20 / 141
【5章・雷鳴と鋼が嘶く場所/弘人SIDE】
『5-4・Girls』
しおりを挟む
香苗がそう言って指差したのは、鷹橋の車の横に駐車していた車であった。後部座席のガラス越しに、幼稚園生くらいの女の子が乗っているのが見えた。
香苗が車のドアを開けようとするも、鍵がかかっていて開かない。中の女の子へ呼び掛けながら窓を叩くも、女の子から反応はなかった。香苗は焦りから唇を強く噛みしめる。運転席から顔を出した鷹橋が、苛立って声を荒げた。
「ゾンビが来やがった! いいから逃げるぞ!」
「この子を置いていくなんて出来ません!」
香苗がそう叫び返して、何度も鍵のかかったドアを引く。ゾンビの呻き声で、周囲は埋め尽くされて、それが弘人の鼓動を否応なしに早くする。香苗の声と、鷹橋の声が、頭の中で反響する。
今、逃げる事がどう考えても最善の行動であった。全員の生死がかかっている事態である。ここで見知らぬ子供を見捨てても、それは仕方がない事であろう。自分にそう言い聞かせる事が出来た。それで納得も出来た。けれども。
「香苗下がってろ!」
弘人は気が付けば、金属バットを強く握り締め、そう叫んでいた。香苗が一歩引くと同時に、弘人は金属バットで運転席側の窓を叩く。振り回すスペースが狭く力が入りきらない。鈍い衝突音が周囲に大きく響いたが、窓にはヒビ一つ入らなかった。
だが、その音で、中の女の子が目を覚ました。怯えた様子で周囲の様子を伺っていた。弘人が窓を叩き続けると、ガラスにようやくヒビが入る。
「坊主止めろ、ゾンビが寄ってくる!」
「お願い、鍵を開けて!」
香苗の言葉の意味が分からないのか、聞こえていないのか、女の子は怯えたままで動かなかった。
「くっそ! 付き合いきれねぇ!」
鷹橋が車のエンジンをかけた。置き去りにされる、その可能性が弘人の頭を過る。しかし香苗は動こうとせず、車内の女の子しか目に入っていない様子であった。呻き声が先程よりもずっと近くなり、ゾンビ達が徐々にその包囲網を築き上げているのが分かった。
弘人の迷いが、一瞬、バットを握っていた手を止めてしまう。
「どいてなさい」
それは、この場に居た誰とも違う、別の声で。
女の子が乗っている乗用車が、何かの衝撃を受けて振動した。車の上に何かが落ちてきた様な衝撃で、弘人は上を見上げる。
車の上に立っていたのは、学校制服姿の少女だった。車の上を跳び移りながら此処まで来たのだと弘人は気が付く。
少女は茶髪のセミショートヘアで、幼さを残しながらも、端正な顔立ちをしていた。少し高めの背丈で、彼女の短いスカートから伸びる素足の先が見えそうになって、弘人は咄嗟に目を背ける。
彼女は車から飛び降りて弘人の側に着地した。足元は真新しいスニーカーで、背中に何かを背負っていた。彼女が背負っているのがチェーンソーだと気が付いて、弘人は驚愕する。
少なくとも、普通の学生はチェーンソーなど背負っていない。
「君は?」
「下がってくれる?」
弘人に有無を言わせずその少女は押し通った。何事も無いように車のドアに触れる。
突如、青白い光が周囲に散って、パルスが弾けた。ほんの一瞬、走った閃光が辺りを明るく照らし出す。
少女がそのまま、車のドアノブに手をかける。何故かロックが外れていて、ドアは難なく開いた。
「何で」
香苗が車の後部座席に身体を突っ込み、女の子を抱き抱えて出てきた。香苗が鷹橋の車に乗り込むと、運転席の窓から鷹橋が頭を出す。
「急げ! お前ら!」
「君も!」
弘人は咄嗟にその少女の手を引いて、車に転がり込むように乗り込んだ。鷹橋がアクセルを勢いよく踏み込む。衝撃が暴れまわり、乱暴に車が発進した。
少女が弘人の肩を乱暴に掴んだ。
「ちょっと、あんたいきなり何すんのよ!?」
「あの場に居たら危険だっただろ!?」
「あたしは助けてなんて頼んでない!」
二人のやり取りに鷹橋が怒鳴る。急にハンドルを切って車体が大きく揺れた。
「舌噛むぞ! 黙ってろ!」
何かがぶつかる鈍い音がして、香苗が抱えられていた女の子が泣き叫ぶ。ゾンビを思い切り跳ね飛ばして、フロントガラスに血飛沫が貼り付いた。
車の音に反応したのか、ゾンビが駐車場の至る所から表れ始めていた。その群れを突っ切って出口のバーを突き破る。タイヤがスリップ音を軋ませながらも、駐車場から離脱した。
少女が不機嫌そうに言う。
「それで、何処に向かってるわけ。あんた達は」
「それも含めて話がしたい。君、名前は?」
弘人の問いに、少女は少し躊躇いを見せたが、溜め息交じりに言った。
「加賀野桜―かがの さくら―よ」
弘人達のやり取りを聞いていた香苗が、抱きしめていた女の子に優しく名前を聞いた。女の子は、改めて見ると幼稚園生くらいの見た目であった。その子供は泣き止んでいたものの、顔を真っ赤に腫らして、目の周りには拭い切れていない涙の跡があった。
泣き続けていたせいで、今なおしゃっくりを続けている。
「ねぇ、お名前は言えるかな?」
「梨絵―りえ―」
「梨絵ちゃんって言うんだね、苗字は分かるかな?」
「葉山―はやま―」
香苗が車のドアを開けようとするも、鍵がかかっていて開かない。中の女の子へ呼び掛けながら窓を叩くも、女の子から反応はなかった。香苗は焦りから唇を強く噛みしめる。運転席から顔を出した鷹橋が、苛立って声を荒げた。
「ゾンビが来やがった! いいから逃げるぞ!」
「この子を置いていくなんて出来ません!」
香苗がそう叫び返して、何度も鍵のかかったドアを引く。ゾンビの呻き声で、周囲は埋め尽くされて、それが弘人の鼓動を否応なしに早くする。香苗の声と、鷹橋の声が、頭の中で反響する。
今、逃げる事がどう考えても最善の行動であった。全員の生死がかかっている事態である。ここで見知らぬ子供を見捨てても、それは仕方がない事であろう。自分にそう言い聞かせる事が出来た。それで納得も出来た。けれども。
「香苗下がってろ!」
弘人は気が付けば、金属バットを強く握り締め、そう叫んでいた。香苗が一歩引くと同時に、弘人は金属バットで運転席側の窓を叩く。振り回すスペースが狭く力が入りきらない。鈍い衝突音が周囲に大きく響いたが、窓にはヒビ一つ入らなかった。
だが、その音で、中の女の子が目を覚ました。怯えた様子で周囲の様子を伺っていた。弘人が窓を叩き続けると、ガラスにようやくヒビが入る。
「坊主止めろ、ゾンビが寄ってくる!」
「お願い、鍵を開けて!」
香苗の言葉の意味が分からないのか、聞こえていないのか、女の子は怯えたままで動かなかった。
「くっそ! 付き合いきれねぇ!」
鷹橋が車のエンジンをかけた。置き去りにされる、その可能性が弘人の頭を過る。しかし香苗は動こうとせず、車内の女の子しか目に入っていない様子であった。呻き声が先程よりもずっと近くなり、ゾンビ達が徐々にその包囲網を築き上げているのが分かった。
弘人の迷いが、一瞬、バットを握っていた手を止めてしまう。
「どいてなさい」
それは、この場に居た誰とも違う、別の声で。
女の子が乗っている乗用車が、何かの衝撃を受けて振動した。車の上に何かが落ちてきた様な衝撃で、弘人は上を見上げる。
車の上に立っていたのは、学校制服姿の少女だった。車の上を跳び移りながら此処まで来たのだと弘人は気が付く。
少女は茶髪のセミショートヘアで、幼さを残しながらも、端正な顔立ちをしていた。少し高めの背丈で、彼女の短いスカートから伸びる素足の先が見えそうになって、弘人は咄嗟に目を背ける。
彼女は車から飛び降りて弘人の側に着地した。足元は真新しいスニーカーで、背中に何かを背負っていた。彼女が背負っているのがチェーンソーだと気が付いて、弘人は驚愕する。
少なくとも、普通の学生はチェーンソーなど背負っていない。
「君は?」
「下がってくれる?」
弘人に有無を言わせずその少女は押し通った。何事も無いように車のドアに触れる。
突如、青白い光が周囲に散って、パルスが弾けた。ほんの一瞬、走った閃光が辺りを明るく照らし出す。
少女がそのまま、車のドアノブに手をかける。何故かロックが外れていて、ドアは難なく開いた。
「何で」
香苗が車の後部座席に身体を突っ込み、女の子を抱き抱えて出てきた。香苗が鷹橋の車に乗り込むと、運転席の窓から鷹橋が頭を出す。
「急げ! お前ら!」
「君も!」
弘人は咄嗟にその少女の手を引いて、車に転がり込むように乗り込んだ。鷹橋がアクセルを勢いよく踏み込む。衝撃が暴れまわり、乱暴に車が発進した。
少女が弘人の肩を乱暴に掴んだ。
「ちょっと、あんたいきなり何すんのよ!?」
「あの場に居たら危険だっただろ!?」
「あたしは助けてなんて頼んでない!」
二人のやり取りに鷹橋が怒鳴る。急にハンドルを切って車体が大きく揺れた。
「舌噛むぞ! 黙ってろ!」
何かがぶつかる鈍い音がして、香苗が抱えられていた女の子が泣き叫ぶ。ゾンビを思い切り跳ね飛ばして、フロントガラスに血飛沫が貼り付いた。
車の音に反応したのか、ゾンビが駐車場の至る所から表れ始めていた。その群れを突っ切って出口のバーを突き破る。タイヤがスリップ音を軋ませながらも、駐車場から離脱した。
少女が不機嫌そうに言う。
「それで、何処に向かってるわけ。あんた達は」
「それも含めて話がしたい。君、名前は?」
弘人の問いに、少女は少し躊躇いを見せたが、溜め息交じりに言った。
「加賀野桜―かがの さくら―よ」
弘人達のやり取りを聞いていた香苗が、抱きしめていた女の子に優しく名前を聞いた。女の子は、改めて見ると幼稚園生くらいの見た目であった。その子供は泣き止んでいたものの、顔を真っ赤に腫らして、目の周りには拭い切れていない涙の跡があった。
泣き続けていたせいで、今なおしゃっくりを続けている。
「ねぇ、お名前は言えるかな?」
「梨絵―りえ―」
「梨絵ちゃんって言うんだね、苗字は分かるかな?」
「葉山―はやま―」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる