夢巡

茶竹抹茶竹

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4章『The Artist』

11話「異質の証明」

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 西暦二〇二〇年代。米国との軍事技術提携を背景に、日本は脳波によって機械を操作する「ブレイン・マシン・インターフェース」の技術開発に注力する方針へと舵を切った。次世代ネットワークの技術立国を標榜し、産業界からの提言と要請もあり大胆な法規制緩和に乗り出す。
 後に電子神経と呼ばれることになる新技術の開発協力に、真っ先に名乗りを上げたのが「東京脳神経外科病院」であった。
 私がかつて長期入院をしていた病院だ。今も通院を続けている。
 以前より電子義肢の技術開発に協力していた同院は、電子神経開発企業への技術協力、導入時の外科的手段の考案、臨床試験の実施などを行い数多くの功績を挙げた。
 その後、西暦二〇三五年に電子神経は実用化に至る。
 法律で導入手術が禁じられている小学生以下の子供を除けば、現在の国内普及率は五割に上る。
 簡易な外科的手段で導入可能な点、携帯式情報端末であるスマートフォンでは扱える情報量や利便性に限界が見えていた点、物理的な操作を一切必要としない点が産業分野で歓迎された点、政府機関と経済連盟の積極的な後押しがあった点が理由として挙げられる。
 過熱した経済圏構築による移民問題や経済格差への反動による世界的なナショナリズムの台頭が、国産技術への回帰と再興の風潮を生んでいたのも要因の一つである。そう麻木が語っていた。
 電子神経が私の脳内に描き出していた地図情報と経路図の案内を終了し、目的地への到着を告げる。
 場所は東京脳神経外科病院。電子神経の定期検診が目的だった。
 担当医は私の首筋に医療用パッチを貼り、電子神経を診療機器と接続した。微弱な電流が肌を撫でる。担当医はその手を止めずに私に問う。
 手足の痺れや違和感、ごく短時間の失神が起きていないか。
 物との距離感を測り損ねて掴めなかったり、何もない場所での転倒や発声を失敗してはいないか。
 何れの質問も電子神経と身体の不一致を気にかけるものだった。最近は全く起きていないと私は答える。医師の脳裏には苦難に満ちた幼少期の私の姿があるらしい。
 私はとある特異性を抱えている。私が明晰夢の技術を有しているのは、それに依るものであった。
 脳、身体共に機能しているものの自由に身体を動かせない状態で私は生まれた。脳神経と身体神経の接続が不完全だったのだ。
 脳は生きていて身体にも問題ない。だが脳の指令に身体が反応しない。世界でもほとんど前例のない奇妙な症状だった。
 解決策として目をつけられたのが、当時実用化に向けて開発段階にあった電子神経技術だった。電子神経を介して、デジタルなデータを用いて、脳と意識と身体を繋げようとしたのだ。
 二十年前に行われた臨床試験は成功し、実用化前のテスターを導入することで幼ない私は意識を取り戻すことに成功した。
 私のその一件が現在の電子神経技術の発展の一端を担っているとも言える。
 だが後に問題も発覚した。電子神経導入に対する年齢制限は、それを原因として設けられたものだ。
 私は夢を見ない。見ることが出来ない。
 それは私が無意識という概念を喪失したからだ。
 電子神経は脳波を拾い上げ、それをデータに変換する。意識という曖昧なものをデジタルで解釈する。それは人の思考や感情や意識を表現するのに最適であるとは言えなかった。
 植物状態だった幼い私は電子神経の導入によって突如覚醒したような状態に陥った。
 自他の境界さえ曖昧で未熟な幼い精神は、電子神経との接続によって、不安定かつ自由な状態におかれた。
 本来であれば人は機械を操作する感覚で電子神経の所在を捉える。意識の所在を気にすることなく、思考や感覚を数値化することなく、人が元来有する領域と電子神経の領域を分割して認識する。自然発生する内面的な自我を、後天的に学習した思考回路を用いてデジタルな形に適するように思考や感情や想像を形作るのだ。
 だが、私は違う。
 自己人格形成さえ行われていない未熟で曖昧な意識が電子神経と結びついたが故に、私は自らの意識や思考の詳細を言語化し、デジタル化し、体系化する。身体の動かし方、意識を向ける方向、相槌の言葉、人々が何気なく行う所作全てを私は電子神経を通じて身体に指示する必要がある。指先一つ動かすのさえ、私は自らの動作を脳内で記述しなくてはならない。
 それが私の特異性だ。
 私の中に無意識という概念は存在しない。それ故に、私は本来の意味で夢を見ることは出来ない。睡眠中であっても確固たる意識を用いて生み出す想像の光景を、電子神経を介して夢として振舞うように夢を演じているだけだ。
 それが夢の世界で自由に振舞える、明晰夢という技術の正体だった。
 検診を終えた私を、麻木が待っていた。
 病院ロビーのソファに腰掛けているだけにも関わらず、その容姿から周囲の注目を集めている。ジャケットの襟から覗く細く綺麗な首筋や背筋の伸びた姿勢は何かの撮影であるかのように見えた。低めのソファを選んでいるせいで長い手足を持て余している。残念ながら私にはちょうど良い高さだ。
 麻木の横に腰掛けると背の違いが際立つ。私の後遺症が身体の発育に影響を及ぼしたかは不明だが成長に恵まれなかったのは確かだ。
「私の通院に毎度付き合う必要はないのですが」
 私の苦言に麻木は首を傾げる。
「保護者が付き添うのに何の問題があるの?」
「子供じゃないですから。保護者でもないですし」
 私は口を尖らす。何度言ってみせても麻木は私の付き添いを止める気配はない。彼女にとって私はまだ子供ということだろうか。
 麻木は私の抗議を笑って流した。
「それより今日はこれで終わりでしょ。久しぶりに出かけようよ」
 麻木からの誘いで、彼女が洒落た服装をしている意味を理解した。麻木が私の手を引きながら足取り軽く先を行く。さり気なくいつもより狭い歩幅を選んでいるのが憎たらしい。気ままな振る舞いに反して、そういう配慮が出来るのは出会った頃から変わっていない。
 麻木と初めて出会ったのは私が中学を卒業する頃、麻木は当時高校生だった。
 中学生時代の私は、頻発する電子神経の不具合によってたびたび入院を余儀なくされていた。中学校にまともに通えないばかりが、高校への入学も断念することが決まり、それ故に不貞腐れていた私に声をかけてきたのが同じ病院に入院していた麻木だ。
 高校生であった麻木は電子神経のソフトウェア内に脆弱性を発見し、自身の電子神経に無理やり高負荷をかける実験、もとい遊びを行っていた。違法な薬物を用いたかのように一種の幻覚状態に陥る危険な遊びだった。
 その結果、電子神経の一部を破損し脳や身体に損傷を被った麻木は、その治療と検査の為に入院していた。
 入院中で暇を持て余していた麻木は年齢の近い私に興味を持ったらしい。私の事情をひとしきり聞いて麻木は言った。
「高校に行きたい理由って何? 何か目的があるの?」
「そういうわけではないですが」
「みんなと同じになりたいって気持ち、あたしにはあんまり分かんないかな」
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