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38. I was hard on You
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YFA3周年記念イベントは、大盛況で最終日を迎えていた。
「ごめん。インタビューが長引いてしまって。何も問題なかった?」
「お疲れ様でした。全て順調です。そうだ、橘先生、朝から一度も休憩されてないですよね? 今から行って来てください。ここは大丈夫ですから」
「でも」
「結城社長が、今日も差し入れしてくださっているので、食べて来てください」
「そうなんだ? じゃあ、食べてこようかな」
「あ! その前に」
イベントスタッフが何かを思い出したように先程よりも更に小声で話し掛ける。
「あの~ 一人のお客様が、昼過ぎからずっと先生のメイン作品前にいらっしゃってて、素晴らしい作品なので、お気持ちは分かるのですが、かれこれ3時間位経ちますので、ちょっと・・・・」
直人は、スタッフが不信感を抱き始めた客に目線を動かした。
「あ! あの人、俺の知り合いだから大丈夫」
「そうなんですか?! なら良かったです」
直人は、スタッフから離れるとメイン作品前に立つ人物に近づく。
「宇道先生 ・・あんまり長くその作品見てるから不審者と思われてますよ」
冗談めいて宇道に話掛けたが、彼からの反応がない。
「先生?」
「なぁ、橘 ・・俺は間違ってたのか?」
宇道のあまりに切ない呟きに、直人は姿勢を正した。
「俺、今から休憩なんです。先生も3時間立ちっ放しなんでしょ? 一緒に休憩しませんか? 少し話をしましょう」
直人は、宇道を連れてプラザ屋上にある社員食堂に来ていた。
ここの食堂は休憩所も兼ねており、ディライトングループの社員は食事が取れるだけでなく席だけの利用が可能だ。
陽一は、イベント期間中、皆を労うようにスウィーツやパン等を差し入れしており、食堂の入り口近くにそれらが並べてあった。
直人は陽一が差し入れた総菜パンを1つ手に取ると、缶コーヒーと共にテーブルに着いた。
「相澤 ・・いや、ここの社長は気が利くな」
「勿論ですよ。なんたって、陽さんですから」
陽一が褒められたのを自分の事のように嬉しそうに語る直人に、宇道は苦しい表情を向ける。
「橘 ・・俺はお前の相澤に対する愛情の深さを理解していなかったみたいだ。お前が何度もアイツがいなければ絵が描けないって言っていたのに ・・俺はその言葉の重みを分かっていなかった ・・許してくれ」
宇道の両手に包まれた小さなコーヒー缶が強く握られる。
直人の新作を3時間近くも眺めていた宇道は、数多くの反省と後悔、正当性と正義、反発しあう考えに葛藤していたはずだ。
「宇道先生 ・・イタリアに行ったから、あの絵が描けたと思ってます。だから留学したことを後悔してません。先生には感謝しています」
「橘 ・・しかし、もしイタリアに行かず、今でもお前が相澤と一緒に暮らしていたら、もっと凄い画家になれていたかもしれない」
「イタリアに行って最初の1年は、あまり覚えてないんです。陽さんとの日々を絵に残しておきたい、彼への愛を絵に描きたい、その一心で、沢山の作品を仕上げました。そして、最後の一枚を描き終えた時、俺倒れちゃって、病院で目を覚ましてやっとイタリアに来た事を実感したんです」
「そんなに・・」
「そう、そんなに苦しかった。そして絵に全部吐き出したら、俺、色を失ったみたいにモノトーンの世界にいて ・・でもその時、何も感じない、陽さんすら心にいない自分が、楽だと思ったんです。それからは、必死で技法を勉強した。アレッシオはさすが巨匠で、彼から教わった事は決して無駄ではなかった。だから、イタリアで勉強できて本当に良かったです」
「だが・・ 俺は、告げ口みたいな卑怯な手でお前達を別れさせた。恨まれて当然だ」
「先生が俺の才能と将来のために尽力してくれた。だから恨むなんて思ったことありません。きっと、陽さんも同じです」
「橘 ・・そう言ってくれて少しは気が楽になったよ。有難う」
直人は小さく見える宇道にニコリとする。
「相澤とは寄りを戻さないのか? その指輪覚えてるぞ」
「外すの忘れて学校に行ったら、噂になってしまったもんね」
直人は左指の指輪を愛おしそうに触れる。
「相澤、今はフリーだろ?」
「先生も知ってたんですか。 陽さんを想うだけでいい・・なんてのは嘘です。あの人と一緒に過ごした日々をもう一度感じたい ・・陽さんに触れたい ・・でも」
直人は陽一への想いで胸が張り裂けそうになり、指輪のある左手を右手で強く握る。
「お前にもパートナーがいたな」
「圭とは ・・・・アイツは優しいから、俺が陽さんを想うことを許してくれました」
「じゃあ、寄りを戻せないのは、男同士だからか? それとも世間体か?」
「分かりません。陽さんも ・・多分同じ気持ちだと思う。でも、彼には背負う物が多過ぎるから ・・あの時、何もかもを捨てて二人で逃げるよりも、今の方がはるかに難しい」
「辛いな」
「うん。でも、大丈夫です。俺は何年でも、ヨボヨボになっても陽さんを待てる。だからその時まで毎日精進の日々です。なんて」
「そっか。とてつもなく深い愛だな ・・逆に羨ましいよ。頑張れ。遅くなってしまったけど、これからは二人を応援してる」
直人をいつも支えてくれた宇道の激励は、直人に力を与えた。
大成功に終わった直人の個展から1週間が経った頃、陽一は大きな花束を抱えて立派な墓石前に立っていた。
「美緒、ごめんね暫く会いに来れなくて。前に話したYFAのイベントが無事に終了したよ。皆喜んでくれてね。成功って言えるんじゃないかな。直の個展も大盛況だったよ。新作がとても高評価でね ・・さすが直だね」
陽一は、花立に持ってきた花を入れると、鯛焼きを供え、長い眠りにつく美緒に語り掛ける。
「もう知ってるよね ・・俺の気持ち。8年振りに直と再会してから、半年ちょっとしか経たないけどさ、ずっと一緒に居た気がする ・・直、全然変わってないから。最初は話方とか少し大人になったなぁって思ったけど、俺の前だとやっぱりあのまんまだよ。本当に可愛くてね」
陽一は、喉の奥が締付けられる気がして、一旦言葉を綴るのを止める。
冬の到来を間近に思わせる冷たい風が吹くなか、陽一は1つの決心をする。
「美緒、賛成してくれるよね」
そして陽一は、8年前の美緒との出会いを思い出していた。
「ごめん。インタビューが長引いてしまって。何も問題なかった?」
「お疲れ様でした。全て順調です。そうだ、橘先生、朝から一度も休憩されてないですよね? 今から行って来てください。ここは大丈夫ですから」
「でも」
「結城社長が、今日も差し入れしてくださっているので、食べて来てください」
「そうなんだ? じゃあ、食べてこようかな」
「あ! その前に」
イベントスタッフが何かを思い出したように先程よりも更に小声で話し掛ける。
「あの~ 一人のお客様が、昼過ぎからずっと先生のメイン作品前にいらっしゃってて、素晴らしい作品なので、お気持ちは分かるのですが、かれこれ3時間位経ちますので、ちょっと・・・・」
直人は、スタッフが不信感を抱き始めた客に目線を動かした。
「あ! あの人、俺の知り合いだから大丈夫」
「そうなんですか?! なら良かったです」
直人は、スタッフから離れるとメイン作品前に立つ人物に近づく。
「宇道先生 ・・あんまり長くその作品見てるから不審者と思われてますよ」
冗談めいて宇道に話掛けたが、彼からの反応がない。
「先生?」
「なぁ、橘 ・・俺は間違ってたのか?」
宇道のあまりに切ない呟きに、直人は姿勢を正した。
「俺、今から休憩なんです。先生も3時間立ちっ放しなんでしょ? 一緒に休憩しませんか? 少し話をしましょう」
直人は、宇道を連れてプラザ屋上にある社員食堂に来ていた。
ここの食堂は休憩所も兼ねており、ディライトングループの社員は食事が取れるだけでなく席だけの利用が可能だ。
陽一は、イベント期間中、皆を労うようにスウィーツやパン等を差し入れしており、食堂の入り口近くにそれらが並べてあった。
直人は陽一が差し入れた総菜パンを1つ手に取ると、缶コーヒーと共にテーブルに着いた。
「相澤 ・・いや、ここの社長は気が利くな」
「勿論ですよ。なんたって、陽さんですから」
陽一が褒められたのを自分の事のように嬉しそうに語る直人に、宇道は苦しい表情を向ける。
「橘 ・・俺はお前の相澤に対する愛情の深さを理解していなかったみたいだ。お前が何度もアイツがいなければ絵が描けないって言っていたのに ・・俺はその言葉の重みを分かっていなかった ・・許してくれ」
宇道の両手に包まれた小さなコーヒー缶が強く握られる。
直人の新作を3時間近くも眺めていた宇道は、数多くの反省と後悔、正当性と正義、反発しあう考えに葛藤していたはずだ。
「宇道先生 ・・イタリアに行ったから、あの絵が描けたと思ってます。だから留学したことを後悔してません。先生には感謝しています」
「橘 ・・しかし、もしイタリアに行かず、今でもお前が相澤と一緒に暮らしていたら、もっと凄い画家になれていたかもしれない」
「イタリアに行って最初の1年は、あまり覚えてないんです。陽さんとの日々を絵に残しておきたい、彼への愛を絵に描きたい、その一心で、沢山の作品を仕上げました。そして、最後の一枚を描き終えた時、俺倒れちゃって、病院で目を覚ましてやっとイタリアに来た事を実感したんです」
「そんなに・・」
「そう、そんなに苦しかった。そして絵に全部吐き出したら、俺、色を失ったみたいにモノトーンの世界にいて ・・でもその時、何も感じない、陽さんすら心にいない自分が、楽だと思ったんです。それからは、必死で技法を勉強した。アレッシオはさすが巨匠で、彼から教わった事は決して無駄ではなかった。だから、イタリアで勉強できて本当に良かったです」
「だが・・ 俺は、告げ口みたいな卑怯な手でお前達を別れさせた。恨まれて当然だ」
「先生が俺の才能と将来のために尽力してくれた。だから恨むなんて思ったことありません。きっと、陽さんも同じです」
「橘 ・・そう言ってくれて少しは気が楽になったよ。有難う」
直人は小さく見える宇道にニコリとする。
「相澤とは寄りを戻さないのか? その指輪覚えてるぞ」
「外すの忘れて学校に行ったら、噂になってしまったもんね」
直人は左指の指輪を愛おしそうに触れる。
「相澤、今はフリーだろ?」
「先生も知ってたんですか。 陽さんを想うだけでいい・・なんてのは嘘です。あの人と一緒に過ごした日々をもう一度感じたい ・・陽さんに触れたい ・・でも」
直人は陽一への想いで胸が張り裂けそうになり、指輪のある左手を右手で強く握る。
「お前にもパートナーがいたな」
「圭とは ・・・・アイツは優しいから、俺が陽さんを想うことを許してくれました」
「じゃあ、寄りを戻せないのは、男同士だからか? それとも世間体か?」
「分かりません。陽さんも ・・多分同じ気持ちだと思う。でも、彼には背負う物が多過ぎるから ・・あの時、何もかもを捨てて二人で逃げるよりも、今の方がはるかに難しい」
「辛いな」
「うん。でも、大丈夫です。俺は何年でも、ヨボヨボになっても陽さんを待てる。だからその時まで毎日精進の日々です。なんて」
「そっか。とてつもなく深い愛だな ・・逆に羨ましいよ。頑張れ。遅くなってしまったけど、これからは二人を応援してる」
直人をいつも支えてくれた宇道の激励は、直人に力を与えた。
大成功に終わった直人の個展から1週間が経った頃、陽一は大きな花束を抱えて立派な墓石前に立っていた。
「美緒、ごめんね暫く会いに来れなくて。前に話したYFAのイベントが無事に終了したよ。皆喜んでくれてね。成功って言えるんじゃないかな。直の個展も大盛況だったよ。新作がとても高評価でね ・・さすが直だね」
陽一は、花立に持ってきた花を入れると、鯛焼きを供え、長い眠りにつく美緒に語り掛ける。
「もう知ってるよね ・・俺の気持ち。8年振りに直と再会してから、半年ちょっとしか経たないけどさ、ずっと一緒に居た気がする ・・直、全然変わってないから。最初は話方とか少し大人になったなぁって思ったけど、俺の前だとやっぱりあのまんまだよ。本当に可愛くてね」
陽一は、喉の奥が締付けられる気がして、一旦言葉を綴るのを止める。
冬の到来を間近に思わせる冷たい風が吹くなか、陽一は1つの決心をする。
「美緒、賛成してくれるよね」
そして陽一は、8年前の美緒との出会いを思い出していた。
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