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あのにます
【5話・ガラス越しの景色(後編)】/あのにます
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私はサイトを何度も見返して勘違いでない事を確かめた。
「girl'sーD」は、レズビアン向けの援助交際募集掲示板だった。
暗号の様な文字列ばかりが並ぶ書き込みの中で野乃花のものらしき書き込みを見つけた。
それに返信をしているのが鈴乃だろうか。
彼女の書き込みもまた同様に、ぱっと見ただけでは解読できない様な文章になっていた。
鈴乃が何故、この掲示板を知っていて、なおかつ詳しいのだろうか。
そう思ったが、それについて考えるのは後にする。
野乃花が出ていった。けれども彼女はやはり家に帰ろうとしたわけではなかった。
私の予想通り、彼女が抱えた何かが、全て上手くいったというわけではない様子で。
それを知って、私は今やろうとしてる行動は、きっと傲慢とでも呼ぶ様なものであろう。
けれども、それでも、野乃花を此処で放置して帰る事など出来そうになかったのだ。
私は人混みをかき分けて野乃花に向かって真っすぐ歩いていった。
野乃花がふと顔を上げて私と目が合った。
野乃花は目を丸くして、明らかに動揺している様子であった。
彼女が椅子から立ち上がって、周囲を見回して。
観念したような表情に変わった野乃花を見て、私は何か悪い事をしている様な気になってきていた。
「アオトさん、なんでですか」
「……帰るよ」
「私はここで待ち合わせをしているんです」
「その書き込みは、私の知り合いが書いたものだよ」
私の言葉に野乃花はショックを受けたようだった。
纏まらない言葉を何度も口から溢して、それでも彼女は最後に黙り込む。
俯いたまま動かないので行き交う人々の視線が私の背中を刺した。
肩をすくめてから思い切って彼女の手を取った。
従順についてくる野乃花の手を引いて私は家に着いた。
帰路の間、私達は言葉一つも交わさなかった。
彼女の足取りは重たくて、ようやく私の家に着くと玄関先でしゃがみ込んで動かなくなった。
体調が悪いのかと思い、彼女を抱き起こすようにして私のベッドまで連れていく。
紅茶を淹れてくるから少し待ってて、と声をかけて側を離れようとした私の手首を野乃花が掴んできた。
野乃花が片手で顔を覆って泣きじゃくり始める。
私はベッドの端に腰掛ける。
野乃花が私の家に初めて来た時の、私の背中越しで感じた彼女の震えを思い出す。
あの時の彼女が感じていただろう感情は、私の錯覚ではないだろう、と。
「男性相手じゃないなら怖くないと思った?」
私の言葉に野乃花の反応はない。
それでも、彼女は私の手首を掴んだままで。
彼女の家出の理由を私は知らない。
そんな事をする様な性格ではないとは思う。
自らを切り売りするような性格でもないと思う。
そんな彼女が、それしか方法を知らないかのように、同じ過ちを繰り返そうとした。
それを諫めるのは、当然の行為だと私は思った。
「もっと、自分の事を考えて」
私のその言葉と同時に私は手首を強い力で引き寄せられる。
野乃花の力が思ったより強くてベッドの上に倒れた。
スプリングが軋む音が、布団の下から聞こえてきて。
勢いよく乱れた視界に、私は訳も分からずに呆けていると、野乃花が身を起こして私に縋るようにして。
その目に一杯の涙を浮かべ、頬を染めて、喉の奥に言葉を詰まらせながら。
たどたどしい言葉を苦しそうに吐き出す。
力強く叫ばなければ、その言葉が彼女の何処かでつっかえてしまうかのように。
「何で、私に構うんですか! 優しくするんですか! 私の事好きなんですか!」
突然、野乃花に怒鳴られて私は答えられなかった。
今まで見た事もない彼女の様相に、私は驚くしかできなかった。
私は知らない。
彼女が抱え込んでしまったものを。
その影すらも見せない様な彼女が、何を抱えているのかを。
「私の事なんて考えてくれてないくせに! 私の事なんて見てくれないくせに! 私の事なんて好きじゃないくせに!」
その言葉を吐いたそばから野乃花は泣き崩れた。
その涙が私の胸元を、生暖かく湿らせていく。
こんなにも彼女を追い詰めているのは一体何なのだろうか。
彼女が何かに追い詰められた様に、自身を切り売りしてしまおうとするのは何故なのだろうか。
今聞いたその言葉は、彼女が抱え込んだ何かに起因したものであるように聞こえた。
その感情を、その欲求を、嘘でも偽りでも満たして欲しかったのかもしれない。
誰かに見て欲しかったのだろうか、承認という実感が欲しかったのだろうか。
だから、彼女はそれを満たしてくれそうな方法を選んだ。
例え、一瞬でも歪でも、構わぬから、と。
野乃花が顔を上げて、一瞬。
私の唇を、人肌くらいの湿気と柔らかな感触が満たした。
私の視界一杯の野乃花の顔で、私は今キスをされているのだと、ひどく遅れて理解した。
それはほんの一瞬で、野乃花は私の目を見つめて震えた声で問いかける。
何もわからず驚いて呆けた顔をしているであろう私に向かって聞く。
「気持ち悪いですか、私って変ですか。でも、それでも、私は好きなのに」
彼女の言葉も行動もあまりに唐突で、私に理解できないのは。
きっとそれがこの場で生まれたものなんかでなく、彼女がずっと抱えていたものだからで。
理解するには私はあまりにも野々花のことを知らない。
また泣きじゃくる。
顔を伏せ、私に顔を埋め、野乃花の表情は見えない。
私は何も言わず、彼女の涙を布越しに感じていた。
どんな言葉も今は意味を持たない気がして、彼女の肩を抱いていた。
きっと、欠片はいくつも転がっていたのだ。
私が理解できていなかっただけなのだ。
初めて野乃花と会った時の言葉を思い出す。
彼女はあの時も、まるで自身を卑下する様な言葉を使っていた。
きっと、歪に抱え込んでしまったのだ。
「野乃花、寝ちゃった?」
どれくらいの時間が経っただろうか。
野乃花の泣きじゃくる声は止んでいて、寝息が微かに聞こえた。
私はそっと彼女をベッドの上に寝かせ直す。
野乃花が寝言で呼んでいたのは、「麻希」という名前だった。
「girl'sーD」は、レズビアン向けの援助交際募集掲示板だった。
暗号の様な文字列ばかりが並ぶ書き込みの中で野乃花のものらしき書き込みを見つけた。
それに返信をしているのが鈴乃だろうか。
彼女の書き込みもまた同様に、ぱっと見ただけでは解読できない様な文章になっていた。
鈴乃が何故、この掲示板を知っていて、なおかつ詳しいのだろうか。
そう思ったが、それについて考えるのは後にする。
野乃花が出ていった。けれども彼女はやはり家に帰ろうとしたわけではなかった。
私の予想通り、彼女が抱えた何かが、全て上手くいったというわけではない様子で。
それを知って、私は今やろうとしてる行動は、きっと傲慢とでも呼ぶ様なものであろう。
けれども、それでも、野乃花を此処で放置して帰る事など出来そうになかったのだ。
私は人混みをかき分けて野乃花に向かって真っすぐ歩いていった。
野乃花がふと顔を上げて私と目が合った。
野乃花は目を丸くして、明らかに動揺している様子であった。
彼女が椅子から立ち上がって、周囲を見回して。
観念したような表情に変わった野乃花を見て、私は何か悪い事をしている様な気になってきていた。
「アオトさん、なんでですか」
「……帰るよ」
「私はここで待ち合わせをしているんです」
「その書き込みは、私の知り合いが書いたものだよ」
私の言葉に野乃花はショックを受けたようだった。
纏まらない言葉を何度も口から溢して、それでも彼女は最後に黙り込む。
俯いたまま動かないので行き交う人々の視線が私の背中を刺した。
肩をすくめてから思い切って彼女の手を取った。
従順についてくる野乃花の手を引いて私は家に着いた。
帰路の間、私達は言葉一つも交わさなかった。
彼女の足取りは重たくて、ようやく私の家に着くと玄関先でしゃがみ込んで動かなくなった。
体調が悪いのかと思い、彼女を抱き起こすようにして私のベッドまで連れていく。
紅茶を淹れてくるから少し待ってて、と声をかけて側を離れようとした私の手首を野乃花が掴んできた。
野乃花が片手で顔を覆って泣きじゃくり始める。
私はベッドの端に腰掛ける。
野乃花が私の家に初めて来た時の、私の背中越しで感じた彼女の震えを思い出す。
あの時の彼女が感じていただろう感情は、私の錯覚ではないだろう、と。
「男性相手じゃないなら怖くないと思った?」
私の言葉に野乃花の反応はない。
それでも、彼女は私の手首を掴んだままで。
彼女の家出の理由を私は知らない。
そんな事をする様な性格ではないとは思う。
自らを切り売りするような性格でもないと思う。
そんな彼女が、それしか方法を知らないかのように、同じ過ちを繰り返そうとした。
それを諫めるのは、当然の行為だと私は思った。
「もっと、自分の事を考えて」
私のその言葉と同時に私は手首を強い力で引き寄せられる。
野乃花の力が思ったより強くてベッドの上に倒れた。
スプリングが軋む音が、布団の下から聞こえてきて。
勢いよく乱れた視界に、私は訳も分からずに呆けていると、野乃花が身を起こして私に縋るようにして。
その目に一杯の涙を浮かべ、頬を染めて、喉の奥に言葉を詰まらせながら。
たどたどしい言葉を苦しそうに吐き出す。
力強く叫ばなければ、その言葉が彼女の何処かでつっかえてしまうかのように。
「何で、私に構うんですか! 優しくするんですか! 私の事好きなんですか!」
突然、野乃花に怒鳴られて私は答えられなかった。
今まで見た事もない彼女の様相に、私は驚くしかできなかった。
私は知らない。
彼女が抱え込んでしまったものを。
その影すらも見せない様な彼女が、何を抱えているのかを。
「私の事なんて考えてくれてないくせに! 私の事なんて見てくれないくせに! 私の事なんて好きじゃないくせに!」
その言葉を吐いたそばから野乃花は泣き崩れた。
その涙が私の胸元を、生暖かく湿らせていく。
こんなにも彼女を追い詰めているのは一体何なのだろうか。
彼女が何かに追い詰められた様に、自身を切り売りしてしまおうとするのは何故なのだろうか。
今聞いたその言葉は、彼女が抱え込んだ何かに起因したものであるように聞こえた。
その感情を、その欲求を、嘘でも偽りでも満たして欲しかったのかもしれない。
誰かに見て欲しかったのだろうか、承認という実感が欲しかったのだろうか。
だから、彼女はそれを満たしてくれそうな方法を選んだ。
例え、一瞬でも歪でも、構わぬから、と。
野乃花が顔を上げて、一瞬。
私の唇を、人肌くらいの湿気と柔らかな感触が満たした。
私の視界一杯の野乃花の顔で、私は今キスをされているのだと、ひどく遅れて理解した。
それはほんの一瞬で、野乃花は私の目を見つめて震えた声で問いかける。
何もわからず驚いて呆けた顔をしているであろう私に向かって聞く。
「気持ち悪いですか、私って変ですか。でも、それでも、私は好きなのに」
彼女の言葉も行動もあまりに唐突で、私に理解できないのは。
きっとそれがこの場で生まれたものなんかでなく、彼女がずっと抱えていたものだからで。
理解するには私はあまりにも野々花のことを知らない。
また泣きじゃくる。
顔を伏せ、私に顔を埋め、野乃花の表情は見えない。
私は何も言わず、彼女の涙を布越しに感じていた。
どんな言葉も今は意味を持たない気がして、彼女の肩を抱いていた。
きっと、欠片はいくつも転がっていたのだ。
私が理解できていなかっただけなのだ。
初めて野乃花と会った時の言葉を思い出す。
彼女はあの時も、まるで自身を卑下する様な言葉を使っていた。
きっと、歪に抱え込んでしまったのだ。
「野乃花、寝ちゃった?」
どれくらいの時間が経っただろうか。
野乃花の泣きじゃくる声は止んでいて、寝息が微かに聞こえた。
私はそっと彼女をベッドの上に寝かせ直す。
野乃花が寝言で呼んでいたのは、「麻希」という名前だった。
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