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第22話 愛をそそいで
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「愛してる。ねえ、僕の声で『愛してる』って言われるの、今までの彼氏の中で何番目に好き?」
「むむむ」
衣真くんは不機嫌に唇を尖らせて、僕は衣真くんを怒らせてしまったことにびっくりした。
「早暉くん。僕は今まで、早暉くんを4年半も待たせた僕のせいで早暉くんの嫉妬は深いのだと思って、受け流そうとしてきたけど、そろそろ僕が早暉くんが嫉妬ばかりするので不満だと伝えておきたいと思うのだよ」
衣真くんはいつだって思慮深く、割れやすい卵に触れるように丁寧に僕に不満を伝えてくれる。こんなふうに言われて、僕は衣真くんの親切なことに感激した。思慮深いフクロウのようなひと。いや、フクロウが衣真くんのように思慮深いのだ。
「ごめんなさい。でも僕はいつだって衣真くんの一番になりたいんだ」
許してほしい。衣真くんの言う通り、僕の心は4年の片想いですっかりひねくれてしまったのだ。嫉妬ってそんなにいけないことだろうか?
「早暉くんは僕の一番なのに! 一番じゃなかったらそばにいないのに!」
「『一番じゃなかったらそばにいない』?」
嬉しい言葉をもらって僕は、沸き立つ嫉妬を少しだけ落ち着かせることができた。
「そうだよ。母に紹介するのだってどきどきしたけど、よく言ってくれて嬉しかった。こんなに母と僕のことをよく思ってくれたのは早暉くんが初めてだよ」
「初めて!」
恋人のどんな「初めて」も欲しくないわけがないのだから、僕ははしゃいで繰り返した。
「早暉くん。きみはちゃんと僕の特別なんだから、嫉妬ばかりするのをやめてほしい」
「嫉妬ばかりというほどではなくない?」
「いいや嫉妬ばかりだね。これからは『今までの彼氏の中で何番目?』って訊くの禁止」
「……気になるんだよ」
「僕と早暉くんのふたりの関係の中に、もう終わった関係を無理やり連れ戻してとやかく言うのがいいこととは思えない」
ほら出た、「いいこととは思えない」。衣真くんは自分の中に善悪の基準をきっかり持っていて、僕がそこから逸脱するといつも「いいこととは思えない」って遠回しな言い方で非難するんだ。
「……嫉妬しちゃう僕がかわいいな、とか思わない?」
「早暉くんは度が過ぎてる」
「そっか~……」
衣真くんはするりと組んでいた腕をほどいてしまって、僕は切なくなった。こんなに衣真くんを想っているのに。
「たい焼き奢るから、今日は許して」
「奢られたところで許したい気持ちにならないよ」
衣真くんはつーんと澄ましている。トワイライトの空に細い月がかかる。
「僕がたい焼きを贈与するでしょ。贈与すると衣真くんには返礼の義務が発生するでしょ。返礼として許してほしい」
衣真くんとの勉強会で学んだ理論を持ち出してこじつける。
「ううむ。まあ、今回はたい焼きの返礼として許してあげてもいいかな」
「ありがとう」
「こういう工夫で早暉くんの嫉妬を上手く手懐けて、僕たちやっていけるといいね」
「うん。僕もそう思ってた」
衣真くんが、僕たちができるだけ離れずにいられるように考えてくれているのが嬉しかった。きら星のような男の子は、少しだけ自分が折れることを覚えて僕と一緒にいてくれる。
「たい焼き、2匹奢ってちょうだい」
「結構大きいよ? 夕ごはん食べられなくなるよ」
僕は遠目から職人さんがガシャンガシャンとたい焼きの型をひっくり返すのを見た。
「母に『夕ごはんはいらない』って言ってきちゃった」
「えっ!? お母さんはなんと!?」
「『あったかくして寝なさいね』って」
「泊まることを視野に!?」
「ねえ早暉くん。ほんとは早暉くんの声が一番かっこいいと思う。早くベッドの上で聴かせてちょうだい」
衣真くんは甘やかされて育ったひとりっ子なのだ。自分がかわいくお願いしたら誰も逆らえないと信じているのだ。実際その通りのかわいい男の子なのだ。
「今すぐ贈与するからね。それならうちで何か軽く食べよう」
「小倉バターとラムレーズンがいい!」
「あいよ!」
僕が注文するより先に職人さんが聞きつけて返事をする。僕も2匹食べてお腹具合を揃えておきたいので和栗とカスタードにした。
贈与と返礼で成り立っている僕たちの関係は、本当に愛なんだろうか。愛って無償の、返礼を要求しない贈与なんじゃないだろうか。無償の贈与って本質的に不可能だけど、不可能を探るのが愛なんじゃないだろうか。衣真くんは僕がこうやって思いつくようなことはとっくに考えていて、それでも「愛してる」って言ってくれているのだろうか。
衣真くんとお母さんの間で交わされる微笑みを思い出す。あの親子の間には、愛があったと思う。衣真くん、愛をたくさん注がれて育ってきたひと。だから与える分の愛もたくさん持っているのかな。僕が不可能だと思う無償の贈与を簡単にやってのけるだけの愛であふれているのかな。
僕の「愛してる」って言葉は、本当の「愛」に言及できているんだろうか? ただ衣真くんが好きでたまらない、この感情を解剖していった先に、無償の贈与はないんじゃないか?
上の空でかじったカスタードたい焼きは暴力装置とも言える熱さで、僕はそのあと1週間舌の口内炎に苦しんだ。
「むむむ」
衣真くんは不機嫌に唇を尖らせて、僕は衣真くんを怒らせてしまったことにびっくりした。
「早暉くん。僕は今まで、早暉くんを4年半も待たせた僕のせいで早暉くんの嫉妬は深いのだと思って、受け流そうとしてきたけど、そろそろ僕が早暉くんが嫉妬ばかりするので不満だと伝えておきたいと思うのだよ」
衣真くんはいつだって思慮深く、割れやすい卵に触れるように丁寧に僕に不満を伝えてくれる。こんなふうに言われて、僕は衣真くんの親切なことに感激した。思慮深いフクロウのようなひと。いや、フクロウが衣真くんのように思慮深いのだ。
「ごめんなさい。でも僕はいつだって衣真くんの一番になりたいんだ」
許してほしい。衣真くんの言う通り、僕の心は4年の片想いですっかりひねくれてしまったのだ。嫉妬ってそんなにいけないことだろうか?
「早暉くんは僕の一番なのに! 一番じゃなかったらそばにいないのに!」
「『一番じゃなかったらそばにいない』?」
嬉しい言葉をもらって僕は、沸き立つ嫉妬を少しだけ落ち着かせることができた。
「そうだよ。母に紹介するのだってどきどきしたけど、よく言ってくれて嬉しかった。こんなに母と僕のことをよく思ってくれたのは早暉くんが初めてだよ」
「初めて!」
恋人のどんな「初めて」も欲しくないわけがないのだから、僕ははしゃいで繰り返した。
「早暉くん。きみはちゃんと僕の特別なんだから、嫉妬ばかりするのをやめてほしい」
「嫉妬ばかりというほどではなくない?」
「いいや嫉妬ばかりだね。これからは『今までの彼氏の中で何番目?』って訊くの禁止」
「……気になるんだよ」
「僕と早暉くんのふたりの関係の中に、もう終わった関係を無理やり連れ戻してとやかく言うのがいいこととは思えない」
ほら出た、「いいこととは思えない」。衣真くんは自分の中に善悪の基準をきっかり持っていて、僕がそこから逸脱するといつも「いいこととは思えない」って遠回しな言い方で非難するんだ。
「……嫉妬しちゃう僕がかわいいな、とか思わない?」
「早暉くんは度が過ぎてる」
「そっか~……」
衣真くんはするりと組んでいた腕をほどいてしまって、僕は切なくなった。こんなに衣真くんを想っているのに。
「たい焼き奢るから、今日は許して」
「奢られたところで許したい気持ちにならないよ」
衣真くんはつーんと澄ましている。トワイライトの空に細い月がかかる。
「僕がたい焼きを贈与するでしょ。贈与すると衣真くんには返礼の義務が発生するでしょ。返礼として許してほしい」
衣真くんとの勉強会で学んだ理論を持ち出してこじつける。
「ううむ。まあ、今回はたい焼きの返礼として許してあげてもいいかな」
「ありがとう」
「こういう工夫で早暉くんの嫉妬を上手く手懐けて、僕たちやっていけるといいね」
「うん。僕もそう思ってた」
衣真くんが、僕たちができるだけ離れずにいられるように考えてくれているのが嬉しかった。きら星のような男の子は、少しだけ自分が折れることを覚えて僕と一緒にいてくれる。
「たい焼き、2匹奢ってちょうだい」
「結構大きいよ? 夕ごはん食べられなくなるよ」
僕は遠目から職人さんがガシャンガシャンとたい焼きの型をひっくり返すのを見た。
「母に『夕ごはんはいらない』って言ってきちゃった」
「えっ!? お母さんはなんと!?」
「『あったかくして寝なさいね』って」
「泊まることを視野に!?」
「ねえ早暉くん。ほんとは早暉くんの声が一番かっこいいと思う。早くベッドの上で聴かせてちょうだい」
衣真くんは甘やかされて育ったひとりっ子なのだ。自分がかわいくお願いしたら誰も逆らえないと信じているのだ。実際その通りのかわいい男の子なのだ。
「今すぐ贈与するからね。それならうちで何か軽く食べよう」
「小倉バターとラムレーズンがいい!」
「あいよ!」
僕が注文するより先に職人さんが聞きつけて返事をする。僕も2匹食べてお腹具合を揃えておきたいので和栗とカスタードにした。
贈与と返礼で成り立っている僕たちの関係は、本当に愛なんだろうか。愛って無償の、返礼を要求しない贈与なんじゃないだろうか。無償の贈与って本質的に不可能だけど、不可能を探るのが愛なんじゃないだろうか。衣真くんは僕がこうやって思いつくようなことはとっくに考えていて、それでも「愛してる」って言ってくれているのだろうか。
衣真くんとお母さんの間で交わされる微笑みを思い出す。あの親子の間には、愛があったと思う。衣真くん、愛をたくさん注がれて育ってきたひと。だから与える分の愛もたくさん持っているのかな。僕が不可能だと思う無償の贈与を簡単にやってのけるだけの愛であふれているのかな。
僕の「愛してる」って言葉は、本当の「愛」に言及できているんだろうか? ただ衣真くんが好きでたまらない、この感情を解剖していった先に、無償の贈与はないんじゃないか?
上の空でかじったカスタードたい焼きは暴力装置とも言える熱さで、僕はそのあと1週間舌の口内炎に苦しんだ。
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