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夕陽と音楽室
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夕陽が音楽室の窓に差し込んでピアノの蓋にオレンジの光をチラチラ映している。
俺、佐藤悠真はここに足を踏み入れる。部活じゃないけど、放課後の空いている音楽室でピアノを弾くのが、最近は習慣になってきていた。誰にも邪魔されず、ただ鍵盤と向き合う時間。今日は少し新しい曲の練習をしようと、バッグを楽譜から取り出した。その時。
「……?」
ピアノの蓋の上に、小さな紙切れがポツンと置いてある。破れたノートの一部のような紙に、たったの六文字。
――「ごめんなさい。」
何だこれ。誰かのイタズラか?何で?いつ?そもそもこの時間に音楽室を使ってる人なんて.....。そう考えた瞬間、背中がゾワっとした。落ち着け。ただのメモだろう。そう言い聞かせても、不気味さは消えない。夕陽が影を長く伸ばし、ピアノの足元はもう暗く沈んでいた。
「今日はもういいや。」
背中に冷たいものが走り、俺はピアノに背を向けた。音楽室を出る時、窓から差す夕陽がやけに赤く見えた。
翌朝、俺は岡田翔太に紙切れを見せた。
「これ、昨日音楽室で見つけたんだ。」
さすが、オカルト研究部所属の変人・翔太。目を輝かせて飛びついてきた。
「……悠真。これやばいよ!!音楽室の七不思議、知ってるだろ!?『夜のピアノの音』!夜中にピアノが勝手に鳴るって噂!」
「はぁ?バカらしい。大体その噂とメモの何が関係してるんだよ。ただの紙切れだろ。」
誰かのイタズラに決まってる。
「いやいやいや!待ってよ!!」
翔太が、席に戻ろうとする俺の腕を掴む。
「もう一個あるんだよ!『動く楽譜』の噂!楽譜が勝手にめくれたり位置が変わったりするって!その『ごめんなさい。』って絶対それだよ!幽霊が楽譜いじって謝ってるんだよ!絶対そう!!」
「だから、ありえねえって。」
冷静に突っ込んだつもりだったが、昨日の音楽室の妙なひんやり感を思い出し、少しだけゾクっとした。いや、ただのイタズラだ。普通に。
「悠真、絶対調べた方がいいって!僕も去年、音楽室で変な影見たし!」
いや、それお前が鏡に映っただけじゃねえの?そう言おうとしたけど、面倒でやめた。
「まあ、いいよ。戻ってみるか。楽譜の確認もしたいし。」
そうして放課後。俺はまた音楽室に足を踏み入れた。昨日よりも窓から入る夕陽は淡く、ピアノの蓋には灰色の光が落ちている。心なしか、空気が重い。
ピアノの蓋を開けようとした瞬間――
「ガタッ」
物音がした。何かが動いたような音。心臓が跳ねる。誰もいないはずだろ?そう思いつつ、後ろを振り向くのがやけに怖かった。
ヒラヒラと風で揺れる楽譜を手に取ろうとした時、さらに変なことに気づく。楽譜の位置が違う。開いていたページも違う。翔太が言っていた「動く楽譜」の噂が頭をよぎった。……いや、そんなわけない。風で動いただけだろ?だが、さっきの音は?まさか……
ある考えが頭浮かんだ。「そんなわけ、ないよな。」そう呟きながら、ピアノの周りを見渡していた。誰もいない。なのに、さっきから妙に視線を感じる。
楽譜棚の方に目をやると、また「ガサッ」と小さい音がした。気味悪くなって帰ろうとした時、ピアノの下に、何か落ちているのを見つけた。拾い上げると、昨日のメモの折れていた部分だった。広げてみると――
――「楽譜を破ってしまいました。ごめんなさい。」
「は?楽譜...?」
じゃあさっきの物音も、位置が違った楽譜も?
その時、楽譜棚から、また物音がした。振り返ってみると、楽譜棚の影から、小柄な女子生徒が申し訳なさそうに現れた。俯きがちに、小さな声で言う。
「……一昨日、この部屋で……ピアノを弾いていましたよね?」
「え、ああ……。」
「私、その時に……落ちていた楽譜を踏んでしまって.....。」
声がだんだん小さくなる。
「大事な楽譜なのに、本当にすみません。」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥の緊張がすっと溶けていくのを感じた。昨日からの得体の知れない違和感が、一気に解けていく。自分があれこれ疑っていたのが、急に恥ずかしく思えた。
彼女は、かすかに震える声で続けた。
「……私、もう亡くなった父がピアノを弾いていて、その音が、あなたの弾く音とすごく似ていたんです。だから……時々、ここに聴きに来てて。」
少し迷った末、俺は静かに言った。
「……もういいよ。次は気をつけて。」
「……はい。ありがとうございます。...あの、また、聴きにきてもいいですか?」
「……まあ、好きにすれば。」
彼女は小さく微笑み、音楽室を出て行った。その笑顔は、夕陽よりも温かく見えた。本当に、また俺のピアノを聴きにくるのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。七不思議なんて最初から何もなかった。俺は激しい安堵で、深いため息をついた。
翌朝、翔太に全て話した。
「なんだよ~。幽霊じゃないのか~!」
翔太が、残念そうに笑いながら俺の肩を叩く。
「でもさ、悠真だってビビってたでしょ?」
「はぁ、くだらない。」
俺も笑ったが、あの時の安堵と、少女の小さな微笑みは、どうしても頭から離れなかった。
俺、佐藤悠真はここに足を踏み入れる。部活じゃないけど、放課後の空いている音楽室でピアノを弾くのが、最近は習慣になってきていた。誰にも邪魔されず、ただ鍵盤と向き合う時間。今日は少し新しい曲の練習をしようと、バッグを楽譜から取り出した。その時。
「……?」
ピアノの蓋の上に、小さな紙切れがポツンと置いてある。破れたノートの一部のような紙に、たったの六文字。
――「ごめんなさい。」
何だこれ。誰かのイタズラか?何で?いつ?そもそもこの時間に音楽室を使ってる人なんて.....。そう考えた瞬間、背中がゾワっとした。落ち着け。ただのメモだろう。そう言い聞かせても、不気味さは消えない。夕陽が影を長く伸ばし、ピアノの足元はもう暗く沈んでいた。
「今日はもういいや。」
背中に冷たいものが走り、俺はピアノに背を向けた。音楽室を出る時、窓から差す夕陽がやけに赤く見えた。
翌朝、俺は岡田翔太に紙切れを見せた。
「これ、昨日音楽室で見つけたんだ。」
さすが、オカルト研究部所属の変人・翔太。目を輝かせて飛びついてきた。
「……悠真。これやばいよ!!音楽室の七不思議、知ってるだろ!?『夜のピアノの音』!夜中にピアノが勝手に鳴るって噂!」
「はぁ?バカらしい。大体その噂とメモの何が関係してるんだよ。ただの紙切れだろ。」
誰かのイタズラに決まってる。
「いやいやいや!待ってよ!!」
翔太が、席に戻ろうとする俺の腕を掴む。
「もう一個あるんだよ!『動く楽譜』の噂!楽譜が勝手にめくれたり位置が変わったりするって!その『ごめんなさい。』って絶対それだよ!幽霊が楽譜いじって謝ってるんだよ!絶対そう!!」
「だから、ありえねえって。」
冷静に突っ込んだつもりだったが、昨日の音楽室の妙なひんやり感を思い出し、少しだけゾクっとした。いや、ただのイタズラだ。普通に。
「悠真、絶対調べた方がいいって!僕も去年、音楽室で変な影見たし!」
いや、それお前が鏡に映っただけじゃねえの?そう言おうとしたけど、面倒でやめた。
「まあ、いいよ。戻ってみるか。楽譜の確認もしたいし。」
そうして放課後。俺はまた音楽室に足を踏み入れた。昨日よりも窓から入る夕陽は淡く、ピアノの蓋には灰色の光が落ちている。心なしか、空気が重い。
ピアノの蓋を開けようとした瞬間――
「ガタッ」
物音がした。何かが動いたような音。心臓が跳ねる。誰もいないはずだろ?そう思いつつ、後ろを振り向くのがやけに怖かった。
ヒラヒラと風で揺れる楽譜を手に取ろうとした時、さらに変なことに気づく。楽譜の位置が違う。開いていたページも違う。翔太が言っていた「動く楽譜」の噂が頭をよぎった。……いや、そんなわけない。風で動いただけだろ?だが、さっきの音は?まさか……
ある考えが頭浮かんだ。「そんなわけ、ないよな。」そう呟きながら、ピアノの周りを見渡していた。誰もいない。なのに、さっきから妙に視線を感じる。
楽譜棚の方に目をやると、また「ガサッ」と小さい音がした。気味悪くなって帰ろうとした時、ピアノの下に、何か落ちているのを見つけた。拾い上げると、昨日のメモの折れていた部分だった。広げてみると――
――「楽譜を破ってしまいました。ごめんなさい。」
「は?楽譜...?」
じゃあさっきの物音も、位置が違った楽譜も?
その時、楽譜棚から、また物音がした。振り返ってみると、楽譜棚の影から、小柄な女子生徒が申し訳なさそうに現れた。俯きがちに、小さな声で言う。
「……一昨日、この部屋で……ピアノを弾いていましたよね?」
「え、ああ……。」
「私、その時に……落ちていた楽譜を踏んでしまって.....。」
声がだんだん小さくなる。
「大事な楽譜なのに、本当にすみません。」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥の緊張がすっと溶けていくのを感じた。昨日からの得体の知れない違和感が、一気に解けていく。自分があれこれ疑っていたのが、急に恥ずかしく思えた。
彼女は、かすかに震える声で続けた。
「……私、もう亡くなった父がピアノを弾いていて、その音が、あなたの弾く音とすごく似ていたんです。だから……時々、ここに聴きに来てて。」
少し迷った末、俺は静かに言った。
「……もういいよ。次は気をつけて。」
「……はい。ありがとうございます。...あの、また、聴きにきてもいいですか?」
「……まあ、好きにすれば。」
彼女は小さく微笑み、音楽室を出て行った。その笑顔は、夕陽よりも温かく見えた。本当に、また俺のピアノを聴きにくるのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。七不思議なんて最初から何もなかった。俺は激しい安堵で、深いため息をついた。
翌朝、翔太に全て話した。
「なんだよ~。幽霊じゃないのか~!」
翔太が、残念そうに笑いながら俺の肩を叩く。
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