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戦争を知らない大人たち
第15話 ゲームチェンジャーは誰だ
しおりを挟む「いや~~~! ギリギリだったねぇ。危なかったぁ! ははははッ」
超長距離の跳躍をこなして、凛子はハイテンションだった。
カミナギルが着地したのは、神奈川県川崎、浮島換気所から東京湾へと滑り込んでいく、時折波をかぶるようなコンクリートスロープである。もう少しで距離が足らずに東京湾のドロドロの海底に沈んでいたかもしれなかったのだ。それを鑑みればジャンプの成功に凛子のテンションが上がるのも無理はない。
<完全にスパニアゲージがレッドゾーンに入ってましたね。安全装置が働く寸前です。まぁ、それでもまだ緊急用のキャパシタは残してありますので、十分合格点だと言えるでしょう。お見事です、リンコさん。>
「ふふふふ……、ありがとうシエンちゃん」
凛子が勝ち気に微笑んだ。
カミナギルは少し速度を落として浮島換気所を左にかわし海岸線を進み、多摩川第一換気所の裏を通り抜ける。
スパニア噴射をやめたことで、モニターにはゆっくりとエネルギーを充填してキャパシタが回復していく様子が表示されていた。
これに余裕がないと敵と遭遇した際、戦闘機動に支障が出る。
本来はこのようなレッドゾーンに入るほど限界までキャパシタを消耗する使い方をするべきではない。非常時でもない限り。
閉鎖されたランプを登り、首都高速神奈川6号川崎線へと入った。
そこはまるで空の道、遮るものは何もない。
高架は気持ちいい青空を走っている気分だ。
右手には多摩川河口の水、左手には工業地帯の赤茶けた屋根や煙突が見下ろせた。
ただでさえ見晴らしのいい道なのに、カミナギルの視線の高さから見ているから、まるでパノラマ特急だ。
道路上に設置されている『大阪・横浜方面』と書かれた門型の案内標識をハードル競走ばりにビューッと飛び越えてみせる。ゴキゲンである。
<それにしても、あのような限界近い跳躍をしているときというのは、敵に絶好の攻撃機会を与えてしまいます。我々にはキャパシタを消耗し無防備になった着地時を援護してくれる味方機は存在しません。今後はよほどの理由がない限り控えましょう。>
「そうだね、あぶないねアレ。」
◇
カミナギルが……、謎の巨大ロボットが……、
東京湾アクアラインを渡りきった。
その先に広がるのは人口密集エリア。
さらに隣接しているのは。
…………『東京都心』
実はこの瞬間、いろいろと決定した。
なにが?
なにが決定した?
──────── 整理しよう。
まずは『神霆戦機 カミナギル』(しんていせんき かみなぎる)というアニメそっくりの『巨大ロボット』の性能だ。
アニメとそっくりだからといってアニメと同じだとは限らない。
そうだ。同じだとは限らない。
ただのハリボテである可能性を考えるほうがよっぽど自然だったろう。
よっぽど気楽だったろう。
だが、油断し過ぎである。
あまりにも看過しすぎである。
千葉県君流の山中に居た時点で、あのロボットの機動性について、強度について、もう少し想像するべきだった。
イメージするべきだったのだ。
重量数十トンはあるであろう巨大人型ロボットが、あれだけ飛び跳ねて動的に走り回ってもなんら問題ない強度なのだ。
もし同程度の重量である一般的な戦車を同じだけ振り回し飛び跳ねさせたらどうなるだろう?
とてもじゃないが原型を留めていられない、スクラップ待ったなしだ。
「いやいや、現実にも『空挺戦車』という飛び降りる戦車があるだろう?」
そう、あるにはあるのだ。
『空挺部隊』という航空機から落下傘で敵地のど真ん中へ降下して敵の虚を突き、急襲する部隊、その部隊の為に開発された戦車。
そういうのがあるのだ。
まわりは敵ばかりの恐ろしい現場に、生身の人間ばっかりで攻め込まされる心もとない空挺部隊。怖い。すぐに援護が来てくれないと瞬く間にアウトになる、持ちこたえられない。ギリギリの緊張を強いられる空挺部隊。もし……、もしそれに随伴してくれる『戦車』があったらどんなに心強いだろう! もう、生身じゃない。あんなことこんなこといっぱい助かるなぁ! という軍隊のジリジリしてネットリした夢を叶えるが為に生み出された存在『空挺戦車』。
空から現場に降下可能な戦車!
……ただ、少々無茶が過ぎる存在だ。
輸送機から空中投下する試みも実際に行われているが、パラシュートやら減速用ロケットやら下敷きの鉄板やらいろいろをあてがったりした上に、戦車の中でも最軽量級のアルミで出来た軽~~~いやつを、『戦車の命』ともいうべき装甲を軽くするがために削りに削った弱~~いやつを、そっと、そおぉぉ~~~っと投下するのだが。
ガチャーン! と落ちて問題が! 故障が! 多発する!
とてもじゃないが実戦での空中投下は割に合わない、しっちゃかめっちゃかな有様となる。
それが現代技術の限界だ。
それをあのロボットは…………。
恐るべし頑強さである。
素材レベルで到底マネできない強度の差があるのがうかがえる。
なぜなら人間のような直立二足歩行は衝撃的に転倒するのが前提の構造だからだ。
(鳥類などは二足歩行だが、直立ではなく、転倒時の衝撃が比較的小さい)
構造的にどうしても転倒し、その衝撃が最大となる弱点を抱えた歩行姿勢。
転倒した程度でいちいち重大な損傷を負っていては成り立たない存在だ。
直立二足歩行で飛び跳ねるということは、その際に転倒して、激しく各部を打ち付けても、それにある程度は耐えうる強度を持っていることを示している。
戦闘目的の兵器ならば言わずもがなだ。
つまり。
現用の主力戦車────。
低伸弾道の水平射撃で、音速を数倍超える高初速の砲弾をドッカンドッカンぶちかまし合い、空手重量級の試合さながら、仁王立ち状態の正面からガマン比べでドツキ合って勝負を決する。
そんな、最もタフネスさを要求される最前線の動く要塞。
各国がしのぎを削り開発したガチガチの装甲で固められた陸上最強の防御力を持つ特殊車両。
『 主力戦車 』
──── それよりも確実に『固い』と見るべきだ。
それがさらに『山』という現行兵器では運用出来ない不可侵の地勢を飛び跳ねている。
『山』は21世紀現代に至るも、克服されていない。
攻略不可の存在として重要戦略障害でありつづけ、その前提で各国の地政学(国レベルの『立地条件』的なもの。山や海で守られている国は多い)は成り立っている。
それをあの巨大ロボットは飛び越える、駆け上がる。いとも簡単に根底から覆して見せているのだ。
今までの世界戦略というゲームのルールの重要な一要素(ここは山なので通れません)を完全に無視している。
いわゆる『ゲームチェンジャー』そのものであるのだ。
え? 飛行機やミサイルでも山を超えるって?
そういう問題じゃない、飛行機じゃ国を負かせられない。
ベトナム戦争で圧倒的空軍力で空爆しまくったアメリカがどうなったか?
勝てましたか?
なぜアメリカが敵の潜む危険極まりないジャングルに自軍の兵士を入れなければならなかったか?
なぜか?
やりたくてやったわけではない。そうせざるを得なかった。
敵を屈服させうるのは陸戦部隊、陸戦兵器がどうしても必要だからである。
どれだけ重くてノロくて移動に不便で、打たれ弱くてもだ。
そのジレンマがまったく解決されていないのは、21世紀となって久しい昨今であっても、第一次世界大戦を思わせる凄まじい塹壕戦を行っている近代の戦場で浮き彫りに現れている。
そこへ、この問題を根本的にひっくり返す存在が現れたのだ。
軽やかに山を飛び越える、打たれ強いバケモノが──。
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