9 / 36
第一部:追放と再起
第8話 嫉妬の影
北方の冬は、厳しさの中にも
凛とした美しさがあった。
砦の迎賓棟には、王都から視察に
訪れた貴族たちが滞在していた。
中でも一際目立っていたのが、
エリセ・グランディール子爵
令嬢だ。
「まぁ、さすがは辺境伯さま。
お剣の腕もご立派ですこと。
護られてみたいですわぁ」
エリセはクラウスに笑いかけ、
腕にそっと触れた。
クラウスは微かに眉を動かしたが、
無言で手を払うこともなく、
そのまま話を続けている。
「……この地の治安は雪崩の影響を
受けやすい。村ごとの補強が急務だ」
「まぁ、真面目な方ですのね。
そんな真顔も素敵……ふふっ」
その光景を、少し離れた場所で
見つめるレティシア。
(……はぁ? なにあれ)
彼女の眉間には、もはや険しさしか
なかった。
(ちょっと笑いかけられただけで
あんなに近づくとか、油断しすぎ
じゃない。しかも断らないの?
無言で流す? いやそれ、逆に
期待持たせてるでしょ、バカなの?)
怒りが心の中で煮えたぎる。
「レティシア様? 大丈夫ですか?
お顔が少し怖いような……」
侍女が心配そうに声をかけたが、
レティシアは無表情に切り返す。
「……気のせいよ。ちょっとこの
空気が寒すぎるだけ」
(あの女、気安く触ってんじゃない
わよ。あたしだって、クラウスの腕
なんて触ったこと――いや、一回だけ
ぶつかったけど、それは事故で……
って、何考えてるのよ!)
顔が一瞬赤くなりかけたのを
振り払うように、彼女は鋭く背筋を
伸ばした。
そのまま、足音高く二人の会話に
割って入る。
「クラウス、訓練の時間よ。
遅れるなんて、あなたらしくない
わね?」
突然現れたレティシアに、
クラウスはわずかに目を瞬かせた。
「……訓練? 今日の予定には――」
「あるのよ、今決まったの。
私が決めたの。だから来なさい」
「…………」
エリセは唖然としながらも、
笑みを崩さない。
「まぁ……おふたりは親しいのです
わね。うらやましい限り」
「ええ、幼い頃から“深く”知って
ますから。ええ、“誰よりも”」
レティシアは笑顔でそう返し、
クラウスの腕を掴んで引っ張った。
「ほら行くわよ。返事はいいから、
ついてきて」
「……命令口調、相変わらずだな」
「当然でしょ。言わないと、あなた
みたいな不器用男は気づかないん
だから」
そうして二人はその場を去った。
人気のない訓練場へと到着し、
レティシアはようやく腕を離す。
「ったく……あんな女にヘラヘラ
されて、何が“辺境伯”よ」
「……ヘラヘラなどしていない」
「無言で流してたでしょ。
ああいうの、女から見たら
“脈あり”に見えるのよ!」
クラウスは少し考えるように
沈黙した後、ぼそりと呟いた。
「……なら、拒絶すればよかった
のか?」
「当たり前でしょ!!」
レティシアの声が反響する。
自分でも少し言いすぎたと気づいて、
視線を逸らした。
「……べ、別にあんたのことなんか、
気にしてるわけじゃないけど。
砦の指揮官として、誤解を与えるの
は問題でしょ。ただ、それだけ」
クラウスはそんな彼女をじっと
見つめてから、小さく頷いた。
「了解した。……気をつける」
「……は?」
「脈ありに見えないように、
拒絶する。おまえに……
誤解させないように」
「なっ……誰が誤解なんか!!」
頬が熱くなっていくのを、
レティシアは全力で無視した。
(……バカ、バカ。ちょっと本気に
なりかけたじゃない)
氷の砦に、嫉妬という名の熱が
灯った瞬間だった。
🪄ྀི🪄ྀི🪄ྀི☆≡。゚✩.*˚🌟
✡️キャラクター紹介🪄◝✩
≡目次からどうぞ☪︎⋆。˚✩
凛とした美しさがあった。
砦の迎賓棟には、王都から視察に
訪れた貴族たちが滞在していた。
中でも一際目立っていたのが、
エリセ・グランディール子爵
令嬢だ。
「まぁ、さすがは辺境伯さま。
お剣の腕もご立派ですこと。
護られてみたいですわぁ」
エリセはクラウスに笑いかけ、
腕にそっと触れた。
クラウスは微かに眉を動かしたが、
無言で手を払うこともなく、
そのまま話を続けている。
「……この地の治安は雪崩の影響を
受けやすい。村ごとの補強が急務だ」
「まぁ、真面目な方ですのね。
そんな真顔も素敵……ふふっ」
その光景を、少し離れた場所で
見つめるレティシア。
(……はぁ? なにあれ)
彼女の眉間には、もはや険しさしか
なかった。
(ちょっと笑いかけられただけで
あんなに近づくとか、油断しすぎ
じゃない。しかも断らないの?
無言で流す? いやそれ、逆に
期待持たせてるでしょ、バカなの?)
怒りが心の中で煮えたぎる。
「レティシア様? 大丈夫ですか?
お顔が少し怖いような……」
侍女が心配そうに声をかけたが、
レティシアは無表情に切り返す。
「……気のせいよ。ちょっとこの
空気が寒すぎるだけ」
(あの女、気安く触ってんじゃない
わよ。あたしだって、クラウスの腕
なんて触ったこと――いや、一回だけ
ぶつかったけど、それは事故で……
って、何考えてるのよ!)
顔が一瞬赤くなりかけたのを
振り払うように、彼女は鋭く背筋を
伸ばした。
そのまま、足音高く二人の会話に
割って入る。
「クラウス、訓練の時間よ。
遅れるなんて、あなたらしくない
わね?」
突然現れたレティシアに、
クラウスはわずかに目を瞬かせた。
「……訓練? 今日の予定には――」
「あるのよ、今決まったの。
私が決めたの。だから来なさい」
「…………」
エリセは唖然としながらも、
笑みを崩さない。
「まぁ……おふたりは親しいのです
わね。うらやましい限り」
「ええ、幼い頃から“深く”知って
ますから。ええ、“誰よりも”」
レティシアは笑顔でそう返し、
クラウスの腕を掴んで引っ張った。
「ほら行くわよ。返事はいいから、
ついてきて」
「……命令口調、相変わらずだな」
「当然でしょ。言わないと、あなた
みたいな不器用男は気づかないん
だから」
そうして二人はその場を去った。
人気のない訓練場へと到着し、
レティシアはようやく腕を離す。
「ったく……あんな女にヘラヘラ
されて、何が“辺境伯”よ」
「……ヘラヘラなどしていない」
「無言で流してたでしょ。
ああいうの、女から見たら
“脈あり”に見えるのよ!」
クラウスは少し考えるように
沈黙した後、ぼそりと呟いた。
「……なら、拒絶すればよかった
のか?」
「当たり前でしょ!!」
レティシアの声が反響する。
自分でも少し言いすぎたと気づいて、
視線を逸らした。
「……べ、別にあんたのことなんか、
気にしてるわけじゃないけど。
砦の指揮官として、誤解を与えるの
は問題でしょ。ただ、それだけ」
クラウスはそんな彼女をじっと
見つめてから、小さく頷いた。
「了解した。……気をつける」
「……は?」
「脈ありに見えないように、
拒絶する。おまえに……
誤解させないように」
「なっ……誰が誤解なんか!!」
頬が熱くなっていくのを、
レティシアは全力で無視した。
(……バカ、バカ。ちょっと本気に
なりかけたじゃない)
氷の砦に、嫉妬という名の熱が
灯った瞬間だった。
🪄ྀི🪄ྀི🪄ྀི☆≡。゚✩.*˚🌟
✡️キャラクター紹介🪄◝✩
≡目次からどうぞ☪︎⋆。˚✩
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
「君は悪役令嬢だ」と離婚されたけど、追放先で伝説の力をゲット!最強の女王になって国を建てたら、後悔した元夫が求婚してきました
黒崎隼人
ファンタジー
「君は悪役令嬢だ」――冷酷な皇太子だった夫から一方的に離婚を告げられ、すべての地位と財産を奪われたアリシア。悪役の汚名を着せられ、魔物がはびこる辺境の地へ追放された彼女が見つけたのは、古代文明の遺跡と自らが「失われた王家の末裔」であるという衝撃の真実だった。
古代魔法の力に覚醒し、心優しき領民たちと共に荒れ地を切り拓くアリシア。
一方、彼女を陥れた偽りの聖女の陰謀に気づき始めた元夫は、後悔と焦燥に駆られていく。
追放された令嬢が運命に抗い、最強の女王へと成り上がる。
愛と裏切り、そして再生の痛快逆転ファンタジー、ここに開幕!
誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』
富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
「退屈な女だ」と婚約破棄されたので去りましたが、翌日から国政が止まったそうです。え、私はもう存じませんけど?
にたまご
恋愛
公爵令嬢クラーラは、ユリウス王太子殿下に婚約を破棄された。
「退屈な女だ」「何の取り柄もない」と。
否定はしない。
けれど殿下が知らないだけで、通商条約も予算案も外交書簡も、この国の政務の大半を六年間匿名で回していたのは──この「退屈な女」だ。
婚約破棄の翌朝、宰相補佐官のレオンが焼き菓子と四十二件の緊急報告を携えて公爵邸を訪れる。
「貴女がいなくなった王宮は、控えめに申し上げて、地獄です」
──存じません。私はもう、ただの無職ですので。
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」