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ぷろとこる
『6話・繋ぎ方』/ぷろとこる
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翌朝。
酔いの残っている内臓に気を落としながら目を覚ます。
昨晩の空音の宣言の後はもう、しっちゃかめっちゃかで、馬鹿みたいな量の酒を飲んだ。
酔っぱらった努氏は祝い酒だと騒ぎ、武本を巻き込み、近所の人間を呼び付け、どんちゃん騒ぎを起こして、私は何の為に帰省したのかも忘れて、ひたすら注がれる酒に対してお辞儀し続けた。
居間に向かうと大量のゴミと汚れた皿がテーブルに積まれていて、その奥で空音がスケッチブックを抱えて床に座っていた。
居間に広がる混沌とした余韻が昨晩の宴がどれほど騒がしいものであったかを物語っていた。
私と目が合うと空音は立ち上がり側に寄ってくる。
その楽し気な様子は私を待ち望んでいたが故だと判ると悪い気はしなかった。
「パパはもう仕事に行ったみたいよ」
時間は十時を回った所だった。
私は会社には今日まで有給を申請しており、明日は定休日だった。
急いで東京に戻る必要はなかった。
「お父さん、タフだね。あんなに騒いでいたのに、もう仕事だなんて。倒れたなんて話が嘘みたいだ」
「昨日は大変だったものね、あんなパパ初めて見たわ」
「空音があんなことを言うなんて思ってなかったんだよ、私もだけど」
「奈子が言え、って言ったんじゃない」
昨日の騒ぎはきっと、一種の照れ隠しや逃避行動だったのではないかと私は思った。
突然帰ってきた娘が結婚したと宣言し、相手が同姓で駆け落ちさながらに共に上京した相手とは、その心労はいかなる程であっただろうか。
空音が風変わりな子であるとは父親として理解はしていただろうが、彼女の新たな破天荒な行動に、どうしていいか分からず、とりあえず祝い酒と称して大騒ぎするしかなかったのではないか。
当の私はとりあえず飲み会の残骸を片付けていた。
そんな私に空音は言う。
「東京帰る?」
「……お父さんに何の挨拶せずに帰るのもな」
お互い顔を合わせるのも気まずいと思うが、このまま逃げ隠れするわけにもいかないだろう。
空音が本当に、本気で、私と結婚すると言うのなら、それがどれだけ妙なことであったとしても、私と努氏は話をする必要があった。
「あのさ、空音。昨日言ったこと本当なの、意味わかってる?」
「結婚のこと? だって、したでしょう? 高校を卒業するとき、この街を出るって決めたとき」
好きな人と結婚をした。
いや違う。
結婚のようなものをした。
互いの人生を相手と分かち合うという誓いをした。
同性同士、結婚のような契りを結んだ。
当時の私達は十八歳で高校を卒業したばかりだった。
青くて未熟な私達はその意味をよく分かっていなかったと今更ながら思う。
それでも、空音はその言葉をずっと疑うことはなかったのだ。
「それは子供の約束みたいなものでさ、それを本当にする為には、現実に落とし込む為には、大変なことだから。空音は無邪気に信じてるかもだけど、そんな簡単なことじゃないんだよ」
「あたしね、奈子が好き」
空音はいつかと同じ言葉を、私を連れ出した時と同じ言葉を、同じように口にする。
「この町を出たいって言った時、みんな止めようとしたり、それとも怒ったり。ママが亡くなったばかりだから慰めてくれたりした人もいたわ。でも、何処に行く?って聞いてくれたのは奈子だけ」
それはただ、空音という存在に私が惹かれていて、あの時の私には空音ならどんなことも出来るのではないかという期待というか信仰というか、それだけ大きな存在に見えていたのだ。
「あたしが奈子に好きって言った時も、女の子同士で結婚ってどうすればいいなんて真剣に悩んで方法を考えてくれたのは奈子だけ。だから昨日みたいなこと言わないで、あたしが欲しいものを決めつけたりしないで。そんなことをしないから奈子のことが好きなの」
空音が持っている沢山のモノや沢山の価値。
そして相応に得られるであろう幸福や結果。
そんな周囲からの決めつけや強迫が嫌で、空音の行動や生き様を褒めてくれたのは奈子だけだった。
そんな言葉をたどたどしく、ゆっくりと空音は紡ぐ。
「でも空音」
その先の言葉が詰まる。
今の私達の生活が上手くいってないのも事実じゃないかと。
空音が私にどれだけの信頼を寄せてくれてたとしても、生活が薄氷の上に成り立つ不安定なものであることには変わりない。
もし不幸な終わりを迎えてしまった時、私は空音にどうやって責任を取ればいい。
「だから、あたしがお願いしてるの。連れ出してって」
空音という存在を、それが巻き起こす事象を、社会に繋ぐために私は何ができるだろうか。
空音の語る夢のような言葉を、現実で蓋をするのではなく、それをどうやってか現実に落とし込もうとする。
現実と繋げようとする。
今までしてきた空音の為の行為が、実っていなかったそれが、届いていないのではないかと思っていたそれが、空音は理解していて、必要としていて。
臆病な私が確かめようとしなかっただけなのだと、今更気が付いた。
空音は自由で奔放で掴みどころがなくて、私の理解の及ばない所にいて、本当に私の事を好きなのか不安にさせて。
だから私はずっと臆病だった。
「だから急に、お父さんに言おうと思ったの?」
「だって奈子が言ったじゃない。言わないとダメな事だって教えてくれたのよ」
「……は?」
「結婚したら言わないといけないのね。奈子から教わってないもの」
「空音がさ、知らない男連れ込んだりしたのも私がダメだって言ってなかったから?」
私は何というか、気を落として肩を落とす。
「ちゃんと一から十まで言わなかった私の落ち度だったとでも言うの……? 私が臆病になってたのは認めるけどさ……」
釈然としない気分のまま、けれど足りない言葉で空音に理解を求めるのも、きっと空音が嫌った人達と同じ行為なのだろうとも思った。
言葉一つ一つの意味をちゃんと解いて、ちゃんと伝えていかないと彼女には伝わらない。
当たり前だとか、言わずとも分かるとか、そんな片付け方をしてはいけない。
納得が出来なくても、空音はそういう人間で、私はそんな彼女に手を引かれ、手を引いた。
選択をした。
「でも社会はそんなに優しくしてくれないよ」
「でも奈子は優しいじゃない」
「……そうだね」
これも惚れた弱みか、空音の事を私は見捨てられそうにないし、私だって見捨てられたくはない。
手を引いて、手を取った、その選択の結果として。
私は、私達は、探し続けるしかない。
手探りでも続けていくしかない。
社会と繋がる方法を。
酔いの残っている内臓に気を落としながら目を覚ます。
昨晩の空音の宣言の後はもう、しっちゃかめっちゃかで、馬鹿みたいな量の酒を飲んだ。
酔っぱらった努氏は祝い酒だと騒ぎ、武本を巻き込み、近所の人間を呼び付け、どんちゃん騒ぎを起こして、私は何の為に帰省したのかも忘れて、ひたすら注がれる酒に対してお辞儀し続けた。
居間に向かうと大量のゴミと汚れた皿がテーブルに積まれていて、その奥で空音がスケッチブックを抱えて床に座っていた。
居間に広がる混沌とした余韻が昨晩の宴がどれほど騒がしいものであったかを物語っていた。
私と目が合うと空音は立ち上がり側に寄ってくる。
その楽し気な様子は私を待ち望んでいたが故だと判ると悪い気はしなかった。
「パパはもう仕事に行ったみたいよ」
時間は十時を回った所だった。
私は会社には今日まで有給を申請しており、明日は定休日だった。
急いで東京に戻る必要はなかった。
「お父さん、タフだね。あんなに騒いでいたのに、もう仕事だなんて。倒れたなんて話が嘘みたいだ」
「昨日は大変だったものね、あんなパパ初めて見たわ」
「空音があんなことを言うなんて思ってなかったんだよ、私もだけど」
「奈子が言え、って言ったんじゃない」
昨日の騒ぎはきっと、一種の照れ隠しや逃避行動だったのではないかと私は思った。
突然帰ってきた娘が結婚したと宣言し、相手が同姓で駆け落ちさながらに共に上京した相手とは、その心労はいかなる程であっただろうか。
空音が風変わりな子であるとは父親として理解はしていただろうが、彼女の新たな破天荒な行動に、どうしていいか分からず、とりあえず祝い酒と称して大騒ぎするしかなかったのではないか。
当の私はとりあえず飲み会の残骸を片付けていた。
そんな私に空音は言う。
「東京帰る?」
「……お父さんに何の挨拶せずに帰るのもな」
お互い顔を合わせるのも気まずいと思うが、このまま逃げ隠れするわけにもいかないだろう。
空音が本当に、本気で、私と結婚すると言うのなら、それがどれだけ妙なことであったとしても、私と努氏は話をする必要があった。
「あのさ、空音。昨日言ったこと本当なの、意味わかってる?」
「結婚のこと? だって、したでしょう? 高校を卒業するとき、この街を出るって決めたとき」
好きな人と結婚をした。
いや違う。
結婚のようなものをした。
互いの人生を相手と分かち合うという誓いをした。
同性同士、結婚のような契りを結んだ。
当時の私達は十八歳で高校を卒業したばかりだった。
青くて未熟な私達はその意味をよく分かっていなかったと今更ながら思う。
それでも、空音はその言葉をずっと疑うことはなかったのだ。
「それは子供の約束みたいなものでさ、それを本当にする為には、現実に落とし込む為には、大変なことだから。空音は無邪気に信じてるかもだけど、そんな簡単なことじゃないんだよ」
「あたしね、奈子が好き」
空音はいつかと同じ言葉を、私を連れ出した時と同じ言葉を、同じように口にする。
「この町を出たいって言った時、みんな止めようとしたり、それとも怒ったり。ママが亡くなったばかりだから慰めてくれたりした人もいたわ。でも、何処に行く?って聞いてくれたのは奈子だけ」
それはただ、空音という存在に私が惹かれていて、あの時の私には空音ならどんなことも出来るのではないかという期待というか信仰というか、それだけ大きな存在に見えていたのだ。
「あたしが奈子に好きって言った時も、女の子同士で結婚ってどうすればいいなんて真剣に悩んで方法を考えてくれたのは奈子だけ。だから昨日みたいなこと言わないで、あたしが欲しいものを決めつけたりしないで。そんなことをしないから奈子のことが好きなの」
空音が持っている沢山のモノや沢山の価値。
そして相応に得られるであろう幸福や結果。
そんな周囲からの決めつけや強迫が嫌で、空音の行動や生き様を褒めてくれたのは奈子だけだった。
そんな言葉をたどたどしく、ゆっくりと空音は紡ぐ。
「でも空音」
その先の言葉が詰まる。
今の私達の生活が上手くいってないのも事実じゃないかと。
空音が私にどれだけの信頼を寄せてくれてたとしても、生活が薄氷の上に成り立つ不安定なものであることには変わりない。
もし不幸な終わりを迎えてしまった時、私は空音にどうやって責任を取ればいい。
「だから、あたしがお願いしてるの。連れ出してって」
空音という存在を、それが巻き起こす事象を、社会に繋ぐために私は何ができるだろうか。
空音の語る夢のような言葉を、現実で蓋をするのではなく、それをどうやってか現実に落とし込もうとする。
現実と繋げようとする。
今までしてきた空音の為の行為が、実っていなかったそれが、届いていないのではないかと思っていたそれが、空音は理解していて、必要としていて。
臆病な私が確かめようとしなかっただけなのだと、今更気が付いた。
空音は自由で奔放で掴みどころがなくて、私の理解の及ばない所にいて、本当に私の事を好きなのか不安にさせて。
だから私はずっと臆病だった。
「だから急に、お父さんに言おうと思ったの?」
「だって奈子が言ったじゃない。言わないとダメな事だって教えてくれたのよ」
「……は?」
「結婚したら言わないといけないのね。奈子から教わってないもの」
「空音がさ、知らない男連れ込んだりしたのも私がダメだって言ってなかったから?」
私は何というか、気を落として肩を落とす。
「ちゃんと一から十まで言わなかった私の落ち度だったとでも言うの……? 私が臆病になってたのは認めるけどさ……」
釈然としない気分のまま、けれど足りない言葉で空音に理解を求めるのも、きっと空音が嫌った人達と同じ行為なのだろうとも思った。
言葉一つ一つの意味をちゃんと解いて、ちゃんと伝えていかないと彼女には伝わらない。
当たり前だとか、言わずとも分かるとか、そんな片付け方をしてはいけない。
納得が出来なくても、空音はそういう人間で、私はそんな彼女に手を引かれ、手を引いた。
選択をした。
「でも社会はそんなに優しくしてくれないよ」
「でも奈子は優しいじゃない」
「……そうだね」
これも惚れた弱みか、空音の事を私は見捨てられそうにないし、私だって見捨てられたくはない。
手を引いて、手を取った、その選択の結果として。
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