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【23章・呼び声に応えて/弘人SIDE】
『23-5・Decision』
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弘人は後ろへと引き倒されるのを感じた。床に背をぶちながら思い切り倒れ込む。聞こえたのは桜の声で。視線を上に上げると、桜が傍に立っていた。
鈍い音。目の前を穿った一撃が、弘人の寸前を掠めていた。それをものともせず、桜は左手を体の真正面に突き出して、手の平を返し、指を折り、そしてまた手を別の向きに変え。その細い指先が、踊っているようで。
そして桜の周囲で青白いパルスが舞う。周囲の塵芥が舞い上がり吹き飛ぶ。猛り狂う雷撃が焦がし弾き飛ばし、蒼く周囲を照らし出す。パルスが弾ける音が、アークが空中で燃え尽きる音が、世界を満たし。それを桜の言葉が切り裂いた。
「撃鉄を起こせ! ラジェンランテイル!」
桜が手を勢いよく払い。
一閃。青白い閃光が瞬きを放つ。雷撃が走り抜けていく。放たれた雷撃の一部は行き場を失ったように、周囲でパルスが弾ける。音が衝撃波となって、空気を打つ。雷撃が駆け抜けていき、床材の瓦礫を巻き上げ、衝撃波を起こす。目で追う事さえ出来ない、その一閃。
目の前で、手の届く距離で巻き起こったその雷光が香苗の身体を刺し貫いた。直撃と同時に青白い閃光が三度瞬く。周囲にパルスが散って視界を埋め尽くす。
「桜、なんでここに」
「馬鹿を助けに来たに決まってるわ」
その強気な言葉を、言い切る前に桜の表情は歪む。涙ぐんだ言葉を吐く。
「生きてて良かった」
「そっちも」
あの時、あの後。何が起きたのか弘人は知らない。けれども、桜のその一言で。彼女もまた、多難な道を歩いてきたのだと理解出来た気がした。
その一瞬のやり取り。それを切り裂いたのは、雄叫びで。
咆哮が轟いて、桜は慌てて振り返る。
雷撃は収まり、煙を上げていた。強烈な雷撃の威力をもってして、その対象を大きく後退させてはいた。しかし香苗は片膝を付いたのみで、その皮膚が焦げていても気にも留めていない様子である。ゆっくりと立ち上がるその素振りに、痛みや苦痛の色は見て取れない。
それを見た桜が悪態をつく。
「効いてないとか嘘でしょ」
桜が背負っていたチェーンソーを構えて起動した。鈍色の刃が回転を始めて、けたたましい音を立てる。
その横顔に、弘人は言う。
「桜、駄目だ。あれは、香苗だ」
「何言ってんの……」
桜が対面したゾンビの顔を見て、その語尾が消えていく。ゆっくりとその姿が向かってきていた。仲間との再会を喜ぶような気配ではなく、弘人と桜を標的としているのは間違いなかった。
桜が唇を噛む。弘人へ視線を向けずに言う。その声はハッキリとしていて、凛としたもので。
「どうするつもり?」
「それは」
「あたしには決められない」
香苗には、もう既に。弘人の言葉は届かない。
ゾンビと化した彼女は、香苗と呼べるものでもなく。それでも、其処にいるのはかつて香苗だったもので。
弘人の脳裏を過るのは香苗の顔と姿とその声と。何気なく交わした会話が反響する。自分の目の端から液体が流れていくのが分かった。目眩が続いて、歯を食いしばり、息を吸い込む。冷たい息が、歯をなぞって、その感触が目の奥を触る。耳元で、いや脳の中で、自分の名前を呼ぶ彼女の声は。幻聴だと、ただの残響だと、何度も自分に言い聞かせる。それは音の振動ではなく、心が揺れた音なのだと。
弘人はゆっくりと口を開いた。
「桜、力を貸してくれ」
「どうする気」
「香苗を止めたい」
それはエゴかもしれなかった。
死者にもはや意味も意志もなく、それを決めた所で何が変わるわけでもない。取り残された者が、勝手に納得する為だけの答えだった。
此処で香苗の命を奪っても香苗が生き返るわけでもない。それでも、香苗がこれ以上、その姿でいる事に、そして誰かの命を奪っていく事に、弘人は納得が出来なかった。せめて、此処で、彼女を知っている自分達で、彼女の命を奪う事が最大限の弔いだと思った。あれは香苗ではないが、それでもあれは香苗なのだ。
「ここで、眠らせてやりたいんだ」
弘人の言葉に、桜は何か表情を変えた。言葉と感情を表にしようとした。けれどもその気配が一瞬見えただけで、桜はたどたどしくも冷静な言葉を吐く。
「あたしの魔法じゃ、多分届かない。心臓をどうにかして貫くしかないと思うわ」
「そのチェーンソーを貸してくれ」
「電動だから、あたしが手を離したら止まる……来た!」
重厚な足音が響き、向かってくる姿があった。弘人と桜は廊下の端に別れて向かってくる姿へ走り込む。床をスライディングして、擦れ違いざまにその一撃を躱す。桜が勢いよく起き上がると、一瞬の躊躇いの後に、その背中へ向かってチェーンソーの刃を切りつけた。
その瞬間、桜の姿が宙を舞った。香苗が背後へと振り上げた足が、桜を蹴り飛ばしていた。手を離れたチェーンソーが明後日の方向へ飛んでいく。弘人の目の前で、床へと鈍い音を立て、桜は背中から勢いよく落ちた。
「桜!」
鈍い音。目の前を穿った一撃が、弘人の寸前を掠めていた。それをものともせず、桜は左手を体の真正面に突き出して、手の平を返し、指を折り、そしてまた手を別の向きに変え。その細い指先が、踊っているようで。
そして桜の周囲で青白いパルスが舞う。周囲の塵芥が舞い上がり吹き飛ぶ。猛り狂う雷撃が焦がし弾き飛ばし、蒼く周囲を照らし出す。パルスが弾ける音が、アークが空中で燃え尽きる音が、世界を満たし。それを桜の言葉が切り裂いた。
「撃鉄を起こせ! ラジェンランテイル!」
桜が手を勢いよく払い。
一閃。青白い閃光が瞬きを放つ。雷撃が走り抜けていく。放たれた雷撃の一部は行き場を失ったように、周囲でパルスが弾ける。音が衝撃波となって、空気を打つ。雷撃が駆け抜けていき、床材の瓦礫を巻き上げ、衝撃波を起こす。目で追う事さえ出来ない、その一閃。
目の前で、手の届く距離で巻き起こったその雷光が香苗の身体を刺し貫いた。直撃と同時に青白い閃光が三度瞬く。周囲にパルスが散って視界を埋め尽くす。
「桜、なんでここに」
「馬鹿を助けに来たに決まってるわ」
その強気な言葉を、言い切る前に桜の表情は歪む。涙ぐんだ言葉を吐く。
「生きてて良かった」
「そっちも」
あの時、あの後。何が起きたのか弘人は知らない。けれども、桜のその一言で。彼女もまた、多難な道を歩いてきたのだと理解出来た気がした。
その一瞬のやり取り。それを切り裂いたのは、雄叫びで。
咆哮が轟いて、桜は慌てて振り返る。
雷撃は収まり、煙を上げていた。強烈な雷撃の威力をもってして、その対象を大きく後退させてはいた。しかし香苗は片膝を付いたのみで、その皮膚が焦げていても気にも留めていない様子である。ゆっくりと立ち上がるその素振りに、痛みや苦痛の色は見て取れない。
それを見た桜が悪態をつく。
「効いてないとか嘘でしょ」
桜が背負っていたチェーンソーを構えて起動した。鈍色の刃が回転を始めて、けたたましい音を立てる。
その横顔に、弘人は言う。
「桜、駄目だ。あれは、香苗だ」
「何言ってんの……」
桜が対面したゾンビの顔を見て、その語尾が消えていく。ゆっくりとその姿が向かってきていた。仲間との再会を喜ぶような気配ではなく、弘人と桜を標的としているのは間違いなかった。
桜が唇を噛む。弘人へ視線を向けずに言う。その声はハッキリとしていて、凛としたもので。
「どうするつもり?」
「それは」
「あたしには決められない」
香苗には、もう既に。弘人の言葉は届かない。
ゾンビと化した彼女は、香苗と呼べるものでもなく。それでも、其処にいるのはかつて香苗だったもので。
弘人の脳裏を過るのは香苗の顔と姿とその声と。何気なく交わした会話が反響する。自分の目の端から液体が流れていくのが分かった。目眩が続いて、歯を食いしばり、息を吸い込む。冷たい息が、歯をなぞって、その感触が目の奥を触る。耳元で、いや脳の中で、自分の名前を呼ぶ彼女の声は。幻聴だと、ただの残響だと、何度も自分に言い聞かせる。それは音の振動ではなく、心が揺れた音なのだと。
弘人はゆっくりと口を開いた。
「桜、力を貸してくれ」
「どうする気」
「香苗を止めたい」
それはエゴかもしれなかった。
死者にもはや意味も意志もなく、それを決めた所で何が変わるわけでもない。取り残された者が、勝手に納得する為だけの答えだった。
此処で香苗の命を奪っても香苗が生き返るわけでもない。それでも、香苗がこれ以上、その姿でいる事に、そして誰かの命を奪っていく事に、弘人は納得が出来なかった。せめて、此処で、彼女を知っている自分達で、彼女の命を奪う事が最大限の弔いだと思った。あれは香苗ではないが、それでもあれは香苗なのだ。
「ここで、眠らせてやりたいんだ」
弘人の言葉に、桜は何か表情を変えた。言葉と感情を表にしようとした。けれどもその気配が一瞬見えただけで、桜はたどたどしくも冷静な言葉を吐く。
「あたしの魔法じゃ、多分届かない。心臓をどうにかして貫くしかないと思うわ」
「そのチェーンソーを貸してくれ」
「電動だから、あたしが手を離したら止まる……来た!」
重厚な足音が響き、向かってくる姿があった。弘人と桜は廊下の端に別れて向かってくる姿へ走り込む。床をスライディングして、擦れ違いざまにその一撃を躱す。桜が勢いよく起き上がると、一瞬の躊躇いの後に、その背中へ向かってチェーンソーの刃を切りつけた。
その瞬間、桜の姿が宙を舞った。香苗が背後へと振り上げた足が、桜を蹴り飛ばしていた。手を離れたチェーンソーが明後日の方向へ飛んでいく。弘人の目の前で、床へと鈍い音を立て、桜は背中から勢いよく落ちた。
「桜!」
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