夜伽聖女と呪われた王子たち

藤原いつか

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第一章

さいごの灯

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 ノヴァの何度目かの絶頂それの予兆を、自分のなかで感じたとき。
 引き抜こうとする腰をぎゅっと脚で挟んでひき止めて、ノヴァが離れようとするのを阻んだ。目の前でノヴァの綺麗な顔が、苦痛で歪んでいた。

 身体を重ねるにつれいつの間にかノヴァは言葉少なになって、だけど身体は素直に、本能に忠実に求めていた。なのにノヴァは何かに耐えるようにじっと、身を固くするだけだった。
 気付いた時にはわたしのなかではなく、外に吐き出していた。呪いを宿した精の果てを。
 それじゃあ意味がないのに。だったら何の為にわたし達は、身体を重ねるのか。

 どうして、と訊いても。ノヴァは返事をしないでどこか哀しそうな瞳でわたしを見つめて抱き締める。触れる度に欲情すると解っていて、つらいだけだと解っていて、それでもノヴァは幾度となくわたしを抱きしめてくれた。
 たぶんそれが、ノヴァが果てた最後。混沌とする記憶が正しいのならばだけど。

 あとはわたしの余る熱の処理に付き合ってくれていただけ。時折ノヴァのそれに触れようとすると拒まれて、わたしの身体に数を増した赤い痕を吸い上げて、そうしてわたしの意識を容易く持って行ってしまう。

 不思議とノヴァの考えていることが分かる気がした。
 でも、だから、それを拒む為に何度も求めた。自分から。
 だけどノヴァは応えてくれることしなかった。
 ノヴァはけっきょく悪者になりきれないくらい、優しいひとなのだ。
 そうしてわたしは泣きながら、意識を手離した。



 先に目を覚ましたのはわたしだった。
 窓の向こうの空はうっすらと白み、じきに夜明けを連れてくる。
 目の前に寝息をたてるノヴァの顔。わたしをずっと抱き締めて眠ってくれていた。
 無防備なその寝顔は、起きている時よりもずっと幼くみえる。ノヴァの年を知らないけれど、自分と同じくらいだろうか。精神年齢はわたしよりずっと高そうに見えるけれど、大人びているだけなのかもしれない。
 暖炉の火はとうに消えていたけれど、不思議と寒さは感じなかった。こうしてくっついているだけで、互いの熱を分け合うだけで、ひとは充分生きていけるのだ。
 そうして新しい世界を迎えたわたしは、ひとつの決意を心に固める。

「……寝顔はそんなに、似てないや」

 小さく、口にするつもりはなかったのに何故か、声に出してしまっていた。
 ノヴァはまだ目を閉じたまま。小さな寝息もそのまま。聞かれずに済んでほっとする。

 そっとノヴァの腕の中から這い出て、自分の身体を観察する。流石にぶるりと身震い。そっと手近にあった毛布を体に巻き付けながら、うす闇の中目を凝らす。
 目で確認できる範囲。鏡があるのかもしれないけれど今はどこにあるか分からないので目視のみ。

 意識を失う前よりも確実に、その量を増やした呪いの痣。ふと気付くと赤ではなく黒に変わっている。一番最初にノヴァの痣を見たときと同じ色。
 そろそろ夜明け。朝と夜とで異なるのか。あとでノヴァにも教えておかなければ。

 それからノヴァの、一糸纏わぬ晒された肌に目を向ける。
 ノヴァの身体の呪いの痣は、今は何故か右手と胸元に集まっていた。そういえば腕まくらをしていたのは右手。やっぱりわたしに寄ってくるみたいだ。なんだか少しだけ、可愛いと思えた。
 その量はおそらく、昨日よりも減っているはず。ノヴァ自身に確認しなければ分らないけれど、わたしに移った分だけノヴァの呪いも苦痛も、楽になるはずだ。きっと。

 もし、わたしの前にいちばん最初に現れたのが、その役目を任されたのがノヴァじゃなかったら。
 正確にはノヴァの姿じゃなかったら。
 おそらくこんなに落ち着いた気持ちではいられなかっただろう。
 
 だからノヴァは、目が醒めたらきっとごめんて言うんだろうけれど。 
 謝らなくて良い。利用させてもらったのはわたしも同じ。
 ノヴァは似ていた。その声も面影も、わたしの大切だったひとに。
 だから。初めて抱かれるのがその姿形のノヴァなら、いっそ本望だと思えたのだ。
 
 それを言ったら、ノヴァの罪悪感は少しくらい薄れるかもしれない。紛れるかもしれない。
 だけどわたしは言う気はなかったし今後も伝えない。絶対に。
 その方がきっと都合が良い。お互いにとっても。

 ――おそらく。
 ノヴァと身体を重ねるのは、ノヴァへの“夜伽”はこれが最後。
 わたしの“夜伽”の効力が正式に認められれば、必然的にわたしは四人の王子たちとやらにまわされるだろう。
 優先すべきはこの国の正統なる血統。例えノヴァの呪いは解けないままでも、ノヴァの“役目”はここで終わる。
 きっとノヴァもそれを解っている。だから、きっと――

 そこまで考えて、寒さにか身体が小刻みに震えていることに気づき、それ以上考えるのをやめた。
 ごそごそと毛布をノヴァにも巻きつけて、自分はもそもそと再びノヴァの腕の中に戻る。温もりを求めるように、縋るように。
 触れたノヴァの肌に黒い痣が集まってくる。くすりと笑って唇を寄せると、ぴくんとノヴァが身体を揺らした。だけどまだ眠っているようだ。
 その呪いのおそろしさを、まだわたしは知らないまま。
 再びわたしは目を閉じた。まだ眠っていたかった。


 窓の向こうが次第に明るくなってくる。
 長いようで短かった夜が明けて、朝が訪れる。
 地獄のような苦痛と共に。

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