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絆
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「カルミア、様?」
――高い位置で一つに結わえられていた、糸のような濃褐色の髪。
インクを垂らしたような墨色の瞳。陶器のように滑らかな肌。
何処か冷たさを纏った、端正な目鼻立ち。
アンナと同じワンピースを身に纏っているせいで、この屋敷の侍女だと勘違いしそうになったが、そこには紛れもなくクロエ・エーデルワイスがいた。
魔の血を宿した瞳は、涙で潤んでいる。
「カルミア様!!」
クロエはおもむろに駆け出し、カルミアに抱きついた。
洗い立てのリネンの香りがふわりと鼻を掠める。
少し痩せただろうか。元々痩せていたが、さらに痩せたように感じる。
腕なんて前よりもずっと骨ばっている。
おそらく王宮に取り残されたカルミアが気がかりで、食事すらまともに摂れていなかったのだろう。
「クロエ、どうしてここに」
「・・・実は」
クロエは、カルミアと向き合った。そして目尻に溜まった涙を拭って、言った。
「ギルバート様に王宮を追放されてから、宛てもなく彷徨っていたところ、ヨハン様に拾われまして。それからヨハン様のご厚意で、この屋敷の侍女として身を置かせて貰っていたのです」
「拾われた?どういう事、ヨハン」
カルミアはヨハンに視線を向けて、説明を求めた。
ヨハンは両方の口角を僅かに上げて、述べた。
「ギルバートがカルミアの専属の侍女を解雇した噂は、すぐに私の耳にも入りました。ギルバートの狙いは、カルミアの心を壊す事です。おそらくは、クロエを王宮から追放する事で、自責の念をカルミアに植え付けようとしたのでしょう」
確かにクロエがいなくなったあの朝、心が切り裂かれたような痛みを覚えた。
その痛みは拷問に等しく、よっぽど狂った方が幸せだと思う程だった。
カルミアは思い返すように、視線を下げた。
「自由になりたいって、ギルに言ったんだ。そしたらギルが、全ての発端はクロエにあるって言いだして・・・。クロエを王宮から追い出した。クロエは何も悪くないのに・・・」
「そうだろうと思いました」
はぁ、とヨハンは呆れたように大きな溜息を吐いた。
「いいですかカルミア。自由になりたい、というのは当然の主張です。貴方は何も悪くない」
「・・・ヨハン」
「それに遅かれ早かれ、クロエは王宮を追放される事になっていたでしょう。カルミアに孤独を味あわせるためには、邪魔な存在でしたから」
クロエが王宮を追放された原因は自分にあるとカルミアは思っていた。
ギルバートの執着心を甘く見ていたせいで、クロエの人生を踏みにじってしまった、と。
でも果たしてそうだろうか。
ギルバートはカルミアを壊したがっていた。あの小さな世界で、唯一の味方であるクロエはギルバートにとって邪魔な存在だろう。ヨハンの言う通り、遅かれ早かれ王宮を追放される事になっていたんじゃないだろうか。
カルミアの心を壊すために、張り巡らされた緻密な布石の数々。
カルミアは改めて、ギルバートが怖いと思った。
「・・・おそらくカルミアはクロエを追い出してしまった罪悪感で苦しんでいるだろう。そう思って、私はクロエを探す事にしたんです。クロエが無事だと分かったら、自責の念に駆られる事も無くなると思いましてね」
「そう、だったんだ」
「そしてクロエを見つけたのです。クロエは、郊外のスラム街にいました」
カルミアは思わず耳を疑った。
「スラム街だって!?」
「ええ。だから私は、無理やりにクロエをこの屋敷に連れてきたのです。女性をあのままスラム街に置き去りにするわけにはいかないでしょう?それにこの屋敷にいれば、カルミアとも再会出来るはずですから」
「・・・そうだったのか」
――カルミアは過去を遡った。そういえばクロエは、実の母親に憎まれていて、良好な関係を築けていないと言っていた。憶測するに、魔族との子供がいるという理由で周囲から差別され続け、その原因であるクロエが疎ましくなったのだろう。
きっとヨハンに拾って貰えなかったら、今でも家に帰れず、そのままスラム街に身を置くことになっていたかもしれなかった。
「・・・ありがとう、ヨハン」
カルミアは心の底からヨハンに感謝した。
(何から何まで。ヨハンは僕に頭が上がらないと言っていたが、頭が上がらないのは僕の方だ。感謝してもしきれない)
いつか絶対にヨハンに恩返ししよう。カルミアはそう心に強く誓った。
「――カルミア様」
クロエはカルミアの背に回した腕に力を込めた。
まるで再会の喜びを噛みしめているかのようだった。
「無事で良かった。ずっとどうしているか気がかりだったんです。一時もカルミア様を忘れた事なんてありませんでした」
「僕だって。クロエを忘れた事なんてなかったよ」
「ごめん、クロエ」とカルミアは小さく頭を下げた。
「ギルバートのせいで、クロエに辛い思いをさせてしまった」
「...カルミア様が謝る必要はありません。カルミア様は悪くないのですから。悪いのは...全部あの男です。覚悟もないくせに、カルミア様を罪人のように鎖で繋いで、自由を奪った挙句、隣国の王女を孕ませたあの男が全て悪いのです。狂っているとしか言いようがありませんわ」
仮にも一国の王を、"あの男"呼ばわりするクロエ。しかも狂っているとまできた。
そんなクロエが可笑しくて、カルミアは相変わらずだなと声を押し殺して笑った。
やっぱりクロエがいないと調子づかない。
「ヨハン様から全部聞きました。魔国に行かれるのですよね。それならば私も連れて行って下さい。魔国で骨を埋める覚悟はもう出来ています」
「・・・クロエ」
カルミアがこれから歩む道は決して平坦なものではない。
おそらくギルバートの影に怯えながら、生きて行かないといけない。
一緒について行くというのならば尚更だ。
「いいの?きっと過酷な道になると思うよ。正直クロエには女性として幸せな道を歩んでもらいたい。僕について行ったら不幸になるかも知れない。」
「私の幸せを勝手に決めないで下さい。見ず知らずの男に嫁ぐことが幸せ?そんなわけないじゃないですか。私の幸せはカルミア様が幸せになる事。カルミア様の幸せを傍で見守る事です」
「・・・クロエ」
「見守らせて下さい、カルミア様。もう離ればなれなんて嫌です」
カルミアの胸に、じんわりとした温かい何かが広がってゆく。
体の底から熱い液体が込み上げてくるような不思議な感覚。気を緩めたら、危うく琥珀色の瞳からその液体が零れ落ちそうになる。
カルミアは無言で頷いた。
「クロエの幸せを勝手に推し量るような発言してごめん。僕も離ればなれなんて嫌だ。せっかくまた会えたのに」
「・・・カルミア様」
「一緒に魔国に行きたい。僕は世間知らずで、きっと手がかかると思うけど。それでもついてきてくれる?」
遠慮がちに尋ねると、クロエは縦に首を振った。
「勿論です。何処までもお供しますわ」
カルミアとクロエはお互いに見つめ合い、そしてどちらともなく笑い合った。
カルミアとクロエの間に血の繋がりはない。けれどそこには確かに本物の兄弟のような絆が存在していた。
――高い位置で一つに結わえられていた、糸のような濃褐色の髪。
インクを垂らしたような墨色の瞳。陶器のように滑らかな肌。
何処か冷たさを纏った、端正な目鼻立ち。
アンナと同じワンピースを身に纏っているせいで、この屋敷の侍女だと勘違いしそうになったが、そこには紛れもなくクロエ・エーデルワイスがいた。
魔の血を宿した瞳は、涙で潤んでいる。
「カルミア様!!」
クロエはおもむろに駆け出し、カルミアに抱きついた。
洗い立てのリネンの香りがふわりと鼻を掠める。
少し痩せただろうか。元々痩せていたが、さらに痩せたように感じる。
腕なんて前よりもずっと骨ばっている。
おそらく王宮に取り残されたカルミアが気がかりで、食事すらまともに摂れていなかったのだろう。
「クロエ、どうしてここに」
「・・・実は」
クロエは、カルミアと向き合った。そして目尻に溜まった涙を拭って、言った。
「ギルバート様に王宮を追放されてから、宛てもなく彷徨っていたところ、ヨハン様に拾われまして。それからヨハン様のご厚意で、この屋敷の侍女として身を置かせて貰っていたのです」
「拾われた?どういう事、ヨハン」
カルミアはヨハンに視線を向けて、説明を求めた。
ヨハンは両方の口角を僅かに上げて、述べた。
「ギルバートがカルミアの専属の侍女を解雇した噂は、すぐに私の耳にも入りました。ギルバートの狙いは、カルミアの心を壊す事です。おそらくは、クロエを王宮から追放する事で、自責の念をカルミアに植え付けようとしたのでしょう」
確かにクロエがいなくなったあの朝、心が切り裂かれたような痛みを覚えた。
その痛みは拷問に等しく、よっぽど狂った方が幸せだと思う程だった。
カルミアは思い返すように、視線を下げた。
「自由になりたいって、ギルに言ったんだ。そしたらギルが、全ての発端はクロエにあるって言いだして・・・。クロエを王宮から追い出した。クロエは何も悪くないのに・・・」
「そうだろうと思いました」
はぁ、とヨハンは呆れたように大きな溜息を吐いた。
「いいですかカルミア。自由になりたい、というのは当然の主張です。貴方は何も悪くない」
「・・・ヨハン」
「それに遅かれ早かれ、クロエは王宮を追放される事になっていたでしょう。カルミアに孤独を味あわせるためには、邪魔な存在でしたから」
クロエが王宮を追放された原因は自分にあるとカルミアは思っていた。
ギルバートの執着心を甘く見ていたせいで、クロエの人生を踏みにじってしまった、と。
でも果たしてそうだろうか。
ギルバートはカルミアを壊したがっていた。あの小さな世界で、唯一の味方であるクロエはギルバートにとって邪魔な存在だろう。ヨハンの言う通り、遅かれ早かれ王宮を追放される事になっていたんじゃないだろうか。
カルミアの心を壊すために、張り巡らされた緻密な布石の数々。
カルミアは改めて、ギルバートが怖いと思った。
「・・・おそらくカルミアはクロエを追い出してしまった罪悪感で苦しんでいるだろう。そう思って、私はクロエを探す事にしたんです。クロエが無事だと分かったら、自責の念に駆られる事も無くなると思いましてね」
「そう、だったんだ」
「そしてクロエを見つけたのです。クロエは、郊外のスラム街にいました」
カルミアは思わず耳を疑った。
「スラム街だって!?」
「ええ。だから私は、無理やりにクロエをこの屋敷に連れてきたのです。女性をあのままスラム街に置き去りにするわけにはいかないでしょう?それにこの屋敷にいれば、カルミアとも再会出来るはずですから」
「・・・そうだったのか」
――カルミアは過去を遡った。そういえばクロエは、実の母親に憎まれていて、良好な関係を築けていないと言っていた。憶測するに、魔族との子供がいるという理由で周囲から差別され続け、その原因であるクロエが疎ましくなったのだろう。
きっとヨハンに拾って貰えなかったら、今でも家に帰れず、そのままスラム街に身を置くことになっていたかもしれなかった。
「・・・ありがとう、ヨハン」
カルミアは心の底からヨハンに感謝した。
(何から何まで。ヨハンは僕に頭が上がらないと言っていたが、頭が上がらないのは僕の方だ。感謝してもしきれない)
いつか絶対にヨハンに恩返ししよう。カルミアはそう心に強く誓った。
「――カルミア様」
クロエはカルミアの背に回した腕に力を込めた。
まるで再会の喜びを噛みしめているかのようだった。
「無事で良かった。ずっとどうしているか気がかりだったんです。一時もカルミア様を忘れた事なんてありませんでした」
「僕だって。クロエを忘れた事なんてなかったよ」
「ごめん、クロエ」とカルミアは小さく頭を下げた。
「ギルバートのせいで、クロエに辛い思いをさせてしまった」
「...カルミア様が謝る必要はありません。カルミア様は悪くないのですから。悪いのは...全部あの男です。覚悟もないくせに、カルミア様を罪人のように鎖で繋いで、自由を奪った挙句、隣国の王女を孕ませたあの男が全て悪いのです。狂っているとしか言いようがありませんわ」
仮にも一国の王を、"あの男"呼ばわりするクロエ。しかも狂っているとまできた。
そんなクロエが可笑しくて、カルミアは相変わらずだなと声を押し殺して笑った。
やっぱりクロエがいないと調子づかない。
「ヨハン様から全部聞きました。魔国に行かれるのですよね。それならば私も連れて行って下さい。魔国で骨を埋める覚悟はもう出来ています」
「・・・クロエ」
カルミアがこれから歩む道は決して平坦なものではない。
おそらくギルバートの影に怯えながら、生きて行かないといけない。
一緒について行くというのならば尚更だ。
「いいの?きっと過酷な道になると思うよ。正直クロエには女性として幸せな道を歩んでもらいたい。僕について行ったら不幸になるかも知れない。」
「私の幸せを勝手に決めないで下さい。見ず知らずの男に嫁ぐことが幸せ?そんなわけないじゃないですか。私の幸せはカルミア様が幸せになる事。カルミア様の幸せを傍で見守る事です」
「・・・クロエ」
「見守らせて下さい、カルミア様。もう離ればなれなんて嫌です」
カルミアの胸に、じんわりとした温かい何かが広がってゆく。
体の底から熱い液体が込み上げてくるような不思議な感覚。気を緩めたら、危うく琥珀色の瞳からその液体が零れ落ちそうになる。
カルミアは無言で頷いた。
「クロエの幸せを勝手に推し量るような発言してごめん。僕も離ればなれなんて嫌だ。せっかくまた会えたのに」
「・・・カルミア様」
「一緒に魔国に行きたい。僕は世間知らずで、きっと手がかかると思うけど。それでもついてきてくれる?」
遠慮がちに尋ねると、クロエは縦に首を振った。
「勿論です。何処までもお供しますわ」
カルミアとクロエはお互いに見つめ合い、そしてどちらともなく笑い合った。
カルミアとクロエの間に血の繋がりはない。けれどそこには確かに本物の兄弟のような絆が存在していた。
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