いは同じ場所に留まらず、いまはノヴァの心臓の上。ちらちらと、小さく散りながら。まるで意思をもつかのように踊っている。
 傍から見るだけなら確かに少し不気味かも。でも。

「…きれいだよ、赤い痕。花びらが散ってるみたいで」

 この呪いは。
 生まれながらに王子たちの体に刻まれ、昼間は苦痛を伴い不調をきたし、そして徐々に寿命を奪うらしい。
 王家の血が途絶えることはなかったが、先の国王はそれをおそれ正妃以外にも多くの妻を迎え子を増やした。
 そうして受け継がれてきた血と呪いがいま、五人の王子たちの身を侵している。

 その苦痛と呪いの痣は次第に質量を増し、現国王は自分の子の代でとうとう死人が出るのではと相当気を揉んでいる。
 そしてそれに呼応するように、この世界での魔のモノが瘴気と猛威をふるい、町や森は深刻な状態にまできてしまった。
 王家が隠してきた呪いの噂が国民の間でささやかれ始め、そして国王は仮初の聖女を仕立てあげる。
 仮初とはいえ巫女の血統にあたるその娘は、浄化の効果も見せ国民の希望となった。
 それが今この国の現状だ。

 それでも王子の呪いが解けない限り。この国が危うい状態だということに変わりはない。
 だからわたしの出番なのだ。
 本当にわたしにどうにかできる代物なのか。
 話を聞いたときはそれなりに恐ろしさを感じていたものだけれど…こうしてみると、思っていたより。
 こわくない。それが正直な感想だ。

「さわってみるね」
「…はい」

 返事を待ってから、そっと。
 ノヴァの肌に触れたその時。

「……っぁ…!」

 触れた瞬間に、頭上から上がったノヴァのその声。
 思わずとっさに手を離す。
 ノヴァが片手で自分の口元を覆うのとほぼ同時だった。
 見上げたノヴァの顔がみるみる赤くなり、驚きと戸惑いで目を丸くしている。
 驚いたのはわたしもなんだけれど、なんとなく言葉を発しにくい空気でお互い黙りこむ。

 今の反応は…いきなり触って驚いたとか、手が冷たかったとか、そういうものではないような。
 それはおそらくノヴァ本人も不本意なものだったようで、だんだんと顔色が悪くなってくるのが分かった。
 敏感なのかな、とか。流石に口には出さないけれど、この行き場のない手をどうしようか悩む。
 もう一度触れても良いだろうか。断られそうだけれど。

「えっと…続けても、良い?」
「ま、待ってください、その、これは予想外だったというか…」

 ノヴァの言いたいことは分かるけれど、でもここで待っていても進まないしな。
 なるべく互いの気持ちを尊重して、あくまで利害の関係で。そういう約束だったけれど。
 これもおそらく、呪いに関する解明の一歩。
 今度は無断でノヴァの肌に触れた。

「…っ! せ、セレナ…!」
「あ、名前。もっとちゃんと呼んでね、慣れるまで」
「待って、と…!」
「うん、でも。きっと大事なことだと思って」

 ぴたりとその汗ばんだ肌に、手の平を添わせて。心臓の上から散らばる赤い痕を、指先でなぞるように追いかける。
 だけど追う必要はないのだとすぐに知る。
 呪いの、ほうから。自分の熱に吸い寄せられるように、手の平の下に集まってくるのだ。

「……!」

 集約する呪いに反応するように、ノヴァの身体が熱と反応を増す。
 試しにと何もない肌にも触れてみたけれど、明らかに様子が違う。反応が。
 触れる度にびくびくとノヴァの身体が熱を上げ、そして殆ど無意識にかその腰が揺れ、小さくベッドを鳴らしていた。
 眼鏡のレンズの向こうで歪められる顔が、わたしのお腹の奥をくすぐる。

 これはなかなか、おもしろい成果だ。
 ノヴァ本人にとってはおもしろくないだろうけれど。

 制御できない己の事態にノヴァが奥歯を強く噛みしめる音がした。
 少しだけかわいそうになってきて、撫でまわしていた手を止めその肌から離した、その瞬間。
 咄嗟にか、無意識にか。
 ノヴァの手がわたしの手を掴み、まるで懇願するようにその碧い瞳がわたしに縋った。

「ま…っ」

 口に出してからノヴァは、はっと口元を押えて。
 わたしの手をとったその手は震えている。
 これはどっちの、待てなのか。

 掴まれた手に熱が集まる。そしてわたしの熱を覚えたのか、呪いの痣が、赤い痕が。互いの手の平へと吸い寄せられ、触れた部分からノヴァへと、快楽を伝えた。
 目の前でそうして自分からノヴァへと与えられるものの様子をじっと見て。それでも離さないノヴァの手をぎゅっと握り返した。
 ノヴァの顔が再び歪む。泣きそうに。
 その顔はちょっとずるいなぁと思う。まるでわたしがいじめてるみたいだ。

「…わたしは…これに、好かれてるみたい」

 それがひとつの答えで、そして、もうひとつ。
 “夜伽”でなくてはならない意味を、知る。
 わたしに、できるなら。


「おいで、わたしがもらってあげる」

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