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屋敷
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「でもどうしてこの中に?魔王なんだろ?一国の長が二百年も国を空けていていいのか?」
「…俺だって好きでこの中に入っていたわけじゃない。魔力温存のためだ」
「魔力温存?」
ジキルくらいの膨大な魔力があれば、温存なんてしなくていいんじゃ?とカルミアは思った。
それとも何か理由があるのだろうか。
病気がどうこうと言っていたし、もしかして――。
「なぁ、ジキ・・」
「これ、持ってていいか?」
カルミアの声に被さるように、ジキルは尋ねた。
「持っても何も。元はジキルの物だ」
「そうだったな」
それだけ溢すと、ジキルは胸ポケットに魔笛を収めた。
「――着きましたよ」
小さな馬の鳴き声と共に、これまで走り続けていた馬車が失速する。
ヨハンの声を皮切りに、徐々に車内の揺れも収まり、流れゆく景色も止まる。
「見て下さい、カルミア様!!」
ターニャは興奮したように声を明るくさせた。カルミアは窓の外を見る。
――そこには広大な敷地が広がっていた。色とりどりの薔薇が咲き誇る庭園が美しい。
敷地の真ん中には、宮殿のような風格のある大きな屋敷がそびえ立っている。
「ここがフロレーテ家の別荘?」
「ええ、そうです。もう何十年も前に建てた別荘なので、かなり古いですが」
まさに豪華絢爛、という言葉が相応しい屋敷だ。結構な年月が経っているとヨハンは言っていたが、日々手入れされているのか、そこに古めかしさは感じられない。
「失礼します」
コンコンと鉄の扉がノックされる。
同時に、年老いた男性の声が響いた。
しばらくして馬車の扉が外側からゆっくりと開かれる。
そこには燕尾服を着た白髪混じりの男性と、ヴィクトリアン風のワンピースを身に纏った若い女性が待ち構えていた。この屋敷の執事と侍女だろう。
二人はヨハンの姿を捉えるなり、深々と頭を下げた。
「お待ちしていました。ヨハン様。そして御一行様」
「ただいま戻りました。何か変わった事は?」
「特に何もありません。平常通りです」
「そうですか。“あの方”は元気ですか?」
「元気、とは言い難いですが、ここ数日はちょっとずつ食事を召し上がるようになっています」
「・・・今、“あの方”はどちらに?」
「エントランスルームにいらっしゃいます。落ち着かない様子でうろうろされていらっしゃいますよ」
「そうですか」
――“あの方”?
(さっきからあの方あの方って、一体誰の事を言っているのだろう)
『カルミアに会わせたい人もいますしね』
『きっと会ったら驚くと思いますよ』
カルミアは王宮の裏門で、ヨハンと話した会話を思い返していた。
(もしかして彼らが言う“あの方”って、僕に会わせたい人物の事を言っているのだろうか。それは一体誰だろう。僕の知っている人?それともジキルの関係者だろうか)
いくつもの疑問符が、カルミアの頭の中で浮かんでは消える。
「それなら早く顔を見せないといけませんね」
ヨハンは執事の手を借りて、静かに馬車から降りた。
ジャリ、と革靴が地面を擦る音がする。
「さぁ。皆さん、降りてください。会わせたい人がいます」
ヨハンは馬車の中に残された面々に向かって、紳士的に手を差し伸べた。
「先に降りますわね」
ターニャは差し出された手を取り、足首まであるワンピースを持ち上げながら馬車から降りた。
カルミアは、ターニャが馬車から降りたのを見送ると、真向いに座っているジキルに言った。
「ジキル、僕もお先に」
そしてターニャの後に続くように、ヨハンに手を伸ばす。しかしーー。
「なっ!!」
突然の浮遊感がカルミアを襲い、思わず伸ばしかけた手を引っ込めた。気付けば両足は地面から遠く離れている。背中には温かな感触。そして背後から抱き締められているような包容感がカルミアを包む。
ーージキルに両腕で抱き上げられ、体の正面で抱えられていた。要するにお姫様だっこされていたのだ。
カルミアは慌てふためいた。
「ジキル!?何の真似だよ!?」
カルミアは顔を真っ赤にしながらジキルを睨み上げた。、するとジキルは口角を僅かに上げ、しれっと答えた。
「カルミアはどんくさそうだからな。転んで怪我すると思って」
「馬車から降りるくらい僕だって出来るよ!」
確かに馬車と地面は結構な高さがある。
でも子供じゃあるまいし、転げ落ちて怪我する事なんてない...はずだ。
「下ろせー!!」
「はいはい」
ジキルはカルミアを胸に抱いたまま、軽々と飛び降りた。二人分とは思えない、トン、とした軽やかな足音が響く。
「まぁ」
侍女はジキルの胸に抱かれたカルミアを見て、驚いたように目を丸くさせた。
「この方が噂のカルミア様ですか?」
「・・・僕を知っているんですか?」
「ええ。ヨハン様から常々お話は伺っていました。ヨハン様からお聞きした通り、本当にお美しい。思わず息を飲んでしまいました」
大袈裟だよ、とカルミアは思ったが、褒められて嫌な気分はしない。素直に礼を述べることにした。
「...ありがとうございます」
「あら。そちらの方は?魔族、ですか?それにしては瞳が赤くていらっしゃる...」
「――アンナ。私語はそれくらいに。お客様を案内してあげなさい」
執事からピシャリと怒られ、アンナと呼ばれた侍女はシュンっと肩を落とした。
顎下で揃えられた林檎のように赤い髪に、切れ長の翡翠の瞳。大人っぽい涼しげな顔立ち。
ターニャとは正反対のタイプの容姿なのに、ターニャを彷彿とさせるのは何故だろう。
「ジ・キ・ル!!」
早く下ろせと言ったように、カルミアはジキルの名を力強く呼ぶ。ジキルは「分かった分かった」と溢し、渋々カルミアを地面に下ろした。
「さぁ、こちらに」
そう言って、執事はカルミア達を案内した。
虫の鳴き声が何処からか聞こえる薔薇の庭園を抜け、屋敷の前まで移動する。
薔薇の刻印がある扉の前にたどり着くと、執事は真鍮のドアノブを掴み、ゆっくりと扉を開いた。
ギイイと古びた扉が開く音がする。
「わぁあ」
ターニャは感嘆の声を上げた。
中に足を踏み入れると、広々としたエントランスホールが姿を現した。
繊細な薔薇の装飾が施された高い天井。黒ずみ一つない、真っ白な内壁。
置いてある家具は全てロココ調の家具で揃えられている。
等間隔に設置されたスタンドガラスから漏れ出した月光は、七色の光を纏い、神秘的な光に姿を変えている。
まるで王宮の教会のようだ。それくらい贅の限りが尽くされている。
カルミアは、スタンドガラスの前に立っている人物を視界に収めた。
そしてその人物が“ずっと会いたかった人物”だと分かると、カルミアは声を震わせた。
「――クロエ?」
「…俺だって好きでこの中に入っていたわけじゃない。魔力温存のためだ」
「魔力温存?」
ジキルくらいの膨大な魔力があれば、温存なんてしなくていいんじゃ?とカルミアは思った。
それとも何か理由があるのだろうか。
病気がどうこうと言っていたし、もしかして――。
「なぁ、ジキ・・」
「これ、持ってていいか?」
カルミアの声に被さるように、ジキルは尋ねた。
「持っても何も。元はジキルの物だ」
「そうだったな」
それだけ溢すと、ジキルは胸ポケットに魔笛を収めた。
「――着きましたよ」
小さな馬の鳴き声と共に、これまで走り続けていた馬車が失速する。
ヨハンの声を皮切りに、徐々に車内の揺れも収まり、流れゆく景色も止まる。
「見て下さい、カルミア様!!」
ターニャは興奮したように声を明るくさせた。カルミアは窓の外を見る。
――そこには広大な敷地が広がっていた。色とりどりの薔薇が咲き誇る庭園が美しい。
敷地の真ん中には、宮殿のような風格のある大きな屋敷がそびえ立っている。
「ここがフロレーテ家の別荘?」
「ええ、そうです。もう何十年も前に建てた別荘なので、かなり古いですが」
まさに豪華絢爛、という言葉が相応しい屋敷だ。結構な年月が経っているとヨハンは言っていたが、日々手入れされているのか、そこに古めかしさは感じられない。
「失礼します」
コンコンと鉄の扉がノックされる。
同時に、年老いた男性の声が響いた。
しばらくして馬車の扉が外側からゆっくりと開かれる。
そこには燕尾服を着た白髪混じりの男性と、ヴィクトリアン風のワンピースを身に纏った若い女性が待ち構えていた。この屋敷の執事と侍女だろう。
二人はヨハンの姿を捉えるなり、深々と頭を下げた。
「お待ちしていました。ヨハン様。そして御一行様」
「ただいま戻りました。何か変わった事は?」
「特に何もありません。平常通りです」
「そうですか。“あの方”は元気ですか?」
「元気、とは言い難いですが、ここ数日はちょっとずつ食事を召し上がるようになっています」
「・・・今、“あの方”はどちらに?」
「エントランスルームにいらっしゃいます。落ち着かない様子でうろうろされていらっしゃいますよ」
「そうですか」
――“あの方”?
(さっきからあの方あの方って、一体誰の事を言っているのだろう)
『カルミアに会わせたい人もいますしね』
『きっと会ったら驚くと思いますよ』
カルミアは王宮の裏門で、ヨハンと話した会話を思い返していた。
(もしかして彼らが言う“あの方”って、僕に会わせたい人物の事を言っているのだろうか。それは一体誰だろう。僕の知っている人?それともジキルの関係者だろうか)
いくつもの疑問符が、カルミアの頭の中で浮かんでは消える。
「それなら早く顔を見せないといけませんね」
ヨハンは執事の手を借りて、静かに馬車から降りた。
ジャリ、と革靴が地面を擦る音がする。
「さぁ。皆さん、降りてください。会わせたい人がいます」
ヨハンは馬車の中に残された面々に向かって、紳士的に手を差し伸べた。
「先に降りますわね」
ターニャは差し出された手を取り、足首まであるワンピースを持ち上げながら馬車から降りた。
カルミアは、ターニャが馬車から降りたのを見送ると、真向いに座っているジキルに言った。
「ジキル、僕もお先に」
そしてターニャの後に続くように、ヨハンに手を伸ばす。しかしーー。
「なっ!!」
突然の浮遊感がカルミアを襲い、思わず伸ばしかけた手を引っ込めた。気付けば両足は地面から遠く離れている。背中には温かな感触。そして背後から抱き締められているような包容感がカルミアを包む。
ーージキルに両腕で抱き上げられ、体の正面で抱えられていた。要するにお姫様だっこされていたのだ。
カルミアは慌てふためいた。
「ジキル!?何の真似だよ!?」
カルミアは顔を真っ赤にしながらジキルを睨み上げた。、するとジキルは口角を僅かに上げ、しれっと答えた。
「カルミアはどんくさそうだからな。転んで怪我すると思って」
「馬車から降りるくらい僕だって出来るよ!」
確かに馬車と地面は結構な高さがある。
でも子供じゃあるまいし、転げ落ちて怪我する事なんてない...はずだ。
「下ろせー!!」
「はいはい」
ジキルはカルミアを胸に抱いたまま、軽々と飛び降りた。二人分とは思えない、トン、とした軽やかな足音が響く。
「まぁ」
侍女はジキルの胸に抱かれたカルミアを見て、驚いたように目を丸くさせた。
「この方が噂のカルミア様ですか?」
「・・・僕を知っているんですか?」
「ええ。ヨハン様から常々お話は伺っていました。ヨハン様からお聞きした通り、本当にお美しい。思わず息を飲んでしまいました」
大袈裟だよ、とカルミアは思ったが、褒められて嫌な気分はしない。素直に礼を述べることにした。
「...ありがとうございます」
「あら。そちらの方は?魔族、ですか?それにしては瞳が赤くていらっしゃる...」
「――アンナ。私語はそれくらいに。お客様を案内してあげなさい」
執事からピシャリと怒られ、アンナと呼ばれた侍女はシュンっと肩を落とした。
顎下で揃えられた林檎のように赤い髪に、切れ長の翡翠の瞳。大人っぽい涼しげな顔立ち。
ターニャとは正反対のタイプの容姿なのに、ターニャを彷彿とさせるのは何故だろう。
「ジ・キ・ル!!」
早く下ろせと言ったように、カルミアはジキルの名を力強く呼ぶ。ジキルは「分かった分かった」と溢し、渋々カルミアを地面に下ろした。
「さぁ、こちらに」
そう言って、執事はカルミア達を案内した。
虫の鳴き声が何処からか聞こえる薔薇の庭園を抜け、屋敷の前まで移動する。
薔薇の刻印がある扉の前にたどり着くと、執事は真鍮のドアノブを掴み、ゆっくりと扉を開いた。
ギイイと古びた扉が開く音がする。
「わぁあ」
ターニャは感嘆の声を上げた。
中に足を踏み入れると、広々としたエントランスホールが姿を現した。
繊細な薔薇の装飾が施された高い天井。黒ずみ一つない、真っ白な内壁。
置いてある家具は全てロココ調の家具で揃えられている。
等間隔に設置されたスタンドガラスから漏れ出した月光は、七色の光を纏い、神秘的な光に姿を変えている。
まるで王宮の教会のようだ。それくらい贅の限りが尽くされている。
カルミアは、スタンドガラスの前に立っている人物を視界に収めた。
そしてその人物が“ずっと会いたかった人物”だと分かると、カルミアは声を震わせた。
「――クロエ?」
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