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【8章・闇夜に沈め/祷SIDE】
『8-2・兄妹』
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明瀬ちゃんの言葉は、小野間君が昨日言っていた言葉に通じるものがあった。葉山君とは、もう少し話してみる必要があると思う。
時計を見ると、先程決めた防火扉の点検の時間だった。ジャンケンで葉山君と私に決まった。見回りの為、バリケードの下を潜り抜けて廊下に出る。四方から呻き声と、物音が微かに聞こえてくる。廊下を進む自分たちの足音が酷く響いている気がして、私の首筋を緊張が撫でた。
見に行くと防火扉に問題は無く。ドアノブを回せないゾンビであれば、開けるのは苦戦する筈だった。打ち破るには扉は重たすぎる。そもそも3階にまで、ゾンビはなかなか上がってこれない。誰もいない廊下は、安心すべき筈であったのに、何処か不気味であった。3階廊下の2か所の階段と防火扉をチェックして、教室に戻る途中、私は葉山君に話しかけた。
「葉山君は冷静で凄いよね」
「まさか、そんな事ありませんよ。精神が昂って落ち着かない状態ですよ」
確かに、葉山君は幾つか状況を測り違えていた所はあった。明瀬ちゃんが指摘をしていた様な点だ。そう考えると、異様に冷静な様に見える葉山君も、何処か冷静さを欠いているのかもしれない。葉山君が、何か含んだ言い方をする。
「先輩こそ、冷静な方だと思いますよ」
「そんな事ないよ。私も動揺してるし、とても怖い」
「御家族と会いたくなったりしませんか。他の友達とは。剣道部と仰っていましたが、部活の仲間とは」
「え?」
「心配になりませんか。不安になりませんか。親しい人間と離れて、こんな状況に身を置いているのは?」
「葉山君、どうしたの……?」
私の動揺に、彼は少し正気を取り戻したようで。私達の会話が途切れると、下の階から呻き声が幾つも聞こえてきた。私は一瞬、身を強張らせる。暫く足を止めていると、呻き声は遠ざかって消えた。葉山君が私に軽く頭を下げる。
「いえ、すみません」
「……葉山君の家族は?」
「両親と、あと下に妹がいます」
「それは不安だね、助けに行きたいよね」
「そうですね、……妹を、助けに行かなくてはいけないのか。いや、しかし、……今はまだ情報が足りませんから」
その物言いに少し、私は引っかかるものがあった。彼の歯に物が挟まったような言い方と、何かを思案しながらの返事は、奇妙な雰囲気を感じた。妹を助けに行かなければならない、とは言った。それは、心配とは別の感情の様に思えて。肉親の心配を、今まで一瞬もしていなかったようで。そして、妹を助ける事を、何か他人行儀に考えている様で。そして。
情報が足りない、という理由で助けることを断念するのだろうか。こんなにもあっさりと。この状況で、自分の感情を押し殺しているだけだろうか。私が彼の瞳を見つめても、その真意は見えなかった。
「先輩。戻りましょう」
その言葉に、私は同意した。
教室に戻ると明瀬ちゃんと小野間君が何かを話していた。和やかな雰囲気である。私に言ってくれたように、明瀬ちゃんとしてもこの不仲を何とかしようとしてくれているらしい。私よりも明瀬ちゃんの方がずっと上手くやってくれるだろう。
みんなが仲良くしてくれることに越したことはない。待っている救助がいつになるのかは分からないとはいえ、とにかくこの集団で生活をしていくしかない。仲良くする必要は大いにあった。
明瀬ちゃんと小野間君の会話から外れている佳東さんが気になった。彼女は平気だろうか。精神面もどちらかと言えば、脆い人間である様に思える。ふと手を動かした彼女の仕草で、袖が少し捲れた。佳東さんの手首に、包帯が巻いてあることに気が付く。昨日は無かった気がする。何か怪我をしたのだろうか。
ふと傍らの葉山君を見ると、彼は食い入るように佳東さんの事を見つめていた。
小野間君と違って、葉山君は佳東さんに対して当たりは強くなかった。少し配慮に欠ける点はあるが、佳東さんに対して敵意のようなものは見られない。
「葉山君は、佳東さんの事どう思う?」
私は思い切って葉山君に聞いてみた。少し面食らったような様子だったが、しかしそれでも彼は即答した。
「頼れる仲間だと思っています」
「そっか」
その言葉に、私は少し安心した。佳東さんの立場の悪さは、小野間君さえ何とかすれば解消されるだろう、と。明瀬ちゃんがその辺りは上手くやってくれると期待したい。葉山君が、私の事をじっと見つめている事に気が付いて、私は軽く首を傾げた。彼は暫く、何か言葉に迷う素振りで、けれども私の顔を見つめ直して口を開いた。
「先輩は、シンギュラリティと聞いて意味が分かりますか」
「え?」
私がそう聞き返すと、彼は顔を背けて離れていってしまった。呼び止めようとしたが、そんな雰囲気ではなかった。小野間君と会話を終えた明瀬ちゃんが、私の側に来ると、何かあったのか、と耳打ちしてきた。私は首を横に振り、明瀬ちゃんなら言葉の意味が分かるかもと、葉山君の言っていた言葉を教える。
「シンギュラリティって何だか分かる?」
「シンギュラリティ? 『Singularity』の事かな。非凡とか奇妙とかの意味だけど」
「葉山君に、シンギュラリティって言われて意味が分かるか、って言われて」
「今、英単語クイズ出してくるタイプには見えないけど」
「他に意味とか指示している物とかはないのかな?」
彼は何かを伝えようとしてきたのだろうか。明瀬ちゃんが言うには、シンギュラリティは非凡や奇妙を意味する英単語らしい。急に、私に問いかけてくるには意味が分からない言葉だった。
宙を仰いで暫し悩んでいた明瀬ちゃんが、急に口を開いた。
「特異点」
「特異点?」
「人工知能が人間を超える事をテクノロジーシンギュラリティって呼ぶんだけどさ、もしその意味から転じてるなら、『何か』が人間を超えるっていう意味かも」
時計を見ると、先程決めた防火扉の点検の時間だった。ジャンケンで葉山君と私に決まった。見回りの為、バリケードの下を潜り抜けて廊下に出る。四方から呻き声と、物音が微かに聞こえてくる。廊下を進む自分たちの足音が酷く響いている気がして、私の首筋を緊張が撫でた。
見に行くと防火扉に問題は無く。ドアノブを回せないゾンビであれば、開けるのは苦戦する筈だった。打ち破るには扉は重たすぎる。そもそも3階にまで、ゾンビはなかなか上がってこれない。誰もいない廊下は、安心すべき筈であったのに、何処か不気味であった。3階廊下の2か所の階段と防火扉をチェックして、教室に戻る途中、私は葉山君に話しかけた。
「葉山君は冷静で凄いよね」
「まさか、そんな事ありませんよ。精神が昂って落ち着かない状態ですよ」
確かに、葉山君は幾つか状況を測り違えていた所はあった。明瀬ちゃんが指摘をしていた様な点だ。そう考えると、異様に冷静な様に見える葉山君も、何処か冷静さを欠いているのかもしれない。葉山君が、何か含んだ言い方をする。
「先輩こそ、冷静な方だと思いますよ」
「そんな事ないよ。私も動揺してるし、とても怖い」
「御家族と会いたくなったりしませんか。他の友達とは。剣道部と仰っていましたが、部活の仲間とは」
「え?」
「心配になりませんか。不安になりませんか。親しい人間と離れて、こんな状況に身を置いているのは?」
「葉山君、どうしたの……?」
私の動揺に、彼は少し正気を取り戻したようで。私達の会話が途切れると、下の階から呻き声が幾つも聞こえてきた。私は一瞬、身を強張らせる。暫く足を止めていると、呻き声は遠ざかって消えた。葉山君が私に軽く頭を下げる。
「いえ、すみません」
「……葉山君の家族は?」
「両親と、あと下に妹がいます」
「それは不安だね、助けに行きたいよね」
「そうですね、……妹を、助けに行かなくてはいけないのか。いや、しかし、……今はまだ情報が足りませんから」
その物言いに少し、私は引っかかるものがあった。彼の歯に物が挟まったような言い方と、何かを思案しながらの返事は、奇妙な雰囲気を感じた。妹を助けに行かなければならない、とは言った。それは、心配とは別の感情の様に思えて。肉親の心配を、今まで一瞬もしていなかったようで。そして、妹を助ける事を、何か他人行儀に考えている様で。そして。
情報が足りない、という理由で助けることを断念するのだろうか。こんなにもあっさりと。この状況で、自分の感情を押し殺しているだけだろうか。私が彼の瞳を見つめても、その真意は見えなかった。
「先輩。戻りましょう」
その言葉に、私は同意した。
教室に戻ると明瀬ちゃんと小野間君が何かを話していた。和やかな雰囲気である。私に言ってくれたように、明瀬ちゃんとしてもこの不仲を何とかしようとしてくれているらしい。私よりも明瀬ちゃんの方がずっと上手くやってくれるだろう。
みんなが仲良くしてくれることに越したことはない。待っている救助がいつになるのかは分からないとはいえ、とにかくこの集団で生活をしていくしかない。仲良くする必要は大いにあった。
明瀬ちゃんと小野間君の会話から外れている佳東さんが気になった。彼女は平気だろうか。精神面もどちらかと言えば、脆い人間である様に思える。ふと手を動かした彼女の仕草で、袖が少し捲れた。佳東さんの手首に、包帯が巻いてあることに気が付く。昨日は無かった気がする。何か怪我をしたのだろうか。
ふと傍らの葉山君を見ると、彼は食い入るように佳東さんの事を見つめていた。
小野間君と違って、葉山君は佳東さんに対して当たりは強くなかった。少し配慮に欠ける点はあるが、佳東さんに対して敵意のようなものは見られない。
「葉山君は、佳東さんの事どう思う?」
私は思い切って葉山君に聞いてみた。少し面食らったような様子だったが、しかしそれでも彼は即答した。
「頼れる仲間だと思っています」
「そっか」
その言葉に、私は少し安心した。佳東さんの立場の悪さは、小野間君さえ何とかすれば解消されるだろう、と。明瀬ちゃんがその辺りは上手くやってくれると期待したい。葉山君が、私の事をじっと見つめている事に気が付いて、私は軽く首を傾げた。彼は暫く、何か言葉に迷う素振りで、けれども私の顔を見つめ直して口を開いた。
「先輩は、シンギュラリティと聞いて意味が分かりますか」
「え?」
私がそう聞き返すと、彼は顔を背けて離れていってしまった。呼び止めようとしたが、そんな雰囲気ではなかった。小野間君と会話を終えた明瀬ちゃんが、私の側に来ると、何かあったのか、と耳打ちしてきた。私は首を横に振り、明瀬ちゃんなら言葉の意味が分かるかもと、葉山君の言っていた言葉を教える。
「シンギュラリティって何だか分かる?」
「シンギュラリティ? 『Singularity』の事かな。非凡とか奇妙とかの意味だけど」
「葉山君に、シンギュラリティって言われて意味が分かるか、って言われて」
「今、英単語クイズ出してくるタイプには見えないけど」
「他に意味とか指示している物とかはないのかな?」
彼は何かを伝えようとしてきたのだろうか。明瀬ちゃんが言うには、シンギュラリティは非凡や奇妙を意味する英単語らしい。急に、私に問いかけてくるには意味が分からない言葉だった。
宙を仰いで暫し悩んでいた明瀬ちゃんが、急に口を開いた。
「特異点」
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「人工知能が人間を超える事をテクノロジーシンギュラリティって呼ぶんだけどさ、もしその意味から転じてるなら、『何か』が人間を超えるっていう意味かも」
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