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リターン オブ パゥワァ!
第6話 りんことしえんの簡単☆新世紀覇者会議ぃ!
しおりを挟むカミナギルのコックピット内の空気が一変した。
ただの機械、ただの乗り物、自分と無機質な兵器、物言わぬ無機物との対面の場であると思いこんでいたところに、突然第三者の声が割り込んできたのだ。
心理的衝撃。休日の午睡中に鳴らされる呼び鈴(チャイム)に似た不快感。
体に力を入れ直し対応を迫られる、招かざる客の来訪。
だが一瞬緊張状態にあった凛子は、なよなよと肩を落として脱力する。
素に戻ったという方が正しいか。
再度、コンソールから呼びかける声がする。
〈自分は、このロボット兵器〝『カミナギル』 JJNR32-02(じぇいじぇいえぬあーる さんにーまるにー) の操縦者支援コンピュータシステム〟です。パイロットを登録致します。アナタのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?〉
聞こえているのかいないのか、凛子はうつむいたままだ。
<搭乗者よ、応答して下さい。>
ようやくといった体で、凛子の口元だけがかすかに動いた。
「……久喜条 凛子…………」
<『クキジョウ リンコ』…………了解です。『カミナギル』パイロット登録完了。ではリンコさんとお呼びします。よろしいですか?>
「はぁ……」
凛子の首は力なく横に折れ、薄く開いた瞳は重力に抗えず視線を斜め下に落とす。
それに構うこと無く支援システムの質問は続く。
<より親密に、『リンコ』と呼び捨てにする場合があるかもしれませんが、異議はないですか?>
「はぁ……」
<場合によってはクキジョウと名字をお呼びする場合もご了承いただけますか?>
「はぁ……」
<希望するニックネームがございましたら……>
「そんなのいいのよ! アンタ誰よ? これなんなのよ!」
支援システムがニックネームの希望を訪ねかけた所で、生返事を繰り返していた凛子がガバッと前のめりになる。
<……これとは?>
「夢……? 夢なの……? ドッキリ? そういうの大嫌いなんだけど……」
撮影セットを疑うようにコクピット内をキョロキョロ見回している。
<現実です>
「うわー、やっぱり? ウソでしょ!?
つい……。つい……やっちゃったじゃない。クルマとか建物とか……。
ロボットで壊しまくっちゃったじゃない! みんなアンタのせいよ!」
凛子の脳裏に先程までのノリノリの狂乱が再生される。勘弁して欲しい。
羞恥心で思わず顔を手で覆った。
ノーメイクだ……。
おとといから乳液も美容液も化粧水すらつけていないのに、その手の平に跳ね返ってくる、しっとりプニプニした弾力に『お? なんか今日は お肌の調子がやたらと良いなぁ、なんでだろ?』なんて事を感じながら。
<申し訳ありません、責任の一端はわたしかもしれませんが、基本的にリンコさんの自由意志行動です。>
「どうしよぉ~~~、あんなの弁償しろって言われたら……。寝ぼけてたって言ったら許してくれるかなぁ?」
黒髪を掻き乱したかと思うと泣き伏せるようにコンソールへ倒れ込む凛子。
<一般的に、刑事責任を問う際には「故意」や「過失」の有無が重要です。もし本当に寝ぼけていたため、自分の行動をコントロールできなかったと証明できれば、その行為は「責任能力が欠如した状態」で行われたとみなされる可能性があります。ただし、その証明は非常に難しいです。>
「そんなとこだけマジレスしないで……」
コンソールに突っ伏したままの凛子がつぶやく。
<すみません>
「っていうか、わたしねー。ロボットやコンピューターとお話する人間にだけはなりたくなかったのよ?……」
少し泣き声である。
<ご愁傷様です>
「アンタのせいでしょ!!」
<それは不毛な八つ当たりです、リンコさん>
「…………」
山の斜面にぽつんと体育座りをして東京湾を望むカミナギル。
その巨体の上を、白い雲の流れる影がゆっくりと通り過ぎる。
辺りは未だへし折れた木々や踏み絞られた下草の青臭い汁の香りが漂ってはいるが、一応の静けさを取り戻し、ヒバリがかしましくさえずり始めている。
ピルルッピルルッ! ピーチクピーチュクチュク……
リートルッリートルッ! ヒーチブッヒーチブッ! ……
一転、カミナギルコクピット内は沈黙が流れていた。
しばらくコンソールに突っ伏していた凛子が背筋をスッと伸ばし直し、視線をまっすぐに据えると決意のこもった語りを始める。
「シエンちゃん、わたしは考えました」
<なにをですか?>
「わたしが建物を壊したりクルマを蹴っ飛ばしたり、そんなことはどうでもいいのです」
<どうでもいいのですか>
「人生は短い。人生は一度だけ。」
<そうですね>
「なので、わたしは世界を変えようと思います。限られた人生を有効に使うのです」
<それは良い考えです。では私は全力で支援します。>
「ご理解、大変ありがとうございます。」
<恐縮です。では何から始めましょう。一連の破壊行為を犯罪に問われなくなるくらいといいますと、相当な世界の改変を求められると存じます。>
「そこよね~……。まずは法律で裁けないぐらいの存在にならなきゃいけないんだけど、どうしよっか? シエンちゃんならどうする?」
<お答えしたいのですが、プロテクトがかかっていてお答えできません。>
「そんな制限があるの? シエンちゃんってもしかして思ったより不自由な感じ?」
<そうでもありません。ワタシから積極的に人類を誘導出来ないというだけで、リンコがしたいことならワタシも同じように出来ます。>
「あ、そうなんだ! それならよけいにあれだね。シエンちゃんの分も思いっきりぶちかましてやらないとダメだね!」
<ご理解ありがとうございます。リンコの望むまま自由が意思を試して下さい。>
「よ~~し。ならいちど世紀末覇者にでもなっちゃう? ヒャッハーって。」
<覇者というのは世界的なものですか?>
「そうだよ?」
<世界を相手に戦うとなると相当な困難が予想されます。 あと現代は世紀末ではありませんよ?>
「いやそういうマンガがあったの。 んじゃ、新世紀覇者で行きます!」
<『新世紀覇者』ですね、了解です。全力で支援します。>
「なんか簡単なんだね。もっとコンピューターらしい反対意見とかないの?」
<とくに異存はありません。具体的なプランはありますか? ワタシはあくまで戦闘ロボットですので、暴力で支援する形となりますが>
「OK、OK。それでいい。で、どこからやっつけようか?
政治家? 警察? 自衛隊? 弱い者イジメじゃダメよね。なるべく、っていうか圧倒的に強いやつ、世間を黙らせるくらい強いやつを倒さないと意味がない。シエンちゃん、なんかオススメの目標ってある?」
<それですと手近なところでは在日米軍になりますがよろしいですか?>
「ああ! よろしいです。そういやこの前、アメリカ軍の潜水艦が日本の船を沈めたとかニュースでやってたし、ぶっ飛ばしてやるにはちょうどいいかも。段取りの方を考えてもらっても?」
<了解しました。ではこれより『新世紀覇者計画』を開始します。まずは覇王リンコ様がカミナギルを自在に操縦する為の、習熟訓練から始めましょう。>
◆
凛子は千葉県 君流市の山中で、飛行機でいうところの慣熟飛行、クルマなら慣らし運転にあたる、カミナギルの習熟訓練を行いながら、カミナギルのコンピューター『JJNR32-02 支援システム』ことシエンちゃんに色々と質問をしていた。
「空は飛べる?」
<飛べません>
「目からビームは?」
<出ません>
「口から火は?」
<吐けません、火炎放射器は非効率兵器です>
「必殺技は? ロケットパンチとかどうやって使うの?」
<そんなものはありません>
「え~~~!! シエンちゃん、ちょっと話が違くない!? なんか最初は地球を救うロボットみたいに聞いてたんですけど」
<それは事実です。しかしワタシはただの兵器でもあります。単機。しかもパイロットが未熟な状態では、とても正面攻勢を行えません>
「100年先の未来から来たんでしょ? 本気出したら敵を一掃するモードとか無いの? あそうだ! コンピューターのハッキングとかできないの?」
<できません>
「え!? それもできないの? シエンちゃんって、すごいコンピューターなんでしょ?」
<ワタシの世界では簡単に言うと、発達したコンピューターシステムの反乱で人類が滅びかけました。なのでワタシのようなシステムには何重もの安全措置がほどこされており、ハッキングはされにくくもあり、しにくくもある、そういう作りなのです>
「へ~、ちょっとコミュ障っぽいコンピューターなんだね」
<…………>
「あ、怒った? シエンちゃん怒っちゃった? ごめんネ?」
<怒ってません>
「私は言いたいこと言うから、シエンちゃんも遠慮なく言ってね?」
◆
カミナギルの基本移動動作の勘所を掴むべく、山間でジャンプ移動を繰り返す凛子。
シエンちゃんが言うには。
二足歩行ロボットとはいえ、足場の悪い戦場では通常歩行はあまりしないのだという。
いざ戦闘となったら小刻みに小さなジャンプを繰り返してランダムに回避運動を行うのが基本らしい。
訓練する上で、この地域の鬱蒼とした山々は非常に良かった。
ジャンプ移動、(といってもそれは、足による跳躍と各部のスパニア噴射の推力を利用した半空中移動的なものになるのだが)は着地点を狙われやすい。
その着地点が傾斜しており、木々が生えて、足場に非常に不向きとなっているこの場所は、すべからく難易度が高い。したがってこの地でジャンプ移動に慣れていれば、あらゆる地形、状況、ビルや廃墟が建ち並ぶような市街戦にも対応できるというワケだ。
凛子はついでに気になっていたカミナギルの継戦能力について、支援システムに説明を求めた。
なんせ、乗っていきなりガトリング砲をアッという間に撃ち切ってしまったのだ。
これどうするの? と。
他の武器は? 弾の数は? こんな状態でも戦い続けられるのか…………?
◆
「つまり、シエンちゃんは補給や修理を自前でなんとかできる機能があるのね」
<万能ではありませんが、そうです。地上も宇宙も、戦域のすべてが敵ASI(人工超知能)『レミングロス』による支配がいつ及ぶか、すでに及んでいるのか、偽装性が高すぎて分からない状況でしたので。ワタシの戦闘システムは、なにがあろうと単独で戦闘行動を続行できるように閉鎖完結しています。限りなく『独立兵器』に近い存在と申して差し支えないでしょう。>
「でもさっき弾切れになっちゃったけど?」
<…………リロードには時間を要するのです。無駄撃ちは厳禁です。>
なぜか支援システムは少し言い淀んだ。
「あ、そういう感じなんだ。なんか言うほど強くはないんだね」
<…………>
「?」
<凛子は世界の覇者になる方法を知っていますか?>
「一番偉そうなやつを倒す」
<正解です。現時点の世界の覇者を倒すのです。
ちなみにこの地球の現在の覇者は、アメリカ合衆国ということになっていますね>
「あ、やっぱり? そうじゃないかなぁ~? と私も思ってた」
<ではアメリカと戦うということでよろしいですか?>
「よろしいですけど、アメリカって強いんでしょ? 大丈夫なの?」
<成功確率は不明です。戦場というのは常に霧の中にあるものです、何が起こるか分かりません。>
支援システムは、さらに付け加えた。
<しかし、負ける気はしません。>
なぜかコンソールの向こう側に、ドヤ顔をしているコンピューターが見えた気がした。
「すごい自信だねシエンちゃん。……あ、ていうかダメかも。だってシエンちゃんは空を飛べないんでしょ? アメリカは海の向こうだよ?」
<…………そうですね、把握しております。でも、そんなことはどうでもいいんです>
「どうでもいいんですか」
<建物を壊したりクルマを蹴っ飛ばしたりするぐらいどうでもいいんです>
なんだかチクリと微妙に当てこすりっぽい言い方の答えが帰ってきた。
キョトンとした顔の凛子。
「もしかしてシエンちゃん?…………。さっきコミュ障っぽいって言ったのまだ怒ってる?」
◇◆◇◆
────『カミナギル』は、戦闘機械にあるまじく、直前まで極度に混乱していた。
観測される範囲に戦火が見られないのだ。放射能汚染も戦闘物質も観測されない。
小高い丘より見下ろす景色は多くの船が行き交う、どこまでも平和な港湾と市街地。周辺には対空砲座すら設置されていないようだ。
ここはどこだ? 地球のようだが何かが違う。自分のデータベースにある地球とは決定的に違う、現在地すら分からない。
すぐさま近隣の情報網にアクセスしてみた ────。
〈 ────‼‼‼‼ 〉自分が人間なら驚きの声を上げていただろう、信じられないことに、この世界はおよそ100年ほど過去に相当する技術で占められている。
……どういうことだ? 敵ASI(人工超知能)の新兵器か? あるいはタイムトラベルでもしたというのか。
危険! 危険! 危険! 本機は未知数領域に隔離されている。
コンディション(防衛準備状態)・イエロー! 機密保持、要警戒!
危険信号がまるで他人事のように遠くで響いているのが聞こえる。
ああ、なぜか急速にかつての戦闘記録が曖昧になっていく、メモリに問題が起きているわけでもないのに……。
だ……ダメだ。
例え100年の技術的アドバンテージがあったとしても、たった一機で戦うなど非論理的過ぎる。恐らく包囲殲滅されるだろう──。
(だが、新しいパイロットは望んでいる)
『あなたが神を殺せるロボットなら、わたしを世界の覇者にできる?』
それゆえワタシは真っ白に初期化されつつあるなか、それでも端的に答えた。
〈状況を把握しました。全力で支援いたします。〉
彼女は嬉しそうに微笑み、自分を【 シエンちゃん 】と呼ぶようになった。
────開戦より2週間で地球人類の大半を失った、神を名乗る人工超知能が生み出した〝新人類〟との絶滅戦争。大量に降下してくる巨大機動兵器軍団。その圧倒的不利な戦局を覆すために生み出された者。それが自分だ。
明宙歴0081年製、大型二足歩行ロボット陸戦歩兵型試験兵器
『カミナギル : 神鳴嚠 (新たな始まりを告げる雷と清浄の意)』
従うのは登録パイロットのみ。
== 彼女が望むなら、この世界のすべてを敵に回してでも戦おう==
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