僕の恋愛スケッチブック

美 倭古

文字の大きさ
28 / 57

25. What should We do

しおりを挟む
 社長室に戻るエレベーターの中で陽一は自分を叱責していた。
 これから仕事を通して直人とは顔を合わす機会が増える。そのため、よそよそしく振る舞うのは賢明ではないと考えた陽一は、気さくに接しようと試みた。そして、周囲にも直人が後輩であるのを隠さなくて良いと考えた。しかし直人と8年振りに会話をして、自身の弱さを痛感する。

『陽さん』

 そう呼ぶ直人の笑顔が、陽一の心の奥深くに固く閉じたはずの昔の幸せだった感情を、呼び起こしてしまったのだ。

「まだダメだな・・俺。もっと強くならないと」
 そう呟くと大きな溜息が出た。

 重い足取りで社に帰ってきた陽一は、廊下を歩くディライトングループの副社長である従弟、省吾の姿を捉えた。
 ここ最近、取締役会でさえ出席しないため、高額な請求書の件も未だ話せていなかった。

「副社長」
 省吾は、自分を呼び止めた人物が見ずとも分かるのか、横柄な態度で振り返る。
「ああ、陽一じゃないか」
 省吾は決して陽一を社長とは呼ばない。

「お疲れ様です。最近、会議でお見掛けしませんが、お忙しいのですか?」
「ああまぁね。僕もここのために一所懸命に働いているからね」
「そうですか。有難うございます。あの、実はお盆明けにニセコから請求書が届きまして、ご存知ですか?」
「あ、ああ。視察に行ったからだろ」
「やはりそうでしたか ・・あまりにも高額だったものですから、手違いがあったらと思い確認をさせていただきました ・・随分と大人数で視察に行かれたんですね? 社員とですか?」
「否、知合いだよ。違う世代や異なる職種の人達からの意見も必要だと思ってね」
「ああ、なるほど。その通りです。では是非今度そのご意見をお伺い出来ますか?」
「もう、一通りの事はニセコに直接言ってある」
「そうでしたか、有難うございます」
「何だあの、会員専用施設の狭さ。どうしてあそこまで縮小する必要があったんだ。それにゴルフ場は売却しない約束じゃなかったのか? 他のホテルの客が来てたぞ」
 省吾はあからさまに不機嫌な態度で陽一に言い寄る。

「それは、事業再生計画書で説明させていただいています。近隣ホテルの株主や会員の方々も利用出来る件、ご理解いただけたと思っていたのですが」
「分かっている。だが、あんなに混雑するなど聞いていない」
「それは、お盆休みだったからだと思います。次はもう少しオフシーズンに行かれてはどうですか?」
「そ、そうだな。しかし、ほら僕の友人もなかなか休みが取れないからな。今回は仕方なかったんだが、あんなに混んでいるとユックリと出来ないから、次回からは日程をもう少し考えるよ」
「ええ是非。でももう沖縄、宮崎、ニセコと最近リニューアルした所は全て視察していただきましたので、次からは自費でお願いします」
「いちいち言われなくても分かっている。それ位の金額で ・・相変わらず嫌味な奴だな。じゃ、僕は忙しいから、話がそれだけなら失礼するよ」
「お時間を取らせて申し訳ありません」
 頭を下げる陽一に振り返ることなく無言で立去る省吾を、疲れた顔で見送っている陽一に、企画部の中田季里が声をかけた。

「結城社長。お疲れ様です。会場視察どうでしたか?」
「中田さん、お疲れ様。あの案で橘先生からオッケー出たよ。佐伯さんもご機嫌でした」
「そうですか、先ずは一安心ですね」
「メインの絵だけね、変更になると思う」
「そうなんですか?」
「まだ世に出ていない作品だから、先生の個展だけでなくイベント全体のメインになるかもね」
「それは凄いですね。そんなの隠してたんですか?」
「いや、制作中みたい」
「え? それって間に合うんですか?」
「大丈夫だよ。橘先生って実は僕の後輩でね」
「え?」
「橘なら絶対に仕上げてくるよ。でも、とりあえず個展のパンフはそのメインの概要が分かるまで、空欄にしておいて欲しい。迷惑掛けるけど宜しくお願いします」
「あ、はい。勿論です。素敵な作品だといいですね ・・残念ながら私には絵心が無いので判断し兼ねるかもしれませんが・・でも橘先生の絵は、何て言うか、夢があって好きです」
「夢ねぇ、うんそうだね」
 直人の絵を頭に浮かべると、副社長との会話で暗くなりかけていた陽一の心に明かりが灯る。
 中田季里と話をしていると、秘書の柏木が足音を立てながらやって来た。

「あ、柏木さんだ。では、社長呼び止めてすみません、私はこれで失礼します」
「ああ、中田さん。あと宜しくね」
「はい。任せてください」
 満足した様相で自席に戻って行く中田とは反対に、珍しく不機嫌な面持ちの柏木が陽一の前に現れる。

「柏木君どうしたの? 怖い顔して。僕何かした?」
「社長じゃありません!」
「社長室で話そうか」
 立ち話で済む内容ではないと察した陽一は、柏木と共に社長室に入る。

「これ見てください」
 柏木から、1枚の紙を手渡される。そこには、経理が簡単に作成した表が記載されており、金額がずらりと並んであった。
「これってもしかして・・」
「そのもしかして、です! 副社長の癖にこの会社を潰す気ですか?」
「それは困るね。え~と、お歳暮には気が早いよね ・・じゃあ接待費?」
「その通りです。今日、珍しく社に顔を出したと思ったら、どっさり領収書を持ってきて ・・こんな事を社長に愚痴るべきではないのですが、経理だって副社長には文句言えないし、何故かお金に関する時は副社長の秘書は来ないし、結局僕にクレームが来るので、スミマセン ・・つい」
「いやいや、こうやって報告して貰った方が助かるよ ・・とは言え、さっきやっと例のニセコの件を話せたくらいだから、僕もダメ社長だね、しかも身内なのに、本当に申し訳ない」
「社長の立場は十分理解しています。だから、こんなくだらない事を報告すべきでは無いのですが、段々と心配になってきて」
「確かに、ここ数年、金額が上昇傾向にあるもんね。社員が皆、頑張ってくれている時だから余計に ・・くそったれだね!」
 陽一は、口を手で押さえると冗談めかす。
「はい、くそったれです! ハハ」
「今度、折を見て会長か、叔父に、それとなく相談してみるよ」
「無理なさらないでください。社長への風当たりがこれ以上悪くならない程度でいいですので」
「うん。分かってるよ。気を遣わせてごめんね。はぁ~ 僕がもっと強くならないとね」

『そう、もっと強くならないと』
 陽一は、心で何度も呪文を唱えた。

 視察を終えた直人は、KEYに立ち寄っていた。
「あ、お疲れ~ 視察どうだった? 豪華な会場だったでしょ?」
「うん、さすが一流ホテルのイベント会場だわ。カーペットがフカフカだった」
「は? 感動したとこ、そこ? 照明とか、もっと他にあったよね ・・ま、いいや。それにしても直人にしては珍しく時間掛ったんだね」
「え? そう?」
「何か問題でもあった? それとも誰かに会ったとか?」
「そんなに掛ったか?・・別に何も無かったけどな」

 直人が嘘を付いた。圭にとって、その嘘は陽一に対する直人の心情を打ち明けているのと同じ。仕事で結城社長に会っていたなら、尚更隠す必要などないからだ。

「そっか、ならいいけど。 ・・ねぇ、直人、最近ご無沙汰だからさ、今晩、僕の家に来ない?」
「え? 悪い、圭。あのさ、個展のメインの絵を制作中でさ、直ぐに帰って取り掛からないと間に合わないんだ」
「は?」
「ん?」
「制作中って、イベントまで1ヶ月しかないよ」
「そう、担当者にも、プチ抗議受けた。でも断言したからさ ・・それに俺も仕上げたい」
 直人の表情に光が差しているように見えた。彼の生き生きとした姿は圭に追い打ちを掛ける。
「そっか。じゃあ、頑張って。完成したら1番に見せてね」

『俺が最初に見れると良いなぁ。直の復帰作』
 陽一の言葉が心に蘇る。そのためか圭には返事が出来なかった。

「直人?」
「じゃ、俺もう行かないと! コラボの事は圭に丸投げするから、頼んだぞ」
「わかった。もうサンプル確認して貰ったし後は僕達の仕事だから。何かあったら連絡する」
「おお。じゃ」
 簡単に別れを告げると直人は足早に圭の元を去った。
 一人事務所に残された圭は暫く動けずにいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

先輩のことが好きなのに、

未希かずは(Miki)
BL
生徒会長・鷹取要(たかとりかなめ)に憧れる上川陽汰(かみかわはるた)。密かに募る想いが通じて無事、恋人に。二人だけの秘密の恋は甘くて幸せ。だけど、少しずつ要との距離が開いていく。 何で? 先輩は僕のこと嫌いになったの?   切なさと純粋さが交錯する、青春の恋物語。 《美形✕平凡》のすれ違いの恋になります。 要(高3)生徒会長。スパダリだけど……。 陽汰(高2)書記。泣き虫だけど一生懸命。 夏目秋良(高2)副会長。陽汰の幼馴染。 5/30日に少しだけ順番を変えたりしました。内容は変わっていませんが、読み途中の方にはご迷惑をおかけしました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです ※Rシーンを追加した加筆修正版をムーンライトノベルズに掲載しています。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

処理中です...