クラウンクレイド零和

茶竹抹茶竹

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【6章・荒天、または豪雨の魔女/祷SIDE】

『6-4・接近』

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 私がそう言うと、明瀬ちゃんが小さく私の名前を呼ぶ声が聞こえた。私は壁に立て掛けておいた竹刀袋を担ぐ。これ以上の事態の悪化は避ける必要がある。私はそれを成し得るだけのものを持っている。
 私が竹刀袋を担いだのを見て、小野間君が鼻を鳴らした。
「そーっすか。お得意の剣道とやらに期待してますよ」
「足手まといにはならないようにするよ」
 私の勢いに葉山君が折れた。目的地は職員室のみに、と釘を刺され私達は頷く。明瀬ちゃんに心配ないよ、と声をかけてから小野間君を肩を並べた。
「良いんすか」
「大丈夫、行こう」
 私達が、そっと教室の引き戸を開けると、3階の廊下は静まり返っていた。机と椅子で組み上げられたバリケードの下を潜って外に出る。机の足の隙間から這い出てくるのは、小野間君の体格では辛そうだと、見ていて思った。私の小柄な体格が役に立った気がする。
 教室から不安そうに顔を覗かせた明瀬ちゃんに、大丈夫だと、身振りで伝えた。それを見て明瀬ちゃんの顔はまた教室に引っ込む。
 防火扉で閉じられた階段。防火扉の近くにある通用口のドアノブに小野間君が手をかけた。ゆっくりと押すも、甲高い金属音が響いてしまう。小野間が小さく舌打ちをする。
 電灯の付いていない階段は暗闇に呑まれていて、私達は暫く耳を澄ませていた。何の反応も無い事を確認してから、スマフォのライト片手に階段を降りる。
 小野間が先行して階段を下っていった。たった十数段が長い道のりに思える。踊り場に着いた辺りで小野間君が足を止めた。暗くてよく見えないながらも、その顔に緊張が走っているのは分かる。
 不安なのは二人とも同じだと、私は彼の腕を掴み力強く頷いた。息を潜めようとしても激しく脈打つ鼓動がそれを邪魔をする。顔を見合わせて深呼吸をすると、ゆっくりと階段を下りる。
 暗闇の中を、目の前が見えない階段を、一歩ずつ下っていく度に、私は泥沼に足を踏み入れていく様な感覚で。いつ目の前の暗闇から血塗れの腕が伸びてくるのか。嫌な想像が何度振り払っても消えなくて。
 二階に着いた途端、小野間君が咄嗟にスマフォのライトを手で覆って隠した。その一瞬の間に、職員室のドアの前にこちらに背を向けている人影が見えた。小野間君が私にそっと耳打ちする。
「一人だけっすよね?」
 私は大きく頷いて同意の意を示した。他にいた様に見えなかった。
 戻ろう、と私がジェスチャ-を出すも、小野間君がそれを無視して階段の踊り場に設置してある消火器の前にしゃがみ込んだ。小野間が消火器を外して担ぐ。私が止める暇もなく、小野間が思い切り駆け出した。
 スマフォのライトが光る。此方に背を向けていた人影へと、小野間君が消火器を思い切り振り下ろした。後頭部にめり込んだ消火器。
 悲鳴の様に、ゾンビのあの呻き声が上がる。小野間が再び消火器を振り回して頭部を打ち付けた。ゾンビが廊下に倒れて、動かなくなる。
 小野間君は倒れたゾンビをまたいで職員室のドアに張り付いた。そっとドアノブを回す。小野間が、先に入ると小声で私に伝えてから滑り込む。
 私は廊下に向けて一瞬ライトを付けた。ゾンビの姿は見当たらない。
「昼間の数からして、全くいないのは……おかしいよね」
 矢野ちゃんの最期の光景が蘇る。あの時は教室の中にいたゾンビの大群が突然現れた。今、廊下にゾンビがいない事を考慮すると、ゾンビ達は教室の中に密集しているということだろうか。
「中、大丈夫っす」
 職員室のドアが開いて、小野間君が私を呼んだ。私も彼に続き、そっとドアを閉めて鍵をかける。彼の言う通り、職員室の中にはゾンビは居なかった。
 ライトを部屋中に照らすと血飛沫の跡が見えて、私は咄嗟にこみ上げてきた吐き気を堪えた。死体が何処に行ったのかは考えたくも無かった。何度か深呼吸を繰り返す。涙が目に染みた。
「今みたいな事、危険だよ」
「何がっすか?」
「戦おうなんて危険すぎる」
 私の指摘に小野間君が苛立ちを見せた。
「先輩は平気なんすか、こんな事になって」
「平気なわけないよ」
「俺はあいつらが許せねぇ。あいつらのせいで、みんな死んだ」
 小野間君が言葉を滲ませる。その気持ちは痛い程理解は出来た。
 職員室中の机と棚を漁る。お茶用の御菓子の袋を幾つか見つけた。それと開封済みではあったがクッキ-の缶を見つけた。どちらも食料としては心許ないが、無いよりはマシだろう。
「不安なんすよ」
 作業の手を止めず、小野間君が言った。
「分かるよ。私もそうだもん」
「なら、何でセンパイはそんなに落ち着いてるんすか」
 私はその問いに顔を上げた。小野間君が私の顔をじっと見つめていた。
「葉山も、センパイも、俺から見たらすげぇ怖いんすよ」
「怖い?」
「冷静過ぎて、どっかヤバいんじゃないかって思うんすよ。学校にいきなり人を食うゾンビが現れて、ゾンビに噛まれたダチもゾンビになって、それで全員死んじまって。
 だけど俺は生き残っちまってる。助けも食料もねぇし、佳東は訳わかんない力使い始めるし、こんな状況で冷静でいるやつの方がぜってーおかしいっすよ」
 正直、否定は出来ないと思った。
 この場に居合わせたなら、小野間君の様に焦燥感に囚われるのも決しておかしな事ではないと思う。佳東さんの魔法も、ゾンビという存在も、私達の常識を根底から覆しかねないもので。ただ、私はその一つをたまたま知っていただけだ。
 けれども、という言葉が脳裏を過る。考えないようにしていた事。
 ゾンビとは一体何なのであろうか。何処から彼等は現れたのか、何故彼等は人を襲うのか。映画の様な、と明瀬ちゃんは言ったけれども、そんなイメージ通りの存在になるだろうか。考えれば考える程分からなくなる。
 私は頭を振って、思考をかき消した。
 今私が考えるべきは、明瀬ちゃんと共に生き残ることだけだ。
「葉山は、この状況を楽しんでる感じすらするんすよね」
「葉山君はどうか分からないけど、私は強がってるだけだよ。私がしっかりしないと、明瀬ちゃんを守れないから」
「あの変な映画オタクっすか」
「まぁ……、ちょっとだけ変わってるかも」
「黙ってれば美人のタイプっすね」
 小野間君の指摘に、私は少し笑った。
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