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第二章
鈍色のはかりごと
しおりを挟む日が沈み城が蝋燭の明かりで染まる頃。
部屋にあるひとつだけの扉からルミナスが現れ何やらいろいろ手渡された。主に服。
「これから陛下と謁見するにあたり、いくつか気をつけてもらいたいことがあるの。この国にとって貴女の存在は重要な機密事項となるわ。極力人の目に触れないように。これは、呪いのかかったベール。一時だけ姿を隠すことができる。貴女にあげるわ。これから行く先で良いというまで、これを決して外さないように」
そう言って渡されたのは、黒いベール。
薄い生地で見た目より見通しは良く、頭から被ると胸元あたりまですっぽりと収まる。裾に細かい花の模様があしらわれていた。
それからひとりでは脱ぐのも着るのも大変そうな洋服を渡され、案の定ノヴァに手伝ってもらってなんとか体裁を整える。
そりゃそうか。相手は国王陛下。この国で一番偉いひと。
今までのようなほぼ寝間着兼部屋着のようなワンピースで会うこと等ゆるされない。
ほぼ伸ばしっぱなしだった髪もノヴァが綺麗に丁寧に結ってくれた。器用なひとだなとつくづく思う。
昼間は苦痛に蹲り、夜は束の間の休息とお風呂と食事ですぐに眠気に襲われる。苦痛の度合いによっては夜が訪れても自分の世話もままならない。
自分でできることはやらせてもらっているとはいえ、食事も身の回りの世話も殆どノヴァ任せだ。あれだけ啖呵を切っておいて情けない現状。
だけどこれでも、動ける時間は増えてきている。と思う。当社比。
そしてようやく、国王陛下との謁見。
身支度を整えルミナスの後をついて部屋の扉を出ると、目の前には見たことのない廊下が続いていた。
おそらく魔法か何かで繋いだのだろう。こういう時とても便利だなと感じる。この世界でまだ魔法に触れる機会は多くはないけれど、まるで二次元の世界。
さっきまでとはまるで空気がそこには在った。
「アタシはあくまで、中立の立場。貴女の身は貴女で守るしかない。不用意な発言は控えるように」
行き着いた扉の前で、振り返ることなくルミナスが背中でそう警告する。
そうか、改めてわたしはこの世界で、なんの保障も後ろ盾もなく、ひとりなのだと改めて思った。
この世界の人間でも、この国の人間でもないのだから。
ルミナスがそっと扉を開ける。重たそうな見た目に反して音もなく、静かに扉が開けられた。中から静かな光が一瞬視界を覆う。
後ろに居たノヴァの唾を呑む気配。緊張している。わたしより。
この世界の人間でも、この国の人間でもないからこそ。
わたしには選べる道もあるはずだ。
わたしにしか選べない、道が。
「失礼致します」
凛と、ルミナスの声が部屋に響く。
眩しさにしかめていた顔を上げると、予想よりずっと狭い部屋。窓はない。壁一面に並ぶ肖像画。天井がやけに高く明かりが遠い。眩しいと思っていたはずなのに、部屋の中は薄暗かった。
部屋の一番上座、ただひとつある椅子に座る初老の男性と、その脇に控える眼鏡をかけた男性がひとり。部屋の中にはこの二人しか居ない。
「御前へ」
眼鏡の男の人がそう答え、ルミナスが一礼して部屋へと進む。それに倣って後に続き、部屋に入った瞬間に、なんだかとても嫌なかんじがした。
根拠も理由もわからない。ただ、嫌だった。この部屋が。
「“夜伽聖女”を、お連れしました」
椅子に座る初老の男性の前で腰を折り頭を下げるルミナスの後ろで、わたしはまっすぐその相手を見つめた。ルミナスの「ベールを脱ぎなさい」という指示に従い、垂れ下がっていたベールを後ろに下す。
この国の、国王陛下。この国で一番偉いひと。…ノヴァたちの、お父さん。
想像よりずっと若く見える。金色の髪が鮮やかに、蝋燭の光に煌めいている。
ルミナスに目だけで応え、その瞳が一瞬わたしを見、それからわたしの後ろに居たノヴァに向けられた。
「久しいな、ヘルメス」
その声は想像より若々しく、そして重たいものだった。
僅かにノヴァの体がびくりと体を揺らし、その言葉に応えるようにノヴァが深く頭を下げた。
「…お久しぶりです。陛下」
「そなたの呪いが薄れたと聞いた。事実か」
「…はい、このお方の夜伽の成果は、この身で確認できました。王子殿下たちの身にも…効果は期待できるかと思います」
「…そうか。本当に」
そこで言葉はいったん途切れ、その瞳が再びわたしを捕えた。
初めて見るような、深い碧の色の瞳。誰かに似ている気がした。誰だったろう。
真っ向からその視線を向ける。
おそらくその態度は無礼に当たると分っていた。脇に控える眼鏡の人の視線が鋭く厳しいものになりわたしの態度を諌めるも、わたしは目を逸らさなかった。
「本当にこの娘に、害はないのか?」
まるで品定めのように、突き刺さる視線。後ろでノヴァが思わず顔を上げた。おそらくわたしの身を案じて。
大丈夫、心配しなくてもわたしは。
この人を怖いとは思わない。生憎、敬う気持ちも持たないのだ。この血にはここにある一欠けらの縁も血も流れていない。
だってわたしは異世界人だから。
「ありません、この方は…このひとは僕の、恩人です」
振り絞るようにノヴァが叫んだ。その震える体で。
わたしはノヴァの顔を見れなかったけれど、わたしの顔を見られなくて良かったとも思う。
自分でも言い表せれない。きっと複雑な顔をしていた。
「…そうか。ルミナス殿、改めて。彼女の資質に異論は?」
「ありません。彼女の存在の価値は、ヘルメス・ノヴァがその身をもって証明するでしょう。これからの時をかけて」
「よかろう。我が名において彼女を、夜伽聖女と認める。これより夜伽に関する一切の権限を、ルミナスとイリオスに委ねる。国の為に最善を尽くしてくれ。その為ならできる限りの権利は約束しよう」
おそらくそれは、公式な宣言と同じ効力をもつ言葉。
眼鏡の人がどこからか取り出した紙がふわりと宙に舞い、そして国王陛下の前でぴたりと止まる。
そしてそれが淡い光を放った。
「聖女殿。名を」
「…セレナと、申します」
「セレナ。異世界より召喚されたと聞いた。私はフィラネテスの国王、ライナス・フィラネテス。息子たちを頼む」
宣言と共に光は収縮し、しゅるしゅると紙が巻かれて国王陛下の手に収まる。
これでわたしは晴れてこの国の“夜伽聖女”として、認められたらしい。
場は撤収ムードだったけれど、ここで退くわけにはいかなかった。おそらくこの先もう二度と、この人と直接話す機会は無いだろう。
「お認め頂きありがとうございます、国王陛下。少しだけお時間頂けませんか」
「…娘。口を慎みなさい」
傍に控える眼鏡の人に今度こそ刺すような視線で睨まれていったん口を噤む。対峙したまま、見つめ合ったまま。
すぐ後ろでノヴァが息を呑む気配。狼狽える顔が頭に浮かんだ。だけどわたしにもここに来た理由がある。
「お時間はとらせません。ふたりきりで話せませんか」
「…セレナ…!」
すぐ後ろから切迫したノヴァの、止める声。あえて無視する。わたしも譲れない。
ルミナスは無言のまま見守っているだけ。そろそろ眼鏡の人に本気で刺されそうになった時、国王陛下が片手でそれを制して笑った。
「良いだろう、だが流石にふたりきりは無理だな。これは宰相のウィール。この者は私から離れられない」
「じゃあ、その方も一緒で大丈夫です」
「宜しい。ヘルメスとルミナスは部屋の外へ」
「陛下…!」
叫んだのはノヴァだった。がばりとその背に、わたしをかばう。申し出ているのはわたしの方なのに。
その様子に国王陛下は少しだけ目を細めた。面白いものを見た子どものように。
「ルミナス、連れていけ」
「承知しました」
「…!」
言われてルミナスが、ノヴァを無理やり連行する。それを見送るわたしと目が合って、わたしはできるだけ安心させるように笑った。あとでたくさん怒られてあげるから。
ふたりが部屋から出て扉が閉められたのを確認して、国王陛下の瞳がわたしに注がれる。先ほどまでとは少しだけ変わる、その雰囲気。
「さて、何が欲しいのかな、聖女殿」
「欲しいものは…ありますけど。それは別で、確認したかったんです。直接国王陛下に」
「…ほう。何かな。面と向かって問われるのは久しぶりだ。この私に」
僅かに人目から解放され、椅子の肘掛に片肘をついて。面白いものを見るように、国王陛下がわたしを見下ろす。
その視線を受けながら、わたしは自らの服の胸元を解いた。紐を解いて釦を外し、そして肌を晒す。距離があっても薄暗くても、そこからよく見えているだろう。
わたしの失礼を通り越す行動に、ウィールと呼ばれた宰相が激昂し止めようと一歩踏み出したのを、意外にも国王陛下は一言で制した。じっと見据えてわたしの言葉を待ったまま。
そうして晒される、わたしの身体。呪いと傷痕に侵されたこの身。この国の為に消費されるわたしという存在。
――見せつけてやりたかったのだ。王家が継いできたというこの呪いの果てを。
そして、知りたかった。
「わたしの身体は長くはもちません。夜伽には限りがある。国王陛下は、誰を…どの王子を優先させたいと望みますか? 一番、誰の呪いを解きたいと」
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