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第二章
クチナシの王子たち
しおりを挟む「王子たちのことが知りたい」
初めての夜伽から丸二日、翌日に国王陛下との謁見を控えた日の夜。
夕食を終え食後のお茶を運んできてくれたノヴァにそう申し出た。
それまで体の疲弊がひどくて食事をとる気になれず魔法と薬術で体に栄養をいれていたので、この世界にきてからまともに食事をとったのは今日が初めてだった。
体への負担を考慮した消化に良いものばかりで逆にちょっと物足りないくらい。そう思えるくらいには、気持ちは持ち直していた。
痛みに慣れてきたのかルミナスとノヴァの“治療”と称する手当たり次第の薬効のおかげか、昼間の痛みを受け容れられるようになってきた。
そうしたら今後のことを考えられる気力ができた。
悲観することばかりではない。
わたしは生きて自由になる為に、今できることをするだけ。
「…そう言うと思って、肖像画の写しを用意しました。セレナはこの世界の文字は…」
「読めません」
「…とりあえず僕が、説明しますね。いずれ、余裕ができたら…文字を覚えましょう。この世界のことを、少しずつ一緒に」
そう言って少しだけ微笑んだ顔が、次の瞬間にはまたいつもの顔になる。
蝋燭の明かりにノヴァの眼鏡のレンズが反射して、その表情はもう読めない。本当は何を、思っているのか。
目の前の席に座るノヴァがお茶のカップを少しずらして、テーブルの上に一枚ずつ紙を広げて並べた。
「現在のものではなく2年前の肖像になるので、実際には少し印象が異なるかと思います」と前置いて。まず一枚を、わたしの目の前に差し出す。
第一王子であるイリオス・フィラネテス。温厚で聡明。民からの信頼も厚く人望もある。王位継承権第一位。年は24歳。
「イリオス様は何度か近隣の姫君との婚姻の話が上がっていたのですが、すべて断ってしまっています。おそらく、呪いのことがあるからではないかと、先生は言っていました。結婚する相手に打ち明けるのも、自分の子に受け継ぐかもしれない懸念も…枷になっているのではないかと」
第一王子で年頃の王子。確かに本来なら既に結婚していてもおかしくない。世継ぎを残すのも大事な責務だろう。
そうするとやはりこの人が、一番優先的に呪いを解く必要があるのだろうか。
肖像画の青年は見たこともないような端正な顔立ちで綺麗に微笑んでいる。絵に描いたような王子さまが、まさに絵に描かれていてちょっとシュールだ。かえって現実味がない。
ノヴァが次の紙をその隣りに並べる。
第二王子のアレス・フィラネテス。直情的で王子としては品格にやや難あり。それでも民からは好かれており、剣の腕に長け王国の軍にも籍を置き魔のモノの討伐隊も率いる。王位継承権第二位。年は21歳。
「アレス王子は城に居るより外に居ることの方が多い方です。気さくな性格で、町娘にも騎士団の隊員たちからも好かれています。自分の心に正直で直情的な方なので、イリオス様とぶつかることも少なくないようです」
なるほど、つまりは俺様属性。だけど討伐部隊を率いているくらいだから、確かに民からの信頼もあるだろうし、実質前線に立っているのはこの人ということだ。
危険を顧みず、王子自ら民を守る王子さま。体を張って、命を懸けて。
確かに城を守る第一王子とこの人とでは、そりが合わないような気もする。あくまで予想だけれど。
肖像画のアレス王子からは、揺るぎない自信が見てとれる。自分の能力と使命感。こういうタイプは自分を疑わない。つまりは面倒くさいタイプだ。わたしとも合わなそう、というのが正直な感想。
そして続いて、三枚目。だけど差し出されたそれを思わず手にとって、目の前でかざす。そんなわたしの様子にノヴァは苦笑いを漏らしながら説明してくれた。
第四王子のゼノス・フィラネテス。学者顔負けの知識をもち魔術の才も王族一といわれている。しかし、対人恐怖症。必要時以外ほとんど顔を見せず部屋にこもりきり。王位継承権第三位。年は15歳。
「ゼノス王子は、一番複雑な生い立ちをお持ちの方で…呪いの量が、他の王子たちと明らかに違います。その為に辛い思いをされている方です。ここ数年、言葉を交わしたのはイリオス様と先生のみと聞いています。夜伽には一番、消極的な方ではないかと…」
「呪いの量…? 呪いに個人差があるってこと?」
突然出てきた新情報に、思わずわたしは顔を上げてノヴァを見る。
ノヴァはまっすぐわたしと、ゼノス王子の肖像画を見て。それから重たく頷いた。
ゼノス王子の肖像画は、もはや肖像画としての役割を果たしていない。目深に被ったフードから覗く顔は鼻と口元だけ。影は濃く表情どころか顔立ちすらそこから読み取れない。
意図的というより、実際こんなかんじなのだろうか。彼の様子を聞くからに。
「生まれつき持つこの呪いの痣は、その範囲と量によって、受ける苦痛も異なります。ゼノス王子はその身体の殆どを、呪いに包まれて生まれてきたと聞きました。それ故に苛烈な人生を歩んでこられたと」
「…!」
身体の殆どを、呪いに包まれて。その分だけの苦痛と恐怖と共に、生きてきたひと。
呪いから解放されたいと望んでいるかもしれない。だけどとうに諦めているのかもしれない。
そうして隔絶した世界で生きて、これからも生きていこうとする人。
聖女《わたし》という存在を、受け容れられるだろうか。――今さら。
わたしだったら拒絶する。もう、放っておいてくれと。
思わず黙り込むわたしに、ノヴァが最後の一枚を差し出した。目を向けて思わず首を傾げる。
その肖像画に描かれていたのは、王子というよりも王女。そこには金髪美少女が可憐に微笑んで描かれていた。
第五王子のディアナス・フィラネテス。年相応の我儘な態度は目立つものの、その外見から、また末の王子として皆に愛されている。王立学院の寮に幼少期よりはいり、城からは一番遠ざけられてきた。王位継承権第四位。年は13歳。
「えーっと、王子さま…?」
「…ディアナス王子の、母君の方針です。呪いは王子にのみ現れると知り、生まれる前から姫君として産み育てると公言されていました」
「な、なるほど…でもこれは、世間的にアリ、なの…? 公認ってこと?」
王子さまの、女装が。
流石に言葉にするのに躊躇するわたしに、ノヴァが僅かに苦笑いを返す。やはり思うところはあるようだ。
「陛下も、成人である15になるまでは、と黙認されています。実際王子としての教育は施されていますし、母君の気持ちを汲んだようです。ただ、ディアナス王子の母君は、今は城を出ています」
「…そう、なんだ…」
いろいろやはり、複雑なんだな。
目の前に並べられた四枚の肖像画を見て、それからこそりとノヴァに視線を向ける。
あえて触れないのか、触れて良いのか、聞いて良いのかもわからない。
第三王子が居ない理由を。
「…それから、これは周知のことなのですが…王子たちは全員、母君が異なります。陛下は正妃というかたちをとらず、すべて等しく正妻として認めておられました。ただ単純に、生まれた順に」
まさかの、リアルハーレム。ちょっと国王陛下と対面するのが怖いような楽しみなような。
だけど正妃が居ないとなると、王位争いとかも面倒くさそうだな。順位はあれど誰にでも、その権利と可能性があるということになる。
「…ノヴァは、一番さいしょは、誰になると思う?」
ぼそりと、呟いたわたしの問いに。間を置いてノヴァがわたしから視線を肖像画に向ける。
ほんとうは別に、誰が一番だろうとどうでも良い。誰がなったって、同じ。変わらない。わたしはわたしの仕事をするだけ。
そう割り切っているはずなのに、何故かノヴァにそう訊いていた。
「…そうですね。あくまで、予想ですが」
言ってノヴァが、席を立つ。思わずびくりと揺れる身体。いつの間にかお茶は冷めていた。
ノヴァは音もなくわたしの隣りまで来て、わたしに右手を差し出した。その手をとるのに躊躇はないのに。
本当は、こわい。
ここに見知らぬ王子がくる。
わたしという道具を抱きに。
ノヴァがわたしの手をひいて、慣れた手つきで身体を抱き上げる。それからすぐ近くのベッドにそっと下ろした。
もう休めという合図。すぐに離れてしまうのは、これ以上触れると危険だからだ。お互いに。
だけど離れていく体温が、自分の体に残る熱が。名残惜しい。ひとりではもう眠れない。
触れることはしなくても、ノヴァはベッドの傍らでわたしが眠るまで見守ってくれる。
せめてと差し出した手の平を、困ったように仕方なさそうに握って。
もちろんそこにも赤い欲情の熱は集まるけれど、離れることを思えば我慢できた。
なんだかんだで今日も昼間は苦痛と戦っていたので疲れていたし眠かった。話の途中のはずだったのに、あっという間に眠気に襲われる。握りしめた手は離さないで。
そんなわたしにノヴァはそっと続きを語った。夢のはじまりに溶かすように。既にわたしは瞼を閉じていた。
「…一番さいしょは、イリオス様だと思います。だけど彼は、きっとセレナに触れません。そういう、方です」
ノヴァの予想の答え合わせをするのは、まだもう少し先。
当たりと外れがいっしょにくるのも。
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