二度目の人生は魔王の嫁

七海あとり

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嵐の前の静けさ

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カルミアは、ポケットの奥底に押し込めた小さな銀笛の存在を思い出して、もしやと思った。
あの笛は、国交を断絶している魔国から仕入れた物らしい。魔笛という名の通り、魔力が込められているはずだ。いわば魔道具のような物だろう。
人間は神に祈る事で神術が使えるが、魔術は使えない。それは魔力を持っていないからだ。対して純粋な魔族は生まれつき魔力を体に有していて、息を吸う程自然に魔術を扱うのだそうだ。そうクロエが言っていた。
魔術を実際に目にした事はないが、おそらく前世で言う魔法のような現象なのだろう。

ヨハンの言う”彼”という存在は、あの笛に関係あるのだろうか。
あの笛は、満月の夜に魔笛に変化する。魔笛を吹いて起こる現象を、ヨハンは書き記してなかったが、どういった事が起こるのだろうか。

カルミアは顎に手を添え、考え込むように唸り声を上げた。

(...もしかしてこの笛を吹けば、魔族が召還されるとか?その魔族が男で、僕の逃亡の手伝いをしてくれるとか。いや、それはないか。魔族にはメリットがない。そもそもいくら外交官でも、国交を断絶している国の民族と親交があるわけがない。なら.....。ああ、駄目だ。思考が纏まらない)

ヨハンに連絡を取れないだろうか。ヨハンが既に用意しているという逃亡の経路や、”彼”の正体も聞きたいが、何の証拠を元にギルバートの事をそのように断定しているのかもっと詳しく聞きたい。
ーーでもどうやってヨハンと連絡を取ればいい?ターニャに手紙を渡して、ギルバートに見つからないように渡して貰う?いや、それはあまりにも危険すぎる。もしギルバートにバレたりでもすれば、ターニャの身が危ない。クロエのように侍女を解雇されて、王宮から追い出されるかも知れない。それに僕の動向だけじゃなくて、専属の侍女の動向まで監視しているギルバートが気付かないはずがない。
ならどうすればいい?どうすれば誰も傷つかないで済む?

「ーーカルミア様、ギルバート様がいらしゃったみたいですよ」

自分の世界に入り込んでいたカルミアが、ターニャの声で意識を浮上させた。

顔を上げて耳を澄ませる。ターニャの言葉通り小さな足音が徐々に近づいて来るのが聞こえた。
慌てて封筒の中に読み終えた手紙を収めると、カルミアはぬっと立ち上がった。そしてベッド脇のサイドテーブルまで大股で歩みを進める。
サイドテーブルの真鍮製の取っ手を掴み、二段目の引き戸を開ける。
中身は空っぽだ。そこにヨハンの手紙と笛を入れて、急いで引き戸を閉める。
ずっとこの中に入れて置くわけにもいかないが、即位式が終わるまではギルバートがこの部屋に頻繁に訪れる事はない。しばらくは見つかる事はないだろう。
カルミアはふぅ、と安堵の溜息を吐きだした。

「ターニャ、ちょっとこっちに」

扉に片耳を付けていたターニャが、カルミアの呼び声に両手を振り子のように振りながら駆け寄った。

「どうしましたカルミア様」

ターニャの額には汗が滲んでいた。揃えられた前髪が額に張り付いている。
季節は陽炎が揺れる夏。特に今年は残暑だ。この離宮は生い茂った木々に囲まれているため、それほど熱さは感じない。しかし通気性の悪い長袖のワンピースに、フリルがふんだんにあしらわれたエプロンを重ねてるターニャは暑いに違いない。この国では未婚の女性が肌を露出する事ははしたない事とされているために、婚礼式を迎えてない女性は夏でも長袖を身に着ける。それは例外なく侍女もだ。夏場であろうとも、未婚の女性は基本長袖。見ているこっちまで熱くなるのだから、着ている本人はサウナ状態だろう。
可愛らしく首を傾げるターニャに、カルミアはおもむろに尋ねた。

「ギルに悟られないで、ヨハンに接触する方法ってないかな」
「....それは難しいですわね。ターニャも行動に制限がありますの」

ターニャ曰く、緊急の場合を除いて王宮の中に足を踏み入れる事は禁止されているらしい。それはおそらく侍女を媒介させて、外部と接触するのを防ぐためだろう。


「だよね。じゃあ、ターニャ。満月ってあと何日後くらいだか分かる?」
「...満月ですの?」

ターニャは怪訝そうに眉を顰めた。
なんでそんな事聞くのかしら、と言いたげだ。

「昨日は半月だったから、おそらく一週間後くらいじゃないかしら」
「...一週間後」

という事は、丁度ギルバートが即位する頃か。
その時、あの笛は、魔笛に変化する。
魔笛になったら何が起こるのか。今現時点ではなにも分からない。


「カルミア様、ターニャはお伺いしたい事があるんですの」
ターニャは扉をちらりと見た。まだギルバートが来ないと判断すると、背伸びをしてカルミアに耳打ちした。

「ヨハン様とカルミア様ってどういった関係なんですか?一介の侍女がこんな事聞いちゃいけないって分かってるんですけど、どうしても気になっちゃって。ギルバート様とカルミア様は相思相愛なんですよね?...という事はヨハン様は間男か何かですの?」
「間男って」

確かに人並み外れたギルバートの執着心を知らないターニャからすれば、使用人を介してまで内密に手紙のやり取りを行う様は、禁断の恋文にも見えるだろう。
けれどそれだけは絶対にない。断じてない。

「期待してるとこ悪いけど、そんなんじゃないよ。ヨハンは仲のいい友達」
「....本当に友達ですの?」
「うん」
「少しも恋心はないんですの?」
「ないよ」
「···ふむ」

ターニャはカルミアの耳から顔を離した。ターニャの顔を見て、カルミアは眉を顰める。
......何だその顔は。 まるで王族のゴシップを聞いちゃったわ、とでも言いたげな顔だ。
間違いなくターニャは何か誤解している。

「....え、いや、違う。本当に友達だってば」
「そう思っているのは案外カルミア様だけだけだったりするかも知れませんよ。ただヨハン様の想いをカルミア様が気付いていないだけだったりして」
「···それってつまりヨハンが僕を好いてるって事?まさかぁ。そんな事あるわけないって」
「ふふふ、では機会があったらヨハン様に聞いてみたらいいですわ。あ、それよりほら。ギルバート様がいらっしゃいますよ!」

ターニャはそう言って、扉を指差した。なんとなく上手く逃れられたような気がするのは気のせいだろうか。
カルミアはターニャが指差した方向に視線を移した。

大きくなったギルバートの足音が扉の前で止まる。程なくして、コンコンと鉄の塊を叩く音が響き渡った。
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