37 / 42
三章『公国を止めるために』
第32話 支配、被支配
しおりを挟む
──メアリSide.──
「ハァアアアッ!!」
薄紅色の長い髪を女神のごとく振り乱し、少女は細剣を振るっていた。
前へ前へと切り込んでいく、ロネの背後を守る役が必要だった。次々に身軽な斬撃を繰り出す。着実に兵士を切り付け、退けていく。
己が出来る役割をこなす中で、ひとつ、気がかりなこと。
「シエル……!」
つい先ほど。切羽詰まった表情で、シエルがどこかに走って行った。助けに行きたいところだが、あいにく自分までこの前線を立ち退くわけにはいかない。メアリはそう判断していた。
──優しくて、臆病な弟が急いでいるとき。昔から、パターンは決まっている。いつも彼は彼なりに一生懸命に何かを考え、物事を改善・解決しようと行動している。それは弟・シエルのよいところだと思う。
では、ロネはどうだろうか。
ロネさんは私よりも年下だが、強い人だ。模擬戦のときも、初日のときも、彼の動きは安定していた。
悔しいがあのとき感じたのだ。総合して見たときに、彼は技術的に格上であると。その戦闘力は、紛れもないかれの長所だ。
メアリはひそかに彼を信頼していた。身近な先輩として。大切な人たちを共に守ろうとしてくれる、ひとりの仲間として。
「オラァ! 死ねェエ!」
現在、ロネは止まり方を忘れた闘牛のように、公国での単騎戦闘に狂っている。
「あの若造……!」
ファクターは、魔銃の狙撃で遠距離の敵を食い止めて、青年を援護していく。
メアリが彼に問うた。
「ファクターさん! ロネさんは大丈夫なの!?」
「大丈夫に見えるか? あれが。ひとりでソコのチビを助けるつもりだぞ……」
──今、ロネも急いでいる。彼が急ぐ理由を、メアリは見た。
公国の領事軍の足元。まばらに何人かいる〈従隷〉のうち、やけに足元の重りが大きな少年がひとり居た。足腰は棒切れのように細く、耳はメアリよりも細長い。髪は白く脱色しているが、わずかに赤みがかっている。
その少年の首輪縄が、あの青髪の偉そうな兵長に繋がれている。
兵の隣で気まぐれにクレイモアを振るう金髪准尉が頭を掻いた。
「なー、アークス。いつまでその獣ニギってるんだよ。オマエも戦おうぜ」
「いやだよ。こいつ、白の五番はお気に入りなんだ。勝手に野垂れ死んだら困るから」
「ハハッ! そーかい」
──笑いながら人の命を握っている……。
胸の奥がざらついた。怒りとも、恐怖とも似て非なる。静かな焦燥が込み上げてきた。
お気に入りという言葉は、嘘だろう。本当に大切なものなら、あんな〈演舞〉などという公開処刑に出そうはずがない。
『──雷・切り裂くは暗雲・大地の獣に鉄槌を下さん・──〈朱の雷斬〉!!』
「あっ、准尉。……僕がやるって言いましたよね?」
「はー本当つまんねーなァ! 久しぶりに骨のある獲物なんだ! 茶々ぐらいイイだろう?」
ロネは走っていた。攻撃用の朱魔煌が飛んできても生身で切り抜けた。防御詠唱する時間さえ惜しいのだろう。
すべては少年を助けるためだ。
「……もー……その『骨くん』、皮が抉れちゃいましたよ」
アークスはあざ笑った。業火の攻撃から抜けたロネの右腕は、火傷に蝕まれてしまっていた。
腕の皮膚が赤くただれてしまっている哀れな男。
更に腕や頭からは血を流し、徐々にだが動きが鈍くなっている。
「あれじゃ……」
よくないと、メアリは確信した。
判断力に欠けている……。それは今のロネの弱点だ。
朱髪少女は地を駆けた。
青年の元へ、急いで救援に駆けつけた。
「……ッメアリ!?」
少女の割り込みは、少々無茶だった。
人工の雷で焼けた木屑が散らばる中を踏み分けて、兵士の波に向かって一直線にやってきたのだ。
ロネが怒鳴った。
「何やッてんだ!」
「……ロネさん、生き急いでたから」
「だからって捨て身のバカが居るか!?」
「鏡に向かって、言ってる?」
「ッ下がれ!」
彼の言葉には従わず、メアリは前に大きく躍り出た。
「ヤアアアアァァァァァアッ!!」
敵の攻撃にメアリが目にも止まらぬ刺突を繰り出す。切り上げの動きと同時に、兵士を吹っ飛ばす。メアリもまた敵兵から利き腕である右手に傷をもらったが、その代わり、ほぼ傷を負いっぱなしだったロネの体は一時休息を得た。
青年はそれらをよしとはしなかった。短剣を構え直しながら彼は叫んだ。
「下がれ、ッて言ってンだ!!」
気の強い帝国少女はキッパリと言い返した。
「何よ! 人の善意を邪魔みたいに!」
「邪魔だァ!! さッさと失せろ!」
そのひと言で、メアリの堪忍袋の尾が切れた。
「はぁ? そんなにしたいんなら、もう、ロネさんひとりで勝手に戦えば!? ぜんぶひとりでやってくれるの!? ねえ! ……」
せきを切ったように、少女の口から言葉があふれ出す。
「……そんなの、ちがうでしょ。ひとりじゃぜんぶ対処出来ないから、私たちが居るんじゃないの!?」
「ンなのは……!」
言い返しかけて、青年が言葉に詰まる。
メアリは続けた。
「ねぇロネさん。初日の日、変な傭兵から助けてくれたわよね」
「ハ……?」
驚いたようにロネが見遣る。
薄紅髪の少女は、前方にレイピアを構え、強がりの笑みを浮かべた。
「私、あのとき、嬉しかったのよ?」
ずっと言えなくて、ごめんなさい。
私は確かに疑っていた。〈結社〉が敵ではないかと、間違ったことは無いかと見定めようとした。
だけど彼らが間違ったことをしているとは、結局これまで、一度も思えなかったのだ。
では、今こそ彼らを助けたい! 仲間へ恩を返したい!
「だから……!」
メアリの琥珀色の瞳は、爛々としていた。
少女の声を遮って、近接兵が声を上げて巨大な剣を振った。
「このアマがぁ!」
「ッ!」
メアリに迫った凶刃へ、ロネが先に応戦した。直後、メアリがその兵士の脇腹に、横薙ぎの軌跡をはしらせた。目の前の兵が倒れてゆく。
「ハァァァッ!」「ラァアアアッ!」
二つの異なる喝が飛ぶ。
言うなれば人間槍のように動くロネの剣裁きに沿うように、レイピアの剣先が舞い踊る。少女の剣は間合いを取ることに長けて、公国の兵たちを次々に退けた。
少女は口許で笑んだ。
「必ず助ける。仲間でしょ?」
身近な人を護るため。メアリの原動力は、帝国を出たときと変わらず、そこにあった。
──ロネSide.──
前へ、前へ。足が勝手に進む。
目の前の光景が霞んで見える。硝煙と血と汗の臭いが、混ざって息苦しい。
……だが、止まるわけにはいかない。
公国の貴族や兵士は残忍な連中だ。あの罪のないエルフのガキがいつ殺されてもおかしくない。
今は隣でメアリが剣を振るってくれている。
他者の手を借りることは不本意だが、ガキを助けるためだ。その思いひとつで、ロネは戦場を駆けてゆく。
前線に躍り出た薄紅髪の少女の活躍に、目を付ける者たちがいた。
「アークス! ソコにエラい派手な女がいるぞォ!」
公国領事軍、ジグマ准尉とアークス兵長である。
「……あの女、前に見たけど。もしかしてハーフエルフじゃないか?」
「おー珍妙な耳だなァァ! ヴェルス大公に献上しようぜ。あるいは、本日ご生誕のウォン様もいいな!」
「いいね」
領事軍の兵士たちの下卑た笑い声が、鼓膜を震わせた。
兵の剣を弾き返し、距離を取る。
「…………」
静かに息が乱れ、メアリは言葉を失っていた。
青年ロネがこめかみに血管を浮き上がらせて、兵長側へ向かって凄んだ。
「オイゴラァ!! テメェら今なんつッた!」
「あー、彼女、逸材だから公国に欲しいなぁって」
「クソが! 嘘ばッかだろ!?」
「嘘じゃないさ。……今の従隷の代わりにもなりそうだよ」
聞き捨てならない、とメアリが静止を掛ける。
「ちょっと待って。あなた、『その子たちを解放する』って選択肢があるの?」
「いいともさ。おとなしく投降すれば、ちゃんと生かしておいてあげるよ」
アークス兵長は言いながら、ひとりの〈従隷〉の少年の手首の錠前と、足に括りつけられた重りを解いてみせた。
「…………」
白髪エルフの少年はぽかんとしている。一体何が起こったのかという顔だ。
「ほらね。これならどうだい?」
「──なら──」
メアリが言葉を続けようとしたとき。
「聞くなッ!!」
ドスの効いた声に、メアリの肩が跳ねる。ロネの大喝だ。
絶対聞くな、と繰り返して前に出た青年に、アークスは呆れた視線を送った。
「なんだ? 割り込むなよ。僕はかしこい彼女と交渉してるんだよ」
「ざけンな! テメーらが〈従隷〉をマトモに扱ったコト、一回でもあったかよ!?」
「ハン! 僕はいつもマトモに扱っているさ! こんなふうに」
「!」
彼は従隷の首輪に繋がる縄を手に取ると、それを引くと同時に、少年を蹴っ飛ばした。
衰弱した少年は吹っ飛んだ。首を締められながらだからか、声もなく、受け身も取る様子はない。ロネは跳躍し、少年の身体を受け止めた。
白髪の少年はその場に座り込んでしまう。
兵長は、青年の動きを見て、ぽいっと縄を放った。まるで、飽きたオモチャを捨てる子どものような無関心さだった。
「……クソッ……こンのクソ野郎がァアアアア!!」
ロネが突っ込んだ瞬間、男がぐるりと半身を返しながら腕を振った。
いつの間にか、ロネの足元に縄が巻き付いている。先端に重りの付いた縄。簡易だが見事に動きを読まれ、捕えられた形だ。
「こんなあっさい挑発に乗るとはね。これだから下賤な獣は嫌いだよ」
刃物がふりかざされた。
「避けて!!」
メアリが叫ぶ。
「……!!」
──死ぬ。留まるな!
野生的な直感がロネの脳裏を過った。だが、オレが避ければ、後ろのガキが先に死ぬ。
逡巡の後、青年は咄嗟に腕を伸ばした。
「ッく……」
青年は硬質な鞭縄を右手に絡めて、兵長の左半身を自身のもとに引きつけた。
攻撃態勢が崩れ、剣はバランスを取るため一度下ろされる。アークスは青年を見下ろす。
「掴むなよ。汚い手で……邪魔なんだけど?」
ロネは兵長を睨みつけ、ニッと笑った。
「死んでも離さねェよ、バーカ」
「じゃあ、殺そっと」
瞬間、長物の刃物がロネの胸を貫いた。
兵長の手によっていとも簡単に。
「グァアァァァァ! ……カハッ──」
剣で胸を抉られた衝撃でつんのめる。引き抜けば、口から吐血する。立っていられず青年の膝が折れた。
「アハッ! 綺麗だなぁ」
青髪の兵長は愉快そうに笑い、ロネの脇腹を蹴って地に倒した。
「ッテメ……」
「〈結社〉ってブラックギルドも大したことないね。見たとこ、この獣がいちばん強いんだろ? じゃあ、こいつを殺せば瓦解したも同然じゃないか」
シウムは青年の胸元を、靴の底で踏みにじった。
「ヴゥッ──アァァァ……」
聞くに耐えないうめき声が上がる。
ロネの一歩うしろで、白髪のちいさな少年は絶望した目でそれを見ていた。少年の両の手足は、もう拘束されていない。立てば自力で走れるはずだ。だが、青年が助けようとした少年は、その場から動こうとしない。
……彼はまだ自由ではない。命令するまで動かないようにと、厳しく躾けられているのだ。
「ロネさん!!」
メアリが走り出す。しかし回り込んだジグマに腕を掴まれた。
「お嬢さん、困るなァ! 動くなよ!」
「離して!」
「──間違って斬っちまうぜ」
「斬るなら斬りなさいよ、臆病者っ!!」
メアリがレイピアを振り抜いた。
「……ッ!?」
よもや、脅してもなお抵抗するとは思わなかった准尉が、咄嗟に腕の籠手で弾いた。彼は伊達に将校を務めていない。武器は手刀で地へ捨てられる。メアリは逆に背後に回られ、大男に拘束されてしまった。
「ロネさん! 起きて! 起きてよッ!」
彼女が決死で叫ぶも、青年は地に伏せたまま。指先のみがぴくりと動いた。
アークス兵長が剣を振り上げる。
ロネの首筋めがけて、剣を振り下ろした。
「終わりだ!」
「ハァアアアッ!!」
薄紅色の長い髪を女神のごとく振り乱し、少女は細剣を振るっていた。
前へ前へと切り込んでいく、ロネの背後を守る役が必要だった。次々に身軽な斬撃を繰り出す。着実に兵士を切り付け、退けていく。
己が出来る役割をこなす中で、ひとつ、気がかりなこと。
「シエル……!」
つい先ほど。切羽詰まった表情で、シエルがどこかに走って行った。助けに行きたいところだが、あいにく自分までこの前線を立ち退くわけにはいかない。メアリはそう判断していた。
──優しくて、臆病な弟が急いでいるとき。昔から、パターンは決まっている。いつも彼は彼なりに一生懸命に何かを考え、物事を改善・解決しようと行動している。それは弟・シエルのよいところだと思う。
では、ロネはどうだろうか。
ロネさんは私よりも年下だが、強い人だ。模擬戦のときも、初日のときも、彼の動きは安定していた。
悔しいがあのとき感じたのだ。総合して見たときに、彼は技術的に格上であると。その戦闘力は、紛れもないかれの長所だ。
メアリはひそかに彼を信頼していた。身近な先輩として。大切な人たちを共に守ろうとしてくれる、ひとりの仲間として。
「オラァ! 死ねェエ!」
現在、ロネは止まり方を忘れた闘牛のように、公国での単騎戦闘に狂っている。
「あの若造……!」
ファクターは、魔銃の狙撃で遠距離の敵を食い止めて、青年を援護していく。
メアリが彼に問うた。
「ファクターさん! ロネさんは大丈夫なの!?」
「大丈夫に見えるか? あれが。ひとりでソコのチビを助けるつもりだぞ……」
──今、ロネも急いでいる。彼が急ぐ理由を、メアリは見た。
公国の領事軍の足元。まばらに何人かいる〈従隷〉のうち、やけに足元の重りが大きな少年がひとり居た。足腰は棒切れのように細く、耳はメアリよりも細長い。髪は白く脱色しているが、わずかに赤みがかっている。
その少年の首輪縄が、あの青髪の偉そうな兵長に繋がれている。
兵の隣で気まぐれにクレイモアを振るう金髪准尉が頭を掻いた。
「なー、アークス。いつまでその獣ニギってるんだよ。オマエも戦おうぜ」
「いやだよ。こいつ、白の五番はお気に入りなんだ。勝手に野垂れ死んだら困るから」
「ハハッ! そーかい」
──笑いながら人の命を握っている……。
胸の奥がざらついた。怒りとも、恐怖とも似て非なる。静かな焦燥が込み上げてきた。
お気に入りという言葉は、嘘だろう。本当に大切なものなら、あんな〈演舞〉などという公開処刑に出そうはずがない。
『──雷・切り裂くは暗雲・大地の獣に鉄槌を下さん・──〈朱の雷斬〉!!』
「あっ、准尉。……僕がやるって言いましたよね?」
「はー本当つまんねーなァ! 久しぶりに骨のある獲物なんだ! 茶々ぐらいイイだろう?」
ロネは走っていた。攻撃用の朱魔煌が飛んできても生身で切り抜けた。防御詠唱する時間さえ惜しいのだろう。
すべては少年を助けるためだ。
「……もー……その『骨くん』、皮が抉れちゃいましたよ」
アークスはあざ笑った。業火の攻撃から抜けたロネの右腕は、火傷に蝕まれてしまっていた。
腕の皮膚が赤くただれてしまっている哀れな男。
更に腕や頭からは血を流し、徐々にだが動きが鈍くなっている。
「あれじゃ……」
よくないと、メアリは確信した。
判断力に欠けている……。それは今のロネの弱点だ。
朱髪少女は地を駆けた。
青年の元へ、急いで救援に駆けつけた。
「……ッメアリ!?」
少女の割り込みは、少々無茶だった。
人工の雷で焼けた木屑が散らばる中を踏み分けて、兵士の波に向かって一直線にやってきたのだ。
ロネが怒鳴った。
「何やッてんだ!」
「……ロネさん、生き急いでたから」
「だからって捨て身のバカが居るか!?」
「鏡に向かって、言ってる?」
「ッ下がれ!」
彼の言葉には従わず、メアリは前に大きく躍り出た。
「ヤアアアアァァァァァアッ!!」
敵の攻撃にメアリが目にも止まらぬ刺突を繰り出す。切り上げの動きと同時に、兵士を吹っ飛ばす。メアリもまた敵兵から利き腕である右手に傷をもらったが、その代わり、ほぼ傷を負いっぱなしだったロネの体は一時休息を得た。
青年はそれらをよしとはしなかった。短剣を構え直しながら彼は叫んだ。
「下がれ、ッて言ってンだ!!」
気の強い帝国少女はキッパリと言い返した。
「何よ! 人の善意を邪魔みたいに!」
「邪魔だァ!! さッさと失せろ!」
そのひと言で、メアリの堪忍袋の尾が切れた。
「はぁ? そんなにしたいんなら、もう、ロネさんひとりで勝手に戦えば!? ぜんぶひとりでやってくれるの!? ねえ! ……」
せきを切ったように、少女の口から言葉があふれ出す。
「……そんなの、ちがうでしょ。ひとりじゃぜんぶ対処出来ないから、私たちが居るんじゃないの!?」
「ンなのは……!」
言い返しかけて、青年が言葉に詰まる。
メアリは続けた。
「ねぇロネさん。初日の日、変な傭兵から助けてくれたわよね」
「ハ……?」
驚いたようにロネが見遣る。
薄紅髪の少女は、前方にレイピアを構え、強がりの笑みを浮かべた。
「私、あのとき、嬉しかったのよ?」
ずっと言えなくて、ごめんなさい。
私は確かに疑っていた。〈結社〉が敵ではないかと、間違ったことは無いかと見定めようとした。
だけど彼らが間違ったことをしているとは、結局これまで、一度も思えなかったのだ。
では、今こそ彼らを助けたい! 仲間へ恩を返したい!
「だから……!」
メアリの琥珀色の瞳は、爛々としていた。
少女の声を遮って、近接兵が声を上げて巨大な剣を振った。
「このアマがぁ!」
「ッ!」
メアリに迫った凶刃へ、ロネが先に応戦した。直後、メアリがその兵士の脇腹に、横薙ぎの軌跡をはしらせた。目の前の兵が倒れてゆく。
「ハァァァッ!」「ラァアアアッ!」
二つの異なる喝が飛ぶ。
言うなれば人間槍のように動くロネの剣裁きに沿うように、レイピアの剣先が舞い踊る。少女の剣は間合いを取ることに長けて、公国の兵たちを次々に退けた。
少女は口許で笑んだ。
「必ず助ける。仲間でしょ?」
身近な人を護るため。メアリの原動力は、帝国を出たときと変わらず、そこにあった。
──ロネSide.──
前へ、前へ。足が勝手に進む。
目の前の光景が霞んで見える。硝煙と血と汗の臭いが、混ざって息苦しい。
……だが、止まるわけにはいかない。
公国の貴族や兵士は残忍な連中だ。あの罪のないエルフのガキがいつ殺されてもおかしくない。
今は隣でメアリが剣を振るってくれている。
他者の手を借りることは不本意だが、ガキを助けるためだ。その思いひとつで、ロネは戦場を駆けてゆく。
前線に躍り出た薄紅髪の少女の活躍に、目を付ける者たちがいた。
「アークス! ソコにエラい派手な女がいるぞォ!」
公国領事軍、ジグマ准尉とアークス兵長である。
「……あの女、前に見たけど。もしかしてハーフエルフじゃないか?」
「おー珍妙な耳だなァァ! ヴェルス大公に献上しようぜ。あるいは、本日ご生誕のウォン様もいいな!」
「いいね」
領事軍の兵士たちの下卑た笑い声が、鼓膜を震わせた。
兵の剣を弾き返し、距離を取る。
「…………」
静かに息が乱れ、メアリは言葉を失っていた。
青年ロネがこめかみに血管を浮き上がらせて、兵長側へ向かって凄んだ。
「オイゴラァ!! テメェら今なんつッた!」
「あー、彼女、逸材だから公国に欲しいなぁって」
「クソが! 嘘ばッかだろ!?」
「嘘じゃないさ。……今の従隷の代わりにもなりそうだよ」
聞き捨てならない、とメアリが静止を掛ける。
「ちょっと待って。あなた、『その子たちを解放する』って選択肢があるの?」
「いいともさ。おとなしく投降すれば、ちゃんと生かしておいてあげるよ」
アークス兵長は言いながら、ひとりの〈従隷〉の少年の手首の錠前と、足に括りつけられた重りを解いてみせた。
「…………」
白髪エルフの少年はぽかんとしている。一体何が起こったのかという顔だ。
「ほらね。これならどうだい?」
「──なら──」
メアリが言葉を続けようとしたとき。
「聞くなッ!!」
ドスの効いた声に、メアリの肩が跳ねる。ロネの大喝だ。
絶対聞くな、と繰り返して前に出た青年に、アークスは呆れた視線を送った。
「なんだ? 割り込むなよ。僕はかしこい彼女と交渉してるんだよ」
「ざけンな! テメーらが〈従隷〉をマトモに扱ったコト、一回でもあったかよ!?」
「ハン! 僕はいつもマトモに扱っているさ! こんなふうに」
「!」
彼は従隷の首輪に繋がる縄を手に取ると、それを引くと同時に、少年を蹴っ飛ばした。
衰弱した少年は吹っ飛んだ。首を締められながらだからか、声もなく、受け身も取る様子はない。ロネは跳躍し、少年の身体を受け止めた。
白髪の少年はその場に座り込んでしまう。
兵長は、青年の動きを見て、ぽいっと縄を放った。まるで、飽きたオモチャを捨てる子どものような無関心さだった。
「……クソッ……こンのクソ野郎がァアアアア!!」
ロネが突っ込んだ瞬間、男がぐるりと半身を返しながら腕を振った。
いつの間にか、ロネの足元に縄が巻き付いている。先端に重りの付いた縄。簡易だが見事に動きを読まれ、捕えられた形だ。
「こんなあっさい挑発に乗るとはね。これだから下賤な獣は嫌いだよ」
刃物がふりかざされた。
「避けて!!」
メアリが叫ぶ。
「……!!」
──死ぬ。留まるな!
野生的な直感がロネの脳裏を過った。だが、オレが避ければ、後ろのガキが先に死ぬ。
逡巡の後、青年は咄嗟に腕を伸ばした。
「ッく……」
青年は硬質な鞭縄を右手に絡めて、兵長の左半身を自身のもとに引きつけた。
攻撃態勢が崩れ、剣はバランスを取るため一度下ろされる。アークスは青年を見下ろす。
「掴むなよ。汚い手で……邪魔なんだけど?」
ロネは兵長を睨みつけ、ニッと笑った。
「死んでも離さねェよ、バーカ」
「じゃあ、殺そっと」
瞬間、長物の刃物がロネの胸を貫いた。
兵長の手によっていとも簡単に。
「グァアァァァァ! ……カハッ──」
剣で胸を抉られた衝撃でつんのめる。引き抜けば、口から吐血する。立っていられず青年の膝が折れた。
「アハッ! 綺麗だなぁ」
青髪の兵長は愉快そうに笑い、ロネの脇腹を蹴って地に倒した。
「ッテメ……」
「〈結社〉ってブラックギルドも大したことないね。見たとこ、この獣がいちばん強いんだろ? じゃあ、こいつを殺せば瓦解したも同然じゃないか」
シウムは青年の胸元を、靴の底で踏みにじった。
「ヴゥッ──アァァァ……」
聞くに耐えないうめき声が上がる。
ロネの一歩うしろで、白髪のちいさな少年は絶望した目でそれを見ていた。少年の両の手足は、もう拘束されていない。立てば自力で走れるはずだ。だが、青年が助けようとした少年は、その場から動こうとしない。
……彼はまだ自由ではない。命令するまで動かないようにと、厳しく躾けられているのだ。
「ロネさん!!」
メアリが走り出す。しかし回り込んだジグマに腕を掴まれた。
「お嬢さん、困るなァ! 動くなよ!」
「離して!」
「──間違って斬っちまうぜ」
「斬るなら斬りなさいよ、臆病者っ!!」
メアリがレイピアを振り抜いた。
「……ッ!?」
よもや、脅してもなお抵抗するとは思わなかった准尉が、咄嗟に腕の籠手で弾いた。彼は伊達に将校を務めていない。武器は手刀で地へ捨てられる。メアリは逆に背後に回られ、大男に拘束されてしまった。
「ロネさん! 起きて! 起きてよッ!」
彼女が決死で叫ぶも、青年は地に伏せたまま。指先のみがぴくりと動いた。
アークス兵長が剣を振り上げる。
ロネの首筋めがけて、剣を振り下ろした。
「終わりだ!」
10
あなたにおすすめの小説
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活
仙道
ファンタジー
リメイク先:「視線が合っただけで美少女が俺に溺れる。異世界で最強のハーレムを作って楽に暮らす」
ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。
~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる
静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】
【複数サイトでランキング入り】
追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語
主人公フライ。
仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。
フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。
外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。
しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。
そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。
「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」
最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。
仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。
そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。
そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。
一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。
イラスト 卯月凪沙様より
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる