七不思議

Methyl

文字の大きさ
1 / 4

夕陽と音楽室

しおりを挟む
 夕陽が音楽室の窓に差し込んでピアノの蓋にオレンジの光をチラチラ映している。
 俺、佐藤悠真はここに足を踏み入れる。部活じゃないけど、放課後の空いている音楽室でピアノを弾くのが、最近は習慣になってきていた。誰にも邪魔されず、ただ鍵盤と向き合う時間。今日は少し新しい曲の練習をしようと、バッグを楽譜から取り出した。その時。
「……?」
 ピアノの蓋の上に、小さな紙切れがポツンと置いてある。破れたノートの一部のような紙に、たったの六文字。
――「ごめんなさい。」
 何だこれ。誰かのイタズラか?何で?いつ?そもそもこの時間に音楽室を使ってる人なんて.....。そう考えた瞬間、背中がゾワっとした。落ち着け。ただのメモだろう。そう言い聞かせても、不気味さは消えない。夕陽が影を長く伸ばし、ピアノの足元はもう暗く沈んでいた。
「今日はもういいや。」
 背中に冷たいものが走り、俺はピアノに背を向けた。音楽室を出る時、窓から差す夕陽がやけに赤く見えた。

 翌朝、俺は岡田翔太に紙切れを見せた。
「これ、昨日音楽室で見つけたんだ。」
さすが、オカルト研究部所属の変人・翔太。目を輝かせて飛びついてきた。
「……悠真。これやばいよ!!音楽室の七不思議、知ってるだろ!?『夜のピアノの音』!夜中にピアノが勝手に鳴るって噂!」
「はぁ?バカらしい。大体その噂とメモの何が関係してるんだよ。ただの紙切れだろ。」
誰かのイタズラに決まってる。
「いやいやいや!待ってよ!!」
翔太が、席に戻ろうとする俺の腕を掴む。
「もう一個あるんだよ!『動く楽譜』の噂!楽譜が勝手にめくれたり位置が変わったりするって!その『ごめんなさい。』って絶対それだよ!幽霊が楽譜いじって謝ってるんだよ!絶対そう!!」
「だから、ありえねえって。」
冷静に突っ込んだつもりだったが、昨日の音楽室の妙なひんやり感を思い出し、少しだけゾクっとした。いや、ただのイタズラだ。普通に。
「悠真、絶対調べた方がいいって!僕も去年、音楽室で変な影見たし!」
いや、それお前が鏡に映っただけじゃねえの?そう言おうとしたけど、面倒でやめた。
「まあ、いいよ。戻ってみるか。楽譜の確認もしたいし。」

 そうして放課後。俺はまた音楽室に足を踏み入れた。昨日よりも窓から入る夕陽は淡く、ピアノの蓋には灰色の光が落ちている。心なしか、空気が重い。
 ピアノの蓋を開けようとした瞬間――
 「ガタッ」
 物音がした。何かが動いたような音。心臓が跳ねる。誰もいないはずだろ?そう思いつつ、後ろを振り向くのがやけに怖かった。
 ヒラヒラと風で揺れる楽譜を手に取ろうとした時、さらに変なことに気づく。楽譜の位置が違う。開いていたページも違う。翔太が言っていた「動く楽譜」の噂が頭をよぎった。……いや、そんなわけない。風で動いただけだろ?だが、さっきの音は?まさか……
 ある考えが頭浮かんだ。「そんなわけ、ないよな。」そう呟きながら、ピアノの周りを見渡していた。誰もいない。なのに、さっきから妙に視線を感じる。
 楽譜棚の方に目をやると、また「ガサッ」と小さい音がした。気味悪くなって帰ろうとした時、ピアノの下に、何か落ちているのを見つけた。拾い上げると、昨日のメモの折れていた部分だった。広げてみると――
――「楽譜を破ってしまいました。ごめんなさい。」
「は?楽譜...?」
 じゃあさっきの物音も、位置が違った楽譜も?
 その時、楽譜棚から、また物音がした。振り返ってみると、楽譜棚の影から、小柄な女子生徒が申し訳なさそうに現れた。俯きがちに、小さな声で言う。
「……一昨日、この部屋で……ピアノを弾いていましたよね?」
「え、ああ……。」
「私、その時に……落ちていた楽譜を踏んでしまって.....。」
 声がだんだん小さくなる。
「大事な楽譜なのに、本当にすみません。」
 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥の緊張がすっと溶けていくのを感じた。昨日からの得体の知れない違和感が、一気に解けていく。自分があれこれ疑っていたのが、急に恥ずかしく思えた。
 彼女は、かすかに震える声で続けた。
「……私、もう亡くなった父がピアノを弾いていて、その音が、あなたの弾く音とすごく似ていたんです。だから……時々、ここに聴きに来てて。」
 少し迷った末、俺は静かに言った。
「……もういいよ。次は気をつけて。」
「……はい。ありがとうございます。...あの、また、聴きにきてもいいですか?」
「……まあ、好きにすれば。」
 彼女は小さく微笑み、音楽室を出て行った。その笑顔は、夕陽よりも温かく見えた。本当に、また俺のピアノを聴きにくるのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。七不思議なんて最初から何もなかった。俺は激しい安堵で、深いため息をついた。
 翌朝、翔太に全て話した。
「なんだよ~。幽霊じゃないのか~!」
 翔太が、残念そうに笑いながら俺の肩を叩く。
「でもさ、悠真だってビビってたでしょ?」
「はぁ、くだらない。」
 俺も笑ったが、あの時の安堵と、少女の小さな微笑みは、どうしても頭から離れなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

M性に目覚めた若かりしころの思い出 その2

kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、終活的に少しづつ綴らせていただいてます。 荒れていた地域での、高校時代の体験になります。このような、古き良き(?)時代があったことを、理解いただけましたらうれしいです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

処理中です...