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【15章・煉獄で、焔と雷を/祷SIDE】
『15-1・理想』
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夜中、夢見の悪さから目が冴えてしまった私は、ゆっくりとベッドから起き上がった。スプリングの軋む音で横で寝ている明瀬ちゃんを起こさないように、そっとその場を離れる。足音を立てない様ゆっくりと、けれどあてもなく2階フロアを歩いていると、窓の近くで見張り番をしている鷹橋さんと樹村さんの姿があった。
災害用の懐中電灯を床に置いていて、その光に当てられた二人の姿は暗闇から浮かび上がっていた。電気が使える魔法というのは便利だと思った。現代社会は電気さえあれば大抵のものは何とかなる。道具さえ揃っていれば、私の魔法よりも断然汎用性が高い。
私に気が付いた二人が顔を此方に向ける。樹村さんが、心配そうな表情を作って私に問いかけてくる。
「どうかしたの?」
「いえ、ちょっと目が覚めてしまって」
「コーヒー飲む? 眠れなくなっちゃうから駄目かしら」
「いただきます」
カフェインが効きにくいから、と私は適当に答えた。今寝てしまえば、夢の続きを見そうで怖かった。夢を見る度に、矢野ちゃんが死んだ光景が、ゾンビとなった小野間君の姿が、どうしても目の前の光景の様に蘇ってしまうのだ。
「明瀬ちゃんって子、梨絵ちゃんと仲良くしてくれて助かったわ。梨絵ちゃんもずっとこの生活で、塞ぎ込んでいたから」
樹村さんの言葉に私は曖昧に応えた。
葉山君の事は、私は何も話さないと決めていた。むしろ何を喋れと言うのだろうか。仲間がゾンビとなったから、葉山君達を置いて私は逃げたと説明しろというのか。それは、誰も幸せにならないと私は思う。少なくとも、この拠点に滞在している内は、私と明瀬ちゃんに不利になる事は言うべきでないと思う。その罪を背負う事とは、また別の問題だとも。
それ故に、樹村さんに聞けずにいる事もあった。今も市内で一人生活を続けている樹村氏の事だった。「樹村」という苗字と、彼が言っていた家族構成からして、樹村さんと関係している可能性はあった。けれども、それ「も」どう説明しろというのだろうか。
「はい、祷ちゃん。熱いから気を付けて?」
「ありがとうございます。すみません、何から何まで」
樹村さんに渡されたマグを受け取って、熱いコーヒーにゆっくりと口を付けた。何故か、この光景がデジャヴして。私は言葉に詰まる。樹村さんが穏やかな口調で言った。
「気を遣う必要なんてないわ。こんな状況だもの、助け合って当たり前。ずっと大変な生活をしてきたのだと思うし」
「いえ」
「何か困った事があったらすぐに私に言ってね? 弘人君や鷹橋さんだと言いづらい事もあるでしょうし」
それを聞いた鷹橋さんが、マグカップに口を付けた。夕食の時には、ワイン数杯で随分酔っていたようであったが、今はもうそんな素振りは無い。彼は口数が少ないわけではないようであったが、必要でないときは徹底して喋らない風である。
私は鷹橋さんに問いかける。
「此処でのリーダーは鷹橋さんなんですか」
「年齢的には俺が一番上なんだが、成り行きで弘人がやってる。あぁ見えて度胸はあるやつだからな。ああいうやつは苦手か?」
「え?」
鷹橋さんがコーヒーを自分のマグカップに継ぎ足すと、その残りを私のマグカップに有無を言わせず注いだ。その注ぐ音にかき消されそうで、私は鷹橋さんの言葉に必死に耳を傾ける。
「此処が壊滅した時の事聞いたか?」
「1階の裏口が崩壊して、今も下にはゾンビが。ってことは」
「その時、最後まで弘人は他の人間を救おうとしていた。感染するスピードが速すぎて俺と桜は逃げようとしたが、弘人はそうじゃなかった。それを見て俺は思った、物語の主人公ってのはそういうやつなんだろうな、ってな。誰かの為に命を張れるようなやつだ」
「……そうですね」
「でもな、全員がそんなやつだったらこのグループはその時全滅してた。弘人みたいなやつがいて、それを引き留める俺みたいなやつがいて、それでバランスがとれる。多様性ってやつだ」
鷹橋さんの言っていた物語という言葉、このグループにも、この人達なりの物語があったのだろう。私とはまた違った苦しさや悲しみを背負ってきたのだろう。共に生活してきた仲間を見捨てるしか出来なかった時、人ならざる者に変わってしまった時、その傷をどうやってこの人達は呑み込んだのだろうか。私からは決して聞かないけれども、語られない物語がこの世界には溢れているのだろう。生き残っただけでは、決して語られない物語が。
自転車で二人乗りしていた時の明瀬ちゃんの言葉を思い出す。
いつかこの悲劇が終わる事があるならば、私にもそれを語る機会は与えられるのだろうか。
「まぁ、つまりはだ。きれいごとだけじゃ生きていけねぇ、そう考えるやつが居ても良いってことだ」
私は答えなかった。マグカップを握る指先が熱くなって、私はそれを静かに床に置いた。
「ヘリを追いかけるつもりなんだろ」
「はい。幾ら安全でも、此処は行き止まりですから」
「俺も嬢ちゃんと同じ意見だ」
鷹橋さんが私と同じ考えを口にする。
此処にいても、資源はいずれ尽きる。それならば、今の内に出来る事をするべきだ、と。頷いた私に、彼は言う。
「もう遅いから、そろそろ寝ろよ」
「会話に飽きました?」
「心配してやってんだよ」
災害用の懐中電灯を床に置いていて、その光に当てられた二人の姿は暗闇から浮かび上がっていた。電気が使える魔法というのは便利だと思った。現代社会は電気さえあれば大抵のものは何とかなる。道具さえ揃っていれば、私の魔法よりも断然汎用性が高い。
私に気が付いた二人が顔を此方に向ける。樹村さんが、心配そうな表情を作って私に問いかけてくる。
「どうかしたの?」
「いえ、ちょっと目が覚めてしまって」
「コーヒー飲む? 眠れなくなっちゃうから駄目かしら」
「いただきます」
カフェインが効きにくいから、と私は適当に答えた。今寝てしまえば、夢の続きを見そうで怖かった。夢を見る度に、矢野ちゃんが死んだ光景が、ゾンビとなった小野間君の姿が、どうしても目の前の光景の様に蘇ってしまうのだ。
「明瀬ちゃんって子、梨絵ちゃんと仲良くしてくれて助かったわ。梨絵ちゃんもずっとこの生活で、塞ぎ込んでいたから」
樹村さんの言葉に私は曖昧に応えた。
葉山君の事は、私は何も話さないと決めていた。むしろ何を喋れと言うのだろうか。仲間がゾンビとなったから、葉山君達を置いて私は逃げたと説明しろというのか。それは、誰も幸せにならないと私は思う。少なくとも、この拠点に滞在している内は、私と明瀬ちゃんに不利になる事は言うべきでないと思う。その罪を背負う事とは、また別の問題だとも。
それ故に、樹村さんに聞けずにいる事もあった。今も市内で一人生活を続けている樹村氏の事だった。「樹村」という苗字と、彼が言っていた家族構成からして、樹村さんと関係している可能性はあった。けれども、それ「も」どう説明しろというのだろうか。
「はい、祷ちゃん。熱いから気を付けて?」
「ありがとうございます。すみません、何から何まで」
樹村さんに渡されたマグを受け取って、熱いコーヒーにゆっくりと口を付けた。何故か、この光景がデジャヴして。私は言葉に詰まる。樹村さんが穏やかな口調で言った。
「気を遣う必要なんてないわ。こんな状況だもの、助け合って当たり前。ずっと大変な生活をしてきたのだと思うし」
「いえ」
「何か困った事があったらすぐに私に言ってね? 弘人君や鷹橋さんだと言いづらい事もあるでしょうし」
それを聞いた鷹橋さんが、マグカップに口を付けた。夕食の時には、ワイン数杯で随分酔っていたようであったが、今はもうそんな素振りは無い。彼は口数が少ないわけではないようであったが、必要でないときは徹底して喋らない風である。
私は鷹橋さんに問いかける。
「此処でのリーダーは鷹橋さんなんですか」
「年齢的には俺が一番上なんだが、成り行きで弘人がやってる。あぁ見えて度胸はあるやつだからな。ああいうやつは苦手か?」
「え?」
鷹橋さんがコーヒーを自分のマグカップに継ぎ足すと、その残りを私のマグカップに有無を言わせず注いだ。その注ぐ音にかき消されそうで、私は鷹橋さんの言葉に必死に耳を傾ける。
「此処が壊滅した時の事聞いたか?」
「1階の裏口が崩壊して、今も下にはゾンビが。ってことは」
「その時、最後まで弘人は他の人間を救おうとしていた。感染するスピードが速すぎて俺と桜は逃げようとしたが、弘人はそうじゃなかった。それを見て俺は思った、物語の主人公ってのはそういうやつなんだろうな、ってな。誰かの為に命を張れるようなやつだ」
「……そうですね」
「でもな、全員がそんなやつだったらこのグループはその時全滅してた。弘人みたいなやつがいて、それを引き留める俺みたいなやつがいて、それでバランスがとれる。多様性ってやつだ」
鷹橋さんの言っていた物語という言葉、このグループにも、この人達なりの物語があったのだろう。私とはまた違った苦しさや悲しみを背負ってきたのだろう。共に生活してきた仲間を見捨てるしか出来なかった時、人ならざる者に変わってしまった時、その傷をどうやってこの人達は呑み込んだのだろうか。私からは決して聞かないけれども、語られない物語がこの世界には溢れているのだろう。生き残っただけでは、決して語られない物語が。
自転車で二人乗りしていた時の明瀬ちゃんの言葉を思い出す。
いつかこの悲劇が終わる事があるならば、私にもそれを語る機会は与えられるのだろうか。
「まぁ、つまりはだ。きれいごとだけじゃ生きていけねぇ、そう考えるやつが居ても良いってことだ」
私は答えなかった。マグカップを握る指先が熱くなって、私はそれを静かに床に置いた。
「ヘリを追いかけるつもりなんだろ」
「はい。幾ら安全でも、此処は行き止まりですから」
「俺も嬢ちゃんと同じ意見だ」
鷹橋さんが私と同じ考えを口にする。
此処にいても、資源はいずれ尽きる。それならば、今の内に出来る事をするべきだ、と。頷いた私に、彼は言う。
「もう遅いから、そろそろ寝ろよ」
「会話に飽きました?」
「心配してやってんだよ」
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