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恐れていたこと ⑦
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「嘘をついて騙しただけじゃなくて、迷惑ばかりかけて、本当にごめんなさい。でも安心して。こんな卑怯な僕は、これからはサイモンの前から本当にいなくなるよ」
そう言った途端、
ーガタンッー
何か硬いものが部屋の中で勢いよく倒れる音がした。
「サイモン、大丈夫!?」
慌ててドアのノブを回そうとしたが、
「開けるな!」
今まで聞いたことのないサイモンの低い声に、ぶっきらぼうな話し方。
僕に敵意を向けられているとわかっていても、サイモンから話しかけられて、僕の胸は踊った。
「で、どこに行く?行く当てはあるのか?」
部屋の中なからサイモンが、僕に問う。
「ここに残るんだ」
「ここに残ってどうする?」
言わないと。サイモンに、きちんと言わないと……。
胸が締め付けられ、息が苦しい。
言いたくない。
サイモンにさよならなんて、言いたくない。
でも言わないと、最後にお別れだけでもしないと、絶対に僕は後悔する。
「その前に、一つお願いがあるんだ……」
「お願い……?なんだ」
「僕と……、僕と……僕と……」
その後が続かない。
したくない!サイモンと離縁なんてしたくない!
心の中で叫ぶ。
「『僕と』なんだ。早く言ってくれ。俺も忙しい」
「そうだよね。うん……。あのね、サイモン……、僕と……離縁、して欲しいんだ」
外にも聞こえるほどの足音がしたかと思うと、ドアノブが回る。
ドアが開く?
どんな姿で、どんな顔で僕のことを見ようと、最後にサイモンに会いたかった。
だが、ドアノブは回っただけで、ドアは開かなかった。
「離縁の意味、わかって言っているのか?」
「うん……」
「俺と離縁してどうする?離縁することで今までのことを、俺が許すとでも思っているのか?」
「ううん。思っていない」
「それでも離縁したいんだな」
「……うん……」
唇を噛みしめて答えた。
「……。そうか。本当にそれでいいんだな」
あまりの冷たい声色に背中がぞくりとした。
「うん……」
「離縁してカトラレル家にでも帰るのか?」
「帰らない」
「じゃあ、どこに行く? 行くところなんて、ないはずじゃないか」
「僕、僕……」
口の中の水分が全てなくなったかのように、口の中も喉もカラカラ。
うまく言葉が出るかわからない。
それでも言わないと!
「僕……、ルーカス様の……妃になる……」
一瞬、時間が止まったような気がして、次の瞬間、
ーダンッ!!ー
と、ドアを思いっきり叩く音がし、あまりの音に体がびくりと飛び跳ね後退りしてしまった。
「どうして、どうしてそうなる! どうして俺と離縁して、ルーカス様の妃になる!?」
サイモンの怒りと悲しみが入り混じった声がする。
「僕がここに残る条件が……それなんだ」
本当の条件は言えない。
「レオはそれで、いいのか……?」
ああ、こんな時なのに、サイモンに『レオ』と呼んでもらえた。
嬉しい。嬉しい。
嬉しいけど……悲しい……。
嗚咽が漏れそうになって、急いで両手で口を塞ぐ。
「うん」
できるだけ声を明る返事をした。
「……」
サイモンはまだ黙り込む。
しばらくの沈黙の後、
「わかった。離縁しよう。手続きは俺がして、書類は早馬でルーカス様に送っておく」
「うん」
ああ、本当にサイモンと離縁するんだ。
涙が溢れ、両手で口を押さえているのに、どうしてもしゃくり泣きが止まらない。
「レオ……」
サイモンは先ほどまでの怒りに満ちた声でなく、いつもの優しい声色で僕の名前を呼ぶ。
「レオ、今度こそ幸せになるんだよ」
抱きしめられながら語りかけられているような、感覚になる。
だけど、僕のそばにはサイモンはいない。
ドア一つ分隔てたところにサイモンはいるのに、そのドアから向こうに行く道は、果てしなく遠く、決して行くことはできない。
「今までありがとう……」
そうサイモンは言い、その後、もう二度とサイモンの声はしなかった。
そう言った途端、
ーガタンッー
何か硬いものが部屋の中で勢いよく倒れる音がした。
「サイモン、大丈夫!?」
慌ててドアのノブを回そうとしたが、
「開けるな!」
今まで聞いたことのないサイモンの低い声に、ぶっきらぼうな話し方。
僕に敵意を向けられているとわかっていても、サイモンから話しかけられて、僕の胸は踊った。
「で、どこに行く?行く当てはあるのか?」
部屋の中なからサイモンが、僕に問う。
「ここに残るんだ」
「ここに残ってどうする?」
言わないと。サイモンに、きちんと言わないと……。
胸が締め付けられ、息が苦しい。
言いたくない。
サイモンにさよならなんて、言いたくない。
でも言わないと、最後にお別れだけでもしないと、絶対に僕は後悔する。
「その前に、一つお願いがあるんだ……」
「お願い……?なんだ」
「僕と……、僕と……僕と……」
その後が続かない。
したくない!サイモンと離縁なんてしたくない!
心の中で叫ぶ。
「『僕と』なんだ。早く言ってくれ。俺も忙しい」
「そうだよね。うん……。あのね、サイモン……、僕と……離縁、して欲しいんだ」
外にも聞こえるほどの足音がしたかと思うと、ドアノブが回る。
ドアが開く?
どんな姿で、どんな顔で僕のことを見ようと、最後にサイモンに会いたかった。
だが、ドアノブは回っただけで、ドアは開かなかった。
「離縁の意味、わかって言っているのか?」
「うん……」
「俺と離縁してどうする?離縁することで今までのことを、俺が許すとでも思っているのか?」
「ううん。思っていない」
「それでも離縁したいんだな」
「……うん……」
唇を噛みしめて答えた。
「……。そうか。本当にそれでいいんだな」
あまりの冷たい声色に背中がぞくりとした。
「うん……」
「離縁してカトラレル家にでも帰るのか?」
「帰らない」
「じゃあ、どこに行く? 行くところなんて、ないはずじゃないか」
「僕、僕……」
口の中の水分が全てなくなったかのように、口の中も喉もカラカラ。
うまく言葉が出るかわからない。
それでも言わないと!
「僕……、ルーカス様の……妃になる……」
一瞬、時間が止まったような気がして、次の瞬間、
ーダンッ!!ー
と、ドアを思いっきり叩く音がし、あまりの音に体がびくりと飛び跳ね後退りしてしまった。
「どうして、どうしてそうなる! どうして俺と離縁して、ルーカス様の妃になる!?」
サイモンの怒りと悲しみが入り混じった声がする。
「僕がここに残る条件が……それなんだ」
本当の条件は言えない。
「レオはそれで、いいのか……?」
ああ、こんな時なのに、サイモンに『レオ』と呼んでもらえた。
嬉しい。嬉しい。
嬉しいけど……悲しい……。
嗚咽が漏れそうになって、急いで両手で口を塞ぐ。
「うん」
できるだけ声を明る返事をした。
「……」
サイモンはまだ黙り込む。
しばらくの沈黙の後、
「わかった。離縁しよう。手続きは俺がして、書類は早馬でルーカス様に送っておく」
「うん」
ああ、本当にサイモンと離縁するんだ。
涙が溢れ、両手で口を押さえているのに、どうしてもしゃくり泣きが止まらない。
「レオ……」
サイモンは先ほどまでの怒りに満ちた声でなく、いつもの優しい声色で僕の名前を呼ぶ。
「レオ、今度こそ幸せになるんだよ」
抱きしめられながら語りかけられているような、感覚になる。
だけど、僕のそばにはサイモンはいない。
ドア一つ分隔てたところにサイモンはいるのに、そのドアから向こうに行く道は、果てしなく遠く、決して行くことはできない。
「今までありがとう……」
そうサイモンは言い、その後、もう二度とサイモンの声はしなかった。
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