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【16章・それはまるで星の様に/弘人SIDE】
『16-5・Dead end』
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ゆっくりと、けれども迷いなく。梨絵の首を掴んだ右手に力を込める。柔らかな首筋の感触が、細く呆気ない程の細さの首が、力を込める度に手の平の中で潰れていくようで。力を入れればあっという間に壊れてしまいそうで、けれどもそれを壊そうとしているのもまた確かで。首を絞めると梨絵の動きが少し鈍くなった。口を何度も開け閉めし、必死に息を吸い込もうとする。かつての梨絵からは聞いたことのない様な呻き声が漏れる。
首を絞め続けると弘人を掴んでいた梨絵の指の力が弱くなり、梨絵を引き剥がすことが出来た。空いた左手も彼女の首元へ当てる。
奥歯を噛みしめて、意を決して指先に力を込める。親指が梨絵の喉に沈み込んでいって、その喉から乾いた音が鳴る。梨絵の口の端から泡が溢れてきて、呻き声と共に零れ始める。弘人を掴もうともがいていた腕が、徐々に力なく空を切るばかりになり。梨絵の全身が痙攣を始める。力なく、けれども梨絵の四肢が暴れて。数秒の間を挟んで、そして動かなくなった。梨絵の顔が糸が切れたかのように思い切り下を向き、それはまるで壊れた人形の様で。
せめて、安らかに。その想いを手向ける事しか、弘人には出来なかった。
あの時、窓から離れなければ。縄梯子を梨絵が触れないようにしておけば。絶えず目を離さないようにしていれば。誰も死なずに済んだのだろうか。これが正しかったのか。あの時、梨絵を助けた事は正しかったのか。此処に来なければ、もしかしたら生き続ける事が出来たのかもしれない。
そんな思考がずっと渦を巻く。
動かなくなった梨絵を抱えて、弘人は居住スペースのベッドの近くまで、震える足取りで進んでいく。ベッドの上に梨絵の亡骸を寝かせた。彼女の身体は更に軽くなってしまった様で、ベッドに寝かせても軋む音一つせず。その小さく細い指先を優しく動かし、胸の前で手を組ませて仰向けに寝かせる。
涙で視界が一杯になって、目の奥と脳が痺れ出す。吸い込んだ息が肺を刺して。嗚咽を止めようとしても、それは抑えられなくて。嗚咽は慟哭に変わる。
それでも、弘人はゆっくりとその場を離れた。足取りはおぼつかず、視界は白く霞み出す。もはや左腕の感覚が無く、力が入らなかった。
此処から離れる必要があった。いずれゾンビに変わってしまうとしても。香苗から離れる必要があった。桜が戻ってきた時に、鉢合わせない必要があった。その必要という定義が、どういう意味合いを持つのか、弘人にはもう判別が付かなかった。
あの日、世界が壊れた。多くの人間が死んで、生き残った者も死んでいった。ホームセンターで受け入れてくれた人々もみな死んでしまった。文字通り、誰かの犠牲の上に立って生きてきた。
人の生に意味と意義があるのなら。此処が行き止まりであるのなら。
此処で足を止める事を天命と思おう。そう弘人は考える。桜と香苗が、祷と明瀬が。生きていく為に必要な犠牲だったのだ、きっと。
持つ者が、先に行けば良い。持たざる者は、追い付けないのが常なのだ。置き去りにされるのは、とっくに慣れている。
「桜……ごめん……」
そんな言葉が口をついて出る。何も出来ないままで、何も渡せないままで、彼女を縛り付けただけだったのではないのだろうか。
エスカレーターの近くまで、弘人はようやく辿り着く。バリケードとして、家具でエスカレーターを封鎖していた。これを乗り越えて、1階に降りようと弘人は思っていた。しかし、急に足に力が入らなくなって、床に転がる。視界一杯に床が広がっていて、その先の消失点が揺らぐ。意識が遠ざかっているのが分かった。
最後に浮かんだのは香苗の顔で。心に浮かんだ感情と言葉を、既に伝える事は出来なくて。弘人は震える唇を必死に動かした。
「香苗……俺は……」
薄れゆく意識の中で、誰かに抱き抱えられていることだけが分かった。
首を絞め続けると弘人を掴んでいた梨絵の指の力が弱くなり、梨絵を引き剥がすことが出来た。空いた左手も彼女の首元へ当てる。
奥歯を噛みしめて、意を決して指先に力を込める。親指が梨絵の喉に沈み込んでいって、その喉から乾いた音が鳴る。梨絵の口の端から泡が溢れてきて、呻き声と共に零れ始める。弘人を掴もうともがいていた腕が、徐々に力なく空を切るばかりになり。梨絵の全身が痙攣を始める。力なく、けれども梨絵の四肢が暴れて。数秒の間を挟んで、そして動かなくなった。梨絵の顔が糸が切れたかのように思い切り下を向き、それはまるで壊れた人形の様で。
せめて、安らかに。その想いを手向ける事しか、弘人には出来なかった。
あの時、窓から離れなければ。縄梯子を梨絵が触れないようにしておけば。絶えず目を離さないようにしていれば。誰も死なずに済んだのだろうか。これが正しかったのか。あの時、梨絵を助けた事は正しかったのか。此処に来なければ、もしかしたら生き続ける事が出来たのかもしれない。
そんな思考がずっと渦を巻く。
動かなくなった梨絵を抱えて、弘人は居住スペースのベッドの近くまで、震える足取りで進んでいく。ベッドの上に梨絵の亡骸を寝かせた。彼女の身体は更に軽くなってしまった様で、ベッドに寝かせても軋む音一つせず。その小さく細い指先を優しく動かし、胸の前で手を組ませて仰向けに寝かせる。
涙で視界が一杯になって、目の奥と脳が痺れ出す。吸い込んだ息が肺を刺して。嗚咽を止めようとしても、それは抑えられなくて。嗚咽は慟哭に変わる。
それでも、弘人はゆっくりとその場を離れた。足取りはおぼつかず、視界は白く霞み出す。もはや左腕の感覚が無く、力が入らなかった。
此処から離れる必要があった。いずれゾンビに変わってしまうとしても。香苗から離れる必要があった。桜が戻ってきた時に、鉢合わせない必要があった。その必要という定義が、どういう意味合いを持つのか、弘人にはもう判別が付かなかった。
あの日、世界が壊れた。多くの人間が死んで、生き残った者も死んでいった。ホームセンターで受け入れてくれた人々もみな死んでしまった。文字通り、誰かの犠牲の上に立って生きてきた。
人の生に意味と意義があるのなら。此処が行き止まりであるのなら。
此処で足を止める事を天命と思おう。そう弘人は考える。桜と香苗が、祷と明瀬が。生きていく為に必要な犠牲だったのだ、きっと。
持つ者が、先に行けば良い。持たざる者は、追い付けないのが常なのだ。置き去りにされるのは、とっくに慣れている。
「桜……ごめん……」
そんな言葉が口をついて出る。何も出来ないままで、何も渡せないままで、彼女を縛り付けただけだったのではないのだろうか。
エスカレーターの近くまで、弘人はようやく辿り着く。バリケードとして、家具でエスカレーターを封鎖していた。これを乗り越えて、1階に降りようと弘人は思っていた。しかし、急に足に力が入らなくなって、床に転がる。視界一杯に床が広がっていて、その先の消失点が揺らぐ。意識が遠ざかっているのが分かった。
最後に浮かんだのは香苗の顔で。心に浮かんだ感情と言葉を、既に伝える事は出来なくて。弘人は震える唇を必死に動かした。
「香苗……俺は……」
薄れゆく意識の中で、誰かに抱き抱えられていることだけが分かった。
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