128 / 141
【零和 四章・空転する暫定神話について】
[零4-2・虚像]
しおりを挟む
ビル内部は一方通行の狭い通路になっていて、歩いている途中でエアーシャワーと一瞬で蒸発する謎の液体のシャワーを何の前触れもなく被せられる。
両壁と天井から勢いよく噴出してきた液体により髪がぐっしょりと濡れたが、それもあっという間に乾いた。
怪訝な表情をしてしまう私と対照的に、レベッカは何食わぬ顔をしていた。
外部からの進入者に対する消毒措置と言う事だろうか。
通路は暫く行くと行き止まりになっていたが、突然その壁がぱっくりと口を開いた様に穴が開く。
つなぎ目が何処にあるのかも分からないドアであったようだ。
私が目を覚ました時にいた施設にも同様のドアがあったことから、この時代では一般的な技術なのかもしれない。
ドアの向こう側は急に視界が開ける。
広く明るい室内に私は一瞬目が眩んだ。
フロアは非常に広く、遠方に、天井の高さまであるガラスのドアだか窓だかが見える。
別のフロアに続いているのか、ガラスの透明な青色ごしに今居るフロアと似た様なフロアが微かに見えた。
床は大理石調の素材で綺麗に磨き上げられており照明を受けて光を返している。
天井は白く、照明灯の類は見当たらず天井自体が光っている様な構造であった。
傍らには見覚えのあるデザインのエレベーターのドアが幾つも並んでいる。
非常に明るく清潔なデザインで、近未来的な印象を受ける。
足元ではゾンビが蠢ているなんて思いもしない光景であった。
フロアには誰もおらず、ウンジョウさんがエレベーターに乗り込むと、レベッカに指示を出す。
「レベッカ、ラセガワラ代表に今回の報告をする。祷を人前に出せる格好にして連れてこい」
「了解です」
「先に行く」
エレベーターのドアが閉まり、私はレベッカに連れられ移動した。
フロアの端にあった別のエレベーターに乗り込んで、20階程上に昇る。
最上階は380階と表記されていた。
1階あたり4mとして高さ1,500mはあるビルに居るという事になる。
ダイサン区画と呼ばれるハイパービルディング群の此処にどれくらいの人間が生活しているのだろうか。
そもそも生活インフラはどうなっているのだろうか。
先程までゾンビのいた世界から急に切り離されたみたいな、現実感のない綺麗な建物の中で私はそんな事を思う。
エレベーターを降りると、やはり清潔感のある近未来的なフロアに出た。
何処も似たような造りで方向感覚を喪いそうになる。
通されたのは医務室の様な場所だった。
そこで私はようやく、この建物の中で初めて人間に会った。
白衣姿の男性をレベッカは、先生と呼んだ。
血液検査だけすると言われて採血を受ける。
改札用のスタンプみたいな機械を手首に当てられて、特に何の感触も感じないままそれは終わった。
彼は事務的な数言しか喋らず、私は得体の知れない動揺に心が揺れていた。
一瞬で採血は終わって、私がレベッカに連れられてきたのは、真っ白な個室だった。
両腕を広げると左右の壁に手が付いてしまう位の狭さの部屋が幾つも並び、中には何もない。
「ここは?」
「シャワールームです」
「……やっぱり水と電気が生きているんだ」
「インフラの殆どは正常運転してますよ?」
私達の時のゾンビパンデミックとはやはり状況がかなり違う様に思える。
レベッカがドアを閉めると、部屋の隅に腰の高さくらいの銀色の箱があって。
それの口が自動で開く。
服を脱ぎ入れろ、ということだろうか。
ずっと着ていた手術着をそこに入れる。
暫くするとその口は勝手に閉まり、そして何もない様に見えていた天井から霧の様な熱湯のシャワーが降り注いでくる。
咄嗟の事で驚く、天井にシャワーノズルか何かが仕込んでいるようで。
いや、それよりも。
まともなシャワーというものを浴びたのが本当に久しぶり過ぎて。
適度な水温と水圧で、止めどなくシャワーが降り注いでくるという事。
水の問題で悩んでいた時には考えられなかった事で。
それを浴びながら、私の頬を別の水滴が伝っていくのを感じる。
「こんな、こんなの……なんで……」
嗚呼、そうか。忘れていた。
これが当たり前に享受出来るものであるということを。
そんな世界があったのだと言う事を。
気が付けば、口の端から嗚咽が漏れていて。
それを留めることが出来なくて。
あの日、世界は壊れた。
沢山の人が死んで、沢山の人を殺した。
自分達が生き残る事に必死で、それ以外の事は何も出来なかった。
水も食料も安全も、どれも有限で。
社会の基盤は崩れて、生活は生存という言葉に変わった。
そんな中で必死に、考える余裕もなく生きてきた。
そんな結末が、私の今までの全てを裏切るもので。
私が、私達が、必死に生きてきた世界には無かったものが、今こんなにも簡単に存在している事。
私は霧の様なお湯に涙を混ぜる。
それでも、だからこそ。
この世界の事を知る必要があった。
私達の全てを否定されてしまわぬように。
いや、そんな筈がないと思いたかった。
今が2080年で、私が生きていたのが2019年で。
その間の60年間を飛び越える術など存在し得なくて、あれが私の頭の中で起きた悲劇だとでも言われても。
そんな結末である筈がない。
「会いたいよ……明瀬ちゃん」
嘘なんかじゃないと、言って欲しかった。
両壁と天井から勢いよく噴出してきた液体により髪がぐっしょりと濡れたが、それもあっという間に乾いた。
怪訝な表情をしてしまう私と対照的に、レベッカは何食わぬ顔をしていた。
外部からの進入者に対する消毒措置と言う事だろうか。
通路は暫く行くと行き止まりになっていたが、突然その壁がぱっくりと口を開いた様に穴が開く。
つなぎ目が何処にあるのかも分からないドアであったようだ。
私が目を覚ました時にいた施設にも同様のドアがあったことから、この時代では一般的な技術なのかもしれない。
ドアの向こう側は急に視界が開ける。
広く明るい室内に私は一瞬目が眩んだ。
フロアは非常に広く、遠方に、天井の高さまであるガラスのドアだか窓だかが見える。
別のフロアに続いているのか、ガラスの透明な青色ごしに今居るフロアと似た様なフロアが微かに見えた。
床は大理石調の素材で綺麗に磨き上げられており照明を受けて光を返している。
天井は白く、照明灯の類は見当たらず天井自体が光っている様な構造であった。
傍らには見覚えのあるデザインのエレベーターのドアが幾つも並んでいる。
非常に明るく清潔なデザインで、近未来的な印象を受ける。
足元ではゾンビが蠢ているなんて思いもしない光景であった。
フロアには誰もおらず、ウンジョウさんがエレベーターに乗り込むと、レベッカに指示を出す。
「レベッカ、ラセガワラ代表に今回の報告をする。祷を人前に出せる格好にして連れてこい」
「了解です」
「先に行く」
エレベーターのドアが閉まり、私はレベッカに連れられ移動した。
フロアの端にあった別のエレベーターに乗り込んで、20階程上に昇る。
最上階は380階と表記されていた。
1階あたり4mとして高さ1,500mはあるビルに居るという事になる。
ダイサン区画と呼ばれるハイパービルディング群の此処にどれくらいの人間が生活しているのだろうか。
そもそも生活インフラはどうなっているのだろうか。
先程までゾンビのいた世界から急に切り離されたみたいな、現実感のない綺麗な建物の中で私はそんな事を思う。
エレベーターを降りると、やはり清潔感のある近未来的なフロアに出た。
何処も似たような造りで方向感覚を喪いそうになる。
通されたのは医務室の様な場所だった。
そこで私はようやく、この建物の中で初めて人間に会った。
白衣姿の男性をレベッカは、先生と呼んだ。
血液検査だけすると言われて採血を受ける。
改札用のスタンプみたいな機械を手首に当てられて、特に何の感触も感じないままそれは終わった。
彼は事務的な数言しか喋らず、私は得体の知れない動揺に心が揺れていた。
一瞬で採血は終わって、私がレベッカに連れられてきたのは、真っ白な個室だった。
両腕を広げると左右の壁に手が付いてしまう位の狭さの部屋が幾つも並び、中には何もない。
「ここは?」
「シャワールームです」
「……やっぱり水と電気が生きているんだ」
「インフラの殆どは正常運転してますよ?」
私達の時のゾンビパンデミックとはやはり状況がかなり違う様に思える。
レベッカがドアを閉めると、部屋の隅に腰の高さくらいの銀色の箱があって。
それの口が自動で開く。
服を脱ぎ入れろ、ということだろうか。
ずっと着ていた手術着をそこに入れる。
暫くするとその口は勝手に閉まり、そして何もない様に見えていた天井から霧の様な熱湯のシャワーが降り注いでくる。
咄嗟の事で驚く、天井にシャワーノズルか何かが仕込んでいるようで。
いや、それよりも。
まともなシャワーというものを浴びたのが本当に久しぶり過ぎて。
適度な水温と水圧で、止めどなくシャワーが降り注いでくるという事。
水の問題で悩んでいた時には考えられなかった事で。
それを浴びながら、私の頬を別の水滴が伝っていくのを感じる。
「こんな、こんなの……なんで……」
嗚呼、そうか。忘れていた。
これが当たり前に享受出来るものであるということを。
そんな世界があったのだと言う事を。
気が付けば、口の端から嗚咽が漏れていて。
それを留めることが出来なくて。
あの日、世界は壊れた。
沢山の人が死んで、沢山の人を殺した。
自分達が生き残る事に必死で、それ以外の事は何も出来なかった。
水も食料も安全も、どれも有限で。
社会の基盤は崩れて、生活は生存という言葉に変わった。
そんな中で必死に、考える余裕もなく生きてきた。
そんな結末が、私の今までの全てを裏切るもので。
私が、私達が、必死に生きてきた世界には無かったものが、今こんなにも簡単に存在している事。
私は霧の様なお湯に涙を混ぜる。
それでも、だからこそ。
この世界の事を知る必要があった。
私達の全てを否定されてしまわぬように。
いや、そんな筈がないと思いたかった。
今が2080年で、私が生きていたのが2019年で。
その間の60年間を飛び越える術など存在し得なくて、あれが私の頭の中で起きた悲劇だとでも言われても。
そんな結末である筈がない。
「会いたいよ……明瀬ちゃん」
嘘なんかじゃないと、言って欲しかった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる