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【24章・魔女と、亡者と/祷SIDE】
『24-6・魔法』
しおりを挟む突然、現実に引き戻された様に目が醒めた。状況が把握できなかった。天井が目に入って、背中が床に付いている事が分かって。無意識のうちの呼吸が、意識下に戻ってくる。全身の感覚が指先から始まって身体の奥まで感じられる。
「……っ!?」
胸元に手をやる。突き刺さった槍も、溢れ出した血も見当たらず。それどころか服が破れてすらいなかった。確かにあの瞬間、死の間際であったのに、まるでその事が全て無かったかのように。痛みも違和感も何もなく、数秒前の自分と出来事が「リセット」されたみたいで。
私は机の陰で首を動かす。三奈瀬優子の姿は、此処から確認出来ず、そしてまた彼女からも遠く吹き飛んで机の陰に落ちた私の姿が見えていないだろうと思った。そっと身を起こし、明瀬ちゃんの元まで這っていく。三奈瀬優子は、私が負傷したと思っている筈だった。重症、下手すれば死んでいると思っていると。実際、それに近い状態だったので、そう考えているならば非常に正しい。
「明瀬ちゃん」
明瀬ちゃんの元まで後退して、私は彼女の名前をそっと呼んだ。
容態は見るからに悪化していた。小野間君がゾンビへと変わっていった姿を連想してしまう。
明瀬ちゃんは床に寝ている姿勢だったが、激しい呼吸を繰り返して、その胸は大きく隆起して鼓動していた。目に見える程心拍数が明らかに早い。脈を測ろうとして掴んだ手首が、あまりにも熱くて手を離した。私が明瀬ちゃんの手を握った事で反応が返ってくる。
「明瀬ちゃん、聞こえる?」
「祷……もう、良いよ……逃げ、て」
明瀬ちゃんの表情が一瞬、和らいで。その苦し気な呼吸の合間に、たどたどしい言葉を紡ぐ。私は必死に首を横に振った。
「そんなの出来ない」
「私さ……祷にたくさん……助け……て、貰った……じゃん。だか、ら、もう……良いよ、祷は、祷の、為に……生きて……よ」
それは違う、と私は唇を噛んで。
床に落ちていた明瀬ちゃんのバックパックを漁る。銀色に光る目当ての物を見つけた。ZIPPOオイルを詰めた携行缶、ホームセンター出発時に明瀬ちゃんが何かの役に立てばと用意していたものだった。
私の反応がなくなった事により、挑発をする為か三奈瀬優子が大声で言う。
「この歪んだ世界の構造が、私に味方する時が来たのだ! だから私は、自らの為に、自らの目的の為に生きる!」
私は携行缶の口を緩めた。金属が擦れる感触が手に伝わってくる。もう一度捻れば口が開く位の加減にして、それを明瀬ちゃんの手に握らせる。
「明瀬ちゃん、一回だけ。私の為に魔法を使ってくれる?」
「祷の為……?」
明瀬ちゃんの言葉を否定したかった。そうではないと言いたかった。明瀬ちゃんのせいじゃなくて、それは私の為のものであったのだと。
私は明瀬ちゃんの耳元に口を寄せて作戦を伝えた。チャンスは一回きり。
「やろう、明瀬ちゃん」
私は机の下を這っていきながら、三奈瀬優子の視界の死角を突いて移動する。注意を引く為に、机の陰から私は怒鳴った。
「あなたがそう生きるなら、他の人間がそうであっても不満はないんですよね!」
反応が返ってきた事に三奈瀬優子は少々動揺したようで、返事が一瞬遅れる。私が未だ健在だという事は予想外だったのかもしれない。
「そうだ、君もそう生きるべきだ! 自分の為に、だ!」
「そうですね!」
それが明瀬ちゃんへの合図の言葉だった。
私は机の陰から飛び出し駆け出す。
その真横をパイプの槍が通り過ぎ刺し貫く。木屑が散る中を駆け抜ける。視線を肩越しに後ろにやると、私のはるか後方で、明瀬ちゃんがよろめきながら立ち上がった。明瀬ちゃんがその手を翳す。突如として、室内で突風が吹いて。疾風が部屋を駆け抜けて、風切り音をやかましく立てながら三奈瀬優子へと向かう。
「何を!?」
明瀬ちゃんが放った疾風にのって銀色の物体が勢いよく飛んでいた。三奈瀬優子がそれを見て、手を翳した。打ち落とそうとして力を込めたのか、それは突然見えない何かにぶつかった様に空中で激しく踊る。そして。
三奈瀬優子の頭上で何かを撒き散らした。
「並び立つは無形の影、暗夜を崩せし深紅の顕現、狭間の時に於いて祷の名に返せ!」
明瀬ちゃんが飛ばしたのは、例の携行缶だった。念動力で撃ち落とされた衝撃で口が開き、零れ散ったオイルが風に乗って舞う。揮発性の高いそのオイルが、蒸発していくその瞬間。魔法の名を告げる。
「懸焔―かがりほむら―!」
懸焔。周囲一帯に爆炎を撒き散らす、使い手の身すら焼く業火。爆炎が部屋中を満たして弾けていくと、宙に舞っていたオイルに引火して、炎が空中で舞った。三奈瀬優子の目の前に突如として上がった爆炎。炎が天井を舐める程の高さで燃え上がる。それから逃れようと三奈瀬優子が身を引く。その一瞬に隙が出来て。
私は彼女の眼前へと飛び出した。
私は彼女を目の前に捉えて。
そこに居るのは、私達と、いや私と同じ存在だった。
私は、私達は、私と彼女は。
「闇より沈みし夜天へと……!」
「私は世界を!」
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