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36. Enough for Now
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モノトーン調で描かれた直人の作品には、先日宇道と訪れたディライトホテル最上階にあるラウンジサミットの店内と窓から見える夜景が描かれていた。
前作、直人がモノトーンで描いた「さようなら」と同様に、精霊達は色彩豊かに登場していて、あの日直人が注文した綺麗なオレンジ色のカクテルが注がれた呑口の大きいグラス沿いに、彼等が静かに座っている。後方のボックス席には、光沢のある白色で描かれた2体の天使が、テーブル上に上半身を乗せて向かい合いながら眠っていた。直人が描いた精霊と天使は、静止していて他の作品のように羽ばたいてはいないが、どれも触れたくなるほどに立体的で美しく、魂が宿っているかの様だった。
「直 ・・ここって、サミット?」
「正解です。陽さんには何でも分かってしまう」
「モノトーンって初めて見るよ」
「実は、2作目なんですけど・・ 1作目は世に出せなくて・・・ でもいつか陽さんに見て欲しい」
「う・・ん。是非」
陽一は、自分の前にある1枚から目が離せぬまま直人に応じる。
「あの夜 ・・ほら、竹ノ内先輩と飲んだ日。僕もサミットに居たんです」
「知ってるよ。一緒に居たの宇道だよね?」
「あ ・・はい。あの日、うっすらとだけど8年振りに陽さんの肩に乗ってる天使に会えた。そしたら急に絵が描きたくなって ・・これも夢中で描いて ・・久し振りに楽しかった」
沢山の思いを少しずつ解放していく直人は、陽一と向き合う。
「直、本当に素晴らしい作品だよ ・・一番最初に見せてくれて ・・ありがとう」
「僕の方こそ、またこんな気持ちにしてくれて ・・陽さん、ありがとう」
以前の輝く目を取り戻した直人に見つめられた陽一は、思わず視線を反らしてしまう。
「じゃあ、包んでケースに入れさせてもらうね。先生」
「あ ・・はい。手伝います」
二人は直人の作品を丁寧に布で包むと、陽一が持参したケースに収納する。
「明日来れるよね?」
「はい、そのつもりです」
「じゃあ、明日からの1週間頑張ろうね」
陽一の癖であるガッツポーズを見せた彼は、そのままアトリエから去ろうとする。
「陽さん! 僕 ・・陽さんに謝らないと」
陽一は、直人の呼び掛けに作品が入ったケースを一旦机上に置く。
「直 ・・悪いのは俺だから」
陽一は、背を向けていた身体を直人に向き直すと寂しい顔をする。
「陽さんは全然悪くない ・・あんな残酷な言葉を吐いた俺に ・・こうやって普通に接してくれる ・・陽さんは優し過ぎるよ」
8年分の懺悔が直人の全身から噴き出すと、充血した眼を陽一に向けた。
陽一は全筋肉を硬直させると、一歩踏み出したい足をその場に留める。
「直は何も悪くない。俺が弱かったから、嫌な役を直に押し付けて ・・二人に終止符を打たせた。直が、俺を傷つけたって自分を責める事 ・・こんな風に苦しむのも ・・ 知っていたのに、俺があの時、言えなかったから ・・辛い思いをさせて、本当にごめんなさい」
「陽さん! 違う・・ 違う・・ 僕が謝りたいのに・・ 」
「直 ・・別れてからずっと、お互いに苦しんだよね。だから、もうよそう。俺達、こうやって普通に話せるし、直がまた絵が描けるようになった。それだけで、俺は嬉しいからさ」
陽一の優しい言葉の1つ1つが直人の傷を癒していく。
「陽さん 僕すごくすごく幸せでした・・ありがとう。あの時、言えなかったから。それから手料理も美味しかったです」
8年分の感情を詰め込んだ涙が、直人の目から溢れ出た。
陽一は、誰かを強く抱きしめたいと、この8年間これほどまでに心を揺さぶられた事はなかった。
「直・・」
「陽さん」
二人の熱い視線が絡み合うが、陽一はスッと指で目頭を押さえると目を閉じた。
「直があんまり可愛いと我慢出来なくなる」
陽一は歯を食いしばりながら苦笑いをすると、直人に背を向ける。
「じゃ、もう行くね。お疲れ様でした、先生。明日からもよろしくお願いします」
陽一が再び大きなケースを抱えると、アトリエを足早に立ち去ろうとした。
彼の後ろ姿がどんどん直人から遠のいていく。
目の前から消えて行く陽一の背を掴むように直人は腕を伸ばす。
【触れたい、呼吸を感じたい、抱きしめて欲しい】
直人は心で叫んだ。
しかし、暫くして伸ばした腕を自身で抱き寄せると唇を噛み締めた。
「陽さん、今日はわざわざありがとうございました。裏戸まで手伝います」
直人の声が先程までと違い、よそよそしさを含んでいたため、陽一は再度振り返る。
「これくらい大丈夫だよ」
「そうですか?」
「あ、でも裏戸の施錠忘れないようにね」
「はい」
二人は、お互いの胸の奥に秘めた想いを殺しながら、笑顔を交わした。
車を走らせていた陽一は、直人の家から少し離れた所で一旦停車すると、遠くに見える海を視点の合わない目で眺めた。
昔と変わらぬ直人の陽一への想いがアトリエには溢れていた。陽一が一歩踏み出せば直人は受け止めるだろう。だが、今の二人には背負う物が多く、昔よりも自由ではない。苦しかった8年間を乗り越えた努力を無駄にも出来ない。
「ねぇ、美緒。俺達はやはり許されないのだろうか」
返事の無い陽一の問い掛けが車中に木霊する。
陽一を裏玄関で見送った直人は、彼に注意された通り内側から鍵をかけるとアトリエに戻った。
8年間言えなかった謝罪と感謝を陽一に伝えた直人は、前へ進めるような気がしていた。
直人は、アトリエにある棚の小さな引き出しを開け、中から小箱を取り出した。
「陽さん ・・僕は貴方を今でも愛してる。そしてそれを支えに前を向ける。今の僕にはそれで充分」
小さく囁いた直人は、小箱から指輪を出すと自分の左薬指にはめる。
陽一が、二人で過ごす初めてのクリスマスに、お揃いの指輪をプレゼントしてくれた。
もうあの日のような二人で過ごす甘い時間は訪れないだろう。だが、今の直人には陽一の幸せを祈り、彼への愛を糧に絵を描ければ、それで満足だった。
前作、直人がモノトーンで描いた「さようなら」と同様に、精霊達は色彩豊かに登場していて、あの日直人が注文した綺麗なオレンジ色のカクテルが注がれた呑口の大きいグラス沿いに、彼等が静かに座っている。後方のボックス席には、光沢のある白色で描かれた2体の天使が、テーブル上に上半身を乗せて向かい合いながら眠っていた。直人が描いた精霊と天使は、静止していて他の作品のように羽ばたいてはいないが、どれも触れたくなるほどに立体的で美しく、魂が宿っているかの様だった。
「直 ・・ここって、サミット?」
「正解です。陽さんには何でも分かってしまう」
「モノトーンって初めて見るよ」
「実は、2作目なんですけど・・ 1作目は世に出せなくて・・・ でもいつか陽さんに見て欲しい」
「う・・ん。是非」
陽一は、自分の前にある1枚から目が離せぬまま直人に応じる。
「あの夜 ・・ほら、竹ノ内先輩と飲んだ日。僕もサミットに居たんです」
「知ってるよ。一緒に居たの宇道だよね?」
「あ ・・はい。あの日、うっすらとだけど8年振りに陽さんの肩に乗ってる天使に会えた。そしたら急に絵が描きたくなって ・・これも夢中で描いて ・・久し振りに楽しかった」
沢山の思いを少しずつ解放していく直人は、陽一と向き合う。
「直、本当に素晴らしい作品だよ ・・一番最初に見せてくれて ・・ありがとう」
「僕の方こそ、またこんな気持ちにしてくれて ・・陽さん、ありがとう」
以前の輝く目を取り戻した直人に見つめられた陽一は、思わず視線を反らしてしまう。
「じゃあ、包んでケースに入れさせてもらうね。先生」
「あ ・・はい。手伝います」
二人は直人の作品を丁寧に布で包むと、陽一が持参したケースに収納する。
「明日来れるよね?」
「はい、そのつもりです」
「じゃあ、明日からの1週間頑張ろうね」
陽一の癖であるガッツポーズを見せた彼は、そのままアトリエから去ろうとする。
「陽さん! 僕 ・・陽さんに謝らないと」
陽一は、直人の呼び掛けに作品が入ったケースを一旦机上に置く。
「直 ・・悪いのは俺だから」
陽一は、背を向けていた身体を直人に向き直すと寂しい顔をする。
「陽さんは全然悪くない ・・あんな残酷な言葉を吐いた俺に ・・こうやって普通に接してくれる ・・陽さんは優し過ぎるよ」
8年分の懺悔が直人の全身から噴き出すと、充血した眼を陽一に向けた。
陽一は全筋肉を硬直させると、一歩踏み出したい足をその場に留める。
「直は何も悪くない。俺が弱かったから、嫌な役を直に押し付けて ・・二人に終止符を打たせた。直が、俺を傷つけたって自分を責める事 ・・こんな風に苦しむのも ・・ 知っていたのに、俺があの時、言えなかったから ・・辛い思いをさせて、本当にごめんなさい」
「陽さん! 違う・・ 違う・・ 僕が謝りたいのに・・ 」
「直 ・・別れてからずっと、お互いに苦しんだよね。だから、もうよそう。俺達、こうやって普通に話せるし、直がまた絵が描けるようになった。それだけで、俺は嬉しいからさ」
陽一の優しい言葉の1つ1つが直人の傷を癒していく。
「陽さん 僕すごくすごく幸せでした・・ありがとう。あの時、言えなかったから。それから手料理も美味しかったです」
8年分の感情を詰め込んだ涙が、直人の目から溢れ出た。
陽一は、誰かを強く抱きしめたいと、この8年間これほどまでに心を揺さぶられた事はなかった。
「直・・」
「陽さん」
二人の熱い視線が絡み合うが、陽一はスッと指で目頭を押さえると目を閉じた。
「直があんまり可愛いと我慢出来なくなる」
陽一は歯を食いしばりながら苦笑いをすると、直人に背を向ける。
「じゃ、もう行くね。お疲れ様でした、先生。明日からもよろしくお願いします」
陽一が再び大きなケースを抱えると、アトリエを足早に立ち去ろうとした。
彼の後ろ姿がどんどん直人から遠のいていく。
目の前から消えて行く陽一の背を掴むように直人は腕を伸ばす。
【触れたい、呼吸を感じたい、抱きしめて欲しい】
直人は心で叫んだ。
しかし、暫くして伸ばした腕を自身で抱き寄せると唇を噛み締めた。
「陽さん、今日はわざわざありがとうございました。裏戸まで手伝います」
直人の声が先程までと違い、よそよそしさを含んでいたため、陽一は再度振り返る。
「これくらい大丈夫だよ」
「そうですか?」
「あ、でも裏戸の施錠忘れないようにね」
「はい」
二人は、お互いの胸の奥に秘めた想いを殺しながら、笑顔を交わした。
車を走らせていた陽一は、直人の家から少し離れた所で一旦停車すると、遠くに見える海を視点の合わない目で眺めた。
昔と変わらぬ直人の陽一への想いがアトリエには溢れていた。陽一が一歩踏み出せば直人は受け止めるだろう。だが、今の二人には背負う物が多く、昔よりも自由ではない。苦しかった8年間を乗り越えた努力を無駄にも出来ない。
「ねぇ、美緒。俺達はやはり許されないのだろうか」
返事の無い陽一の問い掛けが車中に木霊する。
陽一を裏玄関で見送った直人は、彼に注意された通り内側から鍵をかけるとアトリエに戻った。
8年間言えなかった謝罪と感謝を陽一に伝えた直人は、前へ進めるような気がしていた。
直人は、アトリエにある棚の小さな引き出しを開け、中から小箱を取り出した。
「陽さん ・・僕は貴方を今でも愛してる。そしてそれを支えに前を向ける。今の僕にはそれで充分」
小さく囁いた直人は、小箱から指輪を出すと自分の左薬指にはめる。
陽一が、二人で過ごす初めてのクリスマスに、お揃いの指輪をプレゼントしてくれた。
もうあの日のような二人で過ごす甘い時間は訪れないだろう。だが、今の直人には陽一の幸せを祈り、彼への愛を糧に絵を描ければ、それで満足だった。
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