僕の恋愛スケッチブック

美 倭古

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37. Not Good with

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 イベント期間中は、混雑を避けるためディライトンプラザ前にて入場整理券を配ることになり、初日の分は開店を待たずに配布を終了していた。

「陽一君」
 忙しくイベントの最終確認をしていた陽一は、美沙の呼ぶ声で足を止める。
 振り返ると、そこには美沙だけでなく、彼女の父親でJJB会長、榊幸助と、陽一の叔父結城喜久、副社長で陽一の従兄の省吾を伴っていた。

「皆さん、お揃いで。わざわざイベントに来てくださったのですか?」
「そうなのよ。私だけで来るつもりだったのだけど、なぜか大人数になっちゃって」
「私達は今からゴルフだが、その前に立寄っただけだよ」
 叔父の喜久が面倒くさ気に陽一に話掛ける。
「そうでしたか、それでも来ていただけて有難うございます」
「ああ」
 喜久の隣で、省吾が無愛想に応じる。

 今日からの3周年記念イベントは、陽一にとって今年一番の重要な催しだ。そのためプラザ開店前の陽一には、足を止める暇など無かった。だが、省吾達の対応をおろそかにも出来ないため、すごろくゲームで一回休みを喰らった気分だった。

「ご無沙汰しております、榊会長」
「久し振りだね、陽一君。元気そうで何よりだよ。今回のイベントの話も多様な業界から聞き及んでいるよ。ニセコも順調そうだしね」
「はい、お陰様で、御社のお力添えがあってこそです。ありがとうございます」
「そうそう、陽一なんてまだまだですよ。幸助おじさんの力がなきゃ、小銭しか稼げませんからね」
 省吾がいつもの辛辣な意見を付け加える。

「あら、そんな事ないわよ、省君。プラザ前、すっごい人だったんだから」
「冷かしだけで、金を落とさないんじゃあ意味ないよ。それにしても、陽一、モデルを呼んだファッションショーや個展も金を取らないらしいじゃないか。そんな事をして、こっちには何のメリットもないだろう、全く」
「省吾、そうでもないですよ。地方からイベントに来られる客で、ディライトンホテルは満室だと聞いています」
「それはJJBさんがパッケージを組んでくれたからでしょ。陽一は何もしてませんよ」
「確かにJJBが企画販売しているが、最初に提案してきたのは陽一君ですからね。大した者です」
「まぁまぁ、そんな事よりも、開店前に個展を見せて貰いたいのだけどね」
「そうだったわね、喜久おじさん」
「個展をですか?」

 陽一は、なぜか省吾達に直人の絵を見せたくなかった。自分に対するように毒舌を吐かれたくなかったからだ。

「そう、私が個展に行きたいって言ったの」
「僕は、モデルのカンナに会いたいけどね」
「もう、省君はぁ」
 美紗が不機嫌な顔を省吾に向ける。
「男は皆、美人が好きだよ」
 省吾は口を尖らせて応じる。

 陽一の父、亮平とJJBの幸助は付き合いが長く、美紗と省吾も幼馴染なのだ。

「橘って人の事をKEYのデザイナーがファッション誌で紹介してて興味が湧いたの。それに陽一君もずっと前から彼の絵のファンだし」
「そうですか。じゃあ、1階のイベントスペースです。ご案内しますね」

 先程から、陽一に話掛けたい社員が陽一の視覚に入っていたが、前に立つ人物以上に偉い者など、ここには存在しないのだ。
 陽一は、心で大きな溜息をついた。

 直人の個展は、KEYウィズとのコラボであったため、従来の個展というイメージではなく、照明を落とし音楽と光のフュージョンを楽しめる空間になっていた。

 陽一は個展入口に立て掛けてある案内プレートを歓喜深く見つめた。
 「陽一君、何だか嬉しそう、フフフ」
 先程までの強張った顔が解れた陽一に、美紗が小走りで駆け寄り話掛ける様子を、省吾は苦々しい面持ちで眺めていた。

 社員の一人が勇気を出して個展入口に立つ陽一の背後に近づいて来る。
「中田君、どうしたの?」
「社長申し訳ありませんが、これだけ目を通していただいてよろしいですか?」
「任せっきりにしてしまって、済まないね。先方から、このスケジュールで大丈夫だと確認が取れてるから、これでお願いします」
 陽一は端的に応じると書類を中田に返す。
「陽一君、忙しいよね、仕事に戻って貰って大丈夫よ」
「何を言うんだよ、美紗ちゃん。社長が動き回るなど、カッコ悪い」
「省吾の言う通りだ。社員に任せたらどうかね」
「仰る通りです。僕も早く部下離れしたいのですが、仕事が楽しいので、つい首を突っ込んでしまうんですよ。僕が居なくても準備は順調に進んでいるようですので、個展にご案内します」
「陽一君、本当に大丈夫?」
「うん、美紗ちゃん。僕も個展の最終確認がしたいしね。あ、でもまだ、照明も音楽も準備中のようなので、実際の雰囲気は味わえないかもしれませんが、橘先生の絵はご覧になれます。どうぞ」
 美紗達に入場を促した陽一の瞳に直人が映る。
 
 陽一は、美紗と二人で歩いている姿を見た直人の心中が、決して穏やかではないだろうと安易に想像がついた。

「美紗ちゃん、ちょうど良かった」
「え?」

 陽一が何故か美紗達と、真っすぐ直人に向かって歩いて来ているようで、直人の視線が泳いでしまう。
 何が起こっているのか理解出来ない直人の、逃げも隠れも出来ない姿を見て、陽一はイタズラ心が擽られる。

「美紗ちゃん、こちらが橘先生」
「橘先生、こちら大手旅行会社JJBの榊会長と彼のご息女、美紗さん。こちらが僕の叔父、結城善久さんと、ディライトングループ副社長で僕の従兄の結城省吾さんです」
 直人は突如、陽一から重鎮人物を紹介され、言葉が詰まってしまう。

「橘先生、初めまして。先生の個展を楽しみにしていました」
「あ、それは有難うございます。満足していただけると良いのですが」
「陽一君じゃなかった、結城社長の家にも先生の絵が何枚か飾ってあるので、いつも素敵な作品だと思っていたんです」
 美紗の言葉に直人は驚きと同時に、目頭が熱くなった。
 陽一も直人とは違う理由で胸が一杯になっていた。資料を胸元に抱える直人の左指が、陽一の心を掴んでいたのだ。

「では、皆さん先生の絵をご覧ください。橘先生、今日からよろしくお願いします」
 目元を緩めた陽一が直人に挨拶をすると、美紗達を奥へと導いた。
 
 直人が陽一の家族と会うのは母の蒼乃以外初めてだった。
 叔父と従兄。だが、彼等の陽一に対する態度は冷ややかで、彼等を紹介する際に家族に「さん」付けする程、陽一と彼等の間には隔たりがあると感じた。どちらかと言えば、榊親子の方が陽一に寛大に見えた。
 また、陽一は昨日のプラザ閉館から、寝ずにイベントの準備に追われているにも関わらず、副社長である省吾が全く手伝う気のない態度に苛立ちさえ覚えた。

 美沙達が直人の絵を鑑賞している間、陽一は彼等の背後に下がると少し距離を置き待機した。そして今まで外していたイヤホンマイクを耳に付けると、何か小声で話している。また、陽一が美沙達と離れた隙にすかさず、照明スタッフが陽一に声を掛けると、陽一が小走りで美沙達の元に行く。

【陽さんは忙しいんだよぉ~】
 直人は、陽一の家族に対して心で愚痴をこぼした。

「本番前の最終チェックをしたいようです。照明を落として音楽も始まりますので、お足元にご注意ください」
 案内した陽一に、喜久と省吾は怪訝そうに文句を言っていたが、美沙が大喜びだったため、陽一が背後で控えていた照明スタッフにOKサインを出した。
 その直後、フュージョンショーが始まる。
 
 イベント会場が、直人の幻想的な作品と共に妖艶な空気に包まれる中、陽一と直人は、高鳴る鼓動を響かせ見つめ合った。

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