恋の始め方がわからない

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決意

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決意

 アパートに帰りながら、私はまだぼんやりと考える。

 姫川はなぜ、あんな提案をしたのだろうか。

 きっと、深い意味なんてない。いや、意味がある。と、思ってしまってはいけない。

「酔ったまましようとしたら、できたのに……」

 姫川は、酔いから覚めて冷静になってから考えるといい。と言ってくれた。
 彼が女性に困っているようにはとても見えない。

 その上での提案だと考えると、純粋にお互いの利害が一致したから出したのだと思う。

「私はどうしたいのか」

 セックスしてみたい。ただ、それだけだ。
 誰でもいいけれど、信用できる相手がいい。

 考えてみれば、今まで変な男を引き当てて来たが。もっと、タチの悪い男だっているかもしれない。

 ……姫川の提案に乗るべきだ。

 彼なら私に酷い事はしないだろう。弁えている限りは。
 いや、酷いと思うのは相手に期待してしまうからで、期待などしなければいい事だ。
 アパートに到着する頃には、私の腹は完全に決まっていた。

「姫川さんとしよう」

 返事をすぐにするのは気がひけるので、2週間ほど様子を見てから「あのお話を受けようと思います」とだけメッセージを送った。

 姫川からの返事は。『僕を選んでくれてありがとう』だった。

 生理の日はいつかと確認をされて、する日程はすぐに決まった。

 その日は、珍しく朝から会う事になった。
 迎えに来てくれるということで、最寄駅までお願いした。

「朝から会っても大丈夫なんですか?」

 社交的な姫川だからこそ、予定がありそうなのに良かったのだろうか。

「何も問題なんてないですよ」

 姫川は何の問題もないと笑った。
 夜に少しだけ時間を空けてくれるくらいでよかったのに。

「は、はあ。どこで」

 しますか?という言葉は続かなかった。
 姫川が遮ってきたからだ。

「ボーリング行きます?それとも動物園?」

 突然の二択で瞬きする。
 そのどちらにもセックスをする施設なんてないと思うのだけれど。

「えっと」

「とりあえず、気分だけでも上げておきませんか?やっぱり盛り上がりは必要ですし、こういうお楽しみはデートの後が鉄板ですから」

 確かに一理あるかもしれない。するだけでは味気ないし、それまで楽しく過ごした時間の上での行為なら、なおいい思い出になれそうな気がした。

「それもそうですね。じ、じゃ、ボーリングで」

 動物園はカップルが行くような場所というイメージが強いので、私はボーリングにした。

「行きましょうか」

「ボーリング行くんですか?」

 ボーリング場に到着すると、姫川は当たり障りない事を聞いてきた。

「働く前は、よく行ってました」

 よく行った相手のことを思い出して、私は思わず笑みが溢れた。
 働き出してから年に数回ほどしか会わなくなったけれど、それでも姫宮との関係性はあまり変わらない。

「誰と?」

「腐れ縁ですかね。凄くいい奴で、可愛げのない私の事を可愛いって言ってくれるんですよ」

 姫宮撫子。アニメのヒロインのような名前と可憐な見た目の「腐れ縁」は、友達ではない。
 お互い「友達とか親友じゃないよね」と話し合った上で「腐れ縁」という関係性になった。

「そうなんですね」

「すっごくボーリング上手で、いつも勝てなかったんです」

 撫子の事を話すとついつい言葉遣いが悪くなってしまう。

「ふーん、腐れ縁ってどんな人?」

「世界一男前かもしれませんね」

 姫宮は、世界一男前な女だ。
 痴漢を回し蹴りで撃退したり。
 ナンパしてくる男に「ガキは家でクソして寝ろ」と追い返したり。とにかく強かった。
 たぶん、スケバンとかいうやつだと思う。
 
 本当の意味で私よりも気が強くカッコいい女だ。

「……」

 姫川は、少し逡巡している様子を見せる。
 もしかしたら、私の自慢の「腐れ縁」に興味があるのかもしれない。

「どうしました?気になるなら紹介しますけど」

「いや、大丈夫です」

 姫川は、なぜか引き攣った笑みを浮かべて断った。

 肉体関係を持った女から女性を紹介してもらうのは、気が引けるのかもしれない。
 そういうのがなかったら、姫宮を紹介したかもしれない。
 ボーリングはとても楽しかった。

 姫川は、私が何度もガーターをやっても呆れることなく楽しそうに笑っている。

「写メ撮っていいですか?」

 私が叩き出した連なるガーターの記録を見て姫川はそう言った。
 ある意味、面白い記録だから記念に撮りたいのだろう。

「どうぞ」

 私はにっこりと笑ってそう答えた。
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