43 / 44
屋敷
しおりを挟む
「でもどうしてこの中に?魔王なんだろ?一国の長が二百年も国を空けていていいのか?」
「…俺だって好きでこの中に入っていたわけじゃない。魔力温存のためだ」
「魔力温存?」
ジキルくらいの膨大な魔力があれば、温存なんてしなくていいんじゃ?とカルミアは思った。
それとも何か理由があるのだろうか。
病気がどうこうと言っていたし、もしかして――。
「なぁ、ジキ・・」
「これ、持ってていいか?」
カルミアの声に被さるように、ジキルは尋ねた。
「持っても何も。元はジキルの物だ」
「そうだったな」
それだけ溢すと、ジキルは胸ポケットに魔笛を収めた。
「――着きましたよ」
小さな馬の鳴き声と共に、これまで走り続けていた馬車が失速する。
ヨハンの声を皮切りに、徐々に車内の揺れも収まり、流れゆく景色も止まる。
「見て下さい、カルミア様!!」
ターニャは興奮したように声を明るくさせた。カルミアは窓の外を見る。
――そこには広大な敷地が広がっていた。色とりどりの薔薇が咲き誇る庭園が美しい。
敷地の真ん中には、宮殿のような風格のある大きな屋敷がそびえ立っている。
「ここがフロレーテ家の別荘?」
「ええ、そうです。もう何十年も前に建てた別荘なので、かなり古いですが」
まさに豪華絢爛、という言葉が相応しい屋敷だ。結構な年月が経っているとヨハンは言っていたが、日々手入れされているのか、そこに古めかしさは感じられない。
「失礼します」
コンコンと鉄の扉がノックされる。
同時に、年老いた男性の声が響いた。
しばらくして馬車の扉が外側からゆっくりと開かれる。
そこには燕尾服を着た白髪混じりの男性と、ヴィクトリアン風のワンピースを身に纏った若い女性が待ち構えていた。この屋敷の執事と侍女だろう。
二人はヨハンの姿を捉えるなり、深々と頭を下げた。
「お待ちしていました。ヨハン様。そして御一行様」
「ただいま戻りました。何か変わった事は?」
「特に何もありません。平常通りです」
「そうですか。“あの方”は元気ですか?」
「元気、とは言い難いですが、ここ数日はちょっとずつ食事を召し上がるようになっています」
「・・・今、“あの方”はどちらに?」
「エントランスルームにいらっしゃいます。落ち着かない様子でうろうろされていらっしゃいますよ」
「そうですか」
――“あの方”?
(さっきからあの方あの方って、一体誰の事を言っているのだろう)
『カルミアに会わせたい人もいますしね』
『きっと会ったら驚くと思いますよ』
カルミアは王宮の裏門で、ヨハンと話した会話を思い返していた。
(もしかして彼らが言う“あの方”って、僕に会わせたい人物の事を言っているのだろうか。それは一体誰だろう。僕の知っている人?それともジキルの関係者だろうか)
いくつもの疑問符が、カルミアの頭の中で浮かんでは消える。
「それなら早く顔を見せないといけませんね」
ヨハンは執事の手を借りて、静かに馬車から降りた。
ジャリ、と革靴が地面を擦る音がする。
「さぁ。皆さん、降りてください。会わせたい人がいます」
ヨハンは馬車の中に残された面々に向かって、紳士的に手を差し伸べた。
「先に降りますわね」
ターニャは差し出された手を取り、足首まであるワンピースを持ち上げながら馬車から降りた。
カルミアは、ターニャが馬車から降りたのを見送ると、真向いに座っているジキルに言った。
「ジキル、僕もお先に」
そしてターニャの後に続くように、ヨハンに手を伸ばす。しかしーー。
「なっ!!」
突然の浮遊感がカルミアを襲い、思わず伸ばしかけた手を引っ込めた。気付けば両足は地面から遠く離れている。背中には温かな感触。そして背後から抱き締められているような包容感がカルミアを包む。
ーージキルに両腕で抱き上げられ、体の正面で抱えられていた。要するにお姫様だっこされていたのだ。
カルミアは慌てふためいた。
「ジキル!?何の真似だよ!?」
カルミアは顔を真っ赤にしながらジキルを睨み上げた。、するとジキルは口角を僅かに上げ、しれっと答えた。
「カルミアはどんくさそうだからな。転んで怪我すると思って」
「馬車から降りるくらい僕だって出来るよ!」
確かに馬車と地面は結構な高さがある。
でも子供じゃあるまいし、転げ落ちて怪我する事なんてない...はずだ。
「下ろせー!!」
「はいはい」
ジキルはカルミアを胸に抱いたまま、軽々と飛び降りた。二人分とは思えない、トン、とした軽やかな足音が響く。
「まぁ」
侍女はジキルの胸に抱かれたカルミアを見て、驚いたように目を丸くさせた。
「この方が噂のカルミア様ですか?」
「・・・僕を知っているんですか?」
「ええ。ヨハン様から常々お話は伺っていました。ヨハン様からお聞きした通り、本当にお美しい。思わず息を飲んでしまいました」
大袈裟だよ、とカルミアは思ったが、褒められて嫌な気分はしない。素直に礼を述べることにした。
「...ありがとうございます」
「あら。そちらの方は?魔族、ですか?それにしては瞳が赤くていらっしゃる...」
「――アンナ。私語はそれくらいに。お客様を案内してあげなさい」
執事からピシャリと怒られ、アンナと呼ばれた侍女はシュンっと肩を落とした。
顎下で揃えられた林檎のように赤い髪に、切れ長の翡翠の瞳。大人っぽい涼しげな顔立ち。
ターニャとは正反対のタイプの容姿なのに、ターニャを彷彿とさせるのは何故だろう。
「ジ・キ・ル!!」
早く下ろせと言ったように、カルミアはジキルの名を力強く呼ぶ。ジキルは「分かった分かった」と溢し、渋々カルミアを地面に下ろした。
「さぁ、こちらに」
そう言って、執事はカルミア達を案内した。
虫の鳴き声が何処からか聞こえる薔薇の庭園を抜け、屋敷の前まで移動する。
薔薇の刻印がある扉の前にたどり着くと、執事は真鍮のドアノブを掴み、ゆっくりと扉を開いた。
ギイイと古びた扉が開く音がする。
「わぁあ」
ターニャは感嘆の声を上げた。
中に足を踏み入れると、広々としたエントランスホールが姿を現した。
繊細な薔薇の装飾が施された高い天井。黒ずみ一つない、真っ白な内壁。
置いてある家具は全てロココ調の家具で揃えられている。
等間隔に設置されたスタンドガラスから漏れ出した月光は、七色の光を纏い、神秘的な光に姿を変えている。
まるで王宮の教会のようだ。それくらい贅の限りが尽くされている。
カルミアは、スタンドガラスの前に立っている人物を視界に収めた。
そしてその人物が“ずっと会いたかった人物”だと分かると、カルミアは声を震わせた。
「――クロエ?」
「…俺だって好きでこの中に入っていたわけじゃない。魔力温存のためだ」
「魔力温存?」
ジキルくらいの膨大な魔力があれば、温存なんてしなくていいんじゃ?とカルミアは思った。
それとも何か理由があるのだろうか。
病気がどうこうと言っていたし、もしかして――。
「なぁ、ジキ・・」
「これ、持ってていいか?」
カルミアの声に被さるように、ジキルは尋ねた。
「持っても何も。元はジキルの物だ」
「そうだったな」
それだけ溢すと、ジキルは胸ポケットに魔笛を収めた。
「――着きましたよ」
小さな馬の鳴き声と共に、これまで走り続けていた馬車が失速する。
ヨハンの声を皮切りに、徐々に車内の揺れも収まり、流れゆく景色も止まる。
「見て下さい、カルミア様!!」
ターニャは興奮したように声を明るくさせた。カルミアは窓の外を見る。
――そこには広大な敷地が広がっていた。色とりどりの薔薇が咲き誇る庭園が美しい。
敷地の真ん中には、宮殿のような風格のある大きな屋敷がそびえ立っている。
「ここがフロレーテ家の別荘?」
「ええ、そうです。もう何十年も前に建てた別荘なので、かなり古いですが」
まさに豪華絢爛、という言葉が相応しい屋敷だ。結構な年月が経っているとヨハンは言っていたが、日々手入れされているのか、そこに古めかしさは感じられない。
「失礼します」
コンコンと鉄の扉がノックされる。
同時に、年老いた男性の声が響いた。
しばらくして馬車の扉が外側からゆっくりと開かれる。
そこには燕尾服を着た白髪混じりの男性と、ヴィクトリアン風のワンピースを身に纏った若い女性が待ち構えていた。この屋敷の執事と侍女だろう。
二人はヨハンの姿を捉えるなり、深々と頭を下げた。
「お待ちしていました。ヨハン様。そして御一行様」
「ただいま戻りました。何か変わった事は?」
「特に何もありません。平常通りです」
「そうですか。“あの方”は元気ですか?」
「元気、とは言い難いですが、ここ数日はちょっとずつ食事を召し上がるようになっています」
「・・・今、“あの方”はどちらに?」
「エントランスルームにいらっしゃいます。落ち着かない様子でうろうろされていらっしゃいますよ」
「そうですか」
――“あの方”?
(さっきからあの方あの方って、一体誰の事を言っているのだろう)
『カルミアに会わせたい人もいますしね』
『きっと会ったら驚くと思いますよ』
カルミアは王宮の裏門で、ヨハンと話した会話を思い返していた。
(もしかして彼らが言う“あの方”って、僕に会わせたい人物の事を言っているのだろうか。それは一体誰だろう。僕の知っている人?それともジキルの関係者だろうか)
いくつもの疑問符が、カルミアの頭の中で浮かんでは消える。
「それなら早く顔を見せないといけませんね」
ヨハンは執事の手を借りて、静かに馬車から降りた。
ジャリ、と革靴が地面を擦る音がする。
「さぁ。皆さん、降りてください。会わせたい人がいます」
ヨハンは馬車の中に残された面々に向かって、紳士的に手を差し伸べた。
「先に降りますわね」
ターニャは差し出された手を取り、足首まであるワンピースを持ち上げながら馬車から降りた。
カルミアは、ターニャが馬車から降りたのを見送ると、真向いに座っているジキルに言った。
「ジキル、僕もお先に」
そしてターニャの後に続くように、ヨハンに手を伸ばす。しかしーー。
「なっ!!」
突然の浮遊感がカルミアを襲い、思わず伸ばしかけた手を引っ込めた。気付けば両足は地面から遠く離れている。背中には温かな感触。そして背後から抱き締められているような包容感がカルミアを包む。
ーージキルに両腕で抱き上げられ、体の正面で抱えられていた。要するにお姫様だっこされていたのだ。
カルミアは慌てふためいた。
「ジキル!?何の真似だよ!?」
カルミアは顔を真っ赤にしながらジキルを睨み上げた。、するとジキルは口角を僅かに上げ、しれっと答えた。
「カルミアはどんくさそうだからな。転んで怪我すると思って」
「馬車から降りるくらい僕だって出来るよ!」
確かに馬車と地面は結構な高さがある。
でも子供じゃあるまいし、転げ落ちて怪我する事なんてない...はずだ。
「下ろせー!!」
「はいはい」
ジキルはカルミアを胸に抱いたまま、軽々と飛び降りた。二人分とは思えない、トン、とした軽やかな足音が響く。
「まぁ」
侍女はジキルの胸に抱かれたカルミアを見て、驚いたように目を丸くさせた。
「この方が噂のカルミア様ですか?」
「・・・僕を知っているんですか?」
「ええ。ヨハン様から常々お話は伺っていました。ヨハン様からお聞きした通り、本当にお美しい。思わず息を飲んでしまいました」
大袈裟だよ、とカルミアは思ったが、褒められて嫌な気分はしない。素直に礼を述べることにした。
「...ありがとうございます」
「あら。そちらの方は?魔族、ですか?それにしては瞳が赤くていらっしゃる...」
「――アンナ。私語はそれくらいに。お客様を案内してあげなさい」
執事からピシャリと怒られ、アンナと呼ばれた侍女はシュンっと肩を落とした。
顎下で揃えられた林檎のように赤い髪に、切れ長の翡翠の瞳。大人っぽい涼しげな顔立ち。
ターニャとは正反対のタイプの容姿なのに、ターニャを彷彿とさせるのは何故だろう。
「ジ・キ・ル!!」
早く下ろせと言ったように、カルミアはジキルの名を力強く呼ぶ。ジキルは「分かった分かった」と溢し、渋々カルミアを地面に下ろした。
「さぁ、こちらに」
そう言って、執事はカルミア達を案内した。
虫の鳴き声が何処からか聞こえる薔薇の庭園を抜け、屋敷の前まで移動する。
薔薇の刻印がある扉の前にたどり着くと、執事は真鍮のドアノブを掴み、ゆっくりと扉を開いた。
ギイイと古びた扉が開く音がする。
「わぁあ」
ターニャは感嘆の声を上げた。
中に足を踏み入れると、広々としたエントランスホールが姿を現した。
繊細な薔薇の装飾が施された高い天井。黒ずみ一つない、真っ白な内壁。
置いてある家具は全てロココ調の家具で揃えられている。
等間隔に設置されたスタンドガラスから漏れ出した月光は、七色の光を纏い、神秘的な光に姿を変えている。
まるで王宮の教会のようだ。それくらい贅の限りが尽くされている。
カルミアは、スタンドガラスの前に立っている人物を視界に収めた。
そしてその人物が“ずっと会いたかった人物”だと分かると、カルミアは声を震わせた。
「――クロエ?」
1
あなたにおすすめの小説
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
従者は知らない間に外堀を埋められていた
SEKISUI
BL
新作ゲーム胸にルンルン気分で家に帰る途中事故にあってそのゲームの中転生してしまったOL
転生先は悪役令息の従者でした
でも内容は宣伝で流れたプロモーション程度しか知りません
だから知らんけど精神で人生歩みます
なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?
詩河とんぼ
BL
前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。
山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。
お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。
サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる