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【24章・魔女と、亡者と/祷SIDE】
『24-7・束縛』
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もし、彼女がこの全ての元凶であったなら。もっと簡単でシンプルな物語で終わっただろう。人をゾンビ化させるウィルスを作り世界征服を目論んだ、みたいな話であったならきっと痛快な活劇で終わったのだろう。
世界の危機を前にして、私は諸悪の根源を打ち倒す為に立ち向かう。映画みたいにそれはきっとハッピーエンドを迎えて、綺麗な終幕が訪れる筈で。
けれども、現実は違っていて。
私も彼女も、ただ、この世界と状況に翻弄された只の一個人でしかない。突如発生したウィルスによるパンデミックの原因を一身に引き受けられるわけもなく、この世界を救うための手立てと使命を一手に引き受けられるわけもなく。
私達は何の因果でもなく、私達の出した結果によって此処にいる。ただ偶然に此処まで辿り着き、ただ自分の望みの為に血清を奪おうとしている私と。ただ偶然にウィルスの研究に携わっていた所、世界が崩壊してしまった彼女。
それが偶然にも交差しただけで。私が彼女を今此処で倒そうとも、何の結末が訪れるわけでもない。全ての謎は解けて、全ての問題は解決して、そうして誰もが笑顔になる。そんな終わりを描くには、私達はあまりにも不釣り合いで場違いで、世界はあまりにも複雑で。だからこれは。
「束ね掲げし矢先の煌!」
「世界を変えねばならないんだ!」
一歩、踏み出す。距離にして僅か数メートル。言葉も表情も、全て違えることのない距離。そして、私の魔法が外れる筈もない距離。
私は三奈瀬優子について何も知らない。
彼女の年齢も知らなければ家族構成も知らない。どんな仕事をしていて、どんな友人がいるのかも知らない。何が好物で、何が苦手で、何をして生きてきたのかを知らない。
彼女を突き動かしているものは何であるのか、彼女が何を目指しているのか。その言葉の真偽も真意も知る由もない。
何故なら、それを語るにはあまりにも私達の距離は遠かった。語られるべき文脈を、私達は共有していなかった。彼女の背景と思考と物語を、私は知る由もないし、そして知る必要もない。彼女が語らなかったそれらは、語られるべきでないと同意義だったし、それを知った所で何が変わるわけでもない。
かつて明瀬ちゃんが語った様に。語られるべき物語には光が当てられるべき人間がいて。私達はそういう人間でも、物語でもなかった。
けれど、私は此処にいて、三奈瀬優子もまた、何かを選んだ。ただそれだけで、私達にとっては充分だった。
「狭間の時に於い――!?」
突然飛んできたパイプの槍が左肩へと突き刺さり、私の血が舞って。数分前にも感じた様な激痛に、口の端から苦痛の声が漏れて、呪文が途絶える。
三奈瀬優子が咄嗟に、その眼前にパイプ製の槍を空中に巻き上げて。私は其処へ向かって杖を横薙ぎに払い跳び込む。
激痛さえ抑え込み、歯を食いしばり、私は杖を振り抜いた。浮かび上がったその鉄塊の束を弾き飛ばした。派手な金属音を立てて、槍の束は、私が打ちのめした方の壁へと叩き付けられる。私は三奈瀬優子の目の前に躍り出た。乱暴な音を立てながら、鍵と呼ばれた杖を叩きつけながら。
三奈瀬優子が白衣の下に隠し持っていたダガーナイフを引き抜き、空中に放る。それを念動力によって撃ち出そうと手を構えた所に、私は杖を向ける。
嗚呼、思えば。人という存在に向けて魔法を使うのは彼女相手が初めてだった。今まで焔で薙ぎ払ってきたのは、既に人ではないもの達だった。
あの時、彼等もまた。私と同じような夢を見ただろうか。神様みたいな誰かに、何かを叫んだろうか。
「穿てっ!」
私達の世界は、科学の枠組みから外れたモノを「魔法」と呼んだ。それは御伽噺の中で、創作物の上で、夢物語の象徴として、人々の間で語り継がれてはきた。けれども「私」が、「魔法」と呼ぶモノは、「魔法」という単語は、その意味が違った。
魔法という力を手にした魔女達は、その力を隠匿しながら受け継ぎ続けてきた。世界から追いやられたその力に対して呪文をかけてまで。
魔女の呪文、それは自身にかけた暗示を解く為のもの。その暗示は、枷だった。世界から追いやられたから、社会から認められなかったから、魔法が何かを壊してしまわないようにと創られた。それは世界や社会を守り、そしてその事が自分の身を守る事に繋がったから。
呪文とは、「祷り」だったのかもしれない。魔法という異質の力を捨て去らずとも、魔女が世界と共に生きていけるようにと願いを込めた「祷り」。だって、魔法なんて必要なかった筈なのに。それでも魔女は、魔法を捨てようとせず、言葉で押し込め隠して、そしてそれを否定した世界と共に生きようとした。だから、それはきっと「祷り」だったのだろう。
世界の為の、世界を守る為のモノ。
けれども。今、この一瞬。私は、私自身の為に魔法を振るう。自分自身の願いの為だけの為に、この力を使う。
世界も社会も知らない、関係がない。その為の枷なんて私は要らない。
そんな枷など壊してしまえ、と私は叫ぶ。
「これが私の、私の為の!」
呪文の言葉はなく。しかし。
杖の先で渦を巻いた焔が撃ち出された。
世界の危機を前にして、私は諸悪の根源を打ち倒す為に立ち向かう。映画みたいにそれはきっとハッピーエンドを迎えて、綺麗な終幕が訪れる筈で。
けれども、現実は違っていて。
私も彼女も、ただ、この世界と状況に翻弄された只の一個人でしかない。突如発生したウィルスによるパンデミックの原因を一身に引き受けられるわけもなく、この世界を救うための手立てと使命を一手に引き受けられるわけもなく。
私達は何の因果でもなく、私達の出した結果によって此処にいる。ただ偶然に此処まで辿り着き、ただ自分の望みの為に血清を奪おうとしている私と。ただ偶然にウィルスの研究に携わっていた所、世界が崩壊してしまった彼女。
それが偶然にも交差しただけで。私が彼女を今此処で倒そうとも、何の結末が訪れるわけでもない。全ての謎は解けて、全ての問題は解決して、そうして誰もが笑顔になる。そんな終わりを描くには、私達はあまりにも不釣り合いで場違いで、世界はあまりにも複雑で。だからこれは。
「束ね掲げし矢先の煌!」
「世界を変えねばならないんだ!」
一歩、踏み出す。距離にして僅か数メートル。言葉も表情も、全て違えることのない距離。そして、私の魔法が外れる筈もない距離。
私は三奈瀬優子について何も知らない。
彼女の年齢も知らなければ家族構成も知らない。どんな仕事をしていて、どんな友人がいるのかも知らない。何が好物で、何が苦手で、何をして生きてきたのかを知らない。
彼女を突き動かしているものは何であるのか、彼女が何を目指しているのか。その言葉の真偽も真意も知る由もない。
何故なら、それを語るにはあまりにも私達の距離は遠かった。語られるべき文脈を、私達は共有していなかった。彼女の背景と思考と物語を、私は知る由もないし、そして知る必要もない。彼女が語らなかったそれらは、語られるべきでないと同意義だったし、それを知った所で何が変わるわけでもない。
かつて明瀬ちゃんが語った様に。語られるべき物語には光が当てられるべき人間がいて。私達はそういう人間でも、物語でもなかった。
けれど、私は此処にいて、三奈瀬優子もまた、何かを選んだ。ただそれだけで、私達にとっては充分だった。
「狭間の時に於い――!?」
突然飛んできたパイプの槍が左肩へと突き刺さり、私の血が舞って。数分前にも感じた様な激痛に、口の端から苦痛の声が漏れて、呪文が途絶える。
三奈瀬優子が咄嗟に、その眼前にパイプ製の槍を空中に巻き上げて。私は其処へ向かって杖を横薙ぎに払い跳び込む。
激痛さえ抑え込み、歯を食いしばり、私は杖を振り抜いた。浮かび上がったその鉄塊の束を弾き飛ばした。派手な金属音を立てて、槍の束は、私が打ちのめした方の壁へと叩き付けられる。私は三奈瀬優子の目の前に躍り出た。乱暴な音を立てながら、鍵と呼ばれた杖を叩きつけながら。
三奈瀬優子が白衣の下に隠し持っていたダガーナイフを引き抜き、空中に放る。それを念動力によって撃ち出そうと手を構えた所に、私は杖を向ける。
嗚呼、思えば。人という存在に向けて魔法を使うのは彼女相手が初めてだった。今まで焔で薙ぎ払ってきたのは、既に人ではないもの達だった。
あの時、彼等もまた。私と同じような夢を見ただろうか。神様みたいな誰かに、何かを叫んだろうか。
「穿てっ!」
私達の世界は、科学の枠組みから外れたモノを「魔法」と呼んだ。それは御伽噺の中で、創作物の上で、夢物語の象徴として、人々の間で語り継がれてはきた。けれども「私」が、「魔法」と呼ぶモノは、「魔法」という単語は、その意味が違った。
魔法という力を手にした魔女達は、その力を隠匿しながら受け継ぎ続けてきた。世界から追いやられたその力に対して呪文をかけてまで。
魔女の呪文、それは自身にかけた暗示を解く為のもの。その暗示は、枷だった。世界から追いやられたから、社会から認められなかったから、魔法が何かを壊してしまわないようにと創られた。それは世界や社会を守り、そしてその事が自分の身を守る事に繋がったから。
呪文とは、「祷り」だったのかもしれない。魔法という異質の力を捨て去らずとも、魔女が世界と共に生きていけるようにと願いを込めた「祷り」。だって、魔法なんて必要なかった筈なのに。それでも魔女は、魔法を捨てようとせず、言葉で押し込め隠して、そしてそれを否定した世界と共に生きようとした。だから、それはきっと「祷り」だったのだろう。
世界の為の、世界を守る為のモノ。
けれども。今、この一瞬。私は、私自身の為に魔法を振るう。自分自身の願いの為だけの為に、この力を使う。
世界も社会も知らない、関係がない。その為の枷なんて私は要らない。
そんな枷など壊してしまえ、と私は叫ぶ。
「これが私の、私の為の!」
呪文の言葉はなく。しかし。
杖の先で渦を巻いた焔が撃ち出された。
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