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【2章・焔を掲げて/祷SIDE】
『2-3・悲鳴』
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A棟とB棟の校舎が平行に並び立つが、その間はそこまで広くはない中庭がある。私が2階の科学室の窓から見たのは、その中庭で逃げ惑う生徒の姿だった。大量の生徒が行く宛て入り乱れて、東西南北に走り回っている。
何かから逃れようという、必死な姿に見えた。中庭から悲鳴が幾つも重なって、校舎の壁に反響していた。無数の悲鳴が醸し出す恐怖の匂いが、上から見ている私にも伝わってくる。体験したことのない程の量の悲鳴に、私の感覚は押しつぶされそうだった。
何が起きているのか分からないという事が、そして確かに何かが起きているという事が、私の身体の奥、臓器の柔らかな場所を鷲掴みにしているようで。身体の内側から這い上がってくる気持ち悪さに、一瞬意識が遠のきそうになる。
混乱の極みにあって、生徒達が何から逃げているのか分からなかった。生徒達が一体何を見て、その悲鳴を上げているのか分からなかった。
「何があった?」
「倒れてんの、あれ、うちの担任じゃん?」
矢野ちゃんと明瀬ちゃんが私の横に並んで窓から中庭の光景を指差した。そうして、初めて。私は、自分が最初から視界の内に入れてはいた違和感に気が付く。生徒達が何から逃れようとしていのか、ようやく気が付く。視えていた筈なのに、見ようとしていなかったそれに。
生徒が、生徒を襲っていた。
制服のシャツを真っ赤に染めて、その口元から赤い液体を滴らせて。
「え……?」
シャツを赤く染めたその生徒と、私はハッキリと目が合った様な気がした。2階の科学室からの距離は遠く、その表情すらも確かに読み取る事は出来ない程の距離。しかし、その筈なのに、その生徒と確かに目が合った気がした。
その生徒から目を離すことが出来ず、指先を動かす事すら出来なかった。呼吸さえ忘れて息苦しさで一杯になる。それでも上手く息が吐きだせない。視線で射貫かれるという意味が分かった気がした。
その生徒が全身に被っている赤い液体。言葉にするまでもなく直感が冴えた。
彼は、血を滴らせていた。血に塗れていた。その血が一体、何のモノであるか。それは推測するまでも無かった。生徒達が逃げ惑っていたのは、今まさに、生徒に噛み付いては血液を噴水の如く撒き散らす「彼等」からだった。
そう、「彼等」。何人かの生徒が、先程の生徒と同様に、全身を血に染めて逃げ惑う生徒へと掴みかかっていった。距離はあっても、その異様な光景を認識出来た。理解出来ずとも、今、何が「起きている」のかは分かった。
科学室の黒板横に備え付けられているスピ-カ-から、校内連絡用のチャイムの音が鳴って、私は弾かれるように頭を上げた。ずっと、中庭の光景から視線を外す事が出来なかったと、遅れて理解する。その間、息を止めてしまっていて、急に冷や汗と呼吸が噴き出す。動くことを忘れていたかの様に急に激しく鼓動を打ち始める心臓。視界が一瞬暗転する。何度も続いて襲ってくる目眩。
スピーカーから、ハウリングした音が金切り声の様に響いた。スピーカーの向こう側の放送室は随分と慌ただしいようで、雑音と何かをぶつけたらしい音が、何度かノイズとして放送に乗って、そうして生活指導の先生の声が聞こえたが、また大きな音が鳴って全てを塗りつぶしてしまう。
放送は終了のチャイムも鳴らさずに、まさに唐突といった感じで途絶えた。何一つ情報が入っては来なかった。しいて言うならば、学校の中で何か大変な事が起きているということだけは確かになった。
「何が起きてんのさ」
明瀬ちゃんが誰に問う訳でもなく、私の横でそう呟いた。沈黙を続けるスピーカーを睨み付けたままだった。
放送が途切れてから、悲鳴の声がより一層大きくなった様な気がする。悲鳴は、中庭からだけでなく、廊下の方からも聞こえてきている。生徒に噛み付いて襲い掛かる「気の触れた」生徒が中庭にいて、それから逃げ惑う生徒達が中庭で悲鳴を上げていて。
それが、中庭だけでなく、校舎の中でも起きているとするならば。廊下から聞こえてくる悲鳴の原因がそれであるならば。その嫌な連想に、浮かび上がる想像に、脳裏から離れない中庭の光景が重なる。明瀬ちゃんのスマートフォンで観た動画の事が頭を過る。
人間に噛みついて襲いかかる人間の姿。人間の血肉を齧り啜り貪る人間。それは、そんなものは。「ゾンビ」とでも呼ぶほか無いのではないだろうか。そんなものが居る筈がない、存在する筈がない。
あの映像も、海外の話だった。信憑性の欠片もない動画だった。それが、何故か、今私の前で起きている現実と被る。
仮に。彼等が、人を襲う彼等が、本当に存在するとして。何故、この場所で、そして、これだけの数がいるというのだ。私達はどうすれば良いというのだ。
科学室から外の廊下の様子を伺っていた御馬先輩が私達に言った。
「様子を見てくるよ」
何かから逃れようという、必死な姿に見えた。中庭から悲鳴が幾つも重なって、校舎の壁に反響していた。無数の悲鳴が醸し出す恐怖の匂いが、上から見ている私にも伝わってくる。体験したことのない程の量の悲鳴に、私の感覚は押しつぶされそうだった。
何が起きているのか分からないという事が、そして確かに何かが起きているという事が、私の身体の奥、臓器の柔らかな場所を鷲掴みにしているようで。身体の内側から這い上がってくる気持ち悪さに、一瞬意識が遠のきそうになる。
混乱の極みにあって、生徒達が何から逃げているのか分からなかった。生徒達が一体何を見て、その悲鳴を上げているのか分からなかった。
「何があった?」
「倒れてんの、あれ、うちの担任じゃん?」
矢野ちゃんと明瀬ちゃんが私の横に並んで窓から中庭の光景を指差した。そうして、初めて。私は、自分が最初から視界の内に入れてはいた違和感に気が付く。生徒達が何から逃れようとしていのか、ようやく気が付く。視えていた筈なのに、見ようとしていなかったそれに。
生徒が、生徒を襲っていた。
制服のシャツを真っ赤に染めて、その口元から赤い液体を滴らせて。
「え……?」
シャツを赤く染めたその生徒と、私はハッキリと目が合った様な気がした。2階の科学室からの距離は遠く、その表情すらも確かに読み取る事は出来ない程の距離。しかし、その筈なのに、その生徒と確かに目が合った気がした。
その生徒から目を離すことが出来ず、指先を動かす事すら出来なかった。呼吸さえ忘れて息苦しさで一杯になる。それでも上手く息が吐きだせない。視線で射貫かれるという意味が分かった気がした。
その生徒が全身に被っている赤い液体。言葉にするまでもなく直感が冴えた。
彼は、血を滴らせていた。血に塗れていた。その血が一体、何のモノであるか。それは推測するまでも無かった。生徒達が逃げ惑っていたのは、今まさに、生徒に噛み付いては血液を噴水の如く撒き散らす「彼等」からだった。
そう、「彼等」。何人かの生徒が、先程の生徒と同様に、全身を血に染めて逃げ惑う生徒へと掴みかかっていった。距離はあっても、その異様な光景を認識出来た。理解出来ずとも、今、何が「起きている」のかは分かった。
科学室の黒板横に備え付けられているスピ-カ-から、校内連絡用のチャイムの音が鳴って、私は弾かれるように頭を上げた。ずっと、中庭の光景から視線を外す事が出来なかったと、遅れて理解する。その間、息を止めてしまっていて、急に冷や汗と呼吸が噴き出す。動くことを忘れていたかの様に急に激しく鼓動を打ち始める心臓。視界が一瞬暗転する。何度も続いて襲ってくる目眩。
スピーカーから、ハウリングした音が金切り声の様に響いた。スピーカーの向こう側の放送室は随分と慌ただしいようで、雑音と何かをぶつけたらしい音が、何度かノイズとして放送に乗って、そうして生活指導の先生の声が聞こえたが、また大きな音が鳴って全てを塗りつぶしてしまう。
放送は終了のチャイムも鳴らさずに、まさに唐突といった感じで途絶えた。何一つ情報が入っては来なかった。しいて言うならば、学校の中で何か大変な事が起きているということだけは確かになった。
「何が起きてんのさ」
明瀬ちゃんが誰に問う訳でもなく、私の横でそう呟いた。沈黙を続けるスピーカーを睨み付けたままだった。
放送が途切れてから、悲鳴の声がより一層大きくなった様な気がする。悲鳴は、中庭からだけでなく、廊下の方からも聞こえてきている。生徒に噛み付いて襲い掛かる「気の触れた」生徒が中庭にいて、それから逃げ惑う生徒達が中庭で悲鳴を上げていて。
それが、中庭だけでなく、校舎の中でも起きているとするならば。廊下から聞こえてくる悲鳴の原因がそれであるならば。その嫌な連想に、浮かび上がる想像に、脳裏から離れない中庭の光景が重なる。明瀬ちゃんのスマートフォンで観た動画の事が頭を過る。
人間に噛みついて襲いかかる人間の姿。人間の血肉を齧り啜り貪る人間。それは、そんなものは。「ゾンビ」とでも呼ぶほか無いのではないだろうか。そんなものが居る筈がない、存在する筈がない。
あの映像も、海外の話だった。信憑性の欠片もない動画だった。それが、何故か、今私の前で起きている現実と被る。
仮に。彼等が、人を襲う彼等が、本当に存在するとして。何故、この場所で、そして、これだけの数がいるというのだ。私達はどうすれば良いというのだ。
科学室から外の廊下の様子を伺っていた御馬先輩が私達に言った。
「様子を見てくるよ」
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