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絶望
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「っいつ」
力強く噛みすぎた。どうやら唇を切ってしまったらしい。金属の味が口に滲む。
カルミアの薄い唇に広がる鮮血を見て、ギルバートは眉を顰めた。ギルバートは立ち上がり、身を乗りだすようにして親指でカルミアの唇を拭った。
「...ターニャ。キャビンの中から塗り薬を取ってきて。カルミアが唇を切ってしまった」
「は、はひ!」
ギルバートに声をかけられたターニャの顔は強張っていた。心なしか手が小刻みに震えているようにも見える。即位間近の王太子に、粗相をしないように緊張しているのだろう。
ターニャに不満があるわけではない。けれどターニャを通してクロエを見ている自分がいる。一国の王太子に、氷のような冷たい態度をしていたクロエが恋しくて仕方ない。今、何してるかな。
「これでしょうか?」
キャビンから戻ってきたターニャの小さな手のひらには、円形の容器が載っていた。ギルバートはターニャに礼を述べ、容器を手に取った。
テーブルと椅子の間から身を出し、カルミアの傍に寄る。蓋を開け、薄い水色のクリームを人差し指に取ると、ギルバートは背を丸めた。カルミアの唇にクリームを塗る。
ひんやりと冷たいクリームが、カルミアの体温によって温かく変化する。
(....凄く恥ずかしい)
僕も随分と色恋に染まっているな、とカルミアは思った。念入りにクリームを塗り込むギルバートの指が、凄く卑猥に感じられるのだから。ギルバートの目は熱を孕んでいた。情事を連想したカルミアは、恥かしげに視線を逸らす。ギルバートの後ろでは、顔を真っ赤にさせたターニャが、口元を両手で押さえて声にならない悲鳴を上げていた。
「...これですぐに治るだろう」
キュッと蓋が閉まる音がする。
多すぎるくらいのクリームを塗り終えたギルバートは、不機嫌そうにカルミアを見下ろした。
「誰であろうと、俺の許可なしにその体を気付つける事は許さない。それは例えカルミア自身であってもだ」
「心配されなくても、口を切ったくらいで人は死なないよ」
「....もっと自分を大事にしてくれよ。君に死なれたら、俺は生きていけない」
大事に思ってくれるのは有難いが、ギルバートは大げさすぎる。
ギルバートが思っているよりも、人間は意外としぶとい生き物だ。死にたくても中々死なない生き物だ。
気がおかしくなる程の空腹感を感じながら、スラム街の路地裏に倒れていたカルミアは既に身をもって体験している。
(口を切ったくらいで死ねたらどんなに楽だろうな。そんなに簡単にあの世に逝けるのなら、僕はとっくの昔に首でも吊ってる)
暗闇包まれた世界の中では、罪の意識で苦しむ事も、醜い感情で自分を責める事だってないのだろうから。
カルミアは荒れ狂う夜の海に放り投げられた気分だった。
ギルバートが膝を折れば、すぐに唇が触れ合える程の距離にカルミアはいる。しかし二人の心の距離は、手を伸ばしても届かない程遠い。
前を見据えていたはずのカルミアの瞳は、すっかり荒んでいた。
力強く噛みすぎた。どうやら唇を切ってしまったらしい。金属の味が口に滲む。
カルミアの薄い唇に広がる鮮血を見て、ギルバートは眉を顰めた。ギルバートは立ち上がり、身を乗りだすようにして親指でカルミアの唇を拭った。
「...ターニャ。キャビンの中から塗り薬を取ってきて。カルミアが唇を切ってしまった」
「は、はひ!」
ギルバートに声をかけられたターニャの顔は強張っていた。心なしか手が小刻みに震えているようにも見える。即位間近の王太子に、粗相をしないように緊張しているのだろう。
ターニャに不満があるわけではない。けれどターニャを通してクロエを見ている自分がいる。一国の王太子に、氷のような冷たい態度をしていたクロエが恋しくて仕方ない。今、何してるかな。
「これでしょうか?」
キャビンから戻ってきたターニャの小さな手のひらには、円形の容器が載っていた。ギルバートはターニャに礼を述べ、容器を手に取った。
テーブルと椅子の間から身を出し、カルミアの傍に寄る。蓋を開け、薄い水色のクリームを人差し指に取ると、ギルバートは背を丸めた。カルミアの唇にクリームを塗る。
ひんやりと冷たいクリームが、カルミアの体温によって温かく変化する。
(....凄く恥ずかしい)
僕も随分と色恋に染まっているな、とカルミアは思った。念入りにクリームを塗り込むギルバートの指が、凄く卑猥に感じられるのだから。ギルバートの目は熱を孕んでいた。情事を連想したカルミアは、恥かしげに視線を逸らす。ギルバートの後ろでは、顔を真っ赤にさせたターニャが、口元を両手で押さえて声にならない悲鳴を上げていた。
「...これですぐに治るだろう」
キュッと蓋が閉まる音がする。
多すぎるくらいのクリームを塗り終えたギルバートは、不機嫌そうにカルミアを見下ろした。
「誰であろうと、俺の許可なしにその体を気付つける事は許さない。それは例えカルミア自身であってもだ」
「心配されなくても、口を切ったくらいで人は死なないよ」
「....もっと自分を大事にしてくれよ。君に死なれたら、俺は生きていけない」
大事に思ってくれるのは有難いが、ギルバートは大げさすぎる。
ギルバートが思っているよりも、人間は意外としぶとい生き物だ。死にたくても中々死なない生き物だ。
気がおかしくなる程の空腹感を感じながら、スラム街の路地裏に倒れていたカルミアは既に身をもって体験している。
(口を切ったくらいで死ねたらどんなに楽だろうな。そんなに簡単にあの世に逝けるのなら、僕はとっくの昔に首でも吊ってる)
暗闇包まれた世界の中では、罪の意識で苦しむ事も、醜い感情で自分を責める事だってないのだろうから。
カルミアは荒れ狂う夜の海に放り投げられた気分だった。
ギルバートが膝を折れば、すぐに唇が触れ合える程の距離にカルミアはいる。しかし二人の心の距離は、手を伸ばしても届かない程遠い。
前を見据えていたはずのカルミアの瞳は、すっかり荒んでいた。
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