クラウンクレイド零和

茶竹抹茶竹

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【零和 四章・空転する暫定神話について】

[零4-2・虚像]

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 ビル内部は一方通行の狭い通路になっていて、歩いている途中でエアーシャワーと一瞬で蒸発する謎の液体のシャワーを何の前触れもなく被せられる。
 両壁と天井から勢いよく噴出してきた液体により髪がぐっしょりと濡れたが、それもあっという間に乾いた。
 怪訝な表情をしてしまう私と対照的に、レベッカは何食わぬ顔をしていた。
 外部からの進入者に対する消毒措置と言う事だろうか。
 通路は暫く行くと行き止まりになっていたが、突然その壁がぱっくりと口を開いた様に穴が開く。
 つなぎ目が何処にあるのかも分からないドアであったようだ。
 私が目を覚ました時にいた施設にも同様のドアがあったことから、この時代では一般的な技術なのかもしれない。
 ドアの向こう側は急に視界が開ける。
 広く明るい室内に私は一瞬目が眩んだ。
 フロアは非常に広く、遠方に、天井の高さまであるガラスのドアだか窓だかが見える。
 別のフロアに続いているのか、ガラスの透明な青色ごしに今居るフロアと似た様なフロアが微かに見えた。
 床は大理石調の素材で綺麗に磨き上げられており照明を受けて光を返している。
 天井は白く、照明灯の類は見当たらず天井自体が光っている様な構造であった。
 傍らには見覚えのあるデザインのエレベーターのドアが幾つも並んでいる。
 非常に明るく清潔なデザインで、近未来的な印象を受ける。
 足元ではゾンビが蠢ているなんて思いもしない光景であった。
 フロアには誰もおらず、ウンジョウさんがエレベーターに乗り込むと、レベッカに指示を出す。
「レベッカ、ラセガワラ代表に今回の報告をする。祷を人前に出せる格好にして連れてこい」
「了解です」
「先に行く」
 エレベーターのドアが閉まり、私はレベッカに連れられ移動した。
 フロアの端にあった別のエレベーターに乗り込んで、20階程上に昇る。
 最上階は380階と表記されていた。
 1階あたり4mとして高さ1,500mはあるビルに居るという事になる。
 ダイサン区画と呼ばれるハイパービルディング群の此処にどれくらいの人間が生活しているのだろうか。
 そもそも生活インフラはどうなっているのだろうか。
 先程までゾンビのいた世界から急に切り離されたみたいな、現実感のない綺麗な建物の中で私はそんな事を思う。
 エレベーターを降りると、やはり清潔感のある近未来的なフロアに出た。
 何処も似たような造りで方向感覚を喪いそうになる。
 通されたのは医務室の様な場所だった。
 そこで私はようやく、この建物の中で初めて人間に会った。
 白衣姿の男性をレベッカは、先生と呼んだ。
 血液検査だけすると言われて採血を受ける。
 改札用のスタンプみたいな機械を手首に当てられて、特に何の感触も感じないままそれは終わった。
 彼は事務的な数言しか喋らず、私は得体の知れない動揺に心が揺れていた。
 一瞬で採血は終わって、私がレベッカに連れられてきたのは、真っ白な個室だった。
 両腕を広げると左右の壁に手が付いてしまう位の狭さの部屋が幾つも並び、中には何もない。
「ここは?」
「シャワールームです」
「……やっぱり水と電気が生きているんだ」
「インフラの殆どは正常運転してますよ?」
 私達の時のゾンビパンデミックとはやはり状況がかなり違う様に思える。
 レベッカがドアを閉めると、部屋の隅に腰の高さくらいの銀色の箱があって。
 それの口が自動で開く。
 服を脱ぎ入れろ、ということだろうか。
 ずっと着ていた手術着をそこに入れる。
 暫くするとその口は勝手に閉まり、そして何もない様に見えていた天井から霧の様な熱湯のシャワーが降り注いでくる。
 咄嗟の事で驚く、天井にシャワーノズルか何かが仕込んでいるようで。
 いや、それよりも。
 まともなシャワーというものを浴びたのが本当に久しぶり過ぎて。
 適度な水温と水圧で、止めどなくシャワーが降り注いでくるという事。
 水の問題で悩んでいた時には考えられなかった事で。
 それを浴びながら、私の頬を別の水滴が伝っていくのを感じる。
「こんな、こんなの……なんで……」
 嗚呼、そうか。忘れていた。
 これが当たり前に享受出来るものであるということを。
 そんな世界があったのだと言う事を。
 気が付けば、口の端から嗚咽が漏れていて。
 それを留めることが出来なくて。
 あの日、世界は壊れた。
 沢山の人が死んで、沢山の人を殺した。
 自分達が生き残る事に必死で、それ以外の事は何も出来なかった。
 水も食料も安全も、どれも有限で。
 社会の基盤は崩れて、生活は生存という言葉に変わった。
 そんな中で必死に、考える余裕もなく生きてきた。
 そんな結末が、私の今までの全てを裏切るもので。
 私が、私達が、必死に生きてきた世界には無かったものが、今こんなにも簡単に存在している事。
 私は霧の様なお湯に涙を混ぜる。
 それでも、だからこそ。
 この世界の事を知る必要があった。
 私達の全てを否定されてしまわぬように。
 いや、そんな筈がないと思いたかった。
 今が2080年で、私が生きていたのが2019年で。
 その間の60年間を飛び越える術など存在し得なくて、あれが私の頭の中で起きた悲劇だとでも言われても。
 そんな結末である筈がない。
「会いたいよ……明瀬ちゃん」
 嘘なんかじゃないと、言って欲しかった。
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