元自衛官、異世界に赴任する

旗本蔵屋敷

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7章 元自衛官、学園での生活を満喫す

百十八話

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 四週が経過するまで、ヤクモとアルバートはお互いに出来る事を重ねた。
 ヤクモは手札を増やし、その手札を少しでも強化しようと努めた。
 対するアルバートは相手の手札とその組み合わせを少しでも読み取ろうとし、皆で話し合った。
 
「なあ、どっちが勝つと思う?」
「考えるまでも無いな。アルバートの方は首席のミラノが居て、最近魔法が使えるようになったから次席になったアリアが居る。んで兄貴だろ? 補佐にグリムが居る。アルバートの指揮には不安があるが、最近はマトモにみえるからな」

 そう言って、アルバートの勝利を支持する者がいる。
 発言の通り、アルバート側の人材は優秀なのばかり揃っている。
 四年在籍したが、学年首席どころか魔法使いとしても注目を浴びているミラノ。
 以前までは魔法の行使が難しく、評価が著しく低かったが最近になって同じくらいの魔法使いとして認知され始めたアリア。
 アルバートの補佐役として幼少から傍に居り、武芸や魔法だけではなく戦い方に関して色々と理解しているグリム。
 ミラノとアリアの兄で、実力は未知数だが二人が優秀だからと言う期待で評価されるクライン。

 戦いにおいて能力差はどうしても大きく出てしまうと理解しており、それを学生達は考えた。
 優秀な魔法使いは効率的に魔法を発動し、何倍もの火力を発揮する。
 手札の多さだけではなく、単純な同じ魔法の効果でさえも正面から打ち合えば優秀なほうが勝る。
 だが、アルバートを指示している生徒だけではなかった。

「あのヤクモの方も、何処までやるかだな」
「オチコボレ二人抱えてたら難しくないか?」
「その為の戦術だろ。それに、アルバートに指揮の才は無い」
「へえ?」
「逆に、あのヤクモって奴は召喚されて間もないってのに自分の経験を活かしてミラノだけじゃなくてあのアルバートまで連れ帰ってきてる。つまり、よほどの運に恵まれているか、それが出来るほどに色々知ってるかだ。俺は後者に賭ける」

 そう言って、ヤクモの戦術性や立ち回り、指揮能力を指示した生徒達も居た。
 功績や実績を元手に、平日毎日行っている訓練の事を知っている生徒はその内容にまで言及する。
 優秀な人を相手にする事は自殺行為だが、正面からぶつかるのがそもそも戦いなのか? と。
 腰が引けており魔法使いとしても生徒としても成績の低いミナセ。
 刀剣の技術はそれなりにあるのだが、魔法を”放つ”と言う事が出来ないヒュウガ。
 家柄や家の歴史以外に特に語るものも無く、平々凡々としているうえに太って戻ってきたマルコ。
 主人に似て魔法や身体能力において優秀だが、幼さが目立つカティア。

 アルバート陣営に対して不安の残る人材ばかりだが、優秀な兵を殺し劣った兵で勝ちを拾うのも戦い方次第だと生徒は説いた。
 国も、文字も、常識も知らないヤクモの事を当初多くの者が気にもかけなかったか、馬鹿にしていた。
 だが、魔物の襲撃の中複数名の生徒を学園まで送り届け、果てには水路に放り出されながらもさらに他の生徒の救出にまで行っている。
 兵士の真似事をしていたと言っていた話が、戦い方を知っているのではと言う期待にも繋がった。

「いや、無理だろ。戦術? いいや、優秀な奴を揃えたやつが勝つ」
「お前こそ、歴史の勉強寝てただろ。英霊の皆が魔法を得て、初めて攻勢に出た時の戦いを学んだだろうが。ただ強いだけで良いのなら英霊達だけで勝ててるって」
「分かってないのはそっちもだ。なら魔法が使えないままでも勝てたと言うのか」
「それは論点が違うだろ」

 いやいや、いやいやいやいや。
 興味を持ち闘技場へとやってきた生徒達は、それぞれに何を以って支持し、何を以ってその論拠としているかを言いあう。
 何だかんだと学生であり、そして人である。
 言い合っている時間こそが結局楽しいのだろう、その内賭けまで始まり出す。

「おし、アルバートが買ったら今夜の夕食の肉よこせ」
「おいおい、そんな器の小さい物で良いのか? どうせなら、外出した時に買えるような物でも良いよな」
「お前、まさか……」
「漫画、一冊でどうだ?」

 ツアル皇国経由で浸透している漫画は、他国において形態や内容を変えつつも人気である。
 ただの一枚絵でも無く、かといって下劣な文化と言い切られるものでもない。
 年少から年配に至るまで、様々なジャンルで切り口を変えてアプローチし、文化の一つとして成功した。
 しかし、当然のように高いので庶民間では更に違うものへと姿を変えて浸透していたのだが。

 そうやって賭けが様々なものを対象に成立していく中、アルバート陣営の面子を見たヤクモは内心驚きを隠せないで居た。
 彼女達が”このような事”に参加するとは思っていなかった。
 それと同時に、直接ではないにしろ主人と戦うので動揺を抱え込む。
 それでも、自分の後ろに控えている面々を一度だけ彼は見ると息を吐いてアルバートの後ろに居る人員たちを意識の外へと追いやった。

「それじゃあ、以前言った通り。開始地点は平等に闘技場から離れた地点で、荷物は現時点で持ち込んでいる物のみを指定。マリーとヘラの支援で今回の戦闘に置いて負傷や手加減の手間を削減できる事が確認できたので、自身に張られた防護魔法が破壊されるダメ……負傷や攻撃を受けた場合はその時点で離脱とする」
「英霊に協力を頼んだのか」
「と言うか、監督を頼んだらその話が出たからついでにお願いした。グリムもそうだけど、弓で射抜かれたら先端を丸めてても痛いだろうし、当たり所が悪ければ、打ち所が悪ければ勝負も何もないだろ。魔法だって食らえば痛いし、物理と魔法両面をサポ……受け持ってくれる」

 ヤクモはそう説明し、傍にいた監督及び支援・援護役である二人を見る。
 マリーとヘラは互いに一度だけ見ると、小さく頷きヤクモに魔法をかける。
 そして遠くから見ていたロビンがヤクモに向けて矢を放ち、ヤクモに当たると”バリン”と何かが砕ける音がした。
 魔力の残滓である粒子が零れ落ち、ヤクモを守っていた防護魔法が破壊された事を証明していた。

「まあ、余りに過剰な火力や攻撃力だと貫通するんだけど、それでも何もないよりはマシだ」
「自分でそれを証明するだなんて、ホント呆れちゃう」
「や~。ヤクモさんってば、誠実ですねぇ~」

 マリーとヘラはそれぞれに褒めてるのか馬鹿にしているのか分からない言葉を投げる。
 それを受けたヤクモは苦笑だけし、困った表情を見せた。
 逆にミラノは苛立ちを見せ、アリアは目を伏せる。
 かつてからそうだったように、自分を差し出して証明するというやり方をしたのだから。

「闘技場に着くまでは戦闘は無し。逆に闘技場を主戦場とするため、到着後に闘技場からいかなる人員も出る事も無し。それくらいか?」
「一回勝負、で良いのだな?」
「数度でも良いけど。どうしたのさ」
「なに……。我の方が人員においては貴様に優れているからな、変な運とやらで勝ちを拾っても面白くない」

 アルバートはそう強がった。
 人員ではヤクモに勝る、それは誰もが思っていることだろう。
 だが逆に、人員以外では劣るだろうと冷静に判断していた。
 しかし、腰が引けている所を見せれば「警戒されてる」という事を悟られてしまう。
 だからこそ、アルバートは強気な姿勢を無理に押し出した。

「じゃあ、三回とか」
「いや、五でどうだ?」
「五回か……」
「不都合でもあるか?」
「まさか。それじゃあ、五回勝負で三度目の勝利を掴んだ時点でそちらの陣営が勝利と言う事で」

 ルールを取り決めるのを、双方の人員が静かに見守る。
 中に不利な条件でも盛られていないかとクラインやミラノは全てを警戒する。
 しかし、単純明快なルールだからこそ、誤魔化せない公平さが二人の口を閉ざした。

「それじゃあ、五回。班員の殲滅、或いは指揮官の死亡時にその試合による勝敗って事で」
「うむ」

 アルバートはそう言ってから、ヤクモへと手を差し出した。
 ヤクモは小さく笑みを浮かべてからその手を握る。

「良き勝負を」
「良い勝負ゲームを」

 アルバートは先に闘技場を出て行き、ヤクモはその場に残る。
 ヤクモは相手陣営を見て装備を選択するという事で、とりあえず様々なものを持ち込んだが為に荷物が多かったのだ。
 戦闘開始前に短めの話し合いをすることもあり、それを踏まえて彼らは留まる。
 そんな中、ミラノだけがその場に居残った。

「手加減するつもりじゃないでしょうね」

 ミラノは真剣な眼差しでヤクモを睨みながらそう訊ねた。
 彼女の頭の中では背中を見る事しか出来ず、何かがあっても蚊帳の外で居る事しか出来なかった今までの事が思い起こされている。
 かつてはデルブルグ家の為にと、優秀である事を自分に強いた。
 だが今では、家の為ではなく自分の為に新しい”優秀さ”を求めている。
 その為には学園と言う籠の中から飛び出すしかなく、学園の外を知っているのはヤクモが身近な存在だった。
 
 魔物を前に魔法が使えない惨めさ、魔法が優れているという思い込みが失墜した現実。
 その二つをねじ伏せる為には、守られるだけの存在から脱却しなければいけないとミラノは考えたのだ。
 英霊ほどでなくても良いと思いながらも”守られる存在ではない彼女達”を見て、ミラノは吐き気を催すほどの言葉に出来ない複雑な心境が胸の中で渦巻く。
 ヤクモと言う何も知らない、庇護していた相手が英霊と並び立っている。
 使い魔だとか、騎士だとか関係無しに”守るのが仕事”だからではなく”ただ守られてる”と言うものに成り下がりたくないのだ。

 問いかけられたその男は、下手糞な笑みを浮かべた。
 ミラノは、その笑みの意味が理解できない。

「この戦いさ、どんなものだと思う?」
「アンタとアルバートの、お遊び……だけど、アンタはこれを実戦に繋げて考えてる」
「うん」
「自分の知ってる事、学んだ事、考えた事が通用するかどうか……その、実験」

 ミラノは自分に考えられる『この戦いの意味』を述べた。
 それらを聞いていたヤクモは下手糞だった笑みを、自然なものへと変える。
 ただ……ミラノにはそちらの方が嫌だと思えた。

「読みは合ってるけど、まだ足りない……」
「足りない……?」
「良い線行ってるし、俺の求めてることや考えてる事、このアルバートとの戦いで成そうとしてる事の方角としては正解だと思う」
「けど、正解そのものじゃない──」
「そゆこと」

 そう言って、ヤクモは目線を外そうとした。
 ミラノは答えを聞こうとしたが、それよりも先にヤクモが「そういえば」と追加する。

「手加減するとか、逆に有り得ないんだわ」
「それって……」
「一月……いや、こっちでは『月が一度巡る間』だったか。なんにせよ、この四人は俺の出来る限りを尽くして、考えられる事、試せる事の多くをやって来た。当然、それらは強いた所もあるけど根っこはこいつらの『やる気と厚意』なんだよ。それを裏切るとか、一番やっちゃいけない事だろ」

 そう言って、ヤクモは背を向けた。
 背中を見て、ミラノは焦燥感と苛立ちが溢れる。
 魔物から自分達を守り、救った時も背中を見つめるだけだった。
 マリーを救う結果になったとは言え、軍事演習に行く彼を見送った時も背中を見ただけだった。
 神聖フランツ帝国での騒動に巻き込まれる時も、何も知らないとは言え背中を見送った。
 
 背中を見ることしか出来ない、背中を追い続けることしか出来ない。
 それがミラノには一番腹立たしく、許せないことだった。
 正面を向いて相談される事は無く、肩を並べて横顔を見ることも、背中を任され互いに何かを言い合うことも無いのだから。
 一方的な関係は、嫌だと──強く、その時認識する。
 ミラノはもはや何も言わずにその場を去り、アルバートの後を追う。
 それを肩越しにチラリと見たヤクモは、小さく息を吐いた。

「勝てる算段は有るんだろうな?」
「ある。と言うか、無いわけが無いだろ」

 ミラノやアリア、そしてクラインと言う面子にヤクモ陣営の二人は不安を隠せずに居た。
 オルバは魔法使いとしてミラノとアリアに脅威を感じ、ミナセはその上に未知であるクラインと言う人物に怯えている。
 カティアは少しばかりヤクモの顔を見つめていたが、間を感じ取り直ぐに口を挟む。

「マルコ様、その為にこの四週もの間色々な事をして、やった事も無い訓練をして、出来る事とやれない事の研究をしてきたのですわ。確かにオルバ様がミラノ様やアリア様に匹敵するまで成長や変化できたかは、流石に難しい話かと」
「うるさい!」
「ですが、ご主人様の言った事を思い出してみては? 正面からすべてぶつかっていく必要は無い。連携を密とし、相手の嫌がる事を全力でする。その為に体力をつけて、みんなで色々やってきたのですわ。ただ、勝てる算段が有ると言うのは、別に負け無いと言う事をお忘れなく」
「わ、わかっている!」

 カティアが先んじて言ってしまった事に、ヤクモは言葉を失った。
 言うべき言葉を取られ、指揮者……落ち着かせる立場の者が役割を取られるのは寂しいなと彼は咳払いをする。
 その一つで、全員が一瞬全ての感情を消した。

「カティアの言うとおり。勝てる見込みはあると言ったけど、負けないとは言ってない。けど、だからなんだ? これから先、どんな人生が待ってるかも分からない。偉い人が死んで自分が急遽敗残兵を纏めなきゃいけない時だってある、魔物が襲撃してきて自分が立たなければ烏合の衆に成り下がった状態で抵抗しなきゃいけない時だってある。俺がこの一月教えたのは、個の力ではなく和の力を持って敵に当たる事だ自分の持っている手札で持たざる者を支え、自分が持たない手札は味方から借りて助け合うんだ」

 ヤクモは、自衛隊生活の様々な事柄を根拠とし言葉を並べた。
 ハーフゆえに日本人らしい細身にもなれず、かといって格闘訓練隊に行った人のように筋肉質にもなりきれない。
 中隊配属から暫くは世話になり、迷惑をかけ続けてきた。
 それでも先輩や上官、同期等が居たから立派になれたのだと確信している。
 だからこそ、一人で何でもする訳ではないと何度も言う。

「ミナセ。俺達の戦い方は?」
「えっと。鼠のように行き、獅子のように戦う……」
「その意味は? ヒュウガ」
「戦うときは覚悟を決めて勇ましく。けれども命を捨てて戦うのではなく、汚泥を啜ろうが勝てるまで逃げても負けても諦めない」
「んじゃあ、一人じゃ逃げられないときは? マルコ」
「……逃げられるように助けあう、だろう」
「ん」

 彼らの言葉を聞いたヤクモは、僅かに──ほんの僅かに唇を嬉しそうに歪めた。
 自衛官としての意識を持った中での、演技ではない素の笑みが浮かんだのだ。
 だが、それを直ぐに打ち消して小さく頷く。

「あえて言う。お前らはまだまだ教えたり無いことが沢山あるし、本来なら基本基礎を叩き込む三月という期間と一日八時間と言う長さでみっちり叩き込むべき事を、俺の未熟さも有るが……色々そぎ落とした簡略的な訓練だ。一人前でもなんでもない、むしろこれでもまだ俺は半人前にすらなれてないとおもってる」
「「「「──……、」」」」
「けどな、それでも誰一人として欠けることなく、最後まで付いて来た。その根性と精神だけは一人前だ。だから胸をはれ、そして今ここに居る一緒に訓練をして来た仲間を見ろ。良いか? 辛くても、自分だけじゃないと思い出せ。前衛を突破されてクラインに肉薄されても、マルコが魔法を使えなくなってミラノやアリアの脅威にさらされても、カティアがどちらかの援護に向かったりグリムに足止めされても……。そのどれか一つであったなら、戦いを放棄して一旦小さくする事を考えろ。戦場を広く使う事も大事だけど、それは戦術や戦略的な話だ。その二つが行使出来ないとなったら、仲間を優先して行動しろ」
「けどヤクモ。俺達が居なかったら、そっちはどうするんだ?」
「指揮官が逃げちゃいけないとは言われてないし、戦い方や作戦の多くはすでに今までの座学で叩き込んでる。喩え四人に目を付けられて追い回されても、お前らがその間に何とかすると信じて逃げ回るさ」

 誰も「みっともない」等とは言わなかった。
 その言葉の意味を理解できるほどに、勉強や理解が出来ていたからだ。
 
「んじゃ、最終確認。健康状態」
「「「「異常なし」」」」
「マルコ、魔力は?」
「最大だ」
「ミナセ、緊張は?」
「ほ、ほどほど?」
「ヒュウガ、魔法の想像はいつでも出来る?」
「うん、その為に寝る時も訓練してきた」
「カティア。周囲はちゃんと見えてるか?」
「一応、ね」
「んじゃ、大丈夫だ」

 そして、ニカリと浮かべた笑みに全員は不思議と不安を感じなかった。
 訓練の中、度々彼がそうやって浮かべた表情だったからだ。

「負けても俺の責任、勝てばお前らの成果。どんな結果になっても、俺はお前らを誇らしく思う。……行軍準備ぃ!」

 ヤクモの怒声に、全員が即座に荷物を纏める。
 数十秒で全員がお互いに荷物を見につける手伝いなどをして準備を終え、それをヤクモは見届けた。
 
「前進!」

 その一言が、ヤクモ側にとっての試合前の最後の鼓舞となった。

 一方、先に闘技場外で所定の位置に到着したアルバート達は最後の話し合いをする。

「相手が何をしてくるか分からぬ以上、時間をかけて進む訳にも行かぬ」
「──けどアル、それだと今度は罠にはまる」
「あ、うむ。それも考えている。だが、時間をかけるほうが逆に不利になるだろう」
「確かに。時間をかければ、何を仕掛けてくるか分からないしね」

 アルバートの発言に、グリムとクラインがそれぞれの考えを述べる。
 それはヤクモと言う人物の今までを見て、言動を踏まえた上での考えであった。

「色々あったけど、アイツは自分の持っている手札……力や知識を下敷きにして色々やって来た。それは運が良かったの一言で済ませられるものじゃない」
「うむ。そう、だな」
「学園じゃ色々変な噂が流れてるけど、運なんて最初から当てにしてないし、運だけじゃない」
「うん、そだね。だからこその訓練だよね。皆を鍛えて、色々な事をさせてみて自分に出来る事をやって、その上で……たぶん、何が”適切か”を見ようとしてると思う」
「──アリア、賢い」
「そう、かな?」
「──しょーはい、そこまで拘ってない。だから、何でもやる。それ、一番怖い」

 グリムは”勝つことを目的としていない”事を指摘した。
 勝敗を意識しすぎると、どうしても戦い方や動きは特定の流れに沿ってしまう。
 しかし、ヤクモ自身はそれらをすべて否定しているように見えたのだ。
 だからこそ”遊んでくる”と、グリムは述べる。

「──未知の場所から来た、未知の戦い方を知ってる人。それ、一番きょーいになる」
「うむ。我らの知らぬ戦い方、或いは想像もしないこと……あるいは、知っているが下らぬと決め付けた事を戦いに用いてくるやも知れぬ。だが、やる事は変わらん。あちらが何をしようと、それを力を持って食い破る他無い」
「同じ考えになるなんてね」
「ミラノ。我とて、これでも色々考えたのだ。貴様やあ奴よりも劣っている……そうとも、秀でていないからこそ、沢山考えるしかない」
「今度から勉強もちゃんとするように。それと、自分が優れてないどころか劣ってるとか考えられるなんて、大分成長したんじゃない?」
「お前には我がどう見えていたのだ……?」
「え? 優秀じゃないのに優秀だって自己暗示してるような?」

 その一言でアルバートはヤクモが来る前の自分の行いすべてを思い返してしまう。
 だが、即座にそれを打ち払って誤魔化した。

「クライン、剣・魔両方いけるのだな?」
「なんとかやってはみるけど、ミラノとグリムに少しは支援してもらいたいかな?」
「大丈夫よ、兄さま。私が何とか、色々やって見せるから」
「──ん、狙撃も射撃もばっちこ~い」
「ん、ありがとう。心強いかな」
「兄さんを守る為の魔法は私が頑張るからね」
「アリアも、ありがとう」

 クラインがそう言って、素直に感謝や喜びを示す。
 その光景を見て、ほぼ同一人物といって良いこれから対峙する相手のことをアルバートは思い出す。
 直ぐに謝辞を述べる、感謝する。
 人徳……あるいは、人に支持されやすい人と言うのはこういうのだろうと、他人事のように考えていた。
 あるいは、そう言った素直さや真っ直ぐさが変な拘りを生まず、戦術や戦略と言う可能性を生むのだろうか?
 そんなことをボンヤリと考えたが、アルバートは直ぐに現実に帰る。

「互いに気を抜かず、誰かに何かあれば対処するという相互補助で行くのが妥当だろうな」
「と言うか、それ以外やりようが無いけどね」
「つまり、アイツの悪巧みを突き破らないと勝ち目が無いんだから。それも……魔法で押し潰す」
「──ミラノ、新しいまほー、沢山覚えた」
「まだ全部じゃないけど、攻撃関係なら幾らか新しくしてきたんだから。同時に魔法を展開するとかは出来ないけど、行使速度は今までの何倍も速いんだから」
「ね~」

 ミラノとアリアはマリーとヤクモの知恵や知識をふんだんに利用した、新しい魔法理論の最先端を行っている。
 マリーとヤクモの魔法の利点は行使速度だけでなく、魔法の為に長い詠唱文を諳んじる必要が無いと言うところが大きかった。
 それでも想像に依存するが為に適性に左右されやすいのも難点であった。
 だが、二人はそれぞれの性質……攻撃と防御と言う方向性でそれぞれに魔法を新たにしたのだ。

「僕は制御が怪しいからそこまで期待しないで欲しいけど、咄嗟に一発出すくらいなら出来るよ」
「──弓の補助くらいなら、まーまー?」
「……うむ、であるか」

 戦闘やそれらに付随する知識、立ち回りなどで劣ってはいても、魔法ではこちらも恩恵を受けている事をアルバートは思い返す。
 ミラノとアリアだけでなく、グリムもまた幾らかの魔法に関して恩恵を受けている事を理解し、不安を幾らか拭った。
 だが、言葉を失っているアルバートが思考のドツボにはまりかけているのをみて、ミラノはそのおでこにデコピンを放つ。
 ペチリと、それなりに痛そうな音が響きアルバートは思考から再び現実へ。

「な、何をする!?」
「ここまできたら、もうやるしかないでしょ。アッチももう来てるみたいだし、覚悟を決めなさい」

 そう言ってミラノが示した方角から、ヤクモ率いる四人が足並みを揃えてやってくる。
 教練でもしたのかと思うくらいに全員の足並みが揃っており、その表情は個人的な感情を浮かべては居ない。
 文字通り”揺らぎ無き兵士”として歩んでくる彼らは、それだけでアルバートには威圧的だった。

「アルバート。こういう時は、簡単に考えればいいんだよ」
「か、簡単にか? だが、どうすれば──」
「単純だよ。『皆で最近英雄ごっこ始めた、何でもやらなきゃいけないと思ってるバカを殴ろうぜ』って感じでさ」
「っ──」

 その言い方が、ヤクモそっくりでアルバートは心持が軽くなる。
 数度頷くと、漸く笑みの一つを浮かべられ、それをみたミラノもグリムも笑みを浮かべる。

「では、そうしよう。あの戯けに泥をつける。我らとて児戯に何時までも浸って等居ない事を、見せ付けてくれよう!」

 その一言で、四人は頷いた。
 ズシズシと重い足音を響かせる五人がやってくる。
 勝つ、勝ってやるとアルバートは意気込んだ。





 ── ☆ ──

『それまで!』
「──……、」

 一試合目が、始まって即座に終わってしまった。
 アルバートは、闘技場に到着するなり相手の姿を見つけられぬままに、自身にかけられていた防護魔法が砕け散る音を唖然としながら聞いていた。

 第一試合目の始まりと共に、ヤクモたちはあろう事か全力で駆けて闘技場にまで向かっていった。
 その意味も理由も分からぬままにアルバート達はゆったりと行進をする。
 闘技場に近づき、いよいよ戦うのだと思っていたが、門を潜り抜けた先に対戦相手が誰一人として居なかった。
 常識、当たり前と言う考えが揺らぎ不安を感じた時には素手に遅かった。
 先頭を警戒しながら歩いていた筈のクラインの足が地面を貫いた。
 否、魔法で作られた空洞化による落とし穴がアルバートとグリムを巻き添えにした。
 落下した先には何もなかったが、次の瞬間には落下を免れたはずのミラノが矢によって討ち取られ、アリアがヒュウガの急襲で倒される。
 態勢も何もない状態で、遠くから飛んできた一つのガラス瓶が穴に入ると爆発を生み出し、それによって全滅が判定されたのだ。

 門を潜っている最中から徐々に大きくなりつつあった歓声が、その瞬間に綺麗な沈黙を生み出す。
 生徒達にとっても、始まる前に試合が終わってしまい理解が追いついていないのだ。

 門の上で場の全てを見通していたロビンも、防護魔法を張っていたヘラも、ヤクモに言われて試作品を幾つか提供したマリーも何も反応できずに居る。
 ただ一人、アイアスだけが痛快だと言わんばかりに涙を浮かべてまで笑い転げていた。

「よぉし、集合!」

 ヤクモの声が響き渡り、方々から一人ずつ姿を現す。
 ヤクモとミナセが門を入って正面の場所に、人が伏せてその姿を隠せるくらいの簡易な穴を作っていた。
 カティアは側面の生徒達が居る観客席の更に奥、柱が天井を支える間から出てくる。
 マルコはと言うと、アルバートたちの潜り抜けてきた門の真上に乗っており、そこからゆっくりと降りてきた。
 完全に散兵戦術であり、看破されていればその瞬間各個撃破されるような布陣ですらあった。
 第一試合が終わり、一試合ごとの賭けをしていた生徒達の中からヤクモへと賭けていた生徒が騒ぐが、広さに対して余りにも空々しいものであった。

 ヤクモの行った事は、正面からの観測と、側面からの立体的な距離感の把握であった。
 闘技場に即座にたどり着いたヤクモ達は即座に戦地工作を魔法で行い、それぞれに役割を付与して配置につかせた。
 ミナセには最低限の護衛として身近につかせ、正面からでは視認し辛い点を利用してアルバート達の侵入と位置をカティアに簡単なサインで知らせていた。
 そしてカティアが高い位置から見下ろす事で落とし穴の位置と、罠の効果を把握してマルコに簡易手榴弾の投擲を支持しつつヒュウガに奇襲を指示する。
 それでも撃ち漏らせばカティアとマルコがそれぞれに魔法を放つ予定だった。
 だが、ミラノとアリアが地上に残ってしまい、カティアとミナセによる弓の射撃が行われたという次第であった。

 兵士的に考えれば正しいのだが、華々しい戦いを想像していた生徒達はポカンとするしかない。
 ヘラとマリーですら、前線から離れた場での戦いが多かったが為に”戦術”と言うものが、どのような効果を生み出すかいまいち理解できていなかったのだ。
 ロビンですら単独行動の遠距離狙撃である、最前線で戦い続けたアイアスは笑いを堪えきれず、タケルですら噛み殺している状態だ。

 マリーとヘラが闘技場の中へと歩を進め、魔法で作られた穴や落とし穴などを修復していく。
 穴から這い出たアルバート達は、悔しいとかそう言った感情すら生じなかった。
 そんな彼らの前でヤクモは『一つの出来事でしかなかった』かのように、全員の装具や異常の有無を確認している。
 ミラノはそれを見て腹立たしく思う。
 なぜなら”正面きって戦いあう”という、華々しい戦いを想像していた自分の馬鹿さ加減を排除出来ていなかったからだ。
 ヤクモが帰ってきた時に穴を作り、水に沈めた事を思い出して、それをその場行使ではなく工作として用いる事を思い浮かばなかった”天才サマ”加減にも腹が立っていた。

 生徒達の中からブーイングと、それに対する言い合いが発生する。
 栄えある戦いを汚した、卑怯で姑息な真似をしたとヤクモを批判する声。
 それに対して指揮とは戦いだ、命を賭けた戦いが常に正々堂々としているものかと擁護する声。
 マルコとカティアはそれらを聞いて苛立ちを隠せずに居たが、その矢面に立っているヤクモは涼しい顔をしていた。




 第二戦はクラインとグリムが先行し、同じく戦場へとかけて行ったヤクモ達を追いかけた。
 先に工作させてはならないと言う判断から来るもので、アルバートたちも数秒遅れて追いつく。
 だが──。

「う~、わ~……」

 門を潜ると、グリムが吹き飛ばされている所であった。
 クラインはクラインでマルコとミナセの遠近両攻に押さえ込まれており、グリムはカティアとヒュウガによって倒された所だった。

「アリア!」
「う、うん!」

 即座に二人が支援に入るが、本来前線を支えるはずだったグリムが倒れた事は小さくない損失だった。
 クラインは近接戦闘をしつつ魔法の攻撃を適切に対処する方法を知らず、苦戦している。
 そしてカティアが魔法をミラノ達に放ち、ヒュウガが素早く接近していく。
 しかし、これに関してはミラノに分があった。

「爆裂の焔よ!」

 想像し、言葉で補佐し、持ってきた作りかけの魔導書を使用して魔法を即座に打ち込む。
 ヒュウガは、一撃目こそ演習用の剣に魔法を巡らせて堪える。
 しかし……そこで誤算だったのはアリアが密かに習得していた攻撃魔法の存在だった。
 アリアは攻撃には不向きで、想像しても中々にその通りに魔法が発動しなかったりした。
 だが、それでも彼女なりに考えて作り出した魔法があった。

「光あれ、怒りあれ!」

 簡単な言葉と、ミラノに対して理解の難しい単語がヒュウガの判断を鈍らせた。
 次の瞬間に彼の視界の先で閃光が迸り、その中を貫くように雷撃が走り彼を捉える。
 しかし、服に命中するギリギリの所で雷撃が弾けた。
 カティアによる魔法に対する防御が辛うじてヒュウガを守る。
 それでも閃光と雷撃の二段構えにヒュウガは突撃を断念し、距離を開く。

 普通の戦いであったのならそれで良かったかもしれない。
 けれども、相手は首席と”その双子”なのだ。
 ミラノの攻撃が防がれたと理解したアリアが、ミラノよりも先んじて攻撃魔法を詠唱する。

「神の細枝!」
「え?」

 余りにも短すぎる単語は、ヒュウガが飛びのいて着地するかどうかの合間に告げられた。
 観客ですら意味が分からなかっただろう。
 詠唱が完了すると同時に、すでにヒュウガは射抜かれていたのだ。
 実体の無い、魔法で出来た矢によって。

 無情にも砕ける防護魔法が、ヒュウガのリタイアを告げる。
 そこからの巻き返しをミラノとグリムは見逃さなかった。
 カティアは戦力の喪失と彼我の戦力差を即座に判断し、三名から一斉に攻撃されるだろうと踏む。
 判断自体は正しかったが、彼女は”撤退こそ一番難しい”と言うのを分かっていなかった。
 冷静に、警戒をしていたのなら気付けただろう”カモである”と言う認識。

「ぐぅっ!?」

 ミラノが魔法を放ち、それをカティアは弾く。
 だが、ミラノは”とんでもない一手”を放つ。
 それで人が殺せるであろう魔導書を”ブン投げ”た。
 ゴスリと、響いてはいけない音が鳴る。
 監督や審判、援護で来ていた筈のタケルやロビン、マリーが「うげ」と声を漏らした。
 ダメージ自体は防護魔法が肩代わりするが、それでも思考が真っ白になるカティアはペタリと尻餅をつく。
 
「来れ!」

 そう叫んでミラノが手を魔導書へと伸ばし、見えない縄でも引くように何かを掴み引っ張る。
 呼応した魔導書はミラノへと引き寄せられ、彼女はそれを危うげにキャッチして見せる。
 隣にいたアリアがキャッチ時の”パァン!”と言う炸裂音に、驚きを隠せずに居た。

 そしてヒュウガとカティアが一斉に討ち取られた事で戸惑いを隠せないミナセは、クラインへの圧力を弱めてしまう。
 動きが鈍った所でクラインがミナセを捕らえ、模擬剣で胴深くへと峰を叩き込む。
 それによってミナセも倒れ、残るはマルコのみとなってしまった。
 マルコは数秒考えたが、クラインとの距離や現状の戦力を判断すると舌打ちして両手を挙げる。
 降参により、クラインが打ち倒そうとして接近した足も止まる。

 部隊の手勢一切の殲滅となり、二戦目はアルバート達のチームが勝利を収める。
 一戦目の拍子抜けな結末とは違い、紛いなりにも戦いらしいものが見られたことで観客は盛り上がる。
 戦いとはこういうものだと満足げに、声を張り上げて勝者を祝福する。
 それを聞いたヤクモの陣営はそれぞれに複雑そうな感情を抱いた。

「さっき勝ったのは僕らだ……!」
「ごめん、マルコ。僕が足を止めたから──」

 二試合目が終了し、全員がそれぞれのチームの元へと集う。
 ヤクモも自らミナセたちの元へと向かい、そこで何を言おうかを考えていた。

「ミナセ、周囲がどうなっても自分はせめて必勝の心構えで行かないと。俺や彼女が負けたからって気が引けたのが見えたよ?」
「ごめん。皆ががんばってくれたのに」
「ミナセ様。それは、嫌味?」

 魔導書を顔面に叩きつけられたカティアは、痛みこそ無いものの額を赤くしている。
 ミナセは慌てて言いつくろうが、ゆっくりとその場に歩み寄ってきた能面のような顔をしたヤクモを見て黙る。
 それを見たヤクモは、逆に能面を別の物へと返る。

「や~、ダメだったね~。ゴメン、俺があちらの戦力を研究し損ねてた」

 そして、誰一人として気負ったり背負ったりしないように逆に謝罪した。
 そこには意表を突かれたカティアや、怯えたミナセ、降参したマルコを責めるような言葉は無い。
 地面に座り込んだままのミナセに手を差し伸べて立ち上がらせると、直ぐに皆を見る。
 直ぐに深々と頭を下げたヤクモは、自分に──指揮官たる自分に不足が有ったと詫びたのだった。

「皆の頑張りを俺が無駄にした、悪い」

 誰も、何も言えなかった。
 否定も出来ないが肯定もできないのは、全員がそれぞれに成すべき事を果たしたからである。
 四人の内誰かが手を抜いたりすれば、それは裏切りであって叱責されただろう。
 ヤクモが本当に不足や努力不足をしていたのであれば、そもそも一戦目の勝ちも二戦目の最初までの流れも無かったのだ。

 四人は一戦目で『勝てる』と思ってしまい、安心してしまった。
 ヤクモは相手が対策を立てる事を考えはしたが”必死になる”という、自分の持ち味を他人が持つことを見落としたのだ。
 ミラノが魔導書を投げつけると言う”貴族にあるまじき行為”に、誰もが思い至らなかったのだ。
 
「ただ、俺もそうだけどみんなにも勉強になっただろ? 相手が人間である以上、能力以外の事柄で太刀打ちできると」

 その一言は、意表を突かれたカティアも、降参してしまったマルコも、怯えてしまったミナセをも落ち着かせた。
 クラインと言うヤクモに準じた身体能力チートを持つ男、ミラノとアリアと言う魔法において学年首席を保持する双子、そして戦いにおいて補佐を担当しアルバートの不足を補うグリム。
 その四人を相手に『勝てるかは分からないけれども、負ける訳でもない』と言う思考が出来る時点で気は楽になるのだ。
 
「ま~、嫌われるだろうけど”意地の悪さ”で勝負するしかない。となると、カティアとマルコには頑張ってもらおうか」
「ん、分かったわ」
「ふん」

 そう言ってヤクモ達のチームは次の戦いに向けて気を新たにした。
 対するアルバート達は、勝ちを拾いはしたが晴れやかな空気ではない。
 能力で圧倒したのは”当然”であるにしても、その当然を拾うのが難しいと理解したからだ。

「ゴメン。僕がもう少し足並みを揃えていれば、グリムを倒される事も無かったかも」
「いや、それを言ったならグリムの用い方を考え付かなかった我の責任だ。単独であれば伏せて情報収集してもらい、合流時に様態を知る事で上手くやれたやも知れぬのだからな」
「兄さまもアルバートも勝手に二人だけで背負い込まないで。そもそも、私が少しでも走れたらまた状況は違ったでしょ?」

 ミラノはそう言って、せめて自分だけでも戦線に早いうちに到達する事を考えなかった事を述べた。
 アリアに関してはつい最近まで病弱だった事もあり、体力的な問題がある。
 それに、魔法使いはその魔法量と必要とされる知識や情報量、語句や集中力等から落ち着いた状態である事が望ましいとされ、その”固定観念”に縛られていたのだ。
 アルバートやヒュウガ等の様に武芸魔法とは違い、求められるものが余りにも多いからである。

「だが、それだと魔法の行使に影響が出るのではないか?」
「そうかもしれないけど、それを含めて詠唱の簡略化とかが出来るでしょ? つまり、私とかもさっきの二人みたいな強行軍も出来るの」
「ミラノって足速いっけ」
「──みたことない」
「足並み揃えてくれる? 早くないのは自覚してるけど!」

 そして、ヤクモ陣営と同じように「どうすべきか」を組み立て始める。
 そこにはヤクモには届きもしない”いかに相手よりも有利な条件で戦闘に望むか”と言う戦術や隊形にまで及ぶ。
 互いにまだ一勝を収めたばかりであった、けれども互いに一勝を収めたが故に後二回で決着が付いてしまうと言う事でもある。
 ヤクモは負けから逆境燃えを始め、アルバートは勝利を収めてから負けん気によって燃え始める。
 そうして、三戦目を前にお互いに二度の戦いで得た情報を元にコレからを考え出す。
 その光景を見ているマリーは、ヘラに袖を引っ張られた。

「ねね、思い出すね~」
「そうね」

 二人はヤクモとアルバート達のチームが、それぞれに言い合うようにしてああでもないこうでもないと作戦を考えていくのを見て自分たちの過去を思い返す。
 遊びではない命を賭けた戦場ではあったが、同じように魔物を相手に劣勢の中言い合うようにしながら彼女たちもまた勝つために頑張っていた。
 彼女たちは自分たちの望んだ平和の世界に身を置きながら、それでもどこかでは当時を懐かしんでしまう所があった。
 今も彼女たちにとってはそれぞれ忙しいが、やっている事は教職の面々と同じである。
 目的は何れ来るであろう戦いの時に向けて生徒たちにも成長を促す事だが、命を賭けた物ではないので違和感を誰もが抱いていた。

「このまま平和なら、この光景も良いのだけど」
「そだね~」

 徐々に、彼女たちも”平和”を受け入れつつあった。
 けれども、自分たちの本質と個人としての考えは乖離したものとなる。
 人類の危機に身を捧げたので、そこに疑問を差し込んだりはしない。
 けれども、それとは別に何もないのであればそれで良いと言う考えもあった。
 ただ、召喚された以上は確信的に”危機がある”のだが。

「けど、見てると楽しくなるね~。切欠はヤクモさんだけど、触発されて成長してくれるアルバートくんたちとか見てると」
「……そうね」
「それに、あの子。魔導書投げてたね。笑いそうだったけど、それで良いよねって思う」
「それ、私へのあてつけ?」
「マリーの飛び蹴りとか、捨て身の両脚蹴りとかは良い想い出だけどな~?」

 ヘラはそう言って、魔法使いであるはずのマリーがドロップキックやら飛び蹴り等をしていた事実を示唆する。
 単独行動が多かったマリーは、打ち漏らしや迂回してきた敵に接触された場合何が何でも生き延びなければならなかった。
 そうなると魔法だけでの抵抗も難しく、場合によっては魔法使いらしからぬ戦いまでしなければならなかったのだ。
 何かあれば補佐や援護の貰えるヘラと違い、仲間が傍にいない事が多かったのだから。

「マリー、寂しそうだね」
「は? え? 寂しい? 私が?」
「だって、私たちの経験や知識を教えても色々な”しがらみ”で覚えられない子が多いもん。けどね~、ヤクモくんはそこに拘りがないから”魅せられた人”は濾過された教えを受けて同じように育ってく」
「──あれは節操無しっていうの、姉さん」
「だとしてもだよ? クソッタレで、揺り篭の中で眠り続ける”人類”って人達が少しでも目覚めるとしても、その橋渡しでありながらも自身が両方の価値観を取り入れて成長していくヤクモくんを見てるとね~」

 ヘラは、誰も聞いていないと思って毒づく。
 その言葉は表情とは相容れぬもので、その聖職者たる格好にもそぐわない物だった。
 マリーは諌めようかとしたが、自分も思っている事で説得力を持たせて宥めるのが無理だと諦める。

「人でありながら英雄になる。死後の英雄じゃなくて、生きた英雄に……。本当は、そういうのがヤだったんだよね?」
「……──、」
「難しいよね。誰かを生きた英雄にしちゃうと、人は弱いから縋っちゃうもんね。私たちがそうだったように」

 そう言って、ヘラは第三戦に向けて二つのチームが行動開始するのを見てから、少しばかり時間を割く。
 妹であるマリーが、何かを言おうとしているからだ。

「英雄にはさせないから……。誰かに依存して助けられるのは、見るのもたくさん」
「んじゃ、頑張らないとね。生き急ぎすぎた男の子を止めるのも、私達を見て足踏みしてる人のお尻を叩くのも両方やらないと」
「頑張るなって頭を抑えて、もっとやれってお尻を叩く。その両方をこなさなきゃいけない私たちに、そういえば給金って有ったかしら?」
「──……、」

 自分のやるべき事を思い出していたマリーだったが、直ぐに「そういえば、給料は?」と現実に返る。
 飲食をするにしても無料ではない。
 今回のお仕事に関しては、それぞれの家がバックアップをした上での送り出しだ。
 しかし、じゃあ毎月の労働に対してお金が支払われているかと言えば、その話すらしていない。

「まあ、お小遣いは家から貰お? それに、私たちは傭兵さんにもそういえばお金払ってなかったね」
「こうやって考えると。お金が滅ぶか、お金の心配をしないでも生きていられた二つの世界でしか生きてなかったのね、私達……」
「私たちの無理難題に対して現実的に金勘定してくれた傭兵さんはすんごい優しい人だったと思うよ?」

 そう言って、志半ばで倒れて消えた傭兵のことを二人は思い浮かべた。
 大きな古傷と無精髭を蓄え、軽薄そうな笑みと人を値踏みするような半眼をしながらもして来た事は真っ当だった。
 
「私たちは真っ直ぐで、バカって言いたくなるくらいに正直な人たちを失ってきたから。今度は、そうならないようにしようね」
「……そうね」

 ヘラはそう言って、対戦者たちに防護魔法を施しに行く。
 そして暫くすると、全速力で入ってくるアルバートのチームと、牛歩戦術で時間をかけてやってくるヤクモ達のチームの三戦目が始まった。

 マリーは全体を見ているようで、その目に映しているのはヤクモだけであった。
 ヤクモは笑みを浮かべて、時折声や仕草で自分の駒たる皆へと指示を出しながらアルバートやその下についている四名を真っ直ぐに見ている。
 焦燥感を滲ませながらもヤクモと目線が合うと挑むようにアルバートも笑みを浮かべる、そしてアルバートの笑みを見てヤクモもまた違う意味の笑みへと表情を変える。

 彼にとっては、遊びでありながら趣味の……自分の為と言うものの延長線上の事でしかないのだろう。
 平和が大好きと言いながら、自分にはソレしかないと戦いの世界に傾倒していく。
 平和の為ではなく、自分の為に。
 ソレが不幸なんだろうなとマリーは思いはしたが、彼女にはその”呪い思い込み”を解く術が思い浮かばないのであった。
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