元自衛官、異世界に赴任する

旗本蔵屋敷

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2章 元自衛官、異世界に馴染もうとす

二十五話

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 宗教とはなんなのだろうかと、考えてしまう事は有る。それはヨーロッパであれ、日本であれ光もあれば影が有る事を授業やニュースを通して知っているからだ。近代化に伴い宗教の勢いは衰えた、未知が解明されていった先で「分からない事は全て神の仕業」という事が減っていったからである。
 それとは別に、日本なら坊主、ヨーロッパなら教会などにおいて”腐敗”とやらがあったのも知っている。免罪符という分かりやすいものも有れば、比叡山延暦寺の焼き討ちという”権力を振りかざし、傍若無人の振る舞いをし、仏法を説くことすら忘れ、修行を怠る有様だった”というものまである。
 元をたどれば、素晴らしいものだったかもしれない。実際、死後どうなるか分からず、遺した者や逝く者に関してはかなりデリケートな問題だ。それらの負担や悲しみを低減し、軽減してくれたという事ではなぜ宗教が大事だったのかを理解できるような一面もある。
 とは言え、自分は神に祈りを捧げもしないし、合掌し感謝をする事もない。ただただ家族の安寧と健康を祈るときくらいに口にするくらいの存在だ。

 アーニャ……いや、アニエスと共に戻ってきた俺は。部屋まで案内されて感謝の言葉を述べ、アニエスと別れる事になった。部屋で待っていたアリアは聖書を読み、カティアにその内容を説いていたようであった。

「ただいま」
「あ、お帰りなさいヤクモさん。如何でしたか?」
「あ~、うん。悩みは多く、困難は多いだろうけれども、正しいと思うことをして行く事で、救われるでしょうって」
「悩み、あったんですか?」
「まあ、色々とね」

 変な誤魔化し方をしたせいか、少しばかりゆっくりしようと椅子に腰掛けたのだが、アリアの目線が何度も俺の方に向いてくるのを感じる。しかも、カティアに読み聞かせている聖書の内容を読み上げる速度も、それを噛み砕く速度も遅くなっている。
 ……なんか、居心地が悪いので「あ~」と呻く様な声を上げて、即席の言い訳をする事にした。

「記憶が無かったんだけど、戦ってると色々な過去の事がちらついたり。文字が読めず、自分になじみの無い生活や国の有り方に戸惑ってるとか、そういう話」
「あ、そうだったんですか。てっきり──」
「てっきり?」
「姉さまの所で働くのが、嫌になったのかと」

 そう言ってアリアは恥ずかしい事を言ったかのように、幾らか頬を朱に染めた。カティアは興味なさそうにこちらを見ているが、目がしっかりと交互にアリアを見てから自分に向いているあたり全てを聞いていたのだろう。色々な事を見聞きして、勉強したりかんがえるようにしてくれとは言ったけれども、そんなに全力で俺を見られても困る。

「なんで、そう思うのかな?」
「あ、いえ。だって、ヤクモさんは以前『何も分からないから、仕方が無いのかな』みたいに言ってましたから。何も困る事が無くなれば、出て行ったりしちゃうんじゃないかなと」
「さあ、どうだろ。俺も、自分が何をしたくてどうしたのかなんて、無いしな……」

 色々とサービスしてもらったにも拘らず、俺にはしたいことややりたい事なんて無かった。ただただ、世界観や今の立場に応じて「あれが必要だろう、これが必要だろう」とやっているだけだ。そこにあるのは『義務感』であり、私的な思いからでは無い。アルバートやミナセ達に戦いに関してヘッタクソな講釈を垂れているのだって、欲からだ。後付で親しくなったからとミナセやアルバートの面倒を見ているだけであって、面倒だと思ったら放り出すだろう。

 楽をしたい、楽しい事がしたい、面倒な事はしたくない、嫌な事はしたくない。けれども、楽をするために頑張らなきゃいけない、楽しい事をする為に身を立てなきゃいけない。その結果面倒な事や、嫌な事をしなきゃいけないこともある。零と逸、ONとOFFのような両極端ではなく、許容できるか出来ないかを天秤に載せて見極めているようなものだ。
 楽をする、楽しい事をする為には地盤が必要だ。その地盤の程度によってできる事が増えるし、許容される事が増える。自由は、無料じゃない。

「やりたい事、なんだろう」
「強くなりたいとか、強さで上り詰めるとかは?」
「別に無いよ。必要な分強ければ良いし、天下無双の頂に登り詰めたいとは思ってないかな」
「では偉くなるとか、身分を高めていくとか」
「ん~、程々が良いよ。偉くなりすぎると──この世界だと──領地とか、部下とか、民草や他の貴族とかで煩わしいだろうし。俺には領土運営能力も無ければ、ポッと出の若造でありながら疎まれないコネも無いしなあ──」
「魔法や知を極めるとか」
「研究や探求してまで追い求めたい感じは無いかな。気になった事や興味が湧いた事をチョットだけ調べたり学ぶくらいで良いかな」
「では、国や召抱えられた家のために尽くすとか」
「俺の尽くす国は生まれ育った場所だけど、それがどこか分からないしなあ。世話になってる手前言い辛いけど、ヴスコンティに仕えたいと思えるほどに国の有り方を知ってるわけじゃなし。召抱えられるって言うのも、遠まわしに国に仕えるという理由であんまり考えたくはないかな。
 それに──」
「それに?」

 少しばかり逡巡し、それからどう言おうか言葉を選ぼうとする。しかし、変な言い方をして解釈を間違われるのも嫌なのでそのまま吐き出すことにした。

「身命を賭す相手を、間違えたくない」

 その言葉が少しばかり部屋に響き、そして静まり返った。たぶん、どう解釈すべきか幾らか考えているのだろう。けれども、解釈は一つしかない。”自分という存在に含まれる全てを尽くす”という事をするに値するかどうか分からない、と言い放っているに近い。
 俺が少なくとも武器を手に取り戦っても良いと思っている国はそう多くない。生まれ育ったアルゼンチン、それと日本とアメリカだ。少なくとも悪い想い出はない、それに──”マシである”という事くらいか。何のために戦い、何のために死んでいったか位は選ぶ権利だってあるだろう。
 しばらくして「あはは……」と、アリアの乾いた笑い声が聞こえた。苦笑とも困ったとも言える表情が、ゆっくりと落胆へと変わっていく。

「そう、ですか。けど、そう──ですよね。考えてみたら、もう使い魔じゃ、無いですし」
「二人が学園を出る時を区切りに、ちょっと旅に出てみても良いかもな……。
 ほかの国の事も知って置きたいし。やっぱツアル皇国も見ておきたいかなって。
 ユニオン共和国も訪れる事が出来るなら見てみたいし──」

 そもそも、ミラノやアリアが居なければ根無し草である。保証が無いとも言えるし、腰が軽いとも言える。ただ住まうだけならいざと言う時逃げられるし、どこにでも行けると言う利点がある。ただまあ、所属していないという事は庇護されていないという見方も出来るので、穿った相手から狙われる危険性もあるが。

「──どこか、俺の記憶と近い場所。国でも探したいって言う考えも有るかな」

 色々と語ってしまい、その印象の方向性を決めるように誤魔化す。記憶喪失という設定、それでも幾らか前までのことを覚えているという設定。そういったのを絡めて「出て行く」という認識ではなく「かつての自分を探す」という認識へと持っていこうとする。
 少なくとも「逃げたい」ではなく「自分に関わる事が気になる」程度にはなったと思う。たぶん、だけれども。
 ただ、付け足すように言った言葉は効果が幾らか合ったようで、アリアが沈痛な表情をしていたのが、幾らか明るさを取り戻した。

「そ、そうでしたね。ヤクモさんも、どこから来たのか分かりませんし。もしかしたら色々な所に行って、かつての自分が居たところに近い光景とかに出会えば、きっと色々思い出せるかもしれませんしね」
「まあ、期待はし過ぎないようにね? いざ実際にそういったところを訪れても何も思い出せない可能性も有るから」

 最初に提示しておく事で、あとから「嘘だ!」という展開にならないようにしておく。人は表の顔もあれば、裏の顔も有ると言う位だ。あまり考えたくは無いけれども、実際に俺が──自由となってか、許可を得てかは別として──いろいろなところを巡った結果、何も思い出せませんでしたと言って、怒られる可能性だって有るわけだ。
 とは言え、記憶喪失が嘘である上に異世界である以上、どこを巡っても思い出すものなんてないし、見慣れた光景や場所なんてのも存在しないわけだが。

「ですが、ツアル皇国がやはり可能性としては高いのでしょうか?」
「ミナセやヒュウガの国ね」
「はい。名前の響きが一緒だとか、お二人の名前をその国の読みで呼べるという事もありますから」
「まあ、行く機会があれば程度で良いよ。今はまだ──」
「のんびりしたい、ですか?」
「そう、その通り」

 やるべき事をし、為すべきを為した上でぐったりしたい。語らう友は少なく、そのような自由を許されても居ないが……。けれども、まだこの前の騒動からあまり時間がたっていない、張り詰めていた糸が一気に緩んでしまった状態にある。コレを含めて「まだ本調子じゃない」と言える。病気状態を張り詰めた状態だとしたら、病気の症状が治まって回復期を緩んでいる状態といえるだろう。まだ回復したわけじゃないのだ。

「ヤクモさんの言うのんびりって、たとえばどんなのでしょうか?」
「そりゃあ。まあ……。アルバートやミナセ、ヒュウガと自由に会って話が出来たり、酒を飲んで幾らか騒げたり、自分の裁量で休みが取れたり、外に出たりする事が出来れば──かな。
 とりあえず現実的で、思いつく範囲でだけど」

 アルバートやミナセと会うのは授業が重なるかあちらが傍に来た時だけで、自分から探して会うことは出来ない。それと同じように、いくら煮詰まろうが疲弊しようが調子が悪かろうが休めない。そして酒はアルバートが飲ませてくれなければ飲めないし、外出どころか単独行動をする事すら許されていないのだ。まるで新兵レベルの拘束力である。
 それでも──段階的に解除されていくものなのかもしれないけれども。

「やっぱさ、同性の親しい人って言うのは──欠かせないよ」
「そう、ですね。そこらへんは姉さまとも話をして見ます」
「──頼むよ
 さて、教会での用事も終わった事だし。後はゲヴォルグさんの所に行って、買い物をして、帰るだけかな」
「では、行きましょうか」

 アリアが本を閉じ、聖書を壁掛けの本棚に戻した。カティアは一切口を挟まなかったが、何か言いたそうな表情をし──何も言わずにゆっくりと立ち上がった。荷物を纏め、アニエスの案内してくれた部屋を後にした。
 そして聖堂を抜けて教会を出ようとした所で、見知った顔があるのに気がついた。ミナセと──えっと、名前が思い出せないけれども、前に会った事だけは覚えている。幸薄そうとも、存在感が足りないとも言えるような子。
 そんな彼女が、黙祷しているミナセに対して片手を伸ばしている。その様子は宗教的な物だ。ミナセは何に対して黙祷しているのだろうか? 対する彼女は──なぜ許す側のように振る舞い、手を翳しているのだろうか。
 しかし、俺はそれを邪魔する事はできなかった。二人ともその集中力は高く、ある程度近づいても反応する事は無い。そのまま数分の時間を経て、ようやくミナセの方が動いた。

「──ありがとう、クロエさん」
「ううん。役に立てたなら嬉しい、かな?」
「祈りは終わったかな、ミナセ」

 二人の様子を見てから声をかける。それに反応してミナセと、クロエと呼ばれた彼女がこちらに気づく。ゆっくりと近寄り、片手を挙げて挨拶のように対応した。

「今日は外出かい?」
「あ、うん。ちょっと王様に呼び出されて、その帰りだったんだ。
 それで、少しだけお祈りをしてて」
「余計なお世話かなって思ったけど、修道士の端くれだからお手伝いしたんだ」
「あぁ、なるほど」

 たしか、彼女は……クロエは神聖フランツ帝国出身だったと聞いている。あそこの国は宗教が強いから、聖職者──いや、魔法使いと聖職者が同じ括りなのかも知れない。そう考えれば、”魔法使い=特別階級”という方程式に”特別階級=聖職者”という考えも合致させられるわけだ。

「ヤクモもお祈り?」
「俺は──。まあ、似たようなものだよ。神様から『生き長らえたのだから一度は顔を見せるように』って、教会を指定されてさ。
 それと、少しばかり悩み事があったから助言を貰って来た所」
「そっか、そうなんだ。それで、アリアさんとカティアちゃんはその付き添い?」
「はい、ヤクモさんが外に出る許可を姉さまから貰ったので、付き添いで出てきました」
「同じく、って所かしらね」

 ミラノが一緒だったのなら、前を歩くのも行動の中心も彼女だ。なので俺が若干前に出て会話をし、行動の先陣を切っている事を彼女は許さないだろう。しかし今は俺がミラノに許しを得て外出したのであり、アリアはミラノの妹であり重要な対象ではあるけれども行動の中心人物でもなければ前に出て行動する訳でもない。なので気を使いつつも前を歩かなければならない。

「今日はヒュウガと一緒じゃないんだな」
「タケルとは一緒じゃないよ。仲は良いけど、呼ばれたのは僕だけだったし。
 クロエさんとも教会に近寄ったら出会っただけだから」
「そっか。いつも一緒なイメージがあったから、なんか意外だなぁ」
「僕だって、常に一緒じゃないよ。そりゃあ、友達とか居ないから一緒に居がちだけど──」

 そう言って幾らか沈んだ表情を見せたようだったミナセだったが、何かを思い出したのか顔をはねる様に上げるときょろきょろとしていた。

「あ、ごめん! 僕、これから用事があるから!」
「お、おう。了解。それじゃあ、また学園で」
「またね!」

 長椅子から立ち上がりくるりと反転したミナセは教会を慌てて出て行った。その途中で人とぶつかり、思いっきり謝罪している姿まで見えていた。若干凛々しくなったかなと思ったけど、根本的には何にも変わっていないようだ。

「それで、クロエさんは教会で何を?」
「私は家や国の教えで、教会のお手伝いをしに来ただけだよ?
 祈りを捧げて、感謝をして、悩みがあったら相談して──。それが終わったら皆と一緒に同じように悩みを聞いて、懺悔を聞いてあげたりとかして……」
「──そっか、お国柄を忠実に守ってるんだね」

 この子は影が薄いのではなく、私をあまり表に出さないようにしているだけなのかもしれない。あるいは、行き過ぎた自分を殺して他者へ尽くすせいで普段はあんまり印象に残る場面やシチュエーションが存在しないとも言えるのかも知れないけれども。

「アリアやミラノはあんまり接点は無い感じかな?」
「アリアさんは学園内の礼拝堂でよく会うから接点はあるよ。ミラノさんはあんまり関わった事無いけど」
「はい。私は体が弱いですし、姉さまみたいに多望では無いですから。
 家族のために、姉さまのために──それと、ヤクモさんやカティアちゃんのために祈る事しか出来ませんので」
「だってさ、カティア」

 アリアはそこまでしてくれてるんだよという、ある種当てこすりのようなスルーパス。それに対してカティアは特に何も言わず、逆にニヤリと笑うと舞のように緩やかな回転をしながら俺に近寄り、綺麗に俺を崇めるかのごとく跪く姿で止まった。

「あぁ、我等が神よ。我が主人であるヤクモ様の日常において、安寧と成功をお願いいたします。
 その為であれば。私カティアはこの身体も、操も捧げる所存でありますわ」
「──それは流石に演技が過ぎて嘘くさいや」

 というか、身命は賭されても理解が出来るが、操を捧げられても──困る。第一、貞操を捧げられたとしても──そう、対外的な醜聞になりかねないという考えもあるし、彼女の女性としての価値が損なわれるんじゃないかという考えもある。そしてなにより──重いと思った。アダルトゲームやライトノベルの主人公は、何であんなにハーレムをしておきながらそこらへんで問題が起きないのだろう。俺には、悩んでしまうがゆえに難しい。
 クソ外道な考えをするなら「元は猫だし、主人は俺だし、いいじゃねーか!」って思うかもしれないが、それをするには臆病とも倫理的とも道徳的な思考をしているとも言えた。つまり、そんな可能性は無い。
 なので、呆れる事しかできない。そしてカティアも演技ぶっておきながらも──理解が進んできたのか──片目でチロリとこちらを見るとゆっくりと立ち上がって「ほらね」等といってきた。どうやら芝居だった様だ、そんな事も出来るのかと驚く。

「ご主人様は私がどれだけ想っても、捧げてもつれないので意味が無いのですわ」
「そんな大仰じゃなくても。『無病息災』とか『健康で安心できる日常』とかで良いのに。
 というか、俺もそれくらいしか祈ってないし」
「あれ、ヤクモくんも祈るんだ? そういうのとは無縁だと思ってたよ」
「今言った程度の事しか祈ってないし、年に数度──それこそ、不安が募ったときや追い詰められたときしか祈らないから……。無神論者に近いんじゃないかな」

 一応生まれた時からキリスト教のカトリックという事にもなっているし、ハーフ故の海外名──というか、洗礼名まである。表向きは一神教では有るのだが、日本の感性が勝ったのか『別に神様がたくさん居てもいいじゃないか』となり、自衛隊に居てスレてしまったがために『神様なんて個々人毎に違うのを崇めててもいいだろ』となってしまった。実際、政治や政策や外交やらなんやらで辟易するような発言を幾度と見聞きしてくればどうでもよくなってくる。
 しかし、無神論者と言ってしまってから『これはマズかったかな?』と思った。アルバートに以前釘を刺されたのだが、痛い目を見ていないからか忘れてしまっていた。口をそっと抑え、ゆっくりと周囲をうかがった。

「──今のは忘れてくれ」
「記憶が無いですから、多少の失敗は許されますよ」
「あはは……。けど、私と同じ国の人とか、この国の人の前ではあんまり信じてないみたいな事を言うのはやめた方がいいかも」
「場所によっては処分や処刑も当たり前ですから」

 アリアとクロエの言葉を聞いたカティアが、片手を手刀のようにして首の傍で数度振っていた。首チョンパ、首が胴体と泣き別れという事をいう事を示しているのだろう。流石に言動一つで処刑、それによって死亡だなんて結末は迎えたくない。神関係は絶対に黙っておこうと決めた。

「あぁ、えっと。うん、気をつけるよ」
「そうしたほうが良いかな」
「まあ、なんにせよ。こうやって教会で休みの日にまでお手伝いしてるんだから、若干勉学がおろそかになっても仕方ないよなぁ。
 今日もこれから手伝いするの?」
「えっと。孤児院のお手伝いと、炊き出しのお手伝いと、病傷者の手当てとか、色々あるよ?」
「それだけやってれば十分だよ」

 ボランティアとしてだが、自分も学生時代に幾らか経験をしたことがある奉仕活動。孤児院や老人ホームでの活動は決して楽ではなかったが、それでも──相手が泣いてくれるくらいに喜んでくれる事だってある。そういうときにこそ、やって良かったと思える。
 俺は性善説を信じていない、むしろ性悪説を信じてはいるが──。だからと言って、自分までもが悪人になる必要はないし、正しい事や善い事と思える事をしなくて良い理由にはならない。百人の中に一握りでも善い人が居ると思っている、完全な失望だけはしたくない。

「あんまり、頑張り過ぎないようにね? お手伝いをする人や、助ける側の人だって、行き過ぎれば助けられる人にもなるわけだから」
「えっと、それは──」
「経験談とも、体験談とも言えるかな。それに、人の為に尽くすのが国や家の教えかもしれないけど──学園の事も、幾らか優先しなきゃいけないと思うし」
「そうだよね……。はあ~、気が重いなあ~……」
「──勉強だったらミナセがヒュウガに見てもらってると思うし、そこにお邪魔させてもらったら?」

 何気ない一言だったが。その一言にクロエは両手をブンブンと首と同じくらいの勢いで振った。

「ええええぇ!? だだだ、駄目だよぅ!!!」
「意識しすぎだって」
「でも、でもぉ……」

 彼女もまた、ミナセの事を好いている女子の一人だ。前にミナセの見舞いに来たときに、それっぽい空気というか──匂い? を感じ取った事がある。別にお膳立てをするつもりは無いけれども、無難な会話のやり取りの一つとして”たまたま”ミナセが出てきただけだ。
 勉強が苦手仲間だという事、それに加えてミナセもまたヒュウガと一緒に勉強をしているという事実を俺が知っているからだ。とは言え、エレオノーラも勉強を見てあげているようだし、変な薮蛇にならなければいいが。

「ま、俺には自分の価値観でしか今は話が出来ないからなあ。色々あって難しいんだろうけど、頑張ってよ」
「あ、えっと。有難うって言えばいいのかな?」
「じゃあ、どういたしましてって返すくらいだよ。
 それじゃあ、邪魔したら悪いし──又ね」

 クロエが「又ね」と言い返したのを受けて、俺はもう教会でのやる事は終わったので、カティアとアリアに出る事を告げ、教会を出た。ふと振り返れば、アニエスが居てブンブンと両手を振っていた。それに気がついた俺は片手を上げて返事のように返す。そして荘厳で静かな場所から、喧しく蠢く街中へとまた戻っていった。
 なんというか、教会の中は中で古めかしい感じがして好きなのだが、やはりこういった雑踏も好きなのだなと改めて実感する。そういえば図書館の埃っぽさや、病院の薬品臭さも好きだったなと思い返した。

「ゲヴォルグさん、元気にしてるのかな」
「鍛冶場が思うように使えなくて、その修理待ちで簡単な事しかできないと言ってましたね」
「あぁ、鍛冶が出来なくなってるのか……そりゃ、困るだろうなあ」
「怒るのを通り越して、今じゃため息しか出ないとか」
「分かるなあ、そういうの……」

 そんなやり取りをしながら歩いていると、街中で妙に人だかりが出来ている場所があるのを見つける。何だろうかと思い、余計な事だと思いながらも首を突っ込んでしまうのは好奇心が強いせいだろう。衛兵が封鎖した路地裏への道、その奥でも衛兵がなにやら忙しそうにしてる。

「何かあったのか?」

 野次馬に紛れ、俺は近くに居た男へと声をかけた。こういうのは別に身分とか人とか関係なしに声をかけられるから気が楽だ。実際、相手は野次馬仲間だと思ったらしく、あまり気にもせずに色々と話を聞かせてくれた。
 情報収集を終えた俺は、何とかその惨状を見ることが出来ないだろうかと頑張っては見たものの、現場を見るには野次馬を掻き分けて前に行かなければならなかったので諦めて戻った。

「ねえご主人様、何があったのかしら?」
「人殺しだと。あんまり言いたくはないけど、酷い死に様だったらしい」
「殺人……」

 たぶん、アリアは想像してしまったのだろう。ふらりと倒れかけたのを慌てて支える、それから数秒して軽く首を振った彼女は「大丈夫、ですから」と、自分の足で立った。
 しかし、野次馬に紛れて聞いた話だと──惨殺された人物は『行方不明になっていた』と言われている人物だったらしい。二~三週間ほど前に消息不明となり、それがいまさらになって現れたのだとか。片腕と胴体、それと首が刎ね飛ばされていたらしい。切り口が鋭く、綺麗にあわせるとくっついて見えるとも聞いた。何で裂いたのかは分からないけれども、切り口がそれほど鋭いのであれば素晴らしい武器や技術をもった人物ががやった事なのかもしれない。

「──戻るか? ちょっと、何かあったら守れるかどうか自信が無いし」
「いえ、ゲヴォルグさんの所は近いですし、それが終わったら買い物をするだけじゃないですか。
 それに、ヤクモさんが守ってくれるんですよね?」
「──絶対に守り抜くとは、約束できないけど」
「それでも、努力してくれるだけでもありがたいです」

 そう言って、暗に「用事を済ませましょう」という方向で話は終わったようであった。後で背嚢もストレージに突っ込んで身を軽くしておいた方がいいかもしれない。今まではただ過去を懐かしむように背負ってはいたが、個人的感傷の為に死なせるのも死ぬのも馬鹿らしい。あとでゲヴォルグさんの所に置いてきたとでも言って誤魔化せばいい話だ。

 色々と考えながら、話をしながら歩いていると、さほど時間もかからずにゲヴォルグさんの家にまで辿り着いた。見ればゲヴォルグさん自身と、幾人かの男性が家の応急処置をしているようだった。材木を切っている人や、壁の材料である石を積み重ねて雨風凌げる正常な状態にしているようでもある。

「ゲヴォルグ様!」
「ム? おぉ、アリア嬢。よく来られた。それに──なんと言ったか」

 そういえば、前回は名乗れなかったんだった。それを思い出して、頭を下げるように礼をした。

「前回名乗る暇がなかったッスね。自分はヤクモと言います。
 お借りした武器を返しに来たのと、新ためて何かしら何か購入しようかと思って来ました」
「おぉ、そうであったか。そう言えば、ゴタゴタしてたので適当に何か持って行ったのであったな。
 しかし、見ての通り今は家の修復で手一杯。鍛冶場の修理まで手が回らなんだ」
「良いですよ。今回は騎士らしい、それっぽい剣があれば良いかなって思ってるだけなので。
 それまでの繋ぎで使えれば良いかなと」
「して、何を持っていったのだ?」

 ゲヴォルグさんに言われて、俺はスッカスカな『骨!』みたいな剣を抜いて見せた。バットで言う”芯”が空洞のようになっているその剣を見たゲヴォルグさんは苦笑した。

「それを持っていったのか」
「無いよりはマシだろうし、もし何かあったとしても安く済みそうだったから」
「それはな、二対の剣だ。そちらの空洞に納めるようにしてもう一本の剣が存在する。
 時には長剣として、時には双剣として扱えるようになっておるのだ」
「──そんな趣向を凝らした剣、壊していたら安い所の騒ぎじゃなかったッスね!?」

 あぶねーっ!? スカスカな剣だなと思ってたけど、そんな仕組みが凝らしてあるのなら普通に鍛えられた剣よりも高いに決まってるだろ!
 値段に関しては考えたくも無く。恐る恐る鞘に収めてそっと建物によっかかるようにして置いた。そんな俺の行動を見てゲヴォルグさんは一つ高笑いをし、剣をつかむと俺に押し付けた。

「え、いや。その。そんなもの貰えないですって!」
「いや、なに。作ったのはワシではないしな。それに──使われる事も買い手も居ないであろう。
 ワシがそれに付属すると思われる剣を以前鍛えたのでな、それを買ってくれればそれで良い。本来そこに収まり、対として存在していた剣がどうなったかなど分からぬ」

 そこまで言われるとどうにも弱い。ついでにゲヴォルグさんが打ったとされる対の剣の値段を聞いたが、アリアの反応を見るに市場の物よりは割高だけれども法外では無いらしい。そもそもドワーフが鍛え上げた剣だ、品質や性能を踏まえて”値段どおり”なのだろう。

「じゃあ、ありがたく貰っておきます」
「あとで扱い方を練習しておくと良い。後々使い物にならぬと泣き付かれるのは御免被るのでな。武器は使うものだ、武器に振り回されるな。使えるようにならぬのなら、いっそ武器を持とうと思うな」
「分かりました」

 と、なんやかんやで返却どころか購入によっておまけでついてくる事になった。しかもその対となるものを想像して作ったと言われる剣は中々の出来で、剣を治めて長剣に戻すときも、はじき出して双剣にする時の移行も中々にスムーズだ。少しだけ握りを甘くして弾倉を外すような動作で剣が分離させられるというのも良い。しかも、分離のさせ方も調整できて、カシャリと柄が出るようなやり方も出来るし、キィン! と響く音を立てながら飛び出すように分離させる事もできるのだ。
 何度か分離だの格納だので遊んでいるうちに仕組みが理解でき、ある程度スムーズに扱えるようになった時には時間がだいぶ経ってしまった。それでもアリアやカティアはゲヴォルグさんの家の中でこちらを窓から見ながらお茶に興じていたし、ゲヴォルグさんは家の修繕で忙しそうにしていた。
 しっかし──

「普通ならこういった装備品ってパラメーターを見られるけど、どうなんだろう……」

 なんて考えたのは思いつきだった。ストレージから魔法書を取り出し、色々と読みふけっていると更に色々と見つけ出す事ができた。そういや、ステータスとか見られるんだからこういうのもあるよなと新しく追加された”システム”に幾らかホッコリする。
 クラフトとエンチャントという項目だ。なお、剣の性能に関してはステータスの項目から装備品で見ることが出来たのでよしとする。
 クラフトは”製作”だし、エンチャントは”付与”だ。スカイリムやオブリビオンをやっている人であれば馴染みが深いであろう。しかし、エンチャントに利用するのは魂という純度の高い魔力の塊でもなければ材料でもない。──俺自身の魔力を引き換えにして、買い物のように付呪を施せるという気楽さがある。とりあえず靴に”隠密効果上昇”という付呪をしてみた所、どうやら足音や砂利などを踏んだときに生じる音が低減されるようだった。素晴らしすぎる、抜き足差し足の練習をしていたのは何だったのだろうか? 半長靴がなくても出来るとは素晴らしい。

 面白い物が出来たなと考え、次にクラフトで何が出来るかを確認すると、既存品を弄る事も出来るし、材料や素材から完成品を作り出すという事も出来るそうだ。これもまた靴で試してみたところ、”耐久度”という項目が%とHPの両方から減っているのが分かった。どうやら修理するのに必要な対価は何でもいいらしく、対象の材質などに対する適合率で修理効率が変わるそうな。
 今回は靴だったのでハンカチを差し出したところ、若干目減りしていた耐久度が回復できた。それとは別で『材料を消費して、対象の能力を上昇させられる』というのも見つけている。いよいよもってゲームらしい世界観の認識になってきたなと思いながら、靴自体の防御力をあげておく。靴の防御力が上がる事で耐久度の減りが緩和され、結果的に長持ちするようになるという単純な計算だ。とは言え、エンチャントの項目の中に”耐久度の自動回復”とか有ったので、それをつけたら純粋に劣化しなくなるのだろうが

 そうやって色々確認したり、弄ったりしていると時間が経過しすぎてしまった。待たせて申し訳ないと謝罪しにアリアとカティアの方へ向かうと、二人とも椅子が音を立てるくらいに驚いていた。

「やっ、クモさん──。もう、こそこそ近寄るなんて意地が悪いじゃないですか」
「何をしたのかしら。まったく聞こえなかった……」

 たぶん、先ほど”気配遮断”と言うのを靴にくっつけてしまったせいだろう。移動時や行動時に生じる”感知されやすさ”と言うのを抑えると説明書きがされていたが、ここまで来るとなんだか悪い事をしたような気がしてならない。かといって、へんなことを言うと頭がおかしいんじゃないかと言われかねないので謝罪をするだけで留めた。

「ごめんごめん。剣の扱いの方は程よくなったから、そろそろ暇しようか。
 工事中だし、邪魔したら悪いから」
「そうですね。私たちが中に居ると、埃とかの問題で作業し辛いですよね」
「ゲヴォルグさんはそうは言わないだろうけど、気を使ってくれてると思うよ。
 それに、変に気を使わせすぎて鍛冶場の修理まで送れたら可哀想だしね」

 と言う事で、再び荷物を纏めた俺は背嚢はストレージにぶっこんで身軽になる。当然アリアに「あれ、荷物はどうしたのですか?」と聞かれたのだが、それに関してはゲヴォルグさんと口裏を合わせてあるので「後日取りに来る、今日は何かあったときの為に身軽になっておく」と言っておいた。
 教会からこちらへと来る途中で殺人事件があったことは流石に忘れていないだろう、その危険性を付け加えると納得してもらえた。
 じゃあ、後は帰るだけかなと思ったのだが──こう、好奇心と言う奴は厄介だ。先ほど入手したシステムで、もしかすると家を直せるんじゃね? と思ってしまったからである。

「そうだ、ゲヴォルグさん。家の修理なんですけど」
「ほう。済まぬが手伝いをさせるわけには行かぬよ。お主には自分の仕事が有ろう」
「いえ、すぐに終わると思いますので。──あぁ、この集積されたものが資材ですかね」

 と、工事現場のように集積と防水が施された木材や石材を発見した。それを全て確認し、これが全てなのだろうかと尋ねたら、どうやら全てのようであった。

「何をする気だ?」
「いえ、ちょっと。魔法でどうにかして見せようかと」
「ほう?」

 ゲヴォルグさんの家に触れてシステム画面を出す。当然他の誰にも見えていないので何をしてるんだといぶかしまれる。それでも、俺はゲーム感覚で「石材と、木材で。修理効率がこうで……」等と集中しきっていた。本来であればパズルのように材料を切ったり削ったり加工するために”使わない箇所”と言うのがどうしても生じてしまう。けれども、クラフトを経由するとその”無駄”と言うものが一切存在しないので資材にも余りが生じるようだった。それはそれでいいだろうと、必要な分だけ材料を突っ込み──修理を行った。
 すると、人で言う傷口のような箇所が淡く光り、家そのものが包まれた。そしてその光りが消えた頃には、地震や二次災害から来る傷跡や爪痕が一切残らない家が残っているだけだった。

「う、ム!?」
「おぉ、出来た出来た。ん~、凄いなこれ……」
「す、少しだけここで待っておれ!」

 一人で満足している俺と、短い足でシャカシャカ走って家の中へと飛び込んでいくゲヴォルグさん。中でバタンバタンと扉を開け閉めする音や、何かにぶつかる音と「ぬぉあっ!?」という叫び声まで聞こえる。手伝いに来ていた人たちは呆然と立ち尽くし、アリアとカティアはただただ立ち尽くす事しかできなかったようだ。

「いっ、家が直っておる! か、鍛冶場は直っておらんが……」
「今やったのは家の修理だけなので、鍛冶場の炉等は対象外ですよ?」
「ちょ、ちょっと来い!」
「おぉう?」

 腕を掴まれ家に引きずり込まれた俺は、そのまま鍛冶場に連れて行かれる。そしてやはりと言うかなんと言うか、炉などを直せないかと言われてしまった。先ほど家を直すのにあまった資材があるので、それを引用してみた所直せたには直せたが、それで前と同じように使えるかどうかまでは使っているゲヴォルグさんにしか分からないと告げた。

「いや、形だけとは言え直して貰っただけでも意味はある。
 様子を見ながら火をいれてみよう。もし以前と同じように使えるのなら、これ以上とない救いだ」
「そ、そんなにですかね?」
「お主にはどれくらいの金と時間がかかるか分かるまい」

 ちなみに、どれくらいかかるんですかねと尋ねてみたところ、俺も黙ってゲヴォルグさんの立てた指の本数と表情を目で交互に追うことしか出来なかった。そりゃ、大慌てで可能性にすがりつき、喜ぶと言うものだ。

「だが、そのような魔法──あまり軽々しく使わん方が良いであろうな」
「そうですね。色々な人の仕事が無くなってしまう訳ですしね」
「違うぞ。お主が狙われやすくなると言う事だ」

 一瞬の思考の空白。それから、徐々にははぁと合点がいった。

「それは、色々な人が自分に目をつけると言う事ですかね」
「うむ。今見たところ、適切な対価さえあれば家が直せたようだが。それはつまり、材料とお主が居れば難攻不落の城砦が出来上がり、折れた剣や窪んだ鎧ですら瞬く間に直ると言う事だろう」

 まあ、その通りなんだろう。どれだけ火砲を叩き込まれても素材さえあれば壁を瞬時に修復し、どれだけ戦闘続きで装具が傷つこうともすぐさま新品に戻せてしまう。その上「実は付呪が出来てですね?」なんて言って見ろ、面倒くさい事この上ない状態に巻き込まれるのは目に見えている。

「まあ、ほどほどにしておきますよ」
「絶対にしない、とは言わぬのだな」
「ゲヴォルグさんはミラノやアリアの家と親しいですし、自分も世話になるでしょうから。
 それに──いざと言うときに手段を選んで後悔だけはしたくないです」

 その発言がどう響いたのか分からないが、ゲヴォルグさんは沈黙し、細かく何度かうなずくと「そうか、そうか……」と零した。

「──世話になった。此度の事は、いずれ礼をしよう」
「そこまでしなくていいですよ。それじゃ、また」

 そして俺は今度こそゲヴォルグさんの家を後にする。次は買い物だけれど、時間は大丈夫かなと腕時計を見ながら若干急いだ。


 ──☆──

 立ち去るヤクモを見送り、ゲヴォルグは玄関先でその背中を見送った。その背格好と髪型や表情に、かつて彼が見知った誰かを被せずにはいられない。

「手段を選んで後悔だけはしたくない、か──」

 そう零した彼の脳裏に昔の情景がよみがえる。そこにはヤクモと同じ人物が居て、幾らか切羽詰ったような真剣な表情をしていたところまで覚えている。

『出来る事が有るのに、やらないで後悔だけはしたくないんです』
「──お主に似て居るよ、あの小僧は」

 クラインと呼ばれたミラノとアリアの兄、誘拐されたミラノを救うために単身乗り込み消えていった存在。性格や言葉遣い、価値観などは違うのに──似通っているが為に思い返さずには居られなかった。

「ゲヴォルグさん、あの子はいったい──」
「──公爵家お抱えの騎士だ。あまり詮索せず、言いふらしたりするでないぞ」

 だから、彼は彼なりに老婆心を働かせた。今回の出来事を見てしまった手伝い仲間に、余計な事を言って立場を悪くするような真似はするなと。常日頃から大小さまざまな所で接点がある彼らは余計な事を言わず、考えずにゲヴォルグの言うとおりに口を噤むことを選んだ。
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