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3章『The Gun』
9話「あなたの目を醒まさせる」
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「ここで重要となるのは彼が装備しているのは実在する銃種であるということです。そして夢の世界で再現されているというのに、あの銃は表面の質感の細部に至るまで実銃と遜色ないほどの外観をしています」
夢の世界は人々の夢を事象化する、つまり二丁拳銃の男は精密な銃の光景を夢に見ているのだ。
私は活路を見出す。
「彼の銃は精巧すぎる」
人の夢は記憶に紐付く。
混濁と妄想によって如何に不可解なものになろうとも、その根底にあるのは記憶の再現だ。
人は自分の知っている事象しか夢に見ることはない。不可解で無秩序な光景であっても構築している一つ一つは記憶の再現だ。
男が手にしているのがどれだけ有名な拳銃であっても、一般人が銃を手にする機会のない日本で、拳銃の精密な記憶を誰しも持っているわけがない。
男が銃器に精通しているのは間違いない。あの夢を成立させているのは空想でも妄想でもないのだ。
「その記憶では、おそらく彼の夢は嘘を吐けません」
「嘘?」
「この状況が如何に現実離れしていようと、彼の手にしている銃だけは強固な現実性を有しています。つまり夢の中でありながら、あれは紛うことなき実銃です。彼にとって都合の良い空想の具現化ではなく、私と彼の間に共通の認識が存在する現実の事象です」
銃声が鳴り響いた瞬間、私は柱の陰から飛び出した。
事態を静観していた麻木が困惑した声を上げる。
「明晰夢でも撃たれた結果は否定できないんだよ!?」
「大丈夫です、私は撃たれない。いや、彼は撃てない」
人は誰しも無意識を支配出来ない。自らの記憶の再現に自由に介入することなど出来ない。
故に、そこに付け入る隙が出来る。
今までに鳴った銃声の回数を私は数えてあった。
男までの距離を詰める最中、床に転がっていたグラスを素早く拾い上げて思いきり投げつける。
男が身構え、銃声が鋭く響く。空中を舞うグラスを男は正確に撃ち抜いた。
狙っていたのはその瞬間だった。
銃声は今ので三十六発目、二丁分の拳銃の装弾数と同じ数だ。
男は最後の装弾を撃ち切ったのだ。
男の持っている拳銃が精密な記憶によるものならば、その装弾数についても正確に再現される。
夢の世界は想像によって、どんな物でも存在し得る。夢には不可能はない。
だが、人の無意識が、その内に存在する現実の軛が、無限の弾倉の存在を否定する。男の拳銃は精密な記憶で成り立っている。
無限に発砲出来る拳銃も夢では起こり得る。だが、男の精密な記憶の再現はそれを許さない。
「つまり、今は撃てない」
私は男の前に踊り出る。一気に距離を詰めて左足を強く踏み込む。
男は咄嗟に拳銃を私に向けるも何も起こらなかった。引き金を引く微かな金属音だけが空虚に響く。
その隙をついて私は体を捻って鋭い蹴りを打ち込んだ。拳銃を叩き落とそうとするも、強く握りしめられていたが故に手放すことはなかった。再び足を蹴り上げるも腕で払いのけられる。私は一歩退き体勢を立て直し相対する。
追撃の発砲はない。
やはり男の拳銃は弾切れを起こしている。装弾数も正確に再現されているのだ。
男が見ているのは精密な記憶によって再現された現実性のある夢。ならば、彼の夢はまだ現実の軛を越えていない。悪夢の領域に踏み込んでいない。
これが如何に悪夢じみた光景であってもこれは悪夢ではない。
男の夢と想像は未だ現実の側にある。
私は隠し持っていた軍用ナイフを左手で引き抜いて逆手に構えた。黒い光沢を有した削り出しの刃。それを見せつけるように高く構え、男に問う。
「何が目的ですか、本当に葉久慈氏を狙っているのですか」
男の落ち窪んだ目の奥には光がある。その視線が私を捉えてゆっくりと動いている。拳銃は未だ構えたまま、その銃口は私に向けられている。
警戒心を抱いているのが身体の緊張から見て取れる。私がナイフを見せてから、それは如実に外見に現れていた。
男は目の前の状況を理解している、それはつまり未だ正気を保っているということだ。悪夢に呑みこまれていないのならば、私の言葉が届く可能性がある。
夢の世界での会話は無意識に直接触れるような行為だ。嘘や偽りのない、無意識の思想や言葉を反射的に漏らす可能性がある。
この悪夢の原因、そして葉久慈氏を狙った理由を。
「聞こえていますか。これは夢で現実ではありません」
私の問いかけの言葉に返事は返ってこなかった。遅れて聞こえてきたのは苦し気な呻き声。
理性を保っているかのように見えた男の様子が急変する。まるで獣であるかのように唸り声を滲ませ、高らかに吠える。
突如、その身を痙攣させ、その目を血走らせ、口の端から泡を吹く。何かの発作であるかのような挙動で背を丸め胸元をかきむしる。
そして男の夢は悪夢に転じた。
男の腕から肩から背から胴から脚から腿から、無数の機関銃が文字通り生える。鈍色の銃身が皮膚を突き破り、肉片と共に血液が床に零れ落ちる。人としての姿形が崩壊していく。
その身体の内に収まる筈がない程の質量の兵器が、当たり前のように身体の中から続々と現れる。まるで生き物であるかのように、機関銃はのたうち回りながら身体の外へと這い出てくる。
あたかも寄生虫に侵された虫がその身を食い破られるような、捕食寄生かのような奇妙な現象と光景。
男の身体はもはや人の姿を失い、機関銃の集合体が奇妙に組み合わさって人型を形成したものへと変わっていく。
現実の側にあった男の夢が、今この一瞬で非現実的な事象を具現化する。
これは悪夢だ。
夢の世界の現象に限界はない、不可能は存在しない。現実の軛を超えてしまえたなら、どんな光景も事象として存在し得る。現実の物理法則が及ばない、奇天烈で非論理的な事象の顕現に変わっていく。
男の無意識が暴走している。昨日の巨大竜巻と同じだ。
唐突に悪夢に転じた事に私は困惑する。この悪夢の光景は他者の夢を悪夢へと変えかねない、別の悪夢を生む可能性が高い。
私は最終通告を男に伝える。
「あなたの目を醒まさせる」
夢の世界は人々の夢を事象化する、つまり二丁拳銃の男は精密な銃の光景を夢に見ているのだ。
私は活路を見出す。
「彼の銃は精巧すぎる」
人の夢は記憶に紐付く。
混濁と妄想によって如何に不可解なものになろうとも、その根底にあるのは記憶の再現だ。
人は自分の知っている事象しか夢に見ることはない。不可解で無秩序な光景であっても構築している一つ一つは記憶の再現だ。
男が手にしているのがどれだけ有名な拳銃であっても、一般人が銃を手にする機会のない日本で、拳銃の精密な記憶を誰しも持っているわけがない。
男が銃器に精通しているのは間違いない。あの夢を成立させているのは空想でも妄想でもないのだ。
「その記憶では、おそらく彼の夢は嘘を吐けません」
「嘘?」
「この状況が如何に現実離れしていようと、彼の手にしている銃だけは強固な現実性を有しています。つまり夢の中でありながら、あれは紛うことなき実銃です。彼にとって都合の良い空想の具現化ではなく、私と彼の間に共通の認識が存在する現実の事象です」
銃声が鳴り響いた瞬間、私は柱の陰から飛び出した。
事態を静観していた麻木が困惑した声を上げる。
「明晰夢でも撃たれた結果は否定できないんだよ!?」
「大丈夫です、私は撃たれない。いや、彼は撃てない」
人は誰しも無意識を支配出来ない。自らの記憶の再現に自由に介入することなど出来ない。
故に、そこに付け入る隙が出来る。
今までに鳴った銃声の回数を私は数えてあった。
男までの距離を詰める最中、床に転がっていたグラスを素早く拾い上げて思いきり投げつける。
男が身構え、銃声が鋭く響く。空中を舞うグラスを男は正確に撃ち抜いた。
狙っていたのはその瞬間だった。
銃声は今ので三十六発目、二丁分の拳銃の装弾数と同じ数だ。
男は最後の装弾を撃ち切ったのだ。
男の持っている拳銃が精密な記憶によるものならば、その装弾数についても正確に再現される。
夢の世界は想像によって、どんな物でも存在し得る。夢には不可能はない。
だが、人の無意識が、その内に存在する現実の軛が、無限の弾倉の存在を否定する。男の拳銃は精密な記憶で成り立っている。
無限に発砲出来る拳銃も夢では起こり得る。だが、男の精密な記憶の再現はそれを許さない。
「つまり、今は撃てない」
私は男の前に踊り出る。一気に距離を詰めて左足を強く踏み込む。
男は咄嗟に拳銃を私に向けるも何も起こらなかった。引き金を引く微かな金属音だけが空虚に響く。
その隙をついて私は体を捻って鋭い蹴りを打ち込んだ。拳銃を叩き落とそうとするも、強く握りしめられていたが故に手放すことはなかった。再び足を蹴り上げるも腕で払いのけられる。私は一歩退き体勢を立て直し相対する。
追撃の発砲はない。
やはり男の拳銃は弾切れを起こしている。装弾数も正確に再現されているのだ。
男が見ているのは精密な記憶によって再現された現実性のある夢。ならば、彼の夢はまだ現実の軛を越えていない。悪夢の領域に踏み込んでいない。
これが如何に悪夢じみた光景であってもこれは悪夢ではない。
男の夢と想像は未だ現実の側にある。
私は隠し持っていた軍用ナイフを左手で引き抜いて逆手に構えた。黒い光沢を有した削り出しの刃。それを見せつけるように高く構え、男に問う。
「何が目的ですか、本当に葉久慈氏を狙っているのですか」
男の落ち窪んだ目の奥には光がある。その視線が私を捉えてゆっくりと動いている。拳銃は未だ構えたまま、その銃口は私に向けられている。
警戒心を抱いているのが身体の緊張から見て取れる。私がナイフを見せてから、それは如実に外見に現れていた。
男は目の前の状況を理解している、それはつまり未だ正気を保っているということだ。悪夢に呑みこまれていないのならば、私の言葉が届く可能性がある。
夢の世界での会話は無意識に直接触れるような行為だ。嘘や偽りのない、無意識の思想や言葉を反射的に漏らす可能性がある。
この悪夢の原因、そして葉久慈氏を狙った理由を。
「聞こえていますか。これは夢で現実ではありません」
私の問いかけの言葉に返事は返ってこなかった。遅れて聞こえてきたのは苦し気な呻き声。
理性を保っているかのように見えた男の様子が急変する。まるで獣であるかのように唸り声を滲ませ、高らかに吠える。
突如、その身を痙攣させ、その目を血走らせ、口の端から泡を吹く。何かの発作であるかのような挙動で背を丸め胸元をかきむしる。
そして男の夢は悪夢に転じた。
男の腕から肩から背から胴から脚から腿から、無数の機関銃が文字通り生える。鈍色の銃身が皮膚を突き破り、肉片と共に血液が床に零れ落ちる。人としての姿形が崩壊していく。
その身体の内に収まる筈がない程の質量の兵器が、当たり前のように身体の中から続々と現れる。まるで生き物であるかのように、機関銃はのたうち回りながら身体の外へと這い出てくる。
あたかも寄生虫に侵された虫がその身を食い破られるような、捕食寄生かのような奇妙な現象と光景。
男の身体はもはや人の姿を失い、機関銃の集合体が奇妙に組み合わさって人型を形成したものへと変わっていく。
現実の側にあった男の夢が、今この一瞬で非現実的な事象を具現化する。
これは悪夢だ。
夢の世界の現象に限界はない、不可能は存在しない。現実の軛を超えてしまえたなら、どんな光景も事象として存在し得る。現実の物理法則が及ばない、奇天烈で非論理的な事象の顕現に変わっていく。
男の無意識が暴走している。昨日の巨大竜巻と同じだ。
唐突に悪夢に転じた事に私は困惑する。この悪夢の光景は他者の夢を悪夢へと変えかねない、別の悪夢を生む可能性が高い。
私は最終通告を男に伝える。
「あなたの目を醒まさせる」
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