残虐非道な第一王子と人間味のない令嬢~復讐の種を植え付けて~

岡暁舟

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残虐非道な王子

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 世界のちょうど中央に位置する大国イズール。異国から戦争を仕掛けられることもなく、かれこれ100年は平和の時代が続いていた。平和が続くと国家の基盤となる貴族たちの質が下がるのは、ある意味自然経過だった。異国と戦い国土を守った先祖たちの血筋を引いていても、今が平和であれば、皆自分の欲望に塗れた生活を謳歌することしか考えなくなる。その意味で国内に犯罪が蔓延していた。殺人や人身売買、武器や違法薬物の取引、横領、詐欺等ありとあらゆる犯罪が繰り広げられていた。

 その主犯格となるのは大抵、皇帝陛下の側近である公爵家出身の貴族たちだった。王家の血筋に一番近い貴族たちはみな、その名声とは裏腹に悪事を働いて大金をせしめたり、人身売買で手に入れた女たちを弄んでいた。皇帝陛下の耳にも、そのような噂は届いていたに違いない。でも、ある意味温厚で波風を立てることが嫌いなイズール皇帝はそのことについて糾弾することはしなかった。

 そんな皇帝の裏腹とも言える人物・・・第一王子のグレゴリー・イズールは他の有力貴族と同じようで、自分の欲望のままに生きる男だった。彼の命令でこの世界から葬り去られた人々の数なんて、もはや不明だった。王家の遺伝子を継いでいるためなのか、人を魅了するカリスマ性・・・判断力と行動力については人一倍優れていた。だから、彼の元に人々が集まって来るのだ。彼を中心とした一つの小国が出来ているような感じだ。自らが欲する物はなんでも手に入れた。無理やり歯向かう者には容赦なく殺害するのだった・・・。


 「エルヴィン!あの女は何処に消えたんだ!」

 今日も今日とて、そんなグレゴリー劇場がやかましく始まりを告げる。グレゴリーは学院時代の親友で公爵家出身のエルヴィンを呼びつけた。

 「はいっ・・・それが昨日から行方不明になっておりまして・・・」

 当時は親友だったが、今は単なる主従関係に成り下がっていた。エルヴィンにとってグレゴリーは単なる恐怖の象徴に過ぎなかったのだ。

 「お前はバカなのか・・・私が聞いているのは、そういうことじゃない!」

 いつも以上にグレゴリーは機嫌が悪かった。話は3日前に遡る。その日、グレゴリーは欲望を満たすため手下が経営する娼館を訪れて(名目は公序良俗を維持するための視察)、新入りの品定めを行った。

 「どれもこれも、今回は不作だ・・・」

 グレゴリーは僅か5分で帰ろうとした。欲望を満たす手段はなにも娼館だけではない。その気になれば王宮の若いメイドを呼び出せばいい・・・そう考えていたのだ。

 「なにさ、意気地なしが・・・」

 突如、ある女が声を発した。グレゴリーはすぐさまバックして声を荒げた。

 「今この場で私を侮辱したのは誰だ!」

 グレゴリーは激怒して、懐から短刀を取り出した。

 「今名乗り出れば命だけは助けてやる!さあ、早く名乗り出るんだ!」

 確かに女の声だった。しかし、誰も反応しなかった。

 「そうかそうか・・・誰も名乗り出ないのか。だったらここにいる女どもを皆殺しにするぞ!」

 グレゴリーは警告した。だが、やはり返事はなかった。彼は基本的に有言実行だった。

 「お前たち・・・この娼館に火を付けろ!」

 グレゴリーは旅の側近たちに命令をした。

 「なんですって!」

 側近たちは慌てた。だが、それ以上にグレゴリーの表情の方が不吉だった。

 「私の命令が聞けないというのか?」

 グレゴリーは不気味に笑った。こうなると、彼らは言う通りにするしかなかった。

 「しかし・・・恐れながらでございますが、娼婦はともかく、客人も数名いるとのことですが・・・」

 側近の一人がこう言うと、グレゴリーは詰め寄って、顔面を一発殴った。威力が強くて思わずその場に倒れてしまった。

 「痛いか、痛いだろう。でも、私の心はお前以上に傷ついているのだ!」

 グレゴリーはそれ以上何も言わなかった。言う必要がなかったのだ。こうして側近を見せしめで一発殴っておけば、後は思い通りに物事が進んでいくからだ。

 側近の一部はすぐさま王宮に戻り、火器と近衛師団を一つ連れてきた。グレゴリーは小高い丘の上で一部始終を目に焼き付けた。

 「娼婦ごときが私に歯向かうから、このようになる。あの場にいる人間はみな同罪なのだ・・・」

 グレゴリーはそう呟いた。それから数分もかからず、娼館から火の手が上がった。木造であり、燃え尽きるまで1時間とかからなかった。グレゴリーは灯が消失するまで見届けた。

 「ああ、これで今日はよく寝れるな・・・」

 グレゴリーはそう言った。側近と師団と共に王宮へ戻ろうとした瞬間、また別の女の声が暗闇に響き渡った。


 「お父様!いらっしゃいますか!返事をしてくださーい、お父様!」

 切なくも冷たく高い声が響いた。グレゴリーはこの声に魅入られた。

 「おい、あの女の声はどこから聞こえるんだ?」

 グレゴリーは側近に質問した。

 「はあっ、恐らくは燃え尽きた娼館の辺りかと・・・」

 「ならば、すぐさま探し出せ!ああ、悶々として寝れないぞ、私は!」

 グレゴリーはニコニコして側近たちを送り出した。側近たちはすぐさま燃え尽きた娼館の辺りに戻った。声の主を発見するにはそれほど時間を要しなかった。そして、女を担ぎグレゴリーの元まで届けたのだった。

 「ああ、そうだ、こういうことだよ・・・」

 グレゴリーは感心していた。乞食のような出で立ちだが、どこから眺めても美しく可憐な少女に違いなかった。少女はグレゴリーを目の前に恐縮していた。

 「お前は・・・私が誰だか分かるのか?」

 グレゴリーは穏やかな口調で語りかけた。

 「いいえ・・・しかしながら・・・遥かに高位な貴族様かと存じまして・・・」

 その出で立ちと並々ならぬオーラから、少女は目の前の男が只者でないと考えたのだ。

 「そうかそうか・・・お前の観察眼は中々優れているな。ああ、その通り。私の名はグレゴリー・イズール・・・第一王子だ・・・」

 第一王子、という響きが少女にとっては大きなインパクトだった。その場で思わず倒れこんでしまった。

 「おいおい、大丈夫か?足腰が弱いのか?」

 「いいえ、そう言うわけではございませんが・・・ただ驚きのあまりどうすればいいのか分からないのです」

 「お前・・・本当に可愛いな、気に入った!」

 そう言って、グレゴリーはいきなり少女を抱きしめた。

 「えええっ・・・これは一体・・・」

 「一体もなにもないさ・・・一目見てお前のことを美しいと思った。お前はまだ・・・処女なのか?」

 グレゴリーは唐突に質問した。すると、少女は顔を赤らめて塞ぎこんでしまった。

 「どうした、正直に答えなさい。お前の処女を奪う権利は、この私が買い取った。もし処女でなかったら・・・処女を奪った男を公開処刑して晒し首にしてやるさ。さあ、どうなんだ?」

 グレゴリーは意気揚々としてきた。側近たちは不気味に感じた。

 「いえ・・・そんなことを言われましても・・・」

 「はっきりしなさい!」

 グレゴリーが怒鳴るたび、少女はますます萎縮してしまった。

 「ああ、すまない。別にお前を傷つけるわけでは無いんだから。ああ、それとお前の名前を聞いていなかったな。名前はなんて言うんだ?」

 少女はゆっくりと口を開いた。

 「レーナル・メネラウスと申します・・・」

 メネラウスの名をもって、グレゴリーは首を傾げた。

 「どこかで聞いたことがある名前だな・・・」

 「グレゴリー様・・・耳をお貸し下さい」

 すかさず、エルヴィンが駆け寄った。

 「この少女、メネラウス伯爵の血筋ではないでしょうか?」

 「メネラウス伯爵・・・どこかで聞いたことがある名前だな・・・」

 「ええ、そのはずです。あなた様が葬り去った、あの伯爵ですよ・・・」

 「私が葬り去った?そんな奴いたっけか?」

 グレゴリーは一々記憶していなかったが、エルヴィンの言う通りだった。レーナルの父親に当たるメネラウス伯爵は所謂公爵家ほど王家との血筋が近いわけではなかった。しかしながら、その類まれなるリーダーシップと頭の切れ味が高く評価され、会計局の局長まで上り詰めた男だった。その反面、ある意味ではグレゴリーに負けず劣らずの人格で、好き放題の生活をしていた。レーナルは一人娘になるわけだが、養育は全て母親に任せきりで、夜な夜な娼館に通い新しい女を探すことを生甲斐にしていたのだ。国家の財政を司る男であり、最終的には自身の腐敗が進んでいった。欲望は金と女・・・腐敗しきった男の末路は壮絶だった。皇帝陛下が直接手を下すことが出来ずに困っていたところ、助け舟を出したのが公爵家出身の側近たちで、第一王子グレゴリーの暗殺計画をでっち上げたのだ。この話を聞いて一目散に駆け付けたのは、当のグレゴリーだった。

 「私を殺そうとする者の成敗は自分で行う!」

 結果として王家の中枢は直接手を汚すことなく、ある意味グレゴリーを利用した形でメネラウス伯爵を闇に葬ることに成功したのだった。勿論、この暗殺計画が偽物ということに、グレゴリーは気が付いていなかった。とにもかくにも、自らの暗殺計画を阻止したことは大きな功績であり、それはそれでグレゴリーの株を上げることにつながったのだが。

 「それで・・・君はお父様を探していたのかい?」

 エルヴィンはレーナルに質問した。

 「その通りです」

 レーナルが答えたので、エルヴィンには合点がいかなかった。確かにグレゴリーが葬り去った男を今でも探し続けるとは、一体どういうことなのか。

 「まあ、それはそうと・・・レーナル。君は処女ってことっていいんだな?」

 グレゴリーはもうやる気満々だった。

 「あの・・・そう言うのは答えたくなくて・・・」

 「ああ、もうめんどくさい!」

 そう言って、グレゴリーは無理やりレーナルをベッドまで運び押さえつけた。レーナルの鼓動が速くなるのを感じた。

 「いやです・・・やめてください!」

 「そう言う初々しいところが余計にいいんだよな・・・可憐な少女の処女を奪うって言うのはな!」

 強引に衣装をはぎ取り、ほとんど裸の状態にした。

 「ああ、我慢できないな。この初々しさはやはり処女か!ああ、久しぶりに興奮する夜だ!」

 それだけ、レーナルという少女に心を奪われていたのだろう。グレゴリーがこれほどいい意味で感情を露わにするのは珍しかったのだ。その分、一瞬のスキが生まれてしまった。グレゴリーがゆっくり自ら裸になろうと背を向けた瞬間、背後に鈍痛を感じたのだった。

 「痛いいいいっ・・・これはどういうことだ?」

 振り返ると、形見の短刀が左わき腹に刺さっていた。表面から既に少量の出血を確認出来た。レーナルは両目に涙を浮かべながら、部屋から一目散に駆け出した。

 「待てっ・・・この私から逃げられると思うな・・・」

 グレゴリーは立ち上がって、レーナルを追いかけようとした。しかし、両足共に力が入らず、僅か3メートル足らずゆっくり歩いて、その場で倒れてしまった。2人の初夜であり、側近たちはムードを壊さないため敢えて近くには控えていなかった。助けを呼ぶことも出来ず、結局のところ1時間は横たわっていた。

 「ああ、この私から逃げた女は初めてだ・・・ますます興味が出て来たぞ!」

 最後にそう呟いて意識を失った。目を覚ましたのは2日後の朝だった。傷は思いのほか深く、腹腔内出血もあり緊急手術を受けてなんとか助かった、という形になったのだ。

 「あの女を探し出すんだ・・・はやくっ・・・!」

 自ら身体を動かすことは出来ずとも、その覇気は健在だった。エルヴィンを始め側近たちを睨み付けて、少女レーナルの捜索が行われることになった。


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