僕の恋愛スケッチブック

美 倭古

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6.Not the same as before

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 陽一の懐かしい仕草に、タイムスリップしてしまった直人の耳には、圭の話声が入らず、ただ二人の前に突っ立っているだけだった。

「直人、お―い、大丈夫? 聞こえてる?」
 直人は、顔前に誰かの手が動いているのに驚くと一歩後ろに仰け反った。

「ボーっとして。結城社長、お忙しいのだから、ちゃんと聞いて」
 圭が珍しく真面目な面持ちで直人を諭す。

 普段どちらかと言えば他人に対して高飛車な態度をとる圭が珍しく礼儀正しい。彼が陽一に敬意を払っている証拠だ。
「圭、ごめん。相澤先輩、違った結城社長もすみません。最近眠くて・・歳ですかね」
 直人は苦笑いを浮かべながら軽く頭を下げた。

「全くぅ・・それで、ここのYFA(ヤングファインアーティスト)オープン3周年記念イベントの話、僕したよね? 覚えてる?」
「あ・・前に聞いた。それで俺ここに呼ばれたんだよな?」
「そうそう。で、社長が直人の絵画展と僕達コラボの新作を3周年記念のメインイベントにどうかって。どう! 凄い話でしょ!」
「あくまで提案です。前回、KEYのお店で行ったコラボイベントが大反響だったので、今回は橘先生の作品の紹介も兼ねて、1階のイベントフロアーで大々的に出来たらと考えているんです。お二人共お忙しいと思いますが、どうでしょう」
「直人やるよね?」
「あ・・そうだね。・・うん」
 
 イベントの準備を通して、この先また陽一に会う機会が増えるという期待感から、胸が熱くなったが、同時に不安にも襲われた直人は、返答に躊躇ってしまう。
 そんな直人を陽一も同様の気持ちで眺めていたが、さりげなく時間を確認する。

「そろそろプラザの開店時間ですし、イベントまでまだ時間がありますから、お二人でよく話合ってください」
 陽一の言葉に圭が慌てて腕時計を見ると、時刻は、ディライトンプラザ開店十分前を指していた。
「あ、本当だ。それに社長に立ち話をさせてしまって、ごめんなさい」
「いえいえ大丈夫ですよ。僕、明日から北海道に出張で暫く居ませんが、戻り次第また連絡しますね」
「ニセコのグランドオープンですね。凄いな」
「はい、成功させないといけませんので。そうだ、田所さん、ニセコバージョン、オープンまでに間に合わせていただいて有難うございました」
「僕達にとってもヒット商品ですから。今後とも、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。それでは」
 
 そう告げると、陽一は軽く頭を下げた。そして、立去る前に直人と目を合わすと優しい微笑みを向ける。
「じゃあ、またね橘。再会出来て嬉しいよ。また、これからも宜しくね」
「陽さん・・・・」
 直人は思わず陽一の名前を声に出してしまう。圭は、突然その場の空気が変わった気がして、二人から目を逸らした。
 陽一は、もう1度頭を下げると、その場を足早に立ち去り従業員通路の扉に向かう。
 直人と圭は、直ぐに店には戻らず陽一の後ろ姿を、陽一が従業員通路の扉を開けるまで、それぞれ違う感情で見送っていた。

「あ! 陽一君、見付けた。ホテルに行っても居ないから~」
「美沙ちゃん良く分かったね」
「柏木君が教えてくれたわ。早く連れ戻してくださいって頼まれちゃったわよ」
「ハハハ ごめんごめん」
 陽一が開けた扉の向こう側で、彼を待つ女性が居た。親し気な二人の距離はとても近く、誰に見られても疚しい関係ではないのだと分かる。
「ほら、早く! 陽一君、明日から出張でしょ。美来と悠人の事は・・・・」
 陽一が美沙と呼ばれる女性に手を引っ張られながら、扉の向こうに消えて行く。

「そう言えば、結城社長って既婚者だったね」
 圭はそう言うと、直人の反応を伺う。
 呼吸を忘れ、ただ陽一が消えた跡を見つめている直人の表情から、心の動揺を読み解くのは簡単だった。
「さ、プラザの開店時間だよ。店に行こう」
 圭は、美沙が陽一の手を引いたように、直人の手を取ると歩みを進めるように促した。

 KEYの店内に入った圭は、未だ放心状態の直人を、事務所に引き入れるとソファに座らせる。
「コーヒーでも淹れよっか」
 圭の言葉に直人は少し魂を取り戻すと、ふとソファテーブルに客用のコーヒーカップが置いてある事に気付く。

『陽さんが居た』
『さっき見たのは夢じゃない ・・現実』
「あの頃とは違う」 

 以前、陽一に自身が放った言葉が口から零れ落ちた。
 客用のコーヒーカップを見つめている直人に気付いた圭は、それらを慌てて片付ける。
「きっと結城社長って素敵な先輩だったんだろうね・・・・」
 何気に放った圭の言葉が直人を射ると、目から涙が溢れ出した。
「なお・・・・と ・・泣かないで」
 圭は、ソファに腰掛ける直人の横に座ると彼を抱きしめた。

『あの時と同じ涙。悲しい瞳』
 圭の心に影が落ちる。

「ごめん圭。俺・・・・俺・・・・」
「謝らないで ・・直人に苦しい過去があるの知ってるから。でも終わった事だよ。前を向いて頑張ってきたよね。それに、僕はこれからもずっと直人の傍に居るから」
「分かってるよ。でも俺、俺さ、実は」
「直人!」
 圭は抱き寄せていた直人の身体を少し離すと、直人の口に圭の人差し指を当てる。
「僕、直人を心から愛してる。僕だって繊細なんだよ。今はまだ直人の過去に触れる勇気はないかな。ごめんね、聞いてあげれなくて」
 そう告げた圭は直人にウィンクを送る。
「そう・・だよな。ごめん、無神経で。俺、圭に甘えてばかりだな」
「うわっ! 直人がそんなにしおらしいと怖いよ。ハハ」
「あ・・そうだな」
 コーヒーの香りが事務所に漂い始めると、圭はソファから立ち上がり、一歩コーヒーメーカーに歩みを進めたが、再び立ち止まる。
「直人、結城社長は僕達とは違う道を選んだ。だって子供がいるんだから・・・・」
 圭は、小さく呟いたつもりだったが直人の鼓膜には届いていた。だが、直人は聞こえなかったフリをする。

【知ってるよ、先輩は女が好きだってこと】
 そして直人の脳裏に深く傷ついた過去が蘇った。
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