花冷えの逃亡者

一樹たる

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三章『公国を止めるために』

第32話 支配、被支配

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 ──メアリSide.──
 
「ハァアアアッ!!」
 薄紅色の長い髪を女神のごとく振り乱し、少女は細剣を振るっていた。
 前へ前へと切り込んでいく、ロネの背後を守る役が必要だった。次々に身軽な斬撃を繰り出す。着実に兵士を切り付け、退けていく。
 己が出来る役割をこなす中で、ひとつ、気がかりなこと。
 
「シエル……!」
 つい先ほど。切羽詰まった表情で、シエルがどこかに走って行った。助けに行きたいところだが、あいにく自分までこの前線を立ち退くわけにはいかない。メアリはそう判断していた。
 
 ──優しくて、臆病な弟が急いでいるとき。昔から、パターンは決まっている。いつも彼は彼なりに一生懸命に何かを考え、物事を改善・解決しようと行動している。それは弟・シエルのよいところだと思う。
 
 では、ロネはどうだろうか。
 
 ロネさんは私よりも年下だが、強い人だ。模擬戦のときも、初日のときも、彼の動きは安定していた。
 悔しいがあのとき感じたのだ。総合して見たときに、彼は技術的に格上であると。その戦闘力は、紛れもないかれの長所だ。
 メアリはひそかに彼を信頼していた。身近な先輩として。大切な人シエルたちを共に守ろうとしてくれる、ひとりの仲間として。
  
「オラァ! 死ねェエ!」
 現在、ロネは止まり方を忘れた闘牛のように、公国での単騎戦闘に狂っている。
「あの若造……!」
 ファクターは、魔銃の狙撃で遠距離の敵を食い止めて、青年を援護していく。
 メアリが彼に問うた。
「ファクターさん! ロネさんは大丈夫なの!?」
「大丈夫に見えるか? あれが。ひとりでソコのチビを助けるつもりだぞ……」
 ──今、ロネも急いでいる。彼が急ぐ理由を、メアリは見た。
 
 公国の領事軍の足元。まばらに何人かいる〈従隷エグリマ〉のうち、やけに足元の重りが大きな少年がひとり居た。足腰は棒切れのように細く、耳はメアリよりも細長い。髪は白く脱色しているが、わずかに赤みがかっている。
 その少年の首輪縄が、あの青髪の偉そうな兵長に繋がれている。
 兵の隣で気まぐれにクレイモアを振るう金髪准尉が頭を掻いた。
 
「なー、アークス。いつまでその獣ニギってるんだよ。オマエも戦おうぜ」
「いやだよ。こいつ、白の五番はお気に入りなんだ。勝手に野垂れ死んだら困るから」
「ハハッ! そーかい」
 
 ──笑いながら人の命を握っている……。
 胸の奥がざらついた。怒りとも、恐怖とも似て非なる。静かな焦燥が込み上げてきた。
 お気に入りという言葉は、嘘だろう。本当に大切なものなら、あんな〈演舞〉などという公開処刑に出そうはずがない。
 
『──雷・切り裂くは暗雲・大地の獣に鉄槌を下さん・──〈朱の雷斬フォース=エンチャント〉!!』
「あっ、准尉。……僕がやるって言いましたよね?」
「はー本当つまんねーなァ! 久しぶりにのある獲物なんだ! 茶々ぐらいイイだろう?」
 
 ロネは走っていた。攻撃用の朱魔煌フラムヴィレラが飛んできても生身で切り抜けた。防御詠唱する時間さえ惜しいのだろう。
 すべては少年を助けるためだ。
 
「……もー……その『骨くん』、皮が抉れちゃいましたよ」
 
 アークスはあざ笑った。業火の攻撃から抜けたロネの右腕は、火傷に蝕まれてしまっていた。
 腕の皮膚が赤くただれてしまっている哀れな男。
 更に腕や頭からは血を流し、徐々にだが動きが鈍くなっている。
 
「あれじゃ……」
 よくないと、メアリは確信した。
 判断力に欠けている……。それは今のロネの弱点ウィークポイントだ。
 
 朱髪少女は地を駆けた。
 青年の元へ、急いで救援に駆けつけた。
 
「……ッメアリ!?」
 少女の割り込みは、少々無茶だった。
 人工の雷で焼けた木屑が散らばる中を踏み分けて、兵士の波に向かって一直線にやってきたのだ。
 
 ロネが怒鳴った。
「何やッてんだ!」
「……ロネさん、生き急いでたから」
「だからって捨て身のバカが居るか!?」
「鏡に向かって、言ってる?」
「ッ下がれ!」
 彼の言葉には従わず、メアリは前に大きく躍り出た。
 
「ヤアアアアァァァァァアッ!!」
 敵の攻撃にメアリが目にも止まらぬ刺突を繰り出す。切り上げの動きと同時に、兵士を吹っ飛ばす。メアリもまた敵兵から利き腕である右手に傷をもらったが、その代わり、ほぼ傷を負いっぱなしだったロネの体は一時休息を得た。
 
 青年はそれらをよしとはしなかった。短剣を構え直しながら彼は叫んだ。
 
「下がれ、ッて言ってンだ!!」
 気の強い帝国少女はキッパリと言い返した。
「何よ! 人の善意を邪魔みたいに!」
「邪魔だァ!! さッさと失せろ!」
 そのひと言で、メアリの堪忍袋の尾が切れた。
 
「はぁ? そんなにしたいんなら、もう、ロネさんひとりで勝手に戦えば!? ぜんぶひとりでやってくれるの!? ねえ! ……」
 
 せきを切ったように、少女の口から言葉があふれ出す。
 
「……そんなの、ちがうでしょ。ひとりじゃぜんぶ対処出来ないから、私たちが居るんじゃないの!?」
「ンなのは……!」
 言い返しかけて、青年が言葉に詰まる。
 メアリは続けた。
 
「ねぇロネさん。初日の日、変な傭兵から助けてくれたわよね」
「ハ……?」
 驚いたようにロネが見遣る。
 薄紅髪の少女は、前方にレイピアを構え、強がりの笑みを浮かべた。
 
「私、あのとき、嬉しかったのよ?」
 
 ずっと言えなくて、ごめんなさい。
 私は確かに疑っていた。〈結社〉が敵ではないかと、間違ったことは無いかと見定めようとした。
 だけど彼らが間違ったことをしているとは、結局これまで、一度も思えなかったのだ。
 では、今こそ彼らを助けたい! 仲間へ恩を返したい!
 
「だから……!」
 メアリの琥珀色の瞳は、爛々としていた。
 少女の声を遮って、近接兵が声を上げて巨大な剣を振った。
 
「このアマがぁ!」
「ッ!」
 
 メアリに迫った凶刃へ、ロネが先に応戦した。直後、メアリがその兵士の脇腹に、横薙ぎの軌跡をはしらせた。目の前の兵が倒れてゆく。
 
「ハァァァッ!」「ラァアアアッ!」
 二つの異なる喝が飛ぶ。
 言うなれば人間槍のように動くロネの剣裁きに沿うように、レイピアの剣先が舞い踊る。少女の剣は間合いを取ることに長けて、公国の兵たちを次々に退けた。
 少女は口許で笑んだ。
 
「必ず助ける。仲間でしょ?」
 
 身近な人を護るため。メアリの原動力は、帝国を出たときと変わらず、そこにあった。
 
 
 
 ──ロネSide.──
 
 前へ、前へ。足が勝手に進む。
 目の前の光景が霞んで見える。硝煙と血と汗の臭いが、混ざって息苦しい。
 
 ……だが、止まるわけにはいかない。
 公国の貴族や兵士は残忍な連中だ。あの罪のないエルフのガキがいつ殺されてもおかしくない。
 今は隣でメアリが剣を振るってくれている。
 他者の手を借りることは不本意だが、ガキを助けるためだ。その思いひとつで、ロネは戦場を駆けてゆく。
 
 前線に躍り出た薄紅髪の少女の活躍に、目を付ける者たちがいた。
 
「アークス! ソコにエラい派手な女がいるぞォ!」
 公国領事軍、ジグマ准尉とアークス兵長である。
「……あの女、前に見たけど。もしかしてハーフエルフじゃないか?」
「おー珍妙な耳だなァァ! ヴェルス大公に献上しようぜ。あるいは、本日ご生誕のウォン様もいいな!」
「いいね」
 
 領事軍の兵士たちの下卑た笑い声が、鼓膜を震わせた。
 兵の剣を弾き返し、距離を取る。
 
「…………」
 静かに息が乱れ、メアリは言葉を失っていた。
 青年ロネがこめかみに血管を浮き上がらせて、兵長側へ向かって凄んだ。
 
「オイゴラァ!! テメェら今なんつッた!」
「あー、彼女、逸材だから公国に欲しいなぁって」
「クソが! 嘘ばッかだろ!?」
「嘘じゃないさ。……今の従隷エグリマの代わりにもなりそうだよ」
 
 聞き捨てならない、とメアリが静止を掛ける。
「ちょっと待って。あなた、『その子たちを解放する』って選択肢があるの?」
「いいともさ。おとなしく投降すれば、ちゃんと生かしておいてあげるよ」
 アークス兵長は言いながら、ひとりの〈従隷エグリマ〉の少年の手首の錠前と、足に括りつけられた重りを解いてみせた。
 
「…………」
 白髪エルフの少年はぽかんとしている。一体何が起こったのかという顔だ。
 
「ほらね。これならどうだい?」
「──なら──」
 メアリが言葉を続けようとしたとき。
 
「聞くなッ!!」
 ドスの効いた声に、メアリの肩が跳ねる。ロネの大喝だ。
 絶対聞くな、と繰り返して前に出た青年に、アークスは呆れた視線を送った。
 
「なんだ? 割り込むなよ。僕はかしこい彼女と交渉してるんだよ」
「ざけンな! テメーらが〈従隷エグリマ〉をマトモに扱ったコト、一回でもあったかよ!?」
「ハン! 僕はいつもマトモに扱っているさ! こんなふうに」
「!」
 
 彼は従隷エグリマの首輪に繋がる縄を手に取ると、それを引くと同時に、少年を蹴っ飛ばした。
 衰弱した少年は吹っ飛んだ。首を締められながらだからか、声もなく、受け身も取る様子はない。ロネは跳躍し、少年の身体を受け止めた。
 白髪の少年はその場に座り込んでしまう。
 兵長は、青年の動きを見て、ぽいっと縄を放った。まるで、飽きたオモチャを捨てる子どものような無関心さだった。
 
「……クソッ……こンのクソ野郎がァアアアア!!」
 ロネが突っ込んだ瞬間、男がぐるりと半身を返しながら腕を振った。
 いつの間にか、ロネの足元に縄が巻き付いている。先端に重りの付いた縄。簡易だが見事に動きを読まれ、捕えられた形だ。
「こんなあっさい挑発に乗るとはね。これだから下賤な獣は嫌いだよ」
 刃物がふりかざされた。
「避けて!!」
 メアリが叫ぶ。
 
「……!!」
 
 ──死ぬ。留まるな!
 野生的な直感がロネの脳裏を過った。だが、オレが避ければ、後ろのガキが先に死ぬ。
 逡巡の後、青年は咄嗟に腕を伸ばした。
 
「ッく……」
 青年は硬質な鞭縄を右手に絡めて、兵長の左半身を自身のもとに引きつけた。
 攻撃態勢が崩れ、剣はバランスを取るため一度下ろされる。アークスは青年を見下ろす。
「掴むなよ。汚い手で……邪魔なんだけど?」
 
 ロネは兵長を睨みつけ、ニッと笑った。
「死んでも離さねェよ、バーカ」
「じゃあ、殺そっと」
 瞬間、長物の刃物がロネの胸を貫いた。
 兵長の手によっていとも簡単に。
 
「グァアァァァァ! ……カハッ──」
 剣で胸を抉られた衝撃でつんのめる。引き抜けば、口から吐血する。立っていられず青年の膝が折れた。
「アハッ! 綺麗だなぁ」
 青髪の兵長は愉快そうに笑い、ロネの脇腹を蹴って地に倒した。
 
「ッテメ……」
「〈結社〉ってブラックギルドも大したことないね。見たとこ、この獣がいちばん強いんだろ? じゃあ、こいつを殺せば瓦解したも同然じゃないか」
 シウムは青年の胸元を、靴の底で踏みにじった。
 
「ヴゥッ──アァァァ……」
 聞くに耐えないうめき声が上がる。
 ロネの一歩うしろで、白髪のちいさな少年は絶望した目でそれを見ていた。少年の両の手足は、もう拘束されていない。立てば自力で走れるはずだ。だが、青年が助けようとした少年は、その場から動こうとしない。
 ……彼はまだ自由ではない。命令するまで動かないようにと、厳しく躾けられているのだ。
 
「ロネさん!!」
 メアリが走り出す。しかし回り込んだジグマに腕を掴まれた。
「お嬢さん、困るなァ! 動くなよ!」
「離して!」
「──間違って斬っちまうぜ」
「斬るなら斬りなさいよ、臆病者っ!!」
 メアリがレイピアを振り抜いた。
「……ッ!?」
 よもや、脅してもなお抵抗するとは思わなかった准尉が、咄嗟に腕の籠手で弾いた。彼は伊達に将校を務めていない。武器は手刀で地へ捨てられる。メアリは逆に背後に回られ、大男に拘束されてしまった。
 
「ロネさん! 起きて! 起きてよッ!」
 
 彼女が決死で叫ぶも、青年は地に伏せたまま。指先のみがぴくりと動いた。
 アークス兵長が剣を振り上げる。
 ロネの首筋めがけて、剣を振り下ろした。
 
「終わりだ!」
 
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