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底知れない恐怖
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「ーーカルディアの王女様が君に興味を持っている」
向かい側の席に再び腰を落としたギルバートは、沈殿した砂糖を無理やり溶かすように、ティースプーンを動かした。予想もしないギルバートの言葉に、カルミアは思わず耳を疑った。
「聞き間違いかな。王女が僕に興味を持っているとかなんとか聞こえたんだけど」
「確かに言ったよ。俺がカルミアの話をしたら、一目会いたくなったそうだよ。明日の茶会に招待したいらしい。こうして招待状も預かってきた」
そう言ってギルバートはストライプベストの胸ポケットから白い封筒を取り出した。蝋封の押されたそれを、テーブルの上に置く。
”カルミア様へ”
封筒にはそう書かれていた。男の侍従が書いたのだろうか。女性にしては随分と角ばった字だ。
「...これ、開けないと駄目?」
「勿論」
「...だよね」
招待状なんて知らない、存じないで通したかった。
カルミアは招待状を手にした。慣れない手つきで蝋封を剥がす。
そして中から淡い桜色の紙を取り出し、目を通した。そこにはタイプライターの文字が長々と踊っている。
「--明日の三時。王宮のサロンで、貴殿を待つ」
最後の文字まで目を通したカルミアは、地底に潜りたい気分だった。招待状と言うより、まるで果たし状のようだ。手に取るような敵意がひしひしと伝わる。
クロエの事が何一つ解決してないのに、次は王女との茶会。次から次へと休む暇もない。
(....修羅場になりそうだ。ギルバートが王女様と言葉を交わせば、僕は嫉妬で胸を焦がす事になるだろうし。それに器の小さな男だ、と自分を責め立てるのは目に見えている。出来る事なら行きたくないけど、それは難しいだろうな)
カルミアは招待状をぐしゃりと握りつぶした。
満月のような美には、暗い陰が落ちている。
「....王女は何が目的だと思う?」
「単純にカルミアを見てみたいという気持ちが半分、婚礼式を迎える前に側室になる青年と親睦を深めておきたいという気持ちが半分と言ったところだろうね」
「親睦?牽制の間違いじゃなくて?」
嫌なら断ればいいのだが、身分社会ではそうもいかない。
カルミアはまだ側室に迎えられていない身分の低い青年。いくら次期国王に寵愛を受けているからとは言え、大それた理由もなしに断る事は出来ない。相手は仮にも王族、敵国のお姫様で、身分の差は天と地程の差がある。何よりも敵国の関係改善を目論んでいるこの国の目が、それを許さないだろう。
カルミアは胸の蟠りを吐き出すような大きな息を、口から溢した。
そして国鳥であるレイバンスミスが描かれた天井画を見上げる。細部まで緻密に描写されたその絵は、何時見ても感嘆の声が漏れる程美しい。昼間はただの絵画だが、下地に蛍光塗料で塗られたその国鳥は、暗闇で淡い光を放つ。時間によって姿を変えるその天井画を見るのが、カルミアは好きだった。
カルミアは天井画をぼんやりと眺めながら、独り言のように呟いた。
「....正直、不参加を表明出来るのならしたい。王女様、完全に僕を見定めに来てるよね。売り言葉に買い言葉で、口論にならないか不安なんだけど」
「カルミアはカルミアらしく振る舞えばいいよ。それに俺もその茶会とやらに参加するから安心して。いつでも助力出来るように、君の傍に居るから」
ギルバートは冷め切ったコーヒーを口に含み、喉を鳴らした。一滴も喉さず液体を飲み干し、ソーサーに置く。
そんなギルバートにカルミアは言いようのない違和感を感じた。天井画から視線を戻し、ギルバートに向けた目を細める。
「...この国のために僕が茶会に参加しなければいけない義務がある事を抜きにしても、随分とあっさりしてるよね」
寵愛を受けた籠の鳥が外に出るのだから、最低限の人払いは行われるのだろう。
しかしアーダルベルトで起こった国王の暗殺の件もあって、
主催が王女側という事もあり、茶会にはルトベルクの侍女や侍従も多くいるだろう。
茶会に参加すれば、嫌でも顔を合わせることになる。だけでなく、王女側の関係者もカルミアの素顔を目にする事になる。ギルバートは、今は亡き国王陛下ですらカルミアの姿を見せる事を嫌がった。
いくら国のためとはいえ、執着心の固まりであるあのギルバートが、茶会の参加を認可している。顔色一つ変えずに。むしろ誘導するかのように。
何か変だ。何かがおかしい。基盤の上で踊らされているこの感覚はなんだろう。
「...ギル。もしかして何か企んでる?」
伺うように尋ねると、フッと息を吐くようにギルバートは笑った。
「どうしてそう思う?」
「だってあまりにも淡々としている。僕がギル以外の人間と会うというのに、取り乱す事もない。その変わり様は何?何時もなら気が狂ったみたいに怒るだろ?その証拠に、獣みたいに僕を抱くじゃないか」
「そんな頃ないさ。眩暈がするほど苛立っているよ。でも今回ばかりは国のためにも仕方ない事だし、子供のように自分の感情を優先させるわけにはいかないだろ。....でも本心はカルミアを茶会に参加させたくないって思ってるよ。カルミアの姿を他人に見られると思うだけでーー」
最後の方は、水の中で溺れているみたいにくくぐもって聞こえなかった。
ーー本当に?本当にそう思ってる?
動悸のように心臓が波打つ。何日も水を飲んでないみたいに喉がカラカラに乾き、視界がぐにゃりと歪む。何故こんなにギルバートが疑わしく思うのだろう。闇の中に引きづり込まれるようなこの恐怖感は何だろう。
時々、ギルバートが何を考えているか分からなくなる時がある。
今がその時だ。言葉に裏に見え隠れする真意を汲み取る事が出来ない。
...怖い、ギルバートが。
表情を隠すようにカルミアは顔を下げる。そんなカルミアからギルバートは蔦の装飾の入った真っ白なクローゼットに視線を移した。
「ああ、そうだ。確かカルミアには普段着しか渡して無かったよな。明日までに茶会の衣装を用意しないとな...」
「...別に。これでいいよ」
「寝間着で参加するって?そうもいかないだろ。相手は王族なんだから。明日までにターニャに預けるよ」
「準備して待ってて」と言ったギルバートは、教科書のお手本通りの綺麗な笑みを浮かべた。
カルミアはその笑顔を上目でちらりと見て、全身に汗が流れるような錯覚を覚えた。
向かい側の席に再び腰を落としたギルバートは、沈殿した砂糖を無理やり溶かすように、ティースプーンを動かした。予想もしないギルバートの言葉に、カルミアは思わず耳を疑った。
「聞き間違いかな。王女が僕に興味を持っているとかなんとか聞こえたんだけど」
「確かに言ったよ。俺がカルミアの話をしたら、一目会いたくなったそうだよ。明日の茶会に招待したいらしい。こうして招待状も預かってきた」
そう言ってギルバートはストライプベストの胸ポケットから白い封筒を取り出した。蝋封の押されたそれを、テーブルの上に置く。
”カルミア様へ”
封筒にはそう書かれていた。男の侍従が書いたのだろうか。女性にしては随分と角ばった字だ。
「...これ、開けないと駄目?」
「勿論」
「...だよね」
招待状なんて知らない、存じないで通したかった。
カルミアは招待状を手にした。慣れない手つきで蝋封を剥がす。
そして中から淡い桜色の紙を取り出し、目を通した。そこにはタイプライターの文字が長々と踊っている。
「--明日の三時。王宮のサロンで、貴殿を待つ」
最後の文字まで目を通したカルミアは、地底に潜りたい気分だった。招待状と言うより、まるで果たし状のようだ。手に取るような敵意がひしひしと伝わる。
クロエの事が何一つ解決してないのに、次は王女との茶会。次から次へと休む暇もない。
(....修羅場になりそうだ。ギルバートが王女様と言葉を交わせば、僕は嫉妬で胸を焦がす事になるだろうし。それに器の小さな男だ、と自分を責め立てるのは目に見えている。出来る事なら行きたくないけど、それは難しいだろうな)
カルミアは招待状をぐしゃりと握りつぶした。
満月のような美には、暗い陰が落ちている。
「....王女は何が目的だと思う?」
「単純にカルミアを見てみたいという気持ちが半分、婚礼式を迎える前に側室になる青年と親睦を深めておきたいという気持ちが半分と言ったところだろうね」
「親睦?牽制の間違いじゃなくて?」
嫌なら断ればいいのだが、身分社会ではそうもいかない。
カルミアはまだ側室に迎えられていない身分の低い青年。いくら次期国王に寵愛を受けているからとは言え、大それた理由もなしに断る事は出来ない。相手は仮にも王族、敵国のお姫様で、身分の差は天と地程の差がある。何よりも敵国の関係改善を目論んでいるこの国の目が、それを許さないだろう。
カルミアは胸の蟠りを吐き出すような大きな息を、口から溢した。
そして国鳥であるレイバンスミスが描かれた天井画を見上げる。細部まで緻密に描写されたその絵は、何時見ても感嘆の声が漏れる程美しい。昼間はただの絵画だが、下地に蛍光塗料で塗られたその国鳥は、暗闇で淡い光を放つ。時間によって姿を変えるその天井画を見るのが、カルミアは好きだった。
カルミアは天井画をぼんやりと眺めながら、独り言のように呟いた。
「....正直、不参加を表明出来るのならしたい。王女様、完全に僕を見定めに来てるよね。売り言葉に買い言葉で、口論にならないか不安なんだけど」
「カルミアはカルミアらしく振る舞えばいいよ。それに俺もその茶会とやらに参加するから安心して。いつでも助力出来るように、君の傍に居るから」
ギルバートは冷め切ったコーヒーを口に含み、喉を鳴らした。一滴も喉さず液体を飲み干し、ソーサーに置く。
そんなギルバートにカルミアは言いようのない違和感を感じた。天井画から視線を戻し、ギルバートに向けた目を細める。
「...この国のために僕が茶会に参加しなければいけない義務がある事を抜きにしても、随分とあっさりしてるよね」
寵愛を受けた籠の鳥が外に出るのだから、最低限の人払いは行われるのだろう。
しかしアーダルベルトで起こった国王の暗殺の件もあって、
主催が王女側という事もあり、茶会にはルトベルクの侍女や侍従も多くいるだろう。
茶会に参加すれば、嫌でも顔を合わせることになる。だけでなく、王女側の関係者もカルミアの素顔を目にする事になる。ギルバートは、今は亡き国王陛下ですらカルミアの姿を見せる事を嫌がった。
いくら国のためとはいえ、執着心の固まりであるあのギルバートが、茶会の参加を認可している。顔色一つ変えずに。むしろ誘導するかのように。
何か変だ。何かがおかしい。基盤の上で踊らされているこの感覚はなんだろう。
「...ギル。もしかして何か企んでる?」
伺うように尋ねると、フッと息を吐くようにギルバートは笑った。
「どうしてそう思う?」
「だってあまりにも淡々としている。僕がギル以外の人間と会うというのに、取り乱す事もない。その変わり様は何?何時もなら気が狂ったみたいに怒るだろ?その証拠に、獣みたいに僕を抱くじゃないか」
「そんな頃ないさ。眩暈がするほど苛立っているよ。でも今回ばかりは国のためにも仕方ない事だし、子供のように自分の感情を優先させるわけにはいかないだろ。....でも本心はカルミアを茶会に参加させたくないって思ってるよ。カルミアの姿を他人に見られると思うだけでーー」
最後の方は、水の中で溺れているみたいにくくぐもって聞こえなかった。
ーー本当に?本当にそう思ってる?
動悸のように心臓が波打つ。何日も水を飲んでないみたいに喉がカラカラに乾き、視界がぐにゃりと歪む。何故こんなにギルバートが疑わしく思うのだろう。闇の中に引きづり込まれるようなこの恐怖感は何だろう。
時々、ギルバートが何を考えているか分からなくなる時がある。
今がその時だ。言葉に裏に見え隠れする真意を汲み取る事が出来ない。
...怖い、ギルバートが。
表情を隠すようにカルミアは顔を下げる。そんなカルミアからギルバートは蔦の装飾の入った真っ白なクローゼットに視線を移した。
「ああ、そうだ。確かカルミアには普段着しか渡して無かったよな。明日までに茶会の衣装を用意しないとな...」
「...別に。これでいいよ」
「寝間着で参加するって?そうもいかないだろ。相手は王族なんだから。明日までにターニャに預けるよ」
「準備して待ってて」と言ったギルバートは、教科書のお手本通りの綺麗な笑みを浮かべた。
カルミアはその笑顔を上目でちらりと見て、全身に汗が流れるような錯覚を覚えた。
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