クラウンクレイド零和

茶竹抹茶竹

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【21章・それは世界の境界線】

『21-5・Selector』

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 ウイルスの感染拡大。JMウイルスのパンデミック。それによって世界は崩壊した。人類の多くは、それによりゾンビというウイルスの媒介手段に成り下がり、一部の者は生き残った。そしてそれとは全く別に、魔女という存在がいた。
 もし、魔女という新たな種族が居たのなら。生存競争を勝ち抜くのは彼女達だろう。感染に対し抗体を持ち、それを利用し、その能力故に人類を遥かに凌駕する。
 だが、人類が滅びると決まったわけではなく。

「魔女がウイルスに抗体を持つなら、ワクチンや血清を作れる筈だろ」

 弘人の言葉に、優子は首を傾げた。理解出来ない、という意思を示す行動であった。

「無くても私達は感染しない。君がそれを気にする必要はあるのか?」
「当たり前だ。みんなを救える可能性があるって事だろ」
「それをして何になる? 君のメリットは?」
「このままだとみんなが死ぬ」

 弘人の言葉に、優子は突如声を上げて笑った。その意味が分からず弘人は拳を握りベッドを叩く。この状況で笑えるその神経に、怒りを滲ませた。優子がひとしきり笑い終わると口元を歪ませて言った。表情は歪んでいるものの、その瞳は煌々と輝いてる。

「私達は勝者になれるというのに、何を馬鹿な事を言い出すのかと思ってね」
「何を言ってるんだよ……」
「分からないか?」

 弘人の目の前にまで優子は顔を寄せた。その瞳に自分の困惑した姿が見えて弘人は目を逸らす。彼女が身を寄せた勢いで、椅子が床に転がり派手な音を立てた。それが静まるのを待ってから優子は口を開く。

「この世界で今最も価値があるのはJMウイルスへの抗体だ。私は持つ者という事だ。自らの優位性を手放す馬鹿が何処に居る」
「馬鹿は姉さんだ。このままじゃ、世界は滅びる」
「この世界を救う価値があるのかい? そもそも人間が滅びた所で地球が終わるわけではない。有史以来繰り返してきた人間の生息域の拡大が、遂に敗れただけだ。

 だが、持つ者は生き残る。魔女は生き残る。そしてそれに選ばれた者だけが、だ。愚か者は死に、その死体の上に選ばれた者が、そしてその上に持つ者が立つ。皮肉な事に、世界の構図は全く変わっていないがね」
 咄嗟に。右手が出ていた。考える暇もなく。
 目の前にあった優子の頬へと、弘人は右手の拳を叩き込んでいた。骨にぶつかる感触があって、突如殴られた優子の顔がぶれる。優子は跳ね上がるようにその身を引いて、そして遅れてその頬に手を当てた。殴られた箇所が赤く染まっていく。理解出来ないものを前にした困惑の表情を作って、そして遅れて笑い出す。弘人の険しい表情とは対照的に楽し気な笑みを見せた。

「うちのヘリが君を助けてきたのは失敗だったな。偶然の再会に運命じみたものを感じたが、必要なかった。香苗君と一緒に地下に置いとくべきだった」
「香苗がいるのか!」

 弘人は声を荒げた。あの時、自分を抱き抱えた誰かは香苗だったのだと気が付く。
 香苗が此処にいる、その事実に対して動揺する弘人を見て、優子は肩をすくめた。残念だ、と首を横に振る。所在を問い詰めようとした弘人の言葉を、突如遮るものがあった。
 何の前触れもなく、けたたましいサイレンの音が鳴り出した。部屋の中にはスピーカーの類は無かったが、閉めている戸もお構いなしに、廊下から警告音が鳴り響いていた。「地下フロアで非常事態」というノイズ混じりの機械音声と火災警報の様な不安を煽り立てる音が混ざっていた。
 優子が眉をひそめて踵を返す。廊下へと向かって歩いていき引き戸を開けた。

「待てよ、姉さん!」
「まだ何か」
「例え姉さんが持っている者だとしても、この世界で勝者になれるとは限らないだろ! こんな世界、もう壊れたっておかしくないんだ!」

 そこで優子は足を止めて、弘人の元へ戻ってくる。そして何かを投げ寄越した。受け取ったそれはマイクロSDカードで、プラスチックのケースに入っていた。ラベルの類もなく、弘人はその意図を無言で問いかける。

「血の繋がりというやつに、一抹の情けと、一縷の賭けだ」

 その言葉だけ残して優子は部屋を出ていく。サイレンの音はより一層大きくなったが、彼女が部屋を出ていった後に戸は閉まり音は少ししぼんでいく。取り残された部屋で、弘人は大声で悪態をついた。
 地下フロアで非常事態と放送では言っていた。そして、優子の言葉から察するに、香苗が地下にいる可能性があった。
 弘人はベッドに手を付いて、身体を起こす。左手の痛みが分からなくなっていた。全身の脱力感はもはや感じなかった。胸の奥で沸き上がってくる衝動と感情に、弘人は駆け出す。

「無事でいてくれ、香苗」
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