僕の恋愛スケッチブック

美 倭古

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1.The Voice

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 ポケットに手を入れエスカレーターに乗り込んだ橘直人26歳は、不安気な面持ちで自身が降りる3階を見上げた。

『7歳の女の子の好みなんて俺に分かるわけないじゃん。姉ちゃんが付いて来てくれればいいのに・・』
「はぁ――」
 心の不安が口から溢れそうになるのを、大きな溜息で誤魔化す。
 重い足取りでエスカレーターを降りた直人の目に、子供服のディスプレイが飛び込む。

『うわぁ~ リトルマダムだなー』
 直人には、到底キッズ服には見えないマネキンの足元で、表示されている価格にも愕然とした。
「うひょ~ さすがディライトンプラザのショップだわ」
 直人は小言を並べながら不安な面持ちで、名高い子供服店に足を踏み入れた。
 
 分厚いカーペットが敷かれたフロアーと整った照明。壁に沿って1列に並ぶハンガーラックには、ずらりと子供服が掛けてあった。それらは左右で男女に別れており、店内の中央にはお洒落な鞄やアクセサリーが、ガラス棚に丁寧に置かれていた。

「値段はデカイけど、ちっさくて可愛いな~ さてと、由香にはどれが似合うかなぁ」

 直人は先程までポケットに閉まってあった手を取り出すと、少し真剣な目つきで入口付近のハンガーラックに近寄った。

 由香とは直人の姪で、姉、綾香の長女である。人付合いの苦手な直人は、他人の好みなど知る由がなかった。それが例え家族であってもだ。そのため、今年小学校に入学する由香の祝いは、現金で済ませるつもりだったのだが、直人自身でプレゼントを選んで来てと姪の由香直々にお願いされ、ここに来店したのだ。

「え~と・・・これ?」
 丁寧にハンガーに掛けてある小さなドレスを1つ手に取ってみる。

「由香の好きな色ってなんだっけ? ・・はぁ~」
 手に取ったドレスを暫く眺めたあと、元の位置に戻す。

「俺って、いつまで経っても服のセンスないな~。店員さんに選んでもらうか」
 そう考えた直人は、服選びに集中していた意識を店内へと移動させた。すると、直人の耳に何故か心地良い声が飛び込んできたのだ。

「うん、それで完璧だよ。さすが僕の部下だね。有難う。お疲れ様」
 電話口で男性がそう告げると、電話の向こう側では労いの言葉に声が弾んでいる。

「一番大変な時に抜けちゃってごめんね。式が終わったら直ぐに戻るから・・・。そう言ってくれて助かるよ・・予定通り進んでいるみたいだし、今日はもう終わっていいよ。中田さん達と美味しい海鮮物でも食べて・・勿論僕のおごりだから・・うん・・皆に遠慮しないでって伝えて・・・・うん・・じゃあ本当にお疲れ様。何かあったらいつでも電話してくれていいからね」

 無意識に直人の耳が、その声に吸い込まれていく。
【この声・・この話方・・・・】

『直、愛してる・・・・』
 優しい声が耳元で囁かれる。

 どこか遠くに置いてきた記憶。
 忘れていた心の痛み。
 それらが呼び起こされた感覚に陥り、声の持ち主の方へふと目線を移す。

 直人はハッとして思わず口を右手で覆った。

 電話を切った後、携帯の画面を暫く見つめていた男性は、スーツのポケットに電話を入れながら、ふと顔を横に向けた・・

 直人と男性の目線が重なる。

 店内が酸欠したかのように二人とも息をするのを忘れ、2つの心臓の鼓動が辺りに鳴り響いた。

 直人は口元を覆っていた手を身体の横に戻すと、拳をぐっと握りしめた。そして、1つ大きいが静かに深呼吸をすると、呆然と立ち尽くしている男性に向って歩を進めた。

「ようさ・・」
「パパぁ~」

 直人が勇気を振り絞り口にした言葉は、小さな愛らしい声にかき消される。

 直人の姪、由香と同じ年頃の小さな女の子が、男性の足に抱き付いた。
 しかし男性の耳には何も届かないのか、未だ直人に目を向けたままで立ち尽くしていた。

「パパぁ~」
 先程の弾んだ声と異なり少しトーンを下げた少女は父親の目線を辿る。
「知ってる人?」
 少女は男性のスーツの上着の裾を引っ張りながら尋ねた。

 まるで違う世界から帰還したかのようにハッとした男性は、ようやく娘の試着が終わり自分の所に戻って来ていることに気が付いた。
 男性は、足元に抱き付いている娘に愛おしい眼を向け優しく彼女の頭をなでる。
 娘は嬉しそうに満面の笑顔を父親に送ると、抱き付いていた手を離し数歩後ろに下がった。

「パパ、どう?」
 少女が両手でドレスを持ち、少ししゃがんで父親に彼女の姿を見せていると、少女の背後から女性の声が近づいて来る。

美来みくぅ~、お靴もちゃんと履かないと・・」
 ゆっくりとした歩調で苦笑いを浮かべながら現れた女性は、男性のまわりに漂う不思議な空気を感じ取った。そして、ふと自分達の傍らで自分達を眺めている直人に気付く。
「陽一君? お知り合い?」

 男性の名は、陽一
 長女の美来が小学校入学祝いパーティーで着用するドレスを買いに来ていた。
「あ、否」

 咄嗟に飛び出た陽一の言葉が、その場に未だ立ち尽くしていた直人の心を突き刺した。
【・・・・陽さん!】
 心で叫ぶ声は陽一には届かないと悟る。

 喉の奥に何かが詰まったように、それ以上の言葉が出せずにいる陽一に、少し頬を膨らませた美来が父親に声を掛ける。
「パパぁ~ このドレス美来に似合ってる?」

 陽一は、一瞬頭が真っ白になっていた自分の意識を取り戻すと、愛らしく膨れっ面をした美来を直視し、ニコリと微笑んだ。

 陽一のその優し過ぎる微笑みが、直人をその場から追い遣ったのだった。
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